第6話 漆黒の戦闘機 弐
「本当か? 大海」
「ああ。だが、種明かしは、敵が本当に俺たちを襲ってくれば教えてやるよ。対抗策は、この俺に任せてくれや」
自信ありげに笑う大海は、まるで無邪気な子どものようだ。まぁ、実際、無邪気な子どもみたいなものだけどな。
「じゃあ、潜宙艦対策は大海君に任せるわ」
「潜宙艦?」
「そッ、まるで宇宙に潜ってるみたいじゃない?」
「なるほど、そいつはいいネーミングだ。オーケイ。レーダーでも光学カメラでもない新たな探査法を俺が開発してやるぜ! よしっ! それじゃ、準備開始だ!」
親指を立てて不敵な笑みを浮かべたあと、大海は大急ぎで艦橋を去っていってしまった。全く、こういう時の大海ほど生き生きしていて、手のつけ所ないほどのハイテンションモードの人間はそうそういないだろうな。
好きなことに関してのヤツの頭脳は天才的だからな。今の大海なら、銀河のレーダーの軽く魔改造でもやってのける勢いだろう。
それをもっと他のことに使えば、学生時代にもっといい点数を取れていただろうに……。
「それじゃ、専門家にあとは任せるとして、私は宇宙港管理局でも顔を出してくるわ」
「うむ、それじゃ、刀夜も艦長に着いて行ってこい」
「エッ!? 俺が?」
意外なところからの言葉に俺は少し拍子抜けしてしまった。俺が、姫川に着いて行く理由が無かっただけに、余計に驚いた。
「何よ。何か文句あるの?」
ものすごく怖い表情で姫川が睨んできやがった。これが、マジでキレる5秒前といったやつか。
「い、いや、文句はないが。なんで俺が?」
「うん。それは――」
『ねね、アズ姉。僕も行っていいかな?』
俺たちの会話をどこからか聞いていたのか、フィオナの通信が艦橋に響き渡った。
「フィオナはアリアスの仕事で書かなくてはならない書類があるから留守番だ」
『え~ッ!! 僕も自由に行動したいんだけど』
「後で菓子でもなんでも作ってやるから留守番だ。何、私も手伝ってやる。安心しろ」
『う~ん。分かりました~』
渋々だが、納得したらしい。フィオナのやつそんなに管理局に行きたい用事でもあったのだろうか?
もしかすれば、知り合いでもいたのだろうか?
「刀夜~! 行くわよ~!」
早くもウチの艦長様は出て行く気満々だった。主幹のエレベータの呼び出しボタンに手をかけながら、こっちを振り向いていた。
「お、おう。今行く」
「刀夜。一言、言い忘れいた」
「え、えっと何、アズ姉?」
「せっかくの休日だ。管理局に行ったあとにゆっくりしてこい。このコロニーの内部なら、結構知っているだろ?」
「ああ、小さい頃からよく来ていたからな」
昔からこのコロニーは地球からの商品がたくさん届いていて、火星のショッピングモールよりも品揃えがいいところで有名だったしな。
「艦長はこのコロニーは初めてだろうし、エスコートしてやるんだぞ」
なるほどね。人間ナビの仕事を俺に託しというわけか。このコロニーなら他のどのコロニーよりも詳しく知っているからな。
「了解」
「もう、刀夜、早く行くわよ~」
「はいはい! それじゃ!」
「うむ、任せたぞ」
アズ姉に任された仕事だし頑張るとしますかね。さてさて、姫川をこれ以上待たせていたらあの痛いハリセンを喰らいかねんからな。
「早くしなさいって言っているでしょ」
「悪い、悪い」
横目で俺を流し見つつ、姫川は主幹エレベータの扉を閉じるボタンを押し、下に向かうボタンを軽く押し込んだ。
ドアが閉まると、小さなエレベータの室内にバラの香りが微かに俺の鼻腔をくすぐった。
別に意識して覚えたわけではないのだが、これは姫川がよく使うシャンプーの香り。同じシャンプーを使ったところで、恐らく男じゃこんな匂いはしないだろうな。
少し無愛想な感じだが、こうして横顔を見ると、姫川かぐやという少女の顔立ちの良さはにじみ出ている。
長い黒髪に、形にの良いまつ毛やまるで吸い込まされそうなルビー色の目も、美というもの全て計算して作られた人形のようだ。
不機嫌そうな表情だというのに、見とれてしまうほどの美人はそうそういないからな。
「私の顔に何かついてる?」
「ん? いや、別に」
「そう」
涼しい顔をして、再び姫川は視線を戻した。姫川の顔をジッと見つめるのも変質者なので、俺もポケットにしまっていたユリアに視線を向けて、意識をそちらに集中させることにした。
取りあえず、彼女を変に意識するのはやめよう。心にそう誓った俺は、姫川に着いて管理局に向かった。
結局、管理局に銀河の停泊予定の説明と、施設使用の申請を出す仕事をしていれば、時刻はいつの間にかに3時になっていた。今日、泊まるホテルに帰るにはまだ早い時間帯だ。
ということは、アズ姉の頼まれた仕事通り姫川に街案内をすることになっているのだが……。
女の子の好きそうな店なんて分かんねえぞ。
ただでさえこんなことには疎いのに、現実を目の当たりにして、自分の役の立たなさに苦労しそうだ。
「姫川。どこか行きたい店とかあるか?」
「行きたい店?」
「ああ。何か買いたいものであるなら、俺の知っている範囲で案内するぞ」
「そうねぇ……」
顎に手を当て、姫川は行きたい場所を考えているようだ。これで、俺には全く分からないジャンルでも言われたら正直お手上げだ。
「服。うん、服を買おうかな」
どうやら、姫は服を欲しているとのこと。俺の無い頭を使って、コロニー内の信頼できる服屋を脳内検索をかける。
そういえば、姉さんがよく行っている店があったな。
俺のセンスなんかよりは姉さんのセンスの方が100倍信用がある。
「A1居住区に服屋があったはずだ。そこに案内するよ」
「じゃ、よろしく頼むわ」
「了解。それじゃあ行こうか」
管理局からA1居住区に向かうシャトルは15分おきに出ているので、そこまで待つ必要はなかった。