第6話 漆黒の戦闘機 参
エネルギー生産区画と宇宙港を含む円筒形の建造物とその周りをぐるっと回る環状の居住区画への移動手段はシャトルか作業用通路しかない。
シャトルに揺られること5分弱。トンネル続きの閉鎖的な空間から、いきなり開けた居住区が俺たちの目の前に現れる。小さな丘の上に立ち並ぶアパート郡に、下町を彷彿させる小さな商店街。街の中心部にはビルが立ち並び、洒落た店がいくつもある大都会。
コロニーの天井に映し出されている人工の空以外は地球や火星となんの違いもない。
「へぇ。大きな街ね」
「そうだな。火星宙域に存在するコロニーの中では最大だ」
俺は行ったことがないので詳しくは知らないのだが、火星と木星の間にある第17コロニーは、この第6コロニーの約3倍もあるらしい。正直、この第6コロニーでさえ、デカすぎると思っているのに、その3倍もあるコロニーなんて化物みたいだろう。
「街に出るなんて久々だわ」
「そうなのか?」
シャトルの窓から、街の風景を興味津々に見渡している姫川が妙に子どもっぽくて、艦長をしているときのキリッとした性格とは全く違っていて意外だった。
まさか、姫川にこんな表情があるとはな。
「今笑ったでしょ?」
「い、いや、笑ってない。笑ってない」
いかん、いかん。どうやら表情に出ていたようだ。気を引き締めないと、お姫様がお怒りになるからな。
「さて、駅に着くぞ」
ちょうど、目的の駅が目前に迫っていたので、俺は話題をずらし、姫川の思考の先を置き換えさせた。
シャトルを降りて、駅から2、3分の所に、目的の服屋がある。『FLIP』とポップ体の青文字で書かれた看板に赤レンガの壁に丸窓という不思議な空気の漂う洋服店。
大きなガラス製の扉を開けると、ドアに取り付けられた銀鈴の音色とともに笑顔の似合う女性店員が現れた。
「いらっしゃいませ」
「わぁ。沢山あるのね」
「時間はあるし、ゆっくり選ぶといい」
ハンガーに掛けられた色とりどりの様々な服に気を取られている姫川にそう言い残して、俺は店の仲の道路沿いにあるカフェテリアの椅子に腰掛けた。
この店は、女性モノの服を取り扱っているため、時間を弄んでしまう男性客のために、こういった場所がある。
姉さんに付き合わされてよくこの店に来るので、俺も、店員も顔なじみみたいなものだ。何も言わなくても、カウンターに立っていた女性店員が、コーヒーメーカーでキリマンジャロコーヒーを作ると、俺の目の前にコーヒーを差し出した。
「今日もお姉様といらっしゃったのですか?」
「ん? いや、今日は姉さんとじゃないですよ」
差し出されたコーヒーカップから香るコーヒーのいい香りを胸いっぱいに吸い込む。鼻を伝って感じられるなんとも言い表せない、挽きたての香ばしいコーヒー豆の香りに、心が落ち着く。
うん、やっぱりここで入れてもらうコーヒーの匂いはクセになりそうだな。
香りを楽しんだあと、一口だけコーヒーを口に含む。深い苦味が香りとともに俺の身体に流れ込んでくる。
「あの黒髪の似合う女性ですか?」
「ええ」
流し目に姫川の方に目を向けながらコーヒーを飲む。女性店員の言うように、彼女の黒髪には、日本人男性でなくとも見とれてしまう美しさがある。さて、そんな姫川は、種類の多い服との格闘にどうやら明け暮れているようだ。
まぁ、時間はたっぷりあるし俺はここでゆっくりさせてもらうけどな。
「お綺麗な彼女さんですね」
「ごホッ! げホッ。ち、違いますよッ!」
予想だにしていなかった言葉に、食道ではなく気管にコーヒーが入り込もうとして、むせてしまった。
幸いコーヒーを吹くという惨事には至らなかったが、服を選んでいた姫川までもが盛大に転んでいた。
慌てて起き上がって、顔を真っ赤にして腕をブンブン振って猛抗議したそうなところからして、どうやら、姫川にもさっきの話が聞こえていたようだ。
気が動転しているらしく、全く言葉がなってないので、はっきりとは分からないが。
「まぁ、そうなんですか? それは残念です。お似合いのお二人ですのに」
などと本当に残念そうな顔をする女性店員に、俺は苦笑いを返して、俺はもう一口コーヒーを口に流し込んだ。
俺の背後から、何とも言えないオーラを感じているのは気のせいではないだろう。ここは、振り向かずに、通りを眺めていよう。
心でそう決意した俺は、姫川の方は向かず、コーヒーカップを手に店の外へと目を向ける。
A1居住区の中でも比較的大きな通りを、今日も沢山の人が行き来している。子どもを連れて買い物かご片手に歩いている主婦。黒いスーツに革の鞄を持って走っていくサラリーマン。
街自体の大きさはそれほど大きなものではないので、車なんかが行き来するのは珍しい。
街で車を見かけるとしたら、救急車やパトカーなどの緊急車両か、交通局指定の運送トラックやゴミ収集車だろう。
ここに住んでいる人々の移動手段は、徒歩か自転車か、あるいはシャトルぐらい。意外と、歩く量が多くなるので、地球に住んでいる人々より足腰が強いかもしれないな。
窓の外の景色を見ながらそんなことをボーッと考えていたら、いきなり、襟首を掴まれた。
「うわッ!」
「うわッ! じゃないわよ。せっかく人が呼んでいるのに全然反応しないんだから」
俺の後ろから聞こえてきたのは姫川の声。何があったのかと思い、振り向いたのだが、そこにいた人物に俺は次なる言葉が出てこなかった。
振り向いた先にいたのは、黒髪ポニーテールで空色のシャツとレースがあしらわれた紺色のスカート。黒のニーソックスに茶色のブーツで女の子らしさが最大限にアピールされいる。さらに、ニーソックスとスカートの間から、チラッと見える程度の素肌が女性としての魅力も引き出しるのが素人の俺でも分かる。
つまり、要訳すると、どえらい美人が俺の目の前に立っていた。