ほのぼの光景
「何というか……凄いね」
「うにゅ…」
しみじみと言われ、しかも呆れたような口調だったので、私はしゅんと項垂れた。
「ああ、なんで落ち込むんだい、可愛いよっ、似合ってるじゃないか」
仕方ない子だねというように褒められて、一応ほっとした。
私は匂い袋を配り終えたので、やっとフリーになった休憩時間で自分の服を縫い上げたのだ。
動きやすいように前世の衣服をモデルに。
なんで仕事場で作ったか……というと、私が所持しているのは針一本と蜘蛛一匹………鋏を持ってないのだ。
蜘蛛糸は蜘蛛さんが、私がこの辺で切ってほしいなと思う所で糸を出すのを止めてくれてたし、生家では繕い物中心で布地を切ってという作業がなかった。いや、あったのかもしれない…が、当て布などは事前にわたされていた。もしかしたら私が、あの部屋の衣服を八つ当たりでずたぼろにする可能性を警戒していたのかもしれない。そんなこと絶対しないと私は思うけど、判断するのがそうゆうことをしそうな人達だから、そう考えたのだろう。
………でも、あそこに鋏があったら、やぼったいデザインの服とか、バランスの悪い服とか、改造していたかも。
さあお礼の匂い袋作るぞ…と、なって初めて「私…自分の鋏を持ってない……」と気がついたお間抜けは私です。
そうしたら作業部屋の鋏を、部屋から持ち出すのは当然×だが、休憩時間になら好きに使っていいと許可を得たのだ。
「匂い袋はともかく…まさか服を、測り糸を使わず裁断するとはねぇ」
私の上司であるおば様、リーヌおば様は苦笑して呟きました。
「測り糸?」
「これだよ」
なにやら皮のケースを取り出して私に見せてくれます。
「この赤い印をつけた糸が上着の長さ、青い印が腕、そこに結んでるのが腕回り、」
え…まさか
「こうゆう糸で着る人のサイズを測って、それで布地に印をつけて裁断するのが普通なんだよ」
型紙代わり…って、やつですね、うん。
って、いうか大変そうだ……これまでしてきた繕い物の中、布がもったいないと思ってしまうような服とかは、もしかしたら測り糸で裁断するのが苦手な人が作っていたのかもしれない。
私もちょっと型紙のことが頭をよぎったけど、生家はともかくココでも見たことなかったし、紙……本とか書類でしか使われてないみたいなんだよね………型紙に出来るサイズのものが、そもそも流通してないみたいなのだ。
でも匂い袋作る時に気付いた。
私……好きなサイズに布を裁断出来るって。
一個、一個、測らなくても全て同じサイズに切れた。
で、自分の体を見て、イメージする服の完成図を浮かべたら、鋏を入れる場所が自然と解ったのだ。
自分でもびっくり。
「あ、それで、おど、ろ、いた?」
あまり喋ることがなかった私の声は、たどたどしい。
ここに来た直後に比べれば、声はちゃんと女の子だし、喉が掠れるような変な音は混じらなくなって聞き取りやすくはなっていると思う。
「それもだけどね、総合的に凄すぎるよ……手が早いし早いし、普通休憩時間中に裁断と縫い上げは出来ないからね?技術レベルが高すぎるわ……私が教えられたこと、止め針と測り糸の存在くらいじゃないかい…」
遠い目になったリーヌおば様に、私は慌てる。
「でもっ、わた、し、たす、かたっ」
止め針…つまりは待針の存在は本当に助かった。
おば様に貸して貰わなかったら、もっと手間がかかっただろう。
「あっは、大丈夫だよ。ユイの手の作品は前から知ってるんだからね。嫉妬も馬鹿らしいくらい素敵だと、惚れ込んで来てもらったんだよ」
よしよしと頭を撫でられて、照れる。
「わ、たし、も、おばさまの、さくひん、好き。やさし、ていね、着ると、ふわふわ、ほかほか、する」
「あぁっ、もうっ、可愛い子だねっ」
ぎゅっと抱きしめられて、二人して照れあった。
リーヌおば様は暖かくて優しくて、今世の母親?とは大違いでずっと抱っこされてたいなぁと感じた。
ヌィール家では子育ては使用人の仕事だったし、しかもあの家に仕えるだけあって、ろくでもない人達ばっかりだったし……たまに会う母親?は、香水臭さと化粧臭さで近寄られるのも苦痛だった。
本当にこの家に引き取られて、リーヌおば様が私の上司で幸せだ。
そんな感じでほのぼの仕事をしていた私達の元に、スクル様はやってきた。見たことのない恰好の精霊を四体、周囲に張り付けて。
この屋敷に訪れることは珍しい…ロダン様の仕事場の方で筆頭執事を務めているウルデ様の婿様なんだそうな…といった説明をリーヌおば様に聞きながら、目は精霊に釘付けだった。
精霊は女性の形が基本だけども、羽が生えてたり猫とか犬とか兎っぽい耳や尻尾が付いてるのもいたりした。
スクル様にくっついてるのは明るい緑の綿みたいな物に、わちゃわちゃっと包まった猫耳の精霊達だった。
それは毛糸に絡まって団子になった子猫…でも表情は狭い所大好き~な雰囲気の子猫っ
茶っこい子と黒い子と、赤茶っぽい子とレモン色の、にゃん娘がマリモの着ぐるみの中でぬくぬくしているような、そんな感じで肩とか頭とかにくっついてるのだ。
スクル様は一体を肩から摘まんで、私の目の前に寄こした。
ふわわわわっ、だっこしてもいいんですかっ?
思わず両手を差し出して、受け取り姿勢になった私に…周囲の人達は息を飲んだ。
「ユイ……精霊様が見えるのかいっ」
「え」
あれ?そういえば…スクル様、精霊見えてる?
かわゆい精霊団子に釘付けだった私は、遅れて気付き……私も精霊が見えるということをばらしてしまっていたのだった。