フルク・ハーニァ
数ある物語の中には、精霊が人の体を得て、人の世界に紛れ込むというものがいくつかある。
その日、その場所にいた者達は、それを目撃したと思った。
騎士関係、小人族の血縁関係者は、すぐに分かった。
美しい鎧騎士は、メネス家伝説の花冠の鎧乙女では?と。
そしてその腕に抱かれ、運ばれているのは、人の身を得た精霊のようだった。
銀の髪、金の瞳
整った容姿は幼さを残しつつ、表情や物腰には大人の思慮深さを感じる。
年齢不詳さが、更に彼女を精霊の化身のように見せた。
武装したままの騎士を連れていられるのは、王の許可を得た者だけ
それが貴重な女性騎士ならば、
もしや今日公表されると噂の、王妃候補か?と考えるのも当然だろう。
彼女達が向かったのは、先ほどトラブルのあったフルク・ハーニァの所
心ある者達ならば、整いすぎていて近寄り難いが善良な彼女に救いの手が差し出されたような、そんな気がしてほっとした。
まだ彼女達は何もしていなかったのに。
結果は想像以上のもの
魔眼の持ち主は、王族に近しい者達の中でも一握り
だからその夢のような光景の全貌を目撃出来たのも、数人
魔術の知識ある者達は驚愕する。
魔力を自在に操れる者が、魔術師だ。
いや、正確には、魔法陣を描けるだけの魔力もなければならない。
とても優秀な魔術師で、腕の太さの魔力
陣が読みとれなければ、精霊が力を発揮出来ないのだから、それなりに大きく描くことになり、魔力も多く使う。
しかし彼女が操った魔力は糸の細さ
「初代様の」
「開祖様の生まれ変わりか?」
口から思わず言葉がこぼれ落ちる。
ソウでなければ、精霊の化身だろう。
夢のような光景
そしてフルク・ハーニァが、ふんわりと微笑んだ瞬間、精霊の化身が増えたように思えた。
彼女も表情に感情を表すことが出来たのか!と、それがこんなにも美しいのか!と。
二人に見惚れた者達は、多かったが、もう誰も手出しなど出来ない。
花冠の鎧乙女と小人族のメイドに誘導され、移動する場所を率先して空けることで精一杯だった。
魔眼持ちの女性は、この国では王妃候補である。
ハーニァは16歳のこの日まで、精霊が見えることを公言したことはない。
父親は貴族と言うより職人で、家庭に関しては妻に任せっきりだった。
3歳までの微かな記憶の中、母は当然ハーニァの魔眼を知っていたが、彼女が大きくなるまで誰にも言わないように言いつけていた。
幼いハーニァが等級の高い貴族に取り上げられないように、権力闘争に巻き込まれないように守り教育する予定だったらしい。
まさかあっさり病をこじらせて、亡くなってしまうとは、母自身も予想していなかっただろう。
母が死んで、職人の腕と才能しか無かった父親は、廃人まっしぐらで・・・・兄が必死に領地を回し、その間幼いハーニァは使用人達に育てられていた。
『親戚』が、人を送り込んでくるまでは、ギリギリ均衡を保っていた。
『親戚』が、送り込んできた使用人と『新しい母親』が、最悪だった。
廃人だった父親は流されるように再婚。
兄が回していた領地も、『親戚』の送り込んだ使用人に任せてしまう。
父親は、まだ成人していなかった兄の天才的な才能を知らなかった。
娘は優しい昔からの使用人達が、愛情込めて世話してくれていたことも知らなかった。
結果、贅沢と自分がチヤホヤされないと我慢ならない義母と、搾取することしか考えられない『親戚』に、そこと通じている使用人がフルクの領地を荒らしたのだ。
兄の尊敬する先輩と、その彼と一緒に来た少年が、父親を鉄拳制裁し目を覚まさせなかったら
たった一年で人見知りをこじらせて、女性特有の醜さに嫌悪を抱き初めていたハーニァは、恋愛など一生出来なくなっていただろう。
容姿は兄妹揃って母親似だが、性格は母親似よりが兄で、ハーニァは父親似よりだったのだ。
この一年で、フルク家の等級は一つ落ち
だが父親は職人として復帰して、兄が実質家を継いで先輩に助けられつつ、家や領地を立て直した。
時々オマケのようについて来た少年は、ハーニァと遊んだり勉強を教えてくれたりした。
彼自身、実の母親からしてろくでもない存在だったから、ハーニァに同情的で年と男女差があっても、同士のように気が合ったのだ。
隣国の姫が後妻として王妃になり、嫉妬から気狂いとなった間フルク家は彼の避難所の一つになったりもした。
彼は、現王アムナートだったのだ。