ディオン
3・ディオン
ディオンは、怠惰にベッドの上で寝返りをうった。
開け放ってある窓から射し込んでくる、明け方の清冽な陽射しに、目の前の金の髪が輝いている。
バランスよく引き締まった長身の体躯が、昨夜どうであったのかを思い出して、ディオンのからだが、熱く滾った。
長年の思いを吐き出すようにしてぶつけ、行為はほぼ無理矢理であった。しかし、ディオンは知っている。この男が本気で抗えば、自分など到底太刀打ちできはしないのだと言うことを。
メルグロフにすら内緒にしていた、彼の一族の秘められた力を使い、自分が為したことが、卑怯極まりないという慙愧の念は確かにある。しかし、救い手であり育ての親でもあるメルグロフに、恩知らずと何度謗られようと、一度爆発してしまったマグマのような恋情を、もはや止めるすべなど、もっていなかったのだ。
満たされた―――という感覚は、皆無だった。
後悔と、メルグロフに拒絶されるのではないかという忸怩とした危惧ばかりが、先に立つ。
上半身を起こし、メルグロフの青ざめた横顔を眺めているディオンの、黒曜石のような双眸が、朝日を弾いた。
陽光を弾いて、とろりと瞳孔が煮崩れたかの錯覚の後に、色素をなくした素のままの血色にとって変わった。
邪視、邪眼と忌まれる、彼の一族直系の証であるそれを、ディオンは決して好いてはいなかった。感情が高ぶれば、瞳は素の色を剥き出しにし、相手を呪縛しようとする。
憎めば、憎悪のままに。
恋すれば、恋慕のままに。
殺意を向けられた相手は、自らその命を絶つ。
好意を向けられれば、自らその身を捧げようとした。
その故に、一族が滅ぼされたのだということを、今のディオンは、知っている。だからこそ、メルグロフに嫌われてはいけないと、力に目覚めてすぐ、自らを厳しく戒めたのだ。
それなのに――――
ディオンはくちびるをかみ締めた。
こうなってしまった後は、メルグロフを逃がさないようにしなければ。
組み伏せてすぐ、メルグロフが、自分から逃げようと考えているのが、手に取るようにわかった。わかってしまったのだ。
自分の一族とは違い太陽の下を自在に駆ける、誇り高くも陽気な金狼犬神が、こんな関係を望むはずもない。
口中にとろりとした鉄錆びの匂いが広がるまで、噛みしめたくちびるに痛みを感じることはなかった。
しかし、メルグロフの優れた嗅覚には、それだけで充分だったのだ。
狼の本能が、血の匂いにそそられたのだろう。
ディオンの視線の先で、メルグロフの翡翠色の瞳が、うっすらと見開かれていた。高めの鼻が、小刻みに動いている。色をなくしてへの字に食いしばられていたくちびるが、かすかに開き、鮮やかなピンク色の舌がぞろりとくちびるを舐め湿す。
そのさまに、ディオンの背中に粟が立つ。
ゾクゾクと劣情が煽られ、ディオンは、貪りつくようにして、メルグロフのくちびるを味わっていた。
血の味のするくちづけだった。
気がつけば、血に酩酊したディオンは、昨日と同じように、メルグロフを組み敷いていた。
血の匂いに我を忘れたメルグロフが、ディオンのくちびるの傷口を舌先でつつく。
止まりかけるたびにつつかれて、滲み出しつづける血は、ふたりをケダモノに変貌させたかのようだった。