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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第2章 食料品販売店編
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4.脳みそに汗をかく

 翌日の朝。

 幸助は宿で朝食を済ますとルティアの店へ向かった。

 商業街のメインストリートにいつもの喧騒は無い。

 そう、今日は日曜日である。


 昨夜は雨が降ったため、石畳の通りは所々水たまりを作っている。

 朝とはいえ強い日差しが石畳を温め、空気中の水分濃度を上げている。


「今日は蒸し暑いなぁ」


 背後から照り付ける太陽の熱を感じながら通りを歩く幸助。

 この夏切っての蒸し暑さに顔をしかめる。

 日本の夏では当たり前だった蒸し暑さであるが、やはりこたえるものである。


「ルティアの店が近くてよかったよ」


 幸助の泊まっている宿とルティアの店はそれほど離れていない。

 徒歩で五分程度であろうか。

 約束していた店の裏手に回ると、裏口のドアをノックする。


「おはようございます。幸助です!」

「はいはーい。ちょっと待っててね」


 建物の二階から声が聞こえてきた。

 程なくして足音が近づき、裏口のドアが開く。


「おはよ。コースケ」

「おはようございます。ルティアさん」


 今日のルティアは白い薄手のチュニックだ。

 紫の髪の毛とのコントラストがさわやかである。

 エプロンをしていないので、その豊かな双丘がよりくっきりと見える。

 昨日よりも素早く視線を逸らす幸助。


「さ、中に入って。冷たい飲み物も用意してるからね」


 ルティアに促され、裏口から建物の中へ入る。

 薄暗い室内に充満している小麦の匂いが幸助を迎える。


「在庫がいっぱいありますね」


 店舗の裏側は倉庫になっていたようだ。

 小麦が入っているのであろう大きな麻袋が、うずたかく積まれていた。

 女性がこれを出し入れするのは重労働であろう。


「すごいでしょ。在庫」

「ええ、これはどれくらいで捌ける在庫量なんですか?」

「そうねぇ。三ヶ月分くらいかしら。仕入単価を維持するために沢山買わざるを得なかったのよね」


 なるほどと頷きながら考える幸助。


(在庫の回転日数が三か月か。小売店でこれはキツイなぁ)


 在庫の回転日数とは、今手元にある在庫が空っぽになるまでに何日かかるかという指標の一つである。

 適正値は商品により変わってくるが、三か月は長すぎである。

 在庫を増やしすぎると、もちろんその分の仕入に対する支払いも増えるので、手持ちの現金が減ってしまう。


 何とかしようにもこればかりは頑張って売るしかないので特に何も言わない幸助。

 そのままルティアの後を追い店舗側へ出る。

 窓が開けられている店内は倉庫より明るい。

 昨日も座っていた小さなテーブルには木のカップが二つ置かれていた。


「どうぞ、座って」

「はい」

「冷たい飲み物どうぞ。といっても冷却庫の魔石がもうすぐ切れそうだからあまり冷えてないけどね」


 カップへお茶らしきものを注ぐルティア。


「気を使っていただいて、ありがとうございます」

「なーに言ってんの。これから二人三脚で商売するっていうのに、そんなに畏まらないでよ」


 サラリーマン時代の癖がまだ抜けないようである。


「いただきます」


 ここまで歩いたのと強い日差しで喉がカラカラの幸助。

 飲み物はアイスティーだった。

 キンキンに冷えてはいないが十分に冷たいと感じるアイスティーが喉を潤す。


「ぷはぁ」


 一気に飲み干してしまった。


「はは。いい飲みっぷりね。おかわりいる?」

「はい。いただきます」


 追加分を注いでもらい一息つくと、本題へ入る。


「それで、オリーブオイルについてですが、今はどんな販売方法をしてるんですか?」


 昨日は仲のいいお客さんに売ってるということだけしか聞いてなかったので、とりあえず聞く幸助。


「そうね。欲しいっていうお客さんには容器を持ってきてもらってるの。それで、このお玉でその容器に入れてあげるの」

「値段はいくらですか?」

「よくある家庭用のオイル瓶一杯で銀貨二枚をもらってるの。その辺に流通しているオリーブオイルの二倍くらいかな」

「こんな高品質なのに、それで利益出てるんですか?」

「どうだろ。ほとんど利益は無いと思うなぁ」


 どうやら親戚の不良在庫をさばくという義務だけで販売しており、利益は度外視しているようである。


「ルティアさん、まず大前提の話なんですが」

「なあに?」

「このオリーブオイルは絶対に素晴らしい品質のものです。自信をもって販売しましょう」

「そうね。そうるすよ」

「それでですね、何かよい販売計画は思いつきましたか」


 幸助は昨日の帰り際にルティアへ課した宿題の提出を求める。

 アロルドの店で行った時と同様に、幸助がアイディアを出す前にまずはルティアに考えてもらおうとしたのだ。

 日々の業務を流れ作業のようにこなしているだけだと、新しいアイディアも湧きにくくなる。

 まずは考える癖をつけるのも大切である。

 これに慣れてしまえば、サラのようにワンプレートランチのような新しい発想ができるようになる。


「それがね。一生懸命考えたんだけど……」

「どんな小さなことでも構いませんよ」


 ポケットから小さなメモを取り出し目を通すルティア。


「まずは、小麦を買ってくれた人全員にオリーブオイルはどう? って声をかける」

「うん。それは大切ですね」

「それと、オリーブオイルの瓶を見やすいところに置く」

「うんうん。いいですね」

「店の名前を『ルティアの小麦とオリーブオイル店』に変える」

「あはは。それは斬新ですね」


 ルティアの意見を肯定的に聞く幸助。

 この会話以外にも、どうにもならないアイディアが色々出たが、今は「考えた」という事実を評価している。

 最初から考えることが億劫になることを防止するためだ。


「それで、どのくらいの値段で販売しますか?」

「それはオイル瓶一杯銀貨二枚のままでいいんじゃないのかしら?」

「それだと儲けが出ませんよ」

「あ、そうね。そうだったねえ」


 うーん、と腕を組み悩むルティア。

 双丘が強調される。眼福である。


「今までよりは高くする必要があります」

「そうね。コースケはどのくらいがいいと思う?」


 ルティアはこのオリーブオイルをそのまま売るという発想しかない。

 しかし幸助はもう少し捻ったアイディアを考えていた。


「えっとですね、単純に値段を高くするだけでは、販売が難しくなると思います」

「それで、どうするといいのかしら?」

「はい。ではちょっと視点を変えてみましょう」


 そう言うと幸助はカバンからオイル瓶を取り出す。

 陶器でできたシンプルな瓶で、この辺りの家庭では標準的なものである。


「これは昨日買ってきたオリーブオイルです。瓶は銀貨二枚しましたが中身は銀貨一枚でした」

「うん。この辺でよく見かけるものだね」

「まずはこれと同じ値段で少しだけいい品質の商品を用意しませんか? 安価なオイルにこの美味しいオイルをブレンドしたものを」


 市場に出回っているオリーブオイルは、もともと品質の悪いオリーブから絞られたオイルが長期間の流通で劣化したものである。

 安価なオイルに少量の高品質オイルを混ぜるだけで、一般的なものより上質なオイルとなる。


「それはどうして?」

「今までも通常の二倍くらいの価格で販売してたんですよね? そうすると欲しくても高くて買えないってお客さんもいたんじゃないですか?」

「よくわかったね。確かに買ってくれたのは声かけた人の十人に一人くらいしかいなかったね」

「なら、品ぞろえ商品として置いた方が親切だし売上にも貢献してくれると思います」

「なるほどね。なら、あたしはそれを用意して売ればいいのね?」


 その答えに幸助はまだそれだけではありません、と続ける。


「あと二種類の商品を用意します」

「一つはブレンド割合を変えて品質を良くした中級品。もう一つはこの搾りたてそのものの最高級オイルです」


 これのことと言いながらポンポンと卓上の瓶をたたく幸助。


「仮に高品質のものは通常の倍くらいの価格に設定するとします。これだけ見ると価格が高く感じてしまいます」

「うん。今でも十人に一人しか買ってくれてないしね」

「その隣に通常の五倍くらいの価格の最高品質のオイルが並ぶとどう感じますか?」

「ああ、割安に見えるね!」

「そう。それが狙いです」


 実際に背伸びしたい人は無理して買ってくれるかもしれませんしね、と続ける。

 二種類しかないと高い方はあまり売れない。

 だが、さらに上の価格のものを置くと今まで売れてなかった高い方が売れ出すものだ。


「では、商品に関してはこのような感じでいいでしょうか?」

「ええ」


 返事をしながらルティアは大きく伸びをする。

 伸びながら発する「んんっ」という声が色っぽい。


「なんだか普段しないことをするもの疲れるものね」

「確かに疲れましたね。考えることも労働のうちですから」


 幸助の会社ではこのようなことを「脳みそに汗をかく」と表現していた。

 運動すれば体に汗をかくことによる対比表現だ。


 窓から外を覗くと太陽はほぼ真上に来ていた。

 集中して話し合っていたので時間がたつのが早い。


「もうお昼も近いですし食事にしましょうか?」

「ええ、そうしましょう」

「本当はアロルドさんのパスタを食べに行きたいところなんですが残念ながら今日は定休日なので」

「あたしが作ってあげようか。簡単なものになっちゃうけれどね」

「いいんですか? ではご馳走になります!」


 ちょっと待っててねと言い残し、二階へ行くルティア。

 宿屋の一階で営業している食堂にでも誘おうとお思っていた幸助。

 思いがけずルティアがもてなしてくれることになり少しだけ喜ぶ。

 することがなくなった幸助は思考の世界に入り込む。


(どんな料理か楽しみだなぁ。

 プロ以外の手作り料理が食べられるのは何か月ぶりだろうか。

 こっちに来てからは初めてかもしれない。

 あ、そうか。

 東京にいた頃も彼女と別れてからは手料理なんて食べてなかったや。


 それにしてもオリーブオイル、どうやって販売するかだよなぁ。

 たぶん売れるのは安価なものと中級品がせいぜいだろうな。

 そもそもオイル自体が小麦とかと比べると高いしな)


 そんな考え事をすること十五分。

 階段を降りる足音が聞こえてきた。

 ルティアである。


 両手にお盆を持っている。

 お盆の上にある器からは湯気が出ている。

 お盆をそのままテーブルに置く。


「お待たせ。豆とトマトのスープよ。豆はウチで売ってる豆なの」

「おいしそうですね。いただきます」


 やはりこの地方はトマト料理が多いようである。

 ルティアのトマトスープはシンプルであるがたっぷりと豆が入っており、ボリューム満点だ。

 添えられた固いパンをちぎりながら食べる幸助。


「うん。美味しい! ホッとする味ですね」

「ありがと。こんな料理でも喜んでもらえたら嬉しいよ」

「あ、そうだ。この上に少しだけオリーブオイルを垂らしてみません?」

「スープにも使えるのか?」

「はい。美味しいと思いますよ」


 イタリア料理店のスープのことを思い出し提案する幸助。

 オリーブオイルならいくらでもある。しかも高品質なものが。

 瓶から少量をすくい、器へ回しながらたらす。

 トマトスープの上にオリーブオイルが浮き、模様を作る。

 スプーンでスープをすくい、恐る恐る口へ運ぶルティア。


「うん! これはいけるね」

「でしょ。オリーブオイルは何にでも使えますからね」

「他にはどんな使い方知ってるの?」

「サラダとかパンとか。とりあえず何でもつけてみるといいですよ」

「へぇそうなんだ。コースケって物知りだから、ホント話してて飽きないよ」

「ありがとうございます」


 こうして楽しい食事の時間は過ぎていった。

 作戦会議は午後へと続く。


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