第3話 『月(ルナ)・太陽(ソーレ)』 改稿版
「さて、いつまでも説教していても仕方ないわね」
いつもの優しいニコニコ顔に戻った姉さんは、俺に1枚の書類と紙袋を手渡す。
「手紙にも書いていたけど、今日から正式にARIAS航空課の一員として頑張ってもらいます。大丈夫よね?」
「航空学校の学生にできることなんてほとんどないかもしれないけど、努力するよ」
俺は姉さんに向かって敬礼をすると、それに合わせて姉さんも軽く敬礼する。
「ありがとう。本当に助かるわ」
ニッコリと微笑む姉さんと対照的に姫川の方はポカンとしている。
「へっ? どういうことなんですか。長官?」
「そういえば、姫川さんには説明していなかったわね。刀夜には試験機のテストパイロットをしてもらうために私が呼んだのよ。じゃあ、刀夜の乗る戦艦に案内してあげるわね」
いつにまして上機嫌になった姉さんの後をついて、俺は地下道を案内されていった。500メートルほど細長い通路を進むと大きな広場のような空間に突き当たった。そこには1~8番までの数字が振られているエレベータがあった。姉さんは迷うことも無く5番のエレベータに乗り込む。
エレベータの番号を見たとき、あからさまに姫川が嫌そうな顔したが、気にしないでおこう。
変に話しかけたり、チラチラ見ただけで激怒されては俺の体力が持たないからな。一瞬の浮遊感が背筋を駆け抜ける。
降下していくエレベータはガラス張りで、ドッグの中が良く見えるようになっていた。
この島を買い取った会社ARIASは、通商宇宙船の護衛と国家絡みの重要物資の運送をしている民間護衛会社だ。簡単に言えば、武装していない通商船を守るボディーガードのような仕事をしている。
ARIASが所有している艦艇は、軍の払い下げの旧型艦だがその数は2個艦隊に匹敵するほどで、太平洋地域で1番大きな民間護衛会社で間違いないだろう。
そんな仕事を請け負っている傍らで、孤児になった少年少女を引き取り、教育を受けさせ社会へと送り出している。
ちなみに俺もそういった孤児だった。だが、坂上家の養子となって姉さんとも知り合った。兄弟だが、こうも髪の色や顔つきが違うのはこのためだ。
正直、ARIASに救われていなかったら今の俺はなかっただろう。
「……あれ?」
鉄筋とコンクリートのみで構成される巨大な地下ドッグに1隻の船が鎮座しているのが見えた。
全長はおよそ250メートル。宇宙戦艦にしては少々小ぶりなサイズで、どちらかというか巡洋艦に近い大きさだ。
「あら、気づいた?」
「あれは、アメリカの旧型艦か? ……いや違うな。でも日本の戦艦でもないな。あれはどこの船だ?」
「どこの国のものではない。あれはARIASが独自に造り上げた戦艦よ」
「造り上げただと……」
ドックの中でひときわ目立つ漆黒の船体。
船体中央からやや前方にそびえ立つ巨大な艦橋。その周りをハリネズミの針のよう沢山の機関銃が取り囲んでいる。
そして、何より目を引くのが、前に2基、後に2基取り付けられた大きな主砲。あれほどの大口径の主砲を持った戦艦は見たことが無い。
「全長241メートル。主砲には独自開発の46センチ荷電砲を採用。新型長距離航行エンジンを搭載したARIASの自信作よ」
姫川がここぞとばかりにまるで自分のものかように自慢する。
もし姫川の言うことが本当ならば、荷電砲つまりレールガンを搭載した戦艦ということになる。
「レーザーは撃てないのか」
駆逐艦クラスから戦艦クラスに至るまで、現在の主流はレーザー砲が採用されている。
「弾頭を固形レーザーにすればレーザーも撃てるわよ」
隣に立っていた姫川がブスッっとした顔で答える。何でそんなに怒っているのかは知らんが虫の居所が悪そうだ。
「一撃で敵の戦力を削ぐためには威力の高いレールガンが使い勝手がいいし、状況に応じて砲弾を変更できるのも強みなの」
機嫌の悪い姫川に変わって姉さんが優しく解説してくれる。
「ほほう。大きさこそは巡洋艦ですけど、主砲の威力は米軍の新型戦艦レベルといったところですね」
「お前いつのまに電源が入ってたんだ!?」
知らない間に起動したユリア。コンピュータだが、持ち主である俺でさえこいつが何を考えているのか分からないぐらい神出鬼没だ。
「流石ユリアちゃんね。そうなのよ。ウチは主に通商船護衛だから、機動性を重視しているのよ」
なぜか普通に対応できる姉さんも恐ろしい。意外と気が合うのかもしれないなこの2人。
「たしかに、レールガンなら多様性はあるかもな……」
確かに下手なレーザー砲より威力のある武器なのだが、砲弾を飛ばすために莫大な量の電気が必要になる。
それが46センチ主砲となればなおさらだ。現在世界最大の戦艦群、ビック7と称される7大戦艦の1つ、戦艦長門でさえレーザー砲だが41センチ。
大口径のレーザー砲は威力が高すぎるため、ワシントン条約で41センチ以上のレーザー砲を宇宙戦艦に搭載してはいけなくなっている。
故に、ARIASは条約には記載されていないレールガンを採用したのだろう。
だが、46センチのレールガンの威力も凄まじくても、消費する電力も馬鹿にならないはずだ。生半可なエンジンでは砲弾の1発すら飛ばすことは出来ない。
「ちゃんと飛ぶのか?」
「失礼ね。まだ本格的な航海には出てないけど、テストを予想以上の数値でクリアしているわよ!」
「刀夜。この船の性能は私が保証するわ。少なくとも今まで私が乗ってきた戦艦の中では1番よ」
姉さんが1番と評価するということは、正規軍の新型艦並みの戦闘能力を持っていてもおかしくないだろう。
「長官。やはり、銀河(、、)に乗せるのですか?」
俺と漆黒の戦艦を交互に見て姫川が不満ありげに姉さんに問いかける。なんだよ。文句あるのか? 総文句を言ってやりたいがここはグッと我慢する。
「そうよ。刀夜には、この宇宙戦艦銀河の航空課に所属してもらうことになるわね」
「そうですか……」
肩をガックリとうなだれる姫川。
「俺が乗ったらだめなのか?」
なるべく、相手の気を逆立てないように平常心を保とう。また姉さんの説教をくらいたくないしな。
しかし姫川、そんなこと気にもせず俺をキリっと睨みつける。
「ダメに決まってるじゃない!」
訳の分からないことでまたもやキレたぞ。姫川、カルシウムはしっかり取ったほうがいい。
ただでさえ、最近の子どもは良くキレやすいって言われているんだから。
「なんでだよ。別にいいじゃねぇか」
「よくないッ! 銀河の艦長がこのワ・タ・シ・だからよ!!」
へぇ。艦長ね。世の中にはこんなにもキレやすい艦長が――。
「か、艦長!?」
驚きのあまり、俺の心臓は危うく体を離れてどこかに飛び立っていくところだった。
「なるほど、なるほど。そういえば思い出しました。ARIASに彗星のように突如現れた美少女艦長が姫川かぐやという名前でしたね。なんでも、昨年の艦隊シミュレーションの世界大会で2位を勝ち取ったとか」
「ま、マジかよ」
昨年のその時期に行われた航空機試験で忙しく、試合中継までは見れなかったが、そう言えば友人が噂していたのを聞いたことがあるぞ。
強豪が名を連ねる中、最年少で世界大会に出場した強すぎる新人が現れたって騒いでいたが、まさかコイツのことだったとは。
「なによ! 私が艦長なのが文句ある?」
いや、文句あるに決まってるだろ!
でも、ようやく納得できた。艦長という上位職だったから、あんなにプライドを気にしてたんだな。
だから、俺からも一つ言わせてくれ。
プライドを気にしてるんなら、鼻歌歌いながら掃除するな!
俺が心の訴えを全力で叫んでいるさなか、そんな俺たちをよそに姉さんはのほほんとしながら「あら、大変ね~」「若いっていいですね~」と言って、注意するどころか呑気に顎に手を当ててユリアと2人蚊帳の外からなかよく見物している。
どうやら、あの2人は完全に面白がって俺たちを見ているに違いない。
「しかたないわねぇ。姫川艦長。お願いできないかしら?」
「いや、でも……」
「ほら姫川さんも心の広い女の子でしょ?」
「うっ……。分かりました。坂上刀夜の乗艦を許可します」
姫川はいい具合に姉さんに丸め込まれてしまう。まぁ、姉さんの頼みごとを断れるような人間を俺は見た事がないんだがな。
「あっ、そうだ。お願いついでにもう1つお願いを聞いてくれるかしら?」
「はぁ。何でしょうか?」
「刀夜とペアを組んであげて」
満々の笑みで姉さんの口から衝撃の一言が発せられた。
「「はぁ!?」」
その言葉を聞いた俺と姫川は見事にハモってしまった。
丸く事が収まりそうだったのに、新たな火種を放り込む形になった。
「長官。一応ご確認しますが、あの戦闘機パイロットとオペレーターの2人1組のルナ・ソーレのことじゃないですよね?」
「何言っているの。そのルナ・ソーレに決まっているじゃない」
ARIASは正規軍などとは違い、戦闘機パイロット1人、1人に専属オペレーターがつく方式採用している。こうして、指示を出したり、戦闘区域の情報を交換し合う。
例えば、オペレーターは戦艦のレーダーで把握できている敵の情報をパイロットに提供する。パイロットはレーダーでは把握できないような、ステレス機などをオペレーターに報告する。
正規軍などの戦闘機部隊には隊長機が指令を出して編隊を組み、攻撃を仕掛けたり行動したりする。
だが指揮系統が1人に集中した場合隊長機の撃墜などの、もしもの非常事態の時に部隊の全てが上手く機能しなくなることがある。
だが、専属オペレーターがつく事によって、部隊全体が上手く機能しなくなることはなくなる。さらに、あらゆる事態に対応し臨機応変な戦闘体制をとることが出来るのだ。
故に指揮系統を一旦分ける、月・太陽方式を採用している。
「長官! この仕事はオペレーターの仕事です。私の仕事ではありません。他にもオペレーターはいるはずです!」
「それが、もう人数分埋まっているのよ~」
「そんな……」
「大丈夫よ。喧嘩するほど仲がいいって言うもの」
「なにげにマスター達、息ピッタリですしね」
「「ピッタリじゃない!」」
ユリアにからかわれた直後に見事にハモるとはなんとも説得力がない。
それに、姉さんの頭の中では、オペレーター新しく雇うのめんどくさいのよね。よし、艦長に1人2役としてオペレーターもやってもらおう!
といった方程式既に出来上がっていたに違いない。
「何とかなるわよ。2人ともお願いね」
姉さんが軽くウインクしているが、俺は頭を抱えたくなってきたぞ。
おいおい……。ホントに大丈夫なのかよ。
いい経験になるって姉さんに言われてやってきたが、その姉さんがなんだか不安になってきたぞ。