6.因果応報
「アロルドさん。はい、コレ」
「何だ? オリーブオイルか。在庫なら間に合ってるぞ」
「これは普通のオリーブオイルとはちょっと違うんですよ」
「何だ。怪しい言い方だな」
「まあ、騙されたと思って味見してみてくださいよ」
ルティアの店で試食販売を行った翌日、幸助は開店前の『アロルドのパスタ亭』に来ていた。
アロルドの顔を見るや否や、ルティアの店から持ってきたオリーブオイルを渡す。
目的は一つ。
アロルドにペペロンチーノを開発してもらうためである。
「この辺のオリーブオイルはどれも一緒だぞ」
オイル瓶を受け取ったアロルドは中身を手にたらし、味見する。
芳醇な香りが、そして懐かしい味が口に広がる。
「な、何だこれ! 帝国産並み、いやそれ以上かもしれないぞ!」
アロルドはオリーブオイルの名産地であるローマリアン帝国で料理の修業をしていた。
だからこそ幸助の持ってきたオイルの味に驚愕する。
「コースケ。お前どこでこんなの手に入れたんだ」
「それは企業秘密です」
「あ?」
「……というのは嘘で、商業街の穀物屋に売ってるんです」
「商業街にあったのか。今まで全然聞いたことなかったぞ」
「『アロルドのパスタ亭』と一緒で認知されてなかったんですよ」
「そうか。なら仕方ないな」
その後幸助はアロルドへルティアのことやその取り組みについて話した。
親戚にオリーブ農家がいること、今までこっそりと売っていたこと、幸助が販売を手伝っていることなどである。
とそこへ、ちょうど二階から降りて来たサラが幸助の姿に気付きパタパタと駆け寄る。
トレードマークの真っ赤なポニーテールは幸助と出会った頃よりも大分伸びている。
「あ、コースケさん! おはよ!」
「おはよう、サラ」
「今日はどうしたの?」
「アロルドさんに新しいパスタを作ってもらおうと思ってね」
ニヤリとしながらアロルドへ視線を送る幸助。
「ちょ、その話は全然聞いてないぞ」
「今から言いますね、ペペロンチーノの材料」
「ペペロンチーノ?」
また聞いたことがない料理名が出てきたと頭を抱えそうになるアロルド。
「たっぷりのオリーブオイルにニンニクと唐辛子、ベーコン、塩です」
「……」
「それをパスタに絡めて完成! 簡単ですよ」
「また丸投げか! って、今回は簡単にできそうだな。今までオイルの質が良くなかったから出来なかっただけで」
アロルドがローマリアン帝国で修行していた頃は、素材をオリーブオイルで煮る料理もよく作っていた。
現代のメニューで言えばアヒージョのことである。
そのレシピに似ているので、カルボナーラほど苦労はしなさそうと踏んだのである。
「へー、いいオリーブオイルが手に入ったんだ」
「そうなんだ、サラ。また新しいメニューが増えてよかったね」
「うん!」
「まだ試作も作っとらんがな!」
来週完成品を食べに来ますねと言い残し、幸助はアロルドの店を後にする。
そして翌週のとある日。
太陽が傾き商業街の人通りも少なくなった頃。
似たような店舗が並ぶメインストリート沿いの店舗には、鼻唄交じりで少しだけ早めの店じまいをしているルティアの姿があった。
「今日はコースケと一緒にデート。楽しみだなぁ」
ルティアの店で試食販売をしてから一週間が経過した。
試食販売は初日のみで、それ以降はしていない。
食べることだけが目当ての人が湧いてくるのを防止するためだ。
そのため爆発的な成果は出ていないが、それでも中級品が毎日数本売れている。
仕入に強みがあるため、適正価格で販売してもしっかりと利益は稼ぎ出せている。
そんな折、幸助から自分が販売するオリーブオイルを使ったパスタの試食に誘われたのだ。
業績が上向きで、久々の外食ができる。
機嫌がいいのも無理はない。
いつもより手早く片づけを済ませると精一杯のお洒落をし、約束の場所である幸助の宿へ向かう。
今日の服装は以前と同じ白い薄手のチュニックだ。
数少ない余所行きの服の一つである。
少しだけ早足で歩く。
夕方ではあるがまだまだ暑い。
じわりと額に浮かぶ汗をハンカチでぬぐう。
宿屋までは歩いて五分。すぐに到着だ。
幸助は宿の前で待っていた。
「コースケー! おまたせー!」
手を振りながら幸助に駆け寄る。
たゆんたゆんと大きな何かが上下に揺れる。
「こんにちは、ルティアさん。思ったより早かったですね」
「うん。何かワクワクしてきちゃってね」
二人は合流すると肩を並べてアロルドの店へ向かう。
店まではおよそ十分くらいだ。
南北に走るメインストリートとの交差点であるロータリーを越えると黒い外壁の店舗が見えてきた。
店頭には立て看板が変わらず立っている。
サラの力作だ。
「コースケの言ってた立て看板はこれのことね。確かに分かりやすいかも」
「でしょ。これだけで大分流れが変わったんですよ」
以前言葉で伝えようとしてうまく伝わらなかった立て看板のことが、パッと見ただけで伝わった。
まさに百聞は一見に如かず、である。
重厚なドアに手をかけ開ける。
ギィ。
薄暗い店内には既にランプの明かりが灯っている。
それに気づいたサラがパタパタと駆け寄る。
「あ、コースケさん! いらっしゃい!」
「こんばんは、サラ。ペペロンチーノ食べに来たよ」
そう言いながら店内に入る幸助。
その後ろからルティアが続く。
(えっ、コースケさん、女の人と一緒? しかも美人。誰なの?)
想定外の出来事に戸惑うサラ。
恐る恐る幸助に尋ねる。
「えっと、そちらの方は……?」
「ルティアさんっていって、例のオリーブオイルを売ってる方だよ」
そして幸助は振り返りルティアを前へ通す。
「ルティアさん、この娘が表の看板を描いたサラです」
「サラちゃん、ルティアよ。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
二人がテーブルに腰かけると、厨房からアロルドがやってきた。
そして幸助の隣にどかっと腰を下ろす。
サラは遠巻きにその様子を見ている。
「おう、コースケ。珍しいな。今日は二人か」
「はい。例のオリーブオイルを販売してる方を紹介しようと思いまして」
「始めまして。ルティアです」
「俺はアロルドだ。お宅のオリーブオイル、試させてもらったよ。すげえ高品質だな」
「ありがとうございます」
「で、一つ聞きたいんだが。まとまった量を定期的に買わせてもらうことは可能か?」
「それはもちろん!」
思いがけぬ展開に喜びを隠せないルティア。
飲食店であれば使用量はけた違いだ。
しかも継続購入が期待できる。
「よし、商談成立だ。なら今度とりあえず十本分持ってきてくれ」
「アロルドさん、金額の話してないですよ」
「そ、そうだったな」
相変わらずのアロルドである。
その後口頭ではあるが条件などを三人で詰め、話はまとまった。
アロルドはペペロンチーノを作ってやるから待ってろよと言い残し、厨房へ帰って行った。
サラは変わらず遠巻きから二人の様子を窺っている。
その表情は少し不安げである。
その視線に気づくルティア。
「あら、サラちゃん。どうしたの?」
「い、いえ! 何でもありません」
「うふふ。コースケを取って食べたりしないから安心して」
「そそそ、そんなんじゃありませんから!」
顔を真っ赤にして厨房へ駆け込むサラ。
「サラちゃん。可愛いわね」
「はい。小動物みたいで可愛いですよね」
「コースケのこと、かなり慕ってるみたいだけど?」
「何だか妹みたいなんですよね」
「妹? ……そっか。そうなんだ」
(あれ? 何か変なこと言っちゃったかな)
微妙な空気になってきたので幸助は話題を変える。
「それよりも、ルティアさん。アロルドさんとの取引決まってよかったですね」
「うん。本当によかったよ。紹介してくれてありがとう」
「いえいえ。これも僕の役割ですからね」
今回は幸助の関わった二つの店舗での相乗効果が期待できる。
幸助の人脈が広がれば、こういったことも増えるのであろう。
その後、次回の試食販売の予定などを立てていると、パスタが出来上がったようである。
サラではなくアロルドが皿を二枚手にし、やってきた。
「これが俺の作ったペペロンチーノってやつだ」
二人分の皿をそれぞれの前へ置くアロルド。
ふわりとオリーブオイルとニンニクの香りが漂う。
ニンニクはみじん切りだ。
ところどころ輪切りになった真っ赤な唐辛子が色彩のアクセントにもなっている。
「オリーブオイルがいいからな、うまいぞ」
「うん。美味しそうですね。さっそくいただきます」
二人とも同時にフォークを手に取り、パスタを食べる。
「……」
「うん~、最高!」
先に口を開いたのはルティアだ。
「シンプルに見えるのにこんなに美味しいなんて」
「お前のオリーブオイルがなかったら出せなかった味だぞ」
今までもアロルドはこの辺りに流通しているオリーブオイルの質の悪さに嘆いていた。
作りたくても作れない料理が多かったからだ。
これからはオイルソースパスタだけでなく他のレシピの幅も広がる。
従ってアロルドは上機嫌だ。
「あたしのお店でも宣伝しなきゃね。このオリーブオイル使ってる店があるってね」
「おう、是非たのむぞ」
試食ということで無料サービスしてもらったが、金額はトマトバジルパスタと同じ大銅貨八枚にするようである。
食べ終えた二人は店を後にする。
「コースケ、またね! あと、えっと、ルティアさん。ありがとう! オリーブオイル」
先ほどの赤面はおさまったのであろう。
帰り際にサラが見送りに来てくれた。
「またね、サラ」
「サラちゃん、ばいばい。またオリーブオイル持ってくるね」
◇
その後、約一ヶ月が経過した。
ルティアの店ではオリーブオイル目当ての客が、ついでに小麦も買ってくれるようになった。
そのため一定量の販売見込みが立ったため、小麦の仕入値上昇を防止することができた。
「あーあ、また暇になっちゃったな」
幸助はまた暇を持て余していた。
ルティアの店も軌道に乗ってさえしまえば、幸助が特に手出しをすることは無い。
報酬の入金を待つだけである。
しかも今回の契約では、オリーブオイル販売利益の一割が永遠に幸助に支払われる契約だ。
印税のような権利収入である。
今後の幸助の支えとなることであろう。
今日、幸助は次の働き口を探すため商業街を歩いている。
しかし季節は夏のピークのため、なかなか捗らない。
日本のかき氷を懐かしく想う日々である。
「あれ? 何だかにぎやかだな」
当てもなくブラブラ歩いていると、知った店の前が賑やかなことに気付く。
人だかりの先はルティアの競合店である。
十数名の野次馬と、この街の警察役を司っている騎士が数名店頭にいる。
「俺は悪くねぇ! 仕組まれたんだよ!」
店主らしき人の叫び声が聞こえる。
ちょうど騎士に両脇を抱えられ連れ出されるところのようだ。
「何やってるんだろ。ま、僕には関係ないか」
せっかくだから騒ぎを報告がてらルティアの店に行くことにする幸助。
数分で到着すると、今日もルティアは頑張って店を切り盛りしていた。
ルティアは近づいてきた幸助の顔を見るや否や、興奮気味に話し出す。
「ねえねえコースケ、大ニュースよ! 聞いた? アイツの店、摘発されたんだって」
「そうなんだ。そういえば店の前が賑やかなことになってたけど、何かあったの?」
「どうもね、今年の小麦に五年も前の古いのを混ぜて売ってたんだって」
この街のルールでは、小麦は生産年度を明示して販売しなければならないことになっている。
そして混ぜることは違法である。
ルティアの客を引っ張り店頭価格より安くして売っていたその裏側は、ゴミを混ぜて人を欺いていたということだ。
似たような事件が日本でもあったなと思い出す幸助。
「でね。ただ混ぜるだけなら見つからなかったかもしれないんだけど、その小麦を食べて病気になった人が何人も出たんだって」
「へぇ、それは酷い話だなぁ」
「でしょー」
アレルギー反応が出てしまったのかなと幸助は推測する。
「病気が出たとなるとアイツの店、無くなるかもね」
「因果応報だよ」
「因果応報?」
「良い行いをすれば良い結果が返ってくる。悪い行いをすればその逆ってこと」
「そうね。私も気をつけなきゃ」
その後、例の店主は収監されることになり、店は予想通り廃業となった。
その影響でルティアの店へ客が戻ってきたことは言うまでもない。
こうして幸助は、ルティアの店の改善を成功裏に終えることとなったのだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
これで第二章はおしまいです。
幕間を一つはさんで次章は武器屋編となります。お楽しみに。




