第6話 漆黒の戦闘機 四
どうもみなさまお待たせしました
夏川、自動車学校に通っていたためにかなり更新が遅れてしまい皆様にご迷惑をおかけしました
では、本編へどうぞ!
「姫川?」
「な、何よ……。もしかして、似合わない?」
さらに俺を驚かせたのが、その美人が姫川だったということ。
よくことわざなんかで『美人は3日で飽きる』なんていうが、そんなことなど嘘かと思えてしまう。
いままで、地雷やらRPGを持っていた姫川を見てきた分、そのギャップは想像以上だった。
「……似合いすぎていて、正直ビビった」
「に、似合い過ぎてッ!?」
顔を真っ赤にして顔を背ける姫川。そんな仕草に、何故か、ドキリとしまう俺がいる。
しかし、まさかここまで印象が変わるとは。一瞬誰かと本気で疑ってしまったほどだ。初めて姫川に会った時もポニーテールにしていたが、そのときとはまた違った印象だ。
いつもは大人っぽくて、キリッとした表情の姫川が、今日はどこかの富豪の箱入り娘のような気品とあどけなさを醸し出している。
よくよく考えてみれば、女の子らしい姫川の格好を見たのは、姉さんの罰ゲームで着せられてメイド服やチャイナでドレスを着ていた時ぐらいだった。
普段はアリアスの制服だし、時間外の私服で、スカートを履いているところなど見たことがない。
おかげで、俺の頭の中は、目の前の情報を正しく処理しきれていない状態になっていた。
「良かったですね。お客様」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いている姫川に、店の奥から近寄ってきた女性店員がにこやかな笑顔を浮かべた。
「お顔もお肌も、髪も綺麗な方ですし、お客様に合うと思いチョイスさせていただきました。やはり、私の見立ては間違っていませんでしたわ」
どうやら、服選びに悩んでいた姫川に、この女性店員が服を選んだらしい。流石は、服屋で働いているだけはあって、その仕事は申し分ない。
姫川が、元々美少女だったのは承知の上だが、さすがはその道のプロ。更にそれに磨きをかけたおかげで、街ゆく男なら誰もが振り向きそうな美少女に作り上げてしまったようだ。
店から一歩も出ていないというのに、店の前を歩いていた男性諸君が店の中へと自然と顔を向けているほど。
姫川がここまで恐ろしいスペックを隠し持っていたとは。
「そ、その。あ、ありがと」
「お、おう」
姫川が妙に照れているので、俺までも変に意識してしまって顔を合わすことができない。
ニコニコと笑っている店員さんに対して、俺と姫川はギクシャクとしてしまう空気になってしまっていた。
結局、服の支払いを済ませて店を出るまで終始自然に会話ができないまま、俺たちは店を後にすることとなった。
別に居づらいというわけではないのだか、気恥ずかしいさが俺たちの会話を邪魔していて、双方話を切り出しにくい雰囲気になっている。
そうしているうちに、話のネタがないかと無駄に頭をフル回転させている俺がいることにアホらしくもなってきた。
なぜいつもできる簡単なことで無駄なことを考えているのだろうか。そう思い、姫川に話しかけようとした時だった。
横を並んで歩いていた姫川の足がピタッと不自然なほどに急に止まった。
さっきまで頬を紅く染めていた姫川の表情が明らかにこわばっていて、ある一点を見つめたまま瞳が動いていない。
その瞳の向く方へと視線を動かしていくと、白衣を着た一人の男性が現れた。研究員らしきその男性の白衣はおかしなほどに真っ白で、どこにもシミなどの汚れが一切ない。
綺麗に整えられた金髪に少しラフな色つきのサングラス。歳は、30後半といったところだろうか? 研究員というイメージには少しずれた印象を持った男性だった。
そして、その男性を見ている姫川の表情は、今までに見たことがないほどに青ざめていて、瞳孔の開いた瞳は驚きを隠しきれいない。
「ッ――」
姫川はその男性から逃れるかのように、俺の後ろに隠れる。
まるで怯えた子犬だ。いつもの姫川らしい覇気が全くない。一体、姫川にどんな過去があったのか知らないが、どうやらよろしくない過去を思い出したらしい。
姫川は俺の袖をギュッと握りしめ、顔を合わすまいと下を向いている。
少々距離はあったのだが、姫川の突然の行動に、向こうの男性もこちらをチラッと横目で見ていた。
だが、すぐに視線を戻して脇道の方へと入っていく。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。心配、しないで」
明らかに大丈夫には見えないが、俺はあえて深く追求するのはやめることにした。誰しも触れられたくない過去の一つや二つあるものだ。
「今日は帰るか?」
「いえ、せっかく案内してもらっているんだし、行くわ」
「――スイマセンがちょっとお持ち頂けますか?」
不意に俺たちの背後から、若い男性の声が聴こえた。さっきの姫川の件があったばかりだったので、俺はとっさに制服の内側に掛けてある拳銃に手をかけたまま振り返った。
「フレン、さん?」
俺たちの背後には、やあといった感じに片手を挙げて立っているフレンの姿があった。高そうなグレー色のスーツに身を包んだ金髪の青年が涼しげな顔をして俺たちに近づいてきた。
「申し訳ないのですが、お二人とも少しご同行できますか?」
相変わらず笑顔のまま俺たちに接してくるフレンだが、なぜか、その言葉には強制のようなあまり良い響きのしない言い方が含まれている。
「フレンッ! 彼は関係ないわ!?」
「これも仕事ですので譲るわけには行かないんですよ」
「かまいませんよ。俺は」
「刀夜ッ!」
「助かります。では」
ニッコリと営業スマイルのような微笑みを浮かべると、フレンが指を弾く。その音に合わせたかのように、道の角を曲がってきた異様に長い黒塗りの車が俺たちの目の前に現れた。
「それでは、参りましょうか」
開かれたリムジンの扉に手をかけてそう言ったフレンの言葉に吸い込まれるように、俺たちはリムジンに乗り込んだ。
最高級車だけはあって、車内だというのに何百万もしそうなソファーや装飾品が並んでいて、庶民の俺には気後れしてしまう。
そんな車内に気を取られていた俺に姫川は今まで見たことのない冷たい眼差しを俺にけていた。
「絶対後悔することになるわよ」
小さく呟いた声なのに、はっきりと俺に突き刺すように投げられた言葉は、冗談なんかではない。
だが、怒っているというよりは、悲しんでいるように聞こえたのは俺の気のせいだったのだろうか?
言葉を返す暇もなく、席に座った姫川に合わせて黒塗りのリムジンは静かに発進しだす。
「坂上さんもどうぞ座ってください」
雰囲気的や高級車との相性の悪さを感じる俺を他所にリムジンは車の通りの少ない大通りを進んでいく。
ゆっくりと流れる外の景色にようやく俺が慣れてきた時だった。リムジンの窓から見えていたビルの立ち並ぶ景色から、無機質な壁と定期的に合われる電灯しか見えない、トンネルの中へと入った。
「コロニーにこんなトンネルが?」
「一般の方は立入禁止区域ですので」
「なるほどね」
一般に立入禁止区域なら俺も見たことがないはずだ。
「どこに向かっているんだ?」
「ブラッティー・マリー関連でしょうね」
「ブラッティー・マリー?」
姫川の口から出てきたのは、あるカクテルの名前。
ウォッカをベースにトマトジュースをと混ぜたお酒だったはずだ。ブラッティー・メアリーとも呼ばれるらしいが、名前の由来となったメアリーという人物の話まではよく覚えていない。
昔、大量に人を処刑したとある女王の名前がメアリーだったとか。その程度の知識だ。
「少なくとも、お酒関係の楽しい場所じゃないわよ。政治も権力にも屈しないブラッディー・マリー(血生臭い場所)なんだから……」
静かに開いたリムジンの扉の向こうに見える紅い鉄の門を見て、姫川は俺に言うというよりは自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。