加護縫い
嬉しかったことは、作業室でない自分の部屋を貰えたことと、お給料を貰えたことだった。
あ、あと休日も。
これまでずっと、私は作業室で寝起きして、一日中縫物をしていた。
とにかく沢山縫いあげた物に、家族は二三針、仕上げ…をして、どこかへ持って行った。
売り物なのか、依頼されたものなのか、教えられることはなかったし、もちろんお小遣いどころか給料など払われるわけもなく…休日など存在しなかった。
お金の価値や使い方を教えてもらい。
私は初めて自分の自由に縫える布地を買いこんだ。
一応育てられていた時に、家庭教師に色々教わっていたが、基本的な礼儀作法中心で、お金に触れたこともなかったのだ。
ちゃんとした自分の服を縫いあげ、メインに買った布地で屋敷の人達のため匂い袋を作りあげた。
勿論裏地には加護を縫い付けた。
私に優しくしてくれた初めての人達に、プレゼントしようと…加護を縫いつけたいと思えた人達のために、蜘蛛糸に魔力を込め……
始めての加護縫い…は、結果とんでもないことになった。
「ふわわぁ…っ」
これまで私が加護縫いをしていた精霊さん達が、わらわら寄ってきて…糸が様々な色合いに輝いたのだ。
そう、言うまでも無く…加護の効果がたぶん…とんでもなく高い物が出来あがってしまったのだ。
見えないように縫いこんでなければ、結構な騒ぎになったのではないだろうか?
ついでに中に入れるポプリも、精霊達が寝転んだり潜ったりと力の残滓がたっぷり。
男性にはすっきり柔らかなレモン系の香り・女性にはふんわり甘い花の香り
料理人の人達には迷惑かな?とも思ったけど、彼らは休日に持ち歩くなと喜んで受け取ってくれた。
どのくらいの効果があるのか分からないけど、持ち主の健康や精神はかなり守られるだろう。
私がこれまで、粗食で生きてこられたのも、精霊達が触れたりして力を込めた物を食べてきたからなのだ。
…普通五年もあんな食事事情だったら病気になって死んでてもおかしくないのが、ガリッガリで済んでるのだから。
あの家から救い出してくれたも同然な当主様には、一層気合いを入れて縫った。
「ロダン様」
「どうしたウルデ」
ロダンは…滅多に表情を変えない、幼馴染であり男装美女で筆頭執事の一人であるウルデの、焦りを滲ませた表情に腰を上げた。
手に持つトレイの上には小さな袋
「なんだ?それは」
「ユイ様が、ご当主様へと…匂い袋だそうです」
差し出されたことで、手にしても無害と分かり…掌に収め匂いを嗅いでみた。
さわやかなレモンの香りが、書類で疲れた頭を洗いあげるかのように香った。
「屋敷中の者ほとんどが、同様の物を受け取りました。優しくしてくれて嬉しかったから…と、彼女が初給与を使って材料を買い、作り上げたものです」
「何か問題があるのか?」
「ロダン様への物は、流石に中身を改めたのですが……見ていただければお分かりになられるかと…」
トレイの上に紙を敷かれたので、ロダンは言われた通り匂い袋の中身をひっくり返した。
紙の上に零れ落ちるのは、レモンの香りがするハーブが乾燥したもの。
そこに染みついた精霊の力
「精霊が宿ったハーブを摘み取ったのか?!」
王宮特殊庭園で、僅かながら育てられているソレは、管理も難しく摘み取る際も精霊が自ら差し出す葉でなければ力は染みつかない。
それらのハーブで作った料理やお茶は、毒消しと健康の効果がある。
一般に出回ることはほぼ不可能…王族のお茶会に招待された時のみ味わうことが出来る代物である。
「ロダン様、これらは庭師が伸びすぎた、または増えすぎた物を剪定した物でユイ様が許可を貰って加工した物です」
「…え」
「さらなる問題は中身より袋です。中をご覧ください」
言われるまま、袋を覗き込んだロダンはひゅっと息を飲んで、固まった。
「ヌィール家の始祖様の手と同等の、本物の加護縫いに在らせられます」
「まて、彼女は加護縫いが出来ないという話ではなかったか?」
「…彼女は幼く、世間のこともよく教えられていません…が、その精神は健全で誇り高い所があります。今回のコレも隠すように縫ったのは、実家に知られてこちらに因縁を付けられるとを疎わしいと警戒されたのかと…または自分の手がけた加護縫いが始祖級であるとは知らない…始祖自体を知らないのではないか…と」
ロダンは初めて面談した時の、十五だというのに、小さくぼろぼろだったユイの姿を思い出す。
人と会話することが、ここ数年なかったという調べもついている。
たどたどしくあいさつをした…子供としか思えない姿に、加護の価値を知らない、下手したら効果もという可能性すらありえるだろうと思った。
「それから我が夫スクルが、やはり報告がある…と」
やはり幼馴染で筆頭執事のスクル、ウルデの夫である彼からの報告…という言葉に背筋が伸びる。
「なんだ?」
スクルはロダンの王宮勤務方面での筆頭執事だ。
彼は、世間でも珍しい精霊を見る目を…魔眼を持っていた。
魔術師の弟子にと渇望されるのを振りきって、ウルデの家に婿入りし、先代筆頭執事に教えを受け、ロダンに仕えてくれている。
大抵は王宮と住まいを行き来してるので、ロダンの屋敷には寄らない…屋敷を預かる筆頭執事はウルデであるからだ。
たまに一緒に帰ってきて、ウルデの手伝いをすることもあるが、基本執事としてのレベルはウルデの方が高いのだ。家に帰ってからスクルの方が報告があるということは、精霊に関係することしかないだろう。
「今、ユイ様にロダン様の大切なご友人にもプレゼントをしたいという話をして、彼女の周囲を見て、もらっています。ヌィール家はともかく、王宮には彼女の腕を報告されるべきかと…現在、この屋敷はかなりの精霊の守護を受けているそうです。原因は彼女でしかないでしょう」
数分後、スクルが精霊達が増えたわけが分かりました…と、報告に来て、その内容にロダンとウルデは更に度肝を抜かれるのだった。