1.初めての……
※本文中に登場する手法は異世界固有のものです。
日本で通用するかどうかは分かりません。
※特に武器屋経営の方、参考にする際はご注意ください。
時は幸助がこの世界へ召喚される半年ほど前。
場所は工業街の一角にある鍛冶工房。
キン、キン、カン!
キン、キン、キン、カン!
鍛冶工房からは今日もリズミカルに鉄を打つ音が外まで漏れ聞こえる。
この界隈の風物詩ともいえる音だ。
中を覗くと一人の男が一心不乱に槌を振るっている。
窯にはメラメラと火が燃えたぎっている。
相当暑いのであろう。額に浮かぶ汗が幾筋もの線となり床へ滴り落ち、土を固めただけの床に丸い染みを作る。
キン、キン、キン
打ったものを今度は持ち上げ角度を変えながらしっかりと見る。
形状からすると両刃の剣のようである。
まだ熱が落ちておらず薄らと赤みを帯びている。
納得がいったのか一度頷くとそれを置き、隣の台に置いてある水を一気にあおる。
「ふぅ」
タオルで汗をぬぐうとそれを団扇のように仰ぎ、火照った体を冷ます。
鍛冶師の名はホルガーである。
身長は低いが体格は良く、立派なひげをたたえている。
寡黙な男であるが、仕事は丁寧だ。
この腕一本でやって来たという自負もある。
もともとホルガーは故郷のエッシェンバッハ王国に店を構えていた。
この街に鍛冶師がいなくなってしまったからと知人に頼まれ、引っ越してきたのが十年前。
今では伯爵領の騎士団にも剣と槍を卸しており、商売は順調そのものである。
ユーザーである騎士からの信頼も厚い。
最愛の妻には三年前に先立たれた。
子宝には恵まれなかったが、五年前に保護した子を娘として大切に育てている。
海辺の町に武器の納品へ行った際、海岸に漂着していたのを見つけたのだ。
海の向こうには誰も行ったことのない国があるようで、嵐の後など稀に異国人が漂着する。
いや異国人というよりは……。
「パパ、お客さんなの!」
十歳くらいであろう小さな少女が育ての親であるホルガーを呼びに来た。
血がつながってないとはいえ、実の子のように育てている娘だ。
目に入れても痛くない。
妻に先立たれてからはまだ幼いながらも、併設された武器屋の店番を手伝ってくれている。
普段ホルガーは鍛冶工房にいることが多いので、重要な戦力である。
といっても計算などはできないので来客があった場合に告げに来てもらうだけだが。
「ありがとう、パロ。すぐ行く」
返事を聞くとパロと呼ばれた子はホルガーがやって来るのを待つ。
時おりサラサラで茶色い髪の上に乗っている猫の耳のようなものがピコピコと動く。
パロは猫獣人と呼ばれる種族である。
ここマドリー王国や周辺国には彼らの国や集落は無いが、どこの町にも大抵一人くらいは獣人がいる。
西の海が近いこの界隈に住んでいる獣人は、パロのように流れ着いた者がほとんどだ。
ホルガーはタオルを首にかけなおし、表の武器屋へつながる通路へ歩く。
パロはその後ろをトテトテと続く。
「おう、お前か」
店頭で待っていたのは伯爵領騎士団の購買担当者であった。
注文やメンテナンスがある場合、彼が連絡の窓口となっている。
隣には見たことのない顔の男がもう一人いる。
「こんにちは、ホルガーさん」
「どうした? 今日は」
「実は私、王宮の官吏試験に合格しまして、王都へ引っ越すことになったんです。それで後任の者を連れてきました」
「そうか」
その後三人は引き継ぎ事項など簡単な打ち合わせを行った。
だが打ち合わせといってもほとんど顔合わせのみが目的だ。
すぐに終了する。
しかし、その後一ヶ月経っても二ヶ月経っても新任者からの連絡は無かった。
騎士団も魔物の討伐を行っていることもあり、最低でも月に一度はメンテナンス依頼が来るはずである。
火をくべられることが無くなった窯や工具をメンテナスするだけの日々が続く。
時おり冒険者が来店するが、大抵たいした金を持ってない者ばかりなのでなかなか購入へはつながらなかった。
半年が経ったある日のこと。
とうとうホルガーはしびれを切らし、購買担当者の勤め先である領主の館を訪れ新任者を呼び出す。
幸い新任者はここにいたようだ。
薄笑いを浮かべながらホルガーへ近づき対峙する。
晩秋の乾いた風が二人の間を駆け抜けると、落ち葉を巻き込みカサカサと音を立てる。
「ああ、ホルガーさんですか。ご無沙汰しています」
「あれから連絡が無いが。メンテナンスをしないと剣がだめになる。どうしているんだ、騎士団は?」
「メンテナンス? しっかりとしてますよ」
いや、そんなはずは無い。
半年間、剣一本のメンテナンスすらしていないのだからとホルガーは憤る。
「どういうことだ!」
「メンテナンスや調達は、別の武器屋に任せることにしました。お宅の半額で済みましたので」
冒険者の方々からも安いと人気のようですよ、と新任者は続ける。
それを聞き怒りで手を強く握りしめるホルガー。
確かに他の鍛冶師がこの街に武器屋を開いたことは知っていた。
だが、何の断りもなく切り替えるのは許せなかった。
しかも自分が打った「我が子」ともいえる剣を他人がメンテナンスしていることも耐えられない。
第一、自分たちの生活もある。
呼吸は荒くなり、胸が大きく上下する。
ホルガーはプルプルと振えるその腕を上げようとしたが、理性がそれを抑える。
「勝手にしろ!」
そう言い残すと領主の館に背を向け、来た道を帰る。
請われてこの街に来たのに裏切られたという想いがホルガーの胸を満たしていた。
◇
時は現在に戻る。
日差しは柔らかくなり、朝晩は涼しさを感じるようになってきた。
ここはアヴィーラ伯爵領の商業街にある宿屋。
幸助はいつもの部屋で着替えをしていた。
「うーん、最近太って来たか? ズボンがキツイぞ。これは間違いなくアロルドさんのせいだな」
自分の食欲を棚に上げアロルドのせいにする幸助。
無理やり前ボタンを閉めると腹をポンと叩く。
「せっかくだし、カルボナーラでも食べに行くか」
寝坊して宿の朝食を食べそびれた幸助。
時刻はもうすぐで十一時。
『アロルドのパスタ亭』の開店する時刻である。
最近ではランチタイムには行列ができており、早めに行くか遅めに行くかしないと待ち時間が長くなってしまうのだ。
待つことを嫌う幸助はすぐに店へ向かうことにした。
それほど時間もかからずアロルドの店へ着く。
いつもの立て看板が幸助を迎える。
しかし幸助はある違いに気付いた。
トマトの色が鮮やかになっていたのだ。
「ちゃんと描きなおしてるんだ。忙しいだろうに、えらいな」
ギィ。
重厚なドアを開く。
「あ、コースケさん! いらっしゃいませ!」
「こんにちは、サラ。立て看板、描きなおしたんだ」
「うん! 気づいてくれたんだ」
「もちろん」
「ずっと使ってて色が変になってたからね」
夜間は店内に片づけている看板であるが、昼間は日光や風雨にさらされるので、どうしても劣化してしまう。
文句も言わずに毎日しっかりと働いてくれる看板だからこそ、メンテナンスは大切だ。
「サラ、今日はカルボナーラを食べに来たよ。あ、ハンバーグもセットのやつで」
決めていたオーダーをする幸助。
ただでさえ高カロリーのパスタをセットメニューで注文する。
だから太るのである。
「はーい。ちょっと待っててね」
くるっと回れ右をするサラ。
真っ赤なポニーテールがふわりとたなびく。
キッチンへ向かったサラを見届けると、幸助は一番お気に入りの席に腰かける。
小さな窓から通りを行き交う人が見える場所だ。
いつものようにボーっと外を眺める。
今日も様々な人や馬車が行き交っている。
(今日は食べ終わったら何をしようかなぁ……。うん?)
幸助は自分の思考の中へ入り込もうとしたとき、キッチンからアロルドがやって来るのに気づく。
どかっと幸助の正面に腰かけると話し始めた。
「コースケ、メシの前にちょっと相談があるんだが」
「相談ですか? 新作パスタのネタはありませんよ?」
アロルドが幸助にする相談事は大抵メニューのことである。
ラインナップにペペロンチーノも加わり、幸助の個人的満足度もだいぶアップしている。
欲を言えば海鮮系のパスタも食べたかったのだが、生憎海辺の町まで馬車で一週間くらいかかる。
鮮度を維持することが難しいこの世界ではあまり期待できない。
「今日はそうじゃない」
しかし今日はそうではないらしい。
どのような相談が気になり聞き返す。
「どんな相談ですか? お店は繁盛してるみたいですし」
「うちのことじゃないんだ。この前、商業ギルドで知り合いに会ってな。かなり商売に困ってるみたいなんだ。よかったら助けてやってくれないかな、と」
その言葉に幸助は心の中でガッツポーズをする。
この仕事を始めてから初めての紹介である。
ある程度実績ができると、そのあとはほとんど紹介だけで成り立たせることもできる商売だ。
紹介してもらえるということは、幸助の能力が評価されたことに他ならない。
大いなる躍進だ。
嬉しさでにやけそうになるのを必死に抑えつつアロルドに質問をする。
「ちなみに業種は何ですか?」
「武器屋だ」
「ぶ、武器屋……ですか?」
思いがけない業種に戸惑う幸助。
武器屋など当然日本には無かった。
しかもこの世界に来てから剣を取るようなことも無かった。
召喚されたときに適性がないと判断されていたからだ。
だから武器屋の存在は目に留まっていたが買ったことも入ったことも無い。
「ああ。俺の店は何で流行ったのかと聞かれてな。そいつは流行ってなかった頃の俺の店を知ってるんだ」
「変化を目の当たりにしたんですね」
幸助がアロルドと出会った頃と今では業績は雲泥の差だ。
市民の間で美味しいという評判も立っている。
それでいてベースとなるトマトバジルパスタは全く同じなのだから、同じ商売人の眼からすると不思議に見えるのであろう。
「ああ。だから今の俺の状況に驚いてな。繁盛のコツを聞かれたから説明も面倒くさいし、お前の名前を出したんだよ」
「……」
「そしたら是非会ってみたいとさ」
「そうなんですね。面倒くさいというところが引っかかりますが、ありがとうございます」
(ありがたいけど武器屋なんてわかんないぞ。大丈夫かな)
あごに手を当て考え込む幸助。
(武器屋は基本的にアロルドさんと同じ職人の商売に分類されるよな。
アロルドさんみたいに技術があるというのは大前提だけど、武器の質なんてわからないし。
その判断は僕にはできないぞ)
「ところで、その方の腕は確かですか?」
「ああ、間違いない。去年まで騎士団の注文を一手に受けていたくらいだからな」
それを聞いて安心する幸助。
「それなら間違いなさそうですね。でも何でその取引が無くなっちゃったんですかね?」
「競合店に取られたんだと」
購買担当者が変わった途端、半額で提供するという武器屋に取引のすべてを奪われている。
アロルドもそこまで把握しているわけではないが、競合店に取られたという事実のみは聞いていた。
「いずれにしても話を聞いてみて、それからの判断ですね」
「ああ、できるできないの判断はお前に任せる。とりあえず話だけでも聞いてやってくれ」
「分かりました。ちょうど今はどの店にも関わっていませんので、紹介よろしくお願いします」
幸助がそう告げると、遠巻きに話を聞いていたサラがアロルドの隣にやってくる。
「あのね、コースケさん。私も一緒に武器屋さんに行くの!」
「えっ、それはどうして?」
サラの言葉に戸惑う幸助。
ついてくること自体は問題ないが、店の仕事も忙しい折にアロルドが許さないだろうと考える。
「俺がついていけって言ったんだ。武器屋の顔も知ってるからな」
「アロルドさんがそう言うならいいですけど……」
どういう風の吹き回しであろうか。
今まで幸助とサラが二人で行動するのを嫌がっていたように見えた。
それが今、全く正反対のことを口にしているのだ。
不安げな幸助の表情に気付いたのか、アロルドが再び口を開く。
「それにだな。お前はいつか大物になりそうだ。サラにもしがないパスタレストランだけじゃなくて、もっと多くの世界を体験してもらいたいと思ってな」
思いがけずアロルドから大物になると評価され、驚くとともに嬉しさがこみ上げる幸助。
店のことは心配するな、とアロルドは続ける。
「そうですか。アロルドさんの考えてる世界に行けるかは分かりませんが、頑張ります」
「おう、よろしく頼んだぞ」
「よろしくね! コースケさん」
こうして幸助の商売に初めての仲間が加わることとなった。




