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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第2章 食料品販売店編
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5.試食販売で不良在庫が大活躍

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 食事を終えた二人は午後のミーティングに入る。

 若干の眠気を感じるが、最初が肝心だ。幸助は頬をたたいて気合を入れる。

 片づけを終えたルティアが小さな丸椅子に腰かけたタイミングでミーティングは再開された。


「さて。午後からは販売方法についてです」

「うんうん。どうするの?」


 幸助の話を聞きもらさないとばかり、身を乗り出しそうな勢いで幸助に問うルティア。

 だいぶ幸助の評価点が上がってきているようである。


「まずは昨日ルティアさんが考えてくれたこと、もう一回聞かせてもらってもいいですか?」


 それを聞きポケットからサッとメモを取り出すルティア。

 しわくちゃの紙切れを引っ張り伸ばし、半回転させると読み上げる。


「ええと、小麦を買ってくれた人全員にオリーブオイルはどう? って声をかけることね」

「はい。まずはそれをベースにしようと思います」


 アロルドの店と同様、ルティアの店が「オリーブオイルを扱っている」と認知してもらわないと始まらない。

 幸助は立て看板のことも考えたのだが、オリーブのイメージが湧かなかったのでまずは声かけから始めることにした。


「それでですね、さっきスープにオリーブオイルを入れて食べましたよね。その時どう感じました?」


 少量たらしただけでその味が激変したスープの味を思い出すルティア。

 つい先ほどのことなので、その時の感情はすぐに戻ってきたようだ。


「そうね。美味しいってのと、こんな食べ方あったんだということかしら」

「そう。品質のいいオリーブオイルだからできたことなんですよね」

「ええ。目からうろこだったよ」

「ではここで質問です。まだこのオリーブオイルの味を知らない人に「美味しい」って思ってもらうにはどうしたらいいでしょう」


 人差し指をあごに当て、斜め上を見ながら考えるルティア。

 答えは先ほどの会話の中に隠されている。

 幸助がそのように流れを作ったからだ。

 十秒ほど考えるとゆっくりと口を開く。


「味見させてあげる……ってことかしら」

「正解」


 パチパチと拍手をする幸助。

 正解したことで笑みをたたえるルティア。


「というわけで、試食販売をしましょう」


 そう言うと幸助は店の裏側を指さす。

 大量の在庫が保管されている倉庫の方だ。


「お店には大量の小麦が余ってますよね」

「ええ。残念なことに」

「パン屋さんに小麦を預けてパンを焼いてもらうことは可能でしょうか?」

「それなら大丈夫だと思うよ。でも、コースケが焼いてくれてもいいんだよ」


 食べたことの無い美味しいの作ってるんでしょ、と視線を投げかける。

 昨日は小麦商のサンチョスが来たことで上手くかわせた幸助は焦る。


(まさかここで掘り返されるとは……)


 今回は逃げ場がない。絶体絶命である。

 はぐらかしたところで、この年上のお姉さんには敵いそうにない。

 腹をくくって正直に言うことにする幸助。


「小麦以外の材料のことがわからなくて、挫折しました……」

「うふふ。そんなことだろうと思ったよ。酵母は門外不出だからね」

「酵母のこと知ってたなら教えてくださいよぉ」

「だって、聞いてこなかったじゃないの」

「うぐぅ……」


 幸助がさんざん悩んでいた酵母のことをルティアは知っていた。

 やはり思い付きで行動はよくないと反省する幸助。


「仕方ないなぁ。じゃあこれで許してね」


 なぜか頭をよしよしされる幸助。

 完全に手玉に取られてしまっている。


「うぅ、僕はもう子供じゃないんです」

「うふふ。ちょっとからかってみたかっただけよ。朝からずっとコースケの独壇場だったからね」


 確かに、三種類の商品展開をすることやスープにオリーブオイルを使うことなど、常に幸助のペースで流れていた。

 その流れを少しだが崩せたことに満足するルティア。商売とは全く関係のないところではあるが。


 気を取り直して説明を再開する幸助。


「ええと、それでですね。お昼を食べているときにパンにも合うって話をしましたよね」

「そうだったかしら」

「はい。なので、来店してくれたお客さんや店の前を通ったお客さんに声をかけて、オリーブオイルをつけたパンを食べてもらうんです」

「でもタダで食べさせてあげたら儲けが無くなっちゃうんじゃないの?」


 もっともな心配である。


「返報性の法則っていうのがあるからそこまで心配しなくてもいいと思いますよ」

「返報性の法則? それはなぁに?」


 知らないのも無理はない。

 現代心理学の分野であるのだから。


「何かしてもらった人は、お返しをしなきゃならないという感情を抱くんです」

「うんうん」

「試食販売の場合、パンを食べさせてもらったらお礼に買わなきゃという感情になるんです」

「なるほどねぇ……」


 半信半疑のようである。


「まあ、全員がそうなるわけではありませんが」


 お金を払えるかという問題もありますしね、と続ける。


「何もしないよりもはるかに購入してもらえる確率は上がります。しかも小麦はどれだけ使っても大丈夫そうですしね」

「それは余分」


 さっきの仕返しができたと心の中でガッツポーズする幸助。

 小さい男である。


 その後、備品の手配など細かな方針を練る二人。

 最終的に、今週は準備期間とし来週の月曜日に試食販売をすることに決まった。

 通りを往く人の影がだいぶ長くなったころ、ミーティングはお開きとなった。



  ◇



 そして翌週の月曜日。

 記念すべき日を祝福するように抜けるような青空が広がっている。

 今日は試食販売を行う日である。

 朝早くから幸助とルティアは準備に勤しんでいる。


「ちわー。パン屋です。焼きたてのパン、お届けに上がりました!」

「ありがとー。そこに置いといて!」

「はいさ!」


 焼きたてのパンも届き、役者はそろったようである。

 夏の暑い日差しで劣化しないようオリーブオイルは店内に静置し、店頭には市民におなじみのオイル瓶だけ並べてある。

 これだけでも「オイルが置いてある」と気づく人はいるかもしれない。

 ちなみにオイル瓶は幸助が陶器商から買い付けた。


「いよいよね」

「うん。頑張ろう」


 店頭の一番目立つところに空き箱を置き、その上にお盆を載せる。

 試食用に即席で誂えた試食台だ。

 盆の上には小さくカットされた山積みのパンとオリーブオイルの瓶、そして小皿を置いた。準備は完了だ。


 時刻は午前八時。

 日本ではまだまだ買い物には早い時刻だが商業街の朝は早い。

 道を往く人々が徐々に増えてくる。


 幸助は店内から店頭の様子を観察する。

 基本的に営業そのものには手を出さない方針だからだ。


「さて、がんばらなきゃね」


 もう開店の時間は過ぎているが、いつも通りルティアの店にはなかなか客が来ない。

 しかし、これに関してはまだ問題ではない。

 早朝に賑わうのは生鮮食品を販売する店なので、穀類を求める客が来るのはもう少し後になる。

 そんな矢先、店頭に人影が現れた。


「あ、ミリアさん。いらっしゃいませ」


 本日初めての来店だ。


「ルティアちゃん、いつもの小麦五キロよろしく」

「はい。すぐ用意しますね」


 いそいそと小麦袋へ向かうルティア。

 話しぶりからすると常連のようである。

 秤で五キロを計量すると来店客の持ってきた袋に詰める。


「はい。銀貨一枚ね」

「ありがとうございます!」


 商品を渡し代金を受け取ると、そのまま客は帰ってしまった。


「あ、試食してもらうの忘れちゃった」


 その後もちらほらと来店はあるものの、ルティアは試食の声がけをするタイミングをうまく掴むことはできなかった。

 店頭の試食台に気付き客から声をかけてくることもなかった。

 試食という行為自体に慣れがないためであろう。


「コースケぇ。誰も食べてくれないよぉ」


 店の奥に戻ってくると幸助に弱音を吐く。

 開店してから三時間くらいたった。

 時刻は午前十一時前である。

 まだ一人も試食をしてもらうことができないでいる。


「うーん、困りましたね……」

「何だか図々しく感じて声がかけにくいの」

「ま、慣れてないことをやろうとすると最初はそんなもんですよ」


 最初から何でもできる人などいない。

 練習して場数を踏んで、ようやくコツを掴んでいくものだ。


「なら、これから僕がサクラをやりますよ」

「サクラ? なにそれ」

「店頭でオリーブオイルを試食して、美味しいって演技をする人のこと」

「あはっ、面白いこと思いつくのね」


 日本では当たり前であるが、この世界ではそのような概念は無いらしい。


「僕がおいしそうに食べている姿を見れば、ほかの人も気になって食べてくれますよ。それにお腹が空いてくる時間ですしね」

「なら、早速やってみよ」

「じゃぁ、僕は裏口から表に回りますね」




 そして店頭へやってきた幸助。

 早速試食コーナーへ向かう。


「いらっしゃい!」

「あれ? 試食販売してるんだ。食べていい?」

「どーぞ、どーぞ」

「これは何ですか?」

「オリーブオイルなの。パンにつけて食べてね」

「はーい。いただきます」


 違和感ありまくりである。

 だが、幸助やルティアに演技力は期待してはいけない。

 二人とも商売人なのだから。


 道往く人に見えやすい体勢でパンを手に取る。

 小皿のオリーブオイルにパンをつけ、しみこませる。

 そして口へ放り込む。


「……」

「お、おいしいぞ!!」


 幸助渾身の美味しいコールが通りに行きわたる。

 幾人かがそれを聞きつけ、試食コーナーへやってきた。


「何だなんだ?」

「それ、食べていいのかしら?」

「オリーブオイルの味見ができるみたいですよ。パンをこうしてオイルにつけてパクッと」


 幸助が実演して見せる。

 周りの人がそれに続く。


「おいしい!」

「食べたことない風味ですこと」

「本当にオリーブオイルか? これ」

「うん! お母さん美味しいね!」

「ええ。美味しいわね」


 人が人を呼び、一気に大盛況となるルティアの小麦店。

 頑張ってねという意味を込め、幸助はルティアの背中を押し接客を促す。


「いらっしゃいませ。あたしの店にしか置いてない新鮮で高品質なオリーブオイルいかがですか?」

「本当に美味しいわね。お幾らなのかしら?」

「容器代は別で、銀貨五枚です」

「うーん、美味しいけどそれは高すぎて買えないわねぇ」


 市場に出回っている一般的なオリーブオイルの五倍の価格である。

 無理もない。

 しかし、この展開に対応するための筋書きは用意してある。


「奥さん、こちらのオリーブオイルでしたら銀貨二枚ですよ」


 一般的なオリーブオイルの二倍の価格である中級品を勧めるルティア。


「あら、それなら買えそうね。さっきのとはどう違うの?」

「通常のオリーブオイルとこの特別なオリーブオイルを混ぜてます。香りも味も普通のオイルより格段にいいですよ」

「そう。ならそれを頂こうかしら。容器もつけて頂戴ね」

「ありがとうございます!」


 こうして、用意したパンが無くなるまで人だかりは途絶えることはなかった。

 この日の販売本数は、一般・中級品・最上級品それぞれ十本・二十一本・三本である。

 これは試食代の経費を差し引いても、いつもの小麦の利益を軽く超えている。

 試食販売は、大成功で幕を閉じた。




「コースケ、すごいじゃない! こんなに売れたよ」


 太陽もだいぶ傾いた頃。

 店じまいの準備を手伝おうと幸助が店頭へ出ると、ルティアは興奮したように幸助へ話しかける。


「ルティアさんの頑張りが実を結びましたね」

「コースケのおかげだわ。誰も穀物屋がオリーブオイルを扱ってることに疑問を持ってなかったみたいだし」

「でしょ。そんなものですよ」

「いとこにもっとオリーブオイル送ってって手紙書かなきゃ」


 二人が今日の成果について話しつつ片づけをしていると、見かけたことのある細身の男がやってきた。

 例の競合店の店主だ。

 ルティアに近づくと、イヤミったらしく話しかける。


「おやおや、何か変わったことを始めたと聞いて見にくれば、オリーブオイルですか。もう小麦店はやめてしまわれたのですか?」


 どうやらこの店主も穀物屋の凝り固まった考え方があるようだ。

 ルティアは強気で返す。


「あら。敵情視察ですか? おかげさまで大繁盛でしたよ。いつまでも穀物屋にとらわれても仕方ないですからね」


 男の態度が急変する。


「へっ。常識外れのことしやがって。せいぜい頑張るがいいさ。小麦の売れない店は価値なんてねえよ」

「でも、お客さんは喜んでくれましたのよ。常識って何のことなのかしら」

「せいぜい足掻いてろ!」


 ルティアの返答にカチンと来たのか、捨て台詞を残しその男は去って行った。


「ルティアさん、あの人何したかったんですかね?」

「さあ、散々つぶしにかかった店が儲かってそうだから悔しかったんじゃない?」

「可哀そうなヤツですね。そういうヤツに限ってすぐに真似を始めたりするんですけどね」

「これは真似できないけどね」

「ですね。ルティアさんの一番の強みですよ」


 こうしてオリーブオイルの販売は順調な滑り出しを見せることとなった。


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