2.ターゲティングのミスマッチ
翌日の朝、アロルドの店で合流した幸助とサラは工業街にあるホルガーの店を目指す。
今日のサラの服装はよそ行きの白いワンピースだ。
東西と南北のメインストリートが交差するロータリーを南へと向かう。
「あのね、コースケさん。ここが冒険者ギルド」
サラの指さす先には、石造りの三階建ての建物が見える。
幸助は何度もこの前を通ったことはあったのだが、朝に来るのは初めてだ。
入り口からはひっきりなしに冒険者たちが出入りしている。
剣を腰に下げている者、槍を持っている者、魔獣を連れている者など、そのスタイルは自由そのものである。
「賑わってるね」
「うん。朝依頼を受けて、夕方には帰ってくるっていうスタイルが多いみたいだよ。だから朝と夕方は賑やかなの」
「なるほどね」
今回の依頼が武器屋なので、何らかのヒントがあるかもしれないと冒険者たちの装備に気を留める幸助。
ひとえに剣といっても大きいものから小さいの、太いものから細いものまでいろいろあるようだ。
剣だけでなく槍や大斧など、その装備は様々だ。
稀にしか見かけないが、ローブを纏った魔法使いらしき冒険者は杖を持っている。
「冒険者は自分に合った武器を使う、魔獣を連れる、魔法を使うといったところか。魔法ねぇ……。そういえばサラは魔法使えるの?」
幸助は何気なくサラに尋ねる。
自身はこの世界に召喚された時に魔法の能力は無いと判断されている。
だから使うこと自体あきらめていた。
だが、せっかく魔法のある世界に召喚されたのだから少しくらい使ってみたかったと思ったことは何度もある。
「私は使えないよ」
「やっぱり限られた人しか使えないんだ」
「うん、そうだね。あ、でもちょっと見ててね」
そう言うとサラは立ち止り人差し指を上に向けると、んーーっと力む。
顔がすこし赤くなる。
すると数秒後、指先にポッと赤くて小さい火が灯るが、一瞬で霧散する。
「うぉっ! 今の、魔法?」
「うん。そうだよ! これじゃ何の役にも立たないけどね」
幸助の反応に嬉しさで笑みをたたえるサラ。
「いいなぁ、僕は全く使えないからな」
この世界では、十人に一人は魔法を発動させることができる。
しかし、実戦で使えるレベルに達する人はその中の百分の一である。
サラのように「ちょっとした魔法」程度でほとんどの人が終わるのだ。
従って、有能な魔法使いは国や貴族に雇われるか有名な冒険者として荒稼ぎしている者が多い。
「うん? なんだろあれ」
再び歩き出そうとしたところ、正面から何かが近づいてくることに気付く幸助。
「どいてどいて! 誰か治療術士を呼んでくれ!!」
幸助の眼には一人の少年が荷車を曳きながら全速力で走って来る姿が映る。
その表情は鬼気迫るものである。
何事かと少年の曳いている台車を見ると、怪我をしているであろう。装備を血で染めた少年が運ばれていた。
傍らには彼が使っていたとみられる真ん中から折れた剣が置かれている。
「魔物にやられたのかな?」
「そうかもしれないね」
「冒険者は命がけだなぁ。こんな朝っぱらから怪我なんて。僕には無理だよ」
「コースケさんは違う能力があるから大丈夫だよ」
「ありがと、サラ」
改めてここは異世界なんだなと感じる幸助の耳に、先ほどの光景を見ていた野次馬の声が届く。
「最近若い人の怪我が増えたわねぇ」
「そうねぇ。ギルドの治療術士さんも大忙しみたいよ」
「若いのに命張って魔物退治してくれてるんだから感謝しないとね」
どうやらギルド周辺ではよく見られる光景のようだ。
少年が冒険者ギルドに入っていくのを見届けると幸助とサラは再び歩き出す。
冒険者ギルドから歩くこと十五分。
幸助とサラは目的の武器屋へ到着した。
「ここがホルガーさんの店だよ!」
サラが立ち止った前には個人商店にしては珍しく石造りで二階建ての店舗が建っていた。
外壁には幸助が以前にも見たことのある剣と槍が交差している看板が掲げられおり、小さく『ホルガーの武器店』と書かれている。
幸助がアロルドへ認知の説明をする際、例に使った看板だ。
入口は開かれているのでそのまま中へ入る。
店内には誰もいないようだ。
「こんにちはー」
サラが声をかける。
「うん? お客さんなの?」
カウンターの向こうから声がする。
しかし、人影は見えない。
その代わり小さな猫の耳だけがカウンターの上からちょこんと出てきた。
その耳がカウンターを横にスライドし端に達すると、その全身が露わになる。
「いらっしゃいなの」
茶色の髪の上に猫の耳が乗ったホルガーの娘、パロが二人を出迎える。
(おぉ、獣人! しかもめっちゃ可愛いじゃないか!)
幸助は今までにも獣人と呼ばれる人を見たことはあった。
しかし残念ながら筋肉ガチムチの狼獣人しか見たことがなかったのだ。
しかも襲われかけたこともある。「やらないか」という誘い文句とともに。
だからこそパロの愛くるしさに目を見開く。
「こんにちは。ホルガーさんはいるかな?」
腰を下げパロと目線を合わせ問いかけるサラ。
サラは何度か会ったことがあるので別段驚いた様子はない。
「うん、ちょっと待っててなの」
そう言い残しトテトテと奥へ消えていくパロ。
「今の娘、可愛いなぁ」
「うん。ホルガーさんの娘さんだよ。血はつながってないんだけどね」
「へぇ。そうなんだ。獣人ってゴツイ人ばかりだと思ってたよ」
「なにそれ。変なイメージ」
「今までに会ってきた人がみんなそうだったからさ」
「ふぅん……」
ホルガーを待つ間、店内を見回す幸助。
壁には剣や槍など様々な武器が掛けられている。
それぞれの武器の下には値段が書かれた札が置いてある。
「ほとんどが金貨五枚以上か。武器って高いんだな」
「うん。結構するんだね」
金貨二枚あれば四人家族が一ヶ月は生活できる金額である。
長く使えるものとはいえ、駆け出しの冒険者にとっては装備を整えるのも一苦労である。
「待たせたな」
奥からホルガーがやって来た。
その後ろからパロもついてくる。
「ホルガーさん、こんにちは」
「初めまして、幸助といいます」
「ああ、待ってたぞ」
「私、パロって言うの」
ホルガーの後ろにいたパロが横から顔を出し自己紹介する。
「僕は幸助だよ。よろしくね」
「うん。コースケ」
パロは甘えているのか、名前を名乗るとサッとホルガーの後ろに戻る。
自己紹介が済むとホルガーはカウンターの奥からゴソゴソと丸椅子を取り出す。
それを店内の空きスペースへ四つ並べる。
「ここに座れ」
「では失礼します」
各々が椅子に腰かけると幸助が話を切り出す。
「では早速。アロルドさんから少しだけ話は伺いましたが、改めて今の状況を教えて頂いてもいいですか?」
「おう」
それからホルガーはここ一年間の出来事を淡々と説明する。
騎士団の購買担当者が変わったこと、それ以来注文が無くなったこと、競合店に取られたこと、そこが半額でやっていること……などである。
口数の少ないホルガーからゆっくりと紡がれる言葉は重みをもって幸助とサラへ届く。
「許せない!」
ダンと床を踏み鳴らす音が店内に響く。
パロはビクっとしてホルガーの後ろに隠れる。
怒りを露わにしたのはサラだ。
「その武器屋を徹底的にやっつけちゃおうよ!」
「ダメだよサラ。感情に任せてそんなこと言っちゃ」
「だって!」
「競合とこうやってしのぎを削るのも商売だよ。相手が悪いことをしてるとは限らないんだしさ」
幸助に窘められると唇をかみ下を向くサラ。
サラ自身も商売で苦労をしたので思うところがあるだろう、そしてこの感情の起伏を見て初めてアロルドと親子なんだなと感じる幸助。
「それで今はどうやって生計を立ててるんですか?」
「冒険者を相手にしてる」
確かにこの場所は冒険者ギルドからもそれほど遠くない。
ギルドで受けた依頼をこなすため南門から街の外へ行くときも店の前を通るはずである。
「売上は足りてますか?」
「ダメだ」
「どのくらいダメですか?」
「まったくダメだ」
会話がかみ合わない。
アロルドも職人気質であったが、ホルガーは別の意味で一癖ある男である。
切り口を変えて再度質問する幸助。
「ここに金貨五枚の剣がありますが、これは先月から今日までにどのくらい売れましたか?」
そう言いながら先ほど店内を見回したときに目に入った、おそらくこの店内で一番安いであろう剣を指さす。
「一本も売れてない」
「他の剣や槍はどうですか?」
「一本も売れてない」
「一本も……ですか?」
「一本もだ」
要するに最低でも一か月間、売上はゼロということだ。
アロルドの店は仕入が売上を上回るという状況だったが、こちらも状況は逼迫しているようだ。
どうしたらよいのか幸助が考えていると、珍しくホルガーの方から口を開く。
「あいつらは金がない。だからなまくらしか買わない」
「なまくらって?」サラが尋ねる。
「焼きも入ってない。鋳物も売ってる。粗悪品だ。すぐダメになる」
それを聞いて先ほどのギルド前で見た光景を思い出す幸助。
若い冒険者の横には真ん中から折れた剣が置かれていた。
「確かに、先ほどもケガして運ばれてる若い冒険者を見ました」
「それに、最近よく見かけるって言ってたよ」サラが続ける。
「ああ。武器ってのは、いいものを、ちゃんと面倒見て、長く使うものだ……」
(若い冒険者はお金がないから粗悪品を買う。
粗悪品を買うから怪我が増えた……ってことか。悪循環だな。
でもホルガーさんの武器は高くて買えない、と)
「ホルガーさん、その粗悪品を売ってる店ができるまでは若い冒険者は何を使ってたんですか?」
「上級者のお下がりだな」
「ああ、なるほど。新品は買えないから中古ってことですね」
「そうだ」
納得する幸助。
お下がりであれば古いけれどそこそこの質の剣が手に入るということである。
安い粗悪品が出回ったことでその文化が無くなってしまったのかもしれないと幸助は推測する。
「若い冒険者はお金がないから安いのを買っているということは分かりました。ところで上級者はどこで買ってるんですか?」
「他の街だ」
「わざわざ買い付けに行くんですか?」
「この街には上級者向けの仕事がない。だから出ていく」
「ちなみにホルガーさんの剣はどのランク向けの剣ですか?」
「騎士団向けだ。冒険者なら上級者だ。それしかやってない」
ここで合点のいく幸助。
ホルガーの扱っているのは精鋭集団である騎士団向けの武器ばかりである。
冒険者でいえば上級者向けということだ。
おいそれと初心者が手を出すことはできない。
しかし、この街にはホルガーの武器を買える上級者はいない。
「もしかしたらターゲティングのミスマッチかもしれませんね」
幸助は社畜時代によく使ったワードを口にする。
今までにもそのような事例はよく見てきた。
若者の多い街で高齢者向け商品を売ったり、高性能なソフトウェアを零細企業向けに開発したりといった具合だ。
「ターゲティング? ミスマッチ? コースケさんどういう意味?」
(あれ、僕ってもしかして意識高い系に見えるかも?
ま、いっか。いずれこの世界をイノベーティブなソリューションでカイゼンするんだからな)
「ターゲティングっていうのは、自分のお店の商品を誰に向けて売るかを決めること」
「うんうん」
「それで、この街の冒険者に対する武器の需要は初心者向けなんだ。だけどホルガーさんのお店には上級者向けしか置いてない」
ここまで聞くとサラは理解したようで、手をポンとたたく。
「初心者向けを置かないといけないってことだね!」
「正解。よくわかったね」
「やった!」
サラの頭をポンポンとする幸助。
そして真面目な顔に戻り、ホルガーへ向き直り告げる。
「ということなんです、ホルガーさん。まだ調査してないので断定はできないですが、恐らくはこのミスマッチが原因です」
「だろうな」
やはりホルガーもそう感じていたようである。
「やっぱりコースケさんすごいよ! 武器のこと知らないって言ってたのに、もう原因がわかっちゃうなんて」
「ありがとう、サラ。まだ断定ではないけどね」
ミスマッチが原因となると、店の運営方針を根本から変えなければならない。
そして方針が変えられないならば上級者がいる街へ引っ越さなければならない。
幸助は商売の核心に迫る質問をする。
「ホルガーさんは、これからもこの街で商売を続けたいと思ってますか?」
一瞬だが頬が引きつるホルガー。
店主に商売を続けたいという意思がない場合は何を手伝っても無駄なため、失礼なことを承知の上で確認する幸助。
ここで戸惑うようであれば、手助けはできない。
「もちろんだ」
「店をつぶさないためには素晴らしい高品質な武器ばかりでなく、初心者が手の届く武器も作らないといけなくなりますよ?」
「ああ。こいつの友達、この街にたくさんいる。だから」
そう言いながらパロの頭をなでるホルガー。
それにつられ、ピコピコとパロの耳が動く。
「パパのお店、無くなっちゃうの?」
「ううん、パロ。大丈夫だよ。心配しないで」
「そうだよ、パロちゃん。コースケさんなら大丈夫だから!」
(こんな小さな子が店のことを心配してるんだ。この子のためにも頑張らないとな)
ホルガーの意思とパロの想いを聞き、何とかしてあげたいという責任感が湧き上がる幸助。
しかも今や仲間ともいえるアロルドからの紹介でもある。
何としてでも改善を成功させなければならない。
「ホルガーさん」
「何だ?」
視線の合う二人。
幸助はいつものセリフを声高らかに宣言する。
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」




