強欲門番
ルナリス王国16番街の南門では、午前10時から午後16時の間はローレンスという男が門番を担当する。彼は警備隊長という職柄を利用して、通行人から通行税をむしり取っていた。
無論、住人は文句の1つも言えない。もし刃向えば、独房に連れて行かれる事ぐらい容易に想像がつくからだ。ローレンスは以前、悪漢として16番街の強盗やスリを行い、当時の警備隊長に見つかって逮捕された。ところが、ローレンスは警備隊長を殺して逃亡したのだ。当時の警備隊長は無敵と呼ばれ、数々の戦士を墓地に送り、1752勝無敗の対戦成績を誇っていた。それにもかかわらず、無名の悪漢のローレンスが倒してしまった。
噂はまたたくまに広がり、遂に国王の耳に入った。ローレンスは結局捕まってしまうのだが、戦闘力の高さを国王に買われて、警備隊に配属される事になった。その後、ローレンスは持ち前の戦闘スキルを利用して上官に下剋上を果たし、警備隊長の座にまで昇りついた。
それ故に、住民はローレンスの横暴さを知っていた。国王のお墨付きでもある彼に刃向う者は全て国外追放になった。住人は嫌々ながらも、彼に従わざるおえない。
この日もローレンスは住人から通行税を巻き上げていた。
「先を通りたかったら通行税を払いな」
ローレンスが話しかけた相手は観光客だ。よってローレンスの横暴さを知らない。
「いくらだい?」
観光客は街の決まりだと思い込み、素直に応じた。
「5000アトスだ」
アトスとは金の単位である。
「そんな大金……私の日給分だよ!!」
とたんに怒り心頭となる観光客だった。
「払いたくないならそれでいい。さっさとどけ、後ろの邪魔だよ婆さん」
「分かった、分かったよ。払うから待っとくれ」
結局、観光客は5000アトス札をローレンスに支払い、16番街の中に入って行った。
「次はお前か。話は聞いていただろう。5000アトス払いな」
ローレンスが目をつけたのは、黒いフードを被った青年だった。
「すまないが、俺は金を持っていない」
フードの男は小さく首を振った。
「ならば、国への反逆罪として逮捕してやろう」
「話しは最後まで聞け。金は持っていないが、それ相応に価値のある物を差し出そう」
「ほお、価値の有る物か。見せてみろ」
フードの男はポケットの中から指輪を取り出してローレンスの右手に置いた。それは何の変哲もない指輪だったが、元泥棒のローレンスは指輪の価値を瞬時に見定めた。
「こいつは……7万アトスの価値はある。こいつを俺にくれたら、今後の通行税はタダにしてやるぞ」
嘘である。ローレンスは都合の良い事は忘れ、再び通行税を取ろうとするだろう。
「分かった。だが、その指輪を決して指に着けるなよ。災いが起こるぞ」
「へっ、とっとと行った行った」
ローレンスは動物を追い払うようにして、フードの男を門の中に入れた。
その夜、ローレンスは家に戻って肉を食べていた。住人から頂戴した金で買った高級肉である。
「ぐへへ、美味しいぜ」
直後、彼は急に尻の付近が痒くなって、掻きむしった。彼が掻いた場所は丁度ズボンのポケット部分だった。
「あれ?」
ローレンスは違和感を覚えて、ポケットの中にある違和感を取り出した。その正体はは指輪だった。ローレンスは目先の金にしか興味はなく、換金しないと金にならない指輪の存在の事など、すっかり忘れていた。
「そういえば、指輪も貰っていたな」
無論、青年の忠告も忘れている。ローレンスは結果的に青年の忠告を無視して右手の薬指に指輪をつけた。
「良く似合ってるぜ」
ローレンスは指輪を見ながら自賛した。結局、その夜は指輪をつけたままベットに寝転がり、深い夢の中に落ちていった。
朝になると、ローレンスは買い物に出かけた。彼はいつも暴飲暴食を繰り返し、せっかく住人から巻き上げた通行税も二日分の食費しかもたない。今日でその2日目である。
「おい、親父」
ローレンスは、パン屋の親父に話しかけた。しかし、返事が無い。
「聞いてるのか!!」
机の上をバンバンと叩きながら喚くローレンスだったが、それでもパン屋の親父は返事をしない。おかしいと思いながらも、無視された腹いせに、カウンターに置いてあったパンを3個掴んで頂いた。
「これぐらいで済んで、ありがたいと思えよ」
ローレンスはパンを食べながら、パン屋から出て行った。
「今日は非番だし、金儲けできねーな」
パン屋から出た所で、朝日を浴びながら不平不満を漏らす。
「ねえねえ知ってる? ローレンスって悪徳門番」
突如、ローレンスの耳に自分の悪口が飛び込んできた。
「知ってるわよ、有名じゃない。彼の横暴ぶりは」
「俺の前で俺の悪口とは、いい度胸じゃねーか」
ローレンスは2人の話に割って入り、2人の頭蓋を叩き割ろうとした。ところが、ローレンスの拳は2人を透けて、空振りに終わった。
「ど、どうなってんだ!?」
ローレンスがいくら殴り掛かろうとも当たりはしない。その間もローレンスの悪口は止まらず、遂に観念し、尻尾を巻いて逃げ出した。
3日経ってローレンスは結論を出した。指輪をつけたことで自分は透明人間の類になってしまったと。狡賢いローレンスはこの状況に応じて、元来の盗み癖が働き、肉、魚、パンを盗み食いをしていた。
ところが、そんな生活が1か月経った頃にローレンスに異変が起こり始めた。朝に盗んだパンを食べながら涙が出てきたのだ。
「随分と喋ってないな」
孤独が全身を襲い、誰かと会話をしなければならないという錯覚が襲う。ローレンスは指輪を外そうとしたが、外れない。どんなに力強く引っ張っても、指輪が指の関節に固まっているようにだ。
「くそ、人肌に触れたい」
横暴な性格は、1ヶ月の孤独生活で萎えてしまった。もう以前のローレンスはいない。
「久しぶりに行ってみるか」
ローレンスは南門にやってきた。ローレンスが門番を務めていた時間帯には、全く違う別の門番がいた。その門番は通行税を要求しない善良な門番だ。
「元はと言えば、俺が通行税なんぞ要求しなければこんなことには」
すると、ローレンスの前に一人の男が現れた。その男は一か月前に指輪を渡した者だった。
「おい、あんた!」
ローレンスは声を掛けた。
「ん、お前は確か……」
フードの男はローレンスが見えるようだ。
「俺だよ俺。1か月前にここで門番をしていた」
「結局指輪をつけたのか」
「これ外してくれないか。もうゴメンだ」
「横暴行為もやめるか?」
「ああ、もう何もいらない。俺は人と話しがしたい。一人はもう嫌だ」
「反省しているようだな」
フードの男が右手で指輪に触れると、とたんに指輪は消え去っていった。
「うわっ、ローレンスさん!」
門番が驚いた顔をしている。
「俺が見えるのか?」
「当たり前でしょう。ていうか、今まで何処に行ってたのですか?」
「ああ、俺は生きているぞ!」
「ちょっと、人の話を聞いてくださいよ」
こうして、かつての悪徳門番は改心して、子供とお年寄りにも優しい善良門番に変わったそうな。そして、どうしてここまで変わったのかと聞いても、門番は決して理由を話さなかった。