第5話 銀河の少女 ~Ⅴ~
「で、どこから聞いていたんだ?」
「えっと……。フレンがこの部屋に入ってきたところから」
「全部かよ。まぁ、聞かれてまずい話はしてないからかまわんが。そんなことより、フレンが探してたの知ってるんだろ?」
「後で行くからいいのよ」
後って……。でも、ウチの艦長様がそういうのなら、俺のことじゃないし、構わないが。
「アンタは、なんでパイロットを目指そうなんて思ったの?」
「はい?」
「だから、なんでアリアスに来てからパイロットになろうなんて思ったのよ」
パジャマ姿の姫川はそう言って俺に迫ってきた。その距離50センチといったところか、近すぎてついつい顔をそらしてしまう。
「そんなこと聞いてどうするんだよ?」
「どうするって……別に意味は、無いけど」
何故か最後は消え入るように小言になってしまった姫川に俺は少し首をかしげた。
「両親の影響だ」
「えっ?」
「俺の父さんも母さんも、戦争でこの世を去った。残った俺は坂上家に引き取られた。父さんたちが死んでから、パイロットという仕事を目指すようになったんだよ」
俺の両親は、二人ともパイロットだった。そして、二人とも戦争でその生涯を閉じたのだ。
「父さんたちが見てきた世界こそが、亡くなった父さんたちの代わりだったのかもな」
「……そう」
「もっとも、夢は未だに叶いそうにもないがな」
「叶いそうもないって。立派にパイロットやってるじゃないの」
「俺が目指しているのは、普通のパイロットじゃない。宇宙一のエースパイロットだ。その為には超えないといけない壁は沢山ある……」
俺の答えを聞いて、目を丸くして俺を見つめてくる姫川。それもそうだろう。宇宙一なんて、小学生か保育園児の夢みたいなものだ。
俺より凄い奴はこの世に五万といる。そんな状況下でエースパイロットだなんて、馬鹿げた冗談にしか聞こえないだろう。
だが、誰にどう言われようとこの意思だけは曲げずに生きてきた。
俺の憧れであるアズ姉も超えて、俺は父さんや母さんが見た本当の景色を俺の力で手に入れる。
「私も……。いや、アンタならエースパイロットになれるわよ」
「え?」
「アンタならなれる。エースパイロットに。そんな気がするわ」
そう言って微笑む姫川に、俺はまたもや目を奪われていた。
「何よ。私の顔に何かついてる?」
「い、いや。ありがとう。」
「フフッ。アリアスに来る人たちは、みんな何か心に傷を持っている。でも、それなのに、みんな自分のことより、他の人のことを考えてる。私は、そんなみんなが好きで、そして、私もみんなのようになりたいと思ってる。でも、この船の艦長として、或いはアリアスの一員として、自信がなくなってくるのよ……」
小さな沈黙の後に姫川は小さく口を開いた。
「だって私はみんなとは違うから……」
「ど、どういう――」
「ちょっと失礼するさよ」
俺が口を開いた矢先、聞き覚えのある声が耳に飛びこんできて、中学生にしか見えない身長に長い白衣をなびかせる東雲先生の姿もちょうど目に入ってきた。
「えっと、なんで東雲先生こちらに来たんです?」
東雲先生は医療課の指導員として銀河に乗っているのだが、でもなんでまた艦橋なんかに来たのだろうか?
今の時間帯は、第二艦橋が銀河の運営担当で人がいるはずなのだが……。
「ちょいと艦長にお話があったのさね」
「話ですか?」
「風音ちゃんから連絡があったのさ。今の銀河に乗っている大人は私だけなのさよ。整備課の戸守君も主計課の霧島ちゃんもみんな休暇だから、面倒なことになったのさ」
東雲先生が言うように、普段の銀河には姉さん以外に東雲先生の様な経験豊富な指導員が何人か乗っている。
だが、今回の演習に先立って先生達は火星休暇をもらっていたおかげで、銀河に残った指導員は東雲先生だけだった。
「で、姉さんは何か言っていましたか?」
「とりあえずは、応急処置が終わった後、低速でコロニーに向かって修理待ちするのがベストだと言ってたさ」
エンジンへの直接的なダメージがないとは言え、速度が出ない状況で地球までは帰れないしな。
「分かりました。一応、こちらでもその用意はしていたので、明日の明朝頃には船の再発進準備が整うはずです。ちょうど、宇宙港に停泊していた、大型宇宙貨物船の出航が明日の朝なので、それと入れ替わる形で銀河を入港。随時、補修作業に入る予定です」
パジャマ姿の高校生といった姫川も、こういった報告をしている姿を見ると、まるでベテランの艦長の表情になる。
本当の天才というのは、こういう人たちのことをいうのかもしれないな。
「分かったさ。風音ちゃんにはそう報告しとくさよ。じゃ、夜は長いし、夜間課のクルーに任せて休憩を取るさよ」
「了解です」
「あ、そうそう。もう一つ言われたことがあったのさ」
「はい?」
「今日から三人部屋だけど、くれぐれも保安課の用になることはしないように。らしいさよ」
「ま、まさか……」
「嫌な予感はしていたのよね……」
姫川も、俺と同じことを感じ取ったに違いない。ため息を着くと苦笑いを浮かべて、こう言うのだった。
「本当、困ったものね」
そうだな。今日から新たに増える住人をせめて迎え入れなければならないしな。重い足取りで俺は自室へと歩いて行ったのだった。