迷宮見学
迷宮の外見は、ちょっとした蟻塚のような土の塊である。
街中に激しく違和感のあるものだが、広場の中央にある存在感は、実は十数キロ離れてしまうと見えなくなってしまう。
広場に踏み込んだとたんに、認識できる紅葉した蔦に覆われた土の塊の大きさを私は見上げた。
メネスメトロの迷宮。通称、温泉迷宮である。
まあ、ゲートの表記から、温泉迷宮の方が正式名称っぽいけれど。
「本当に、ある」
つい、広場を出たり入ったりして、確かめる。
「面白いだろう、たまにあるのだ隠蔽のかかった迷宮が。これはその一つだな」
アージット様はそう言って、私の頭を帽子の上から撫でた。
「上に登るタイプの迷宮も珍しいですけど、ここは下るタイプの迷宮も一緒だから、更に珍しいですよねぇ」
広場には、出店が所々に出ていて、肉の焼ける匂いが漂っていた。
「焼き鳥?」
「いや、多分魚だ。この迷宮に出る鳥系の魔物は、強くて高値で売れるから出店では扱われない。」
すれ違った人が口にしているのを見たが、肉の塊の串焼きのようだった。
「魚?」
「魚だな。しかし、味と焼いた匂いは豚っぽいぞ」
そういえば、ここに来る途中、豚の角煮のような魚を食べたなと思い出して納得した。
それより気になることがあった。
「なんだか、皆、お風呂あがり?」
お店の人以外、皆、やけにさっぱりした様子である。
タオルを肩にかけている人や、髪が湿っている人もいる。
「今、広場にいるのは、一晩迷宮で過ごして朝風呂に入った奴らだろうな」
「あ、ユイ師匠、迷宮見学はいいですけど、冒険者ギルドはたち悪いのもいるので、いくら女性陣が強くても、僕ら男性抜きに行こうとしないでくださいね?」
シュネルさんがアージット様の横で付け足した言葉に、私は首を傾げた。
「ギルドと、迷宮、別?」
一緒の建物かと思っていた。
「迷宮一階には、ギルドの出張買い取り所とか、あるけどな」
「ユイ様、温泉迷宮の名前はだてじゃないんですよ~」
迷宮の出入り口には、アーチ状の大きな穴があって、石レンガがはまっていた。
一度に五人が余裕で横並びで入れるほど大きい出入り口で、扉のたぐいはなかった。
中はドーム型で、中央には柱のように水が流れていた。
広さは外から見て想像できる広さなのだが、入って正面には柱のような水を挟んで、左右に、女湯と男湯の暖簾がかかった引き戸があった。
更にその左右には、また石レンガのアーチ状の穴があって、駅の改札口のような部屋が脇についていた。槍を持った門番のような人が脇に立っていて、改札口のような部屋にいる人に冒険者がお金を払って入って行くのが見えた。
「あそこは奥に迷宮の、登り階段がある。左は下り階段だな」
「赤い布と青い布のかかった扉の奥は、温泉ですね。赤い布の方は女性だけが、青い布の方は男性だけが入れます」
あ、日本語というか、漢字だった。布だし、もしかして加護縫いかな? と、近寄って見た。
達筆な女湯の字は、筆で書かれたものだった。




