第4話 挟撃のダブルヒロイン ~3~
どうも夏川です
今回はフィオナと刀夜の昔話ということでいつもより短めの話になってしまいました。
シリアス回と言えるのかな?
どうぞ、お楽しみください
では!
「調べても分からないでしょうね……」
「ああ、あの手の米軍機を持っている個人の数は少なくても、米軍が顧客の情報をそうそう教えてはくれないだろうからな」
漆黒のインフィニティか……。できればもう会いたくないものだな。
『刀夜ッ! 緋龍は大丈夫なんでしょうね!』
彼方に消えていていった謎の戦闘機への思考は姫川からの通信で遮られた。
「ん? 多分大丈夫だ。念の為に整備してくれると助かる」
『もう、ヒヤヒヤさせられるわ。テストはここまでよ』
「了解。コイツの性能が知れただけでも随分収穫あった。俺は、先に行ってるから。家で暴れるんじゃねぇぞ」
『うっさい! それじゃ、通信を切るわよ』
通信を切り、徐々に高度を落としていき速度を下げていく。
銀河の着艦口は艦底部にあるため、海に停泊している銀河に着艦するためには銀河を上下反転させ、艦底を上げない。
現在は、その準備をしてない銀河に着艦はできないので、エルドラインの皇国軍基地、滑走路へ緋龍の機首を向ける。
「こちら宇宙戦艦銀河所属、坂上刀夜。着艦許可を願いたい」
『こちらエルドライン基地。連絡は受けています。L13滑走路へどうぞ』
「了解。着陸準備に入る」
基地の周りを大きく旋回して13の数字が入った滑走路へ、着陸態勢を取る。格納していたタイヤを出して、速度を下げる。
機体を水平に保ちながら、タイヤが滑走路を捉えさせる。小さな衝撃と共に機体の速度が一気に下がっていく。
「ふぅ、着陸」
「機体は回しておきますので。マスターはどうぞお帰りなってください」
「助かるよ。後は任せた」
機体から降りた俺は、ユリアに機体のことを任せて先に基地を出た。夕暮れの紅色に染まった空を横目に見ながら、基地からそう遠くない小高い丘へと歩いてく。
緑色の芝に覆われた丘の上からは、紅く染まる綺麗な街並みと港に停泊する様々な国の船舶が一望できる。
いつ来てもここの景色に俺は長い間立ち尽くしてまう。人を惹きつける神秘的な景色の中では、普段は考えないような思考回路まで回ってしまう。
短いはずなのに、切り離された永遠のように感じられる時間の中で、俺は目の前の景色を見つめる。
「やっぱり。ここにいたんだね」
ふと、背後からしたフィオナの声。ちょっと前まで姫川と視線の火花を散らしていたフィオナとは思えないような優しく呟く一言。
ここで、俺に飛びついてくるような事はしないか。
「帰ってきたら、ここに来ないといけない気がしてな」
振り向かずに、俺はただただ紅色の景色に目を向ける。
「うん。私たちにできる事……だからね」
俺とフィオナにとっては、この丘は2人の時間の流れが永遠に止まっているように感じてしまう。いや、あの時から、2人の時間はこの丘で止まっているのかもしれない。
紅い夕日がいつも以上に寂しさを誘ってきて、心の中に大きな空洞ができてしまたかのような虚無の空間。
「でも、びっくりしたよ。刀夜が火星に帰ってくるって聞いて」
「よく分かったな。俺は帰るって言ってなかったのに」
「風音さんに聞けば、刀夜のことはすぐ分かっちゃうよ」
フィオナが苦笑を浮かべているのが振り向かなくても分かる。6年も友人をやっていれば声色だけでも、自然と相手がどんな表情をしているとか、考えていることも少しは分かる。
「全く、この歳になっても姉さんに管理されるとはな」
「フフッ。風音さんだから仕方ないよ」
「姉さんだからな」
俺も苦笑を浮かべてしまう。
多くを語らなくても相手のことを理解できるっているのは、悪いこともあるが、良い事もあるみたいだ。
気持ちの良いそよ風が、丘を撫でるように過ぎ去っていく。背の低い芝生が風の波を作って周りを駆けていく様子を見て、時間は過ぎ去っているのだなと気付く。
「気持ちいい風。地球もいいけど、僕はやっぱりここが落ち着くな」
風でなびくシルバーブロンドの髪を手で押さえながら、フィオナはそう呟いた。どこか、ずっと海の先を見て話す視線は俺と話しているというよりは誰かに語りかけているように見える。
夕日によって伸びた影が俺の足元までやって来る。海や街を一望できる丘の上に立つ直方体に切り取られた石が目に入る。
「3年か……。早いもんだな」
いつまでも続くと思っていた日常が音を立てて崩れたあの日を今でも夢で見る。たった一瞬で俺たちの運命は生と死に分かれていたのだ。
その天秤で生を受けた俺とフィオナはこうしてこの丘に立っている。そして、死の宣告を受けた若き命たちは丘の上の慰霊碑に名を連ねることになってしまった。
「刀夜は、今の自分をどう思ってる?」
「今の自分?」
「うん。僕はね。今の自分を見ていたら、3年前の自分に顔向けできないと思う。一生懸命やっていたことを自分で手放棄して過ごした3年間を話すことなんてできない」
3年前まではフィオナだって防衛学校砲雷科にいた。クラスは違ったが、俺や大海やアズ姉たちと一生懸命勉強をしていた。
だが、3年前に突如事故は起こった。
エルドライン海沖海難事故。
俺たちの通っていた防衛学校が所有していた練習駆逐艦が謎の爆破を起こして、エルドラインから40キロの沖合に不時着水した事故だ。
着水した時点で、船体が真っ二つに割れており、転覆したときの爆発で生存者は絶望的に少なかった。
駆逐艦に乗船していた述べ68人の内生き残ったのは5人。事故時に、艦長室に呼び出された俺、フィオナ、大海、アズ姉の4人と教員だけが爆沈した駆逐艦から生還した唯一の人間だった。
海底に沈む駆逐艦の弾薬庫部分の破壊が非常に酷かったところから、事故の原因は、なにかしらによって弾薬庫に保管されている火薬に引火したのが致命傷だったらしい。
その事故があって、フィオナは直ぐに砲雷科を中退、俺はミッドウェー航空学校に転校することになってしまった。
今でもフィオナはあの事件のことを引きずっているのだろう。握り締められた拳は一向に緩む気配はなく、悔しさと痛みだけが後に残る。
いつまでも消えない心の傷は、彼女の人生さえも鎖でがんじがらめにしてしまっているのかもしれない。
いくら、才能や努力があっても本人がそこに対する意欲を失ってしまえば、光ある未来への扉はいとも簡単に閉ざされてしまう。
「……お前のやりたいことをやればいいんじゃないか?」
「えっ!?」
「その、俺たちがやってきたことはムダなんかじゃないと思うんだよ。そこで、やり方や目指す場所が変わっても、今までやってきたことは必ず役に立つ。だから、今のお前がやりたいことをやればいい」
「フフッ。くさいセリフは刀夜に似合わないって」
偽りのない笑顔がそこにあった。それは彼女が心の底から見せた笑顔のように俺は感じ取れた。
「悪かったな。似合わないこと言って……」
「ハハハッ。でも、ある意味刀夜らしいよ」
「ん? そいつはどう言う意味だ?」
「気づいてないならそれでいい。うんッ。決めた。私のやりたいことを私はやる」
夕日に向かって小さくガッツポーズするフィオナの背中を俺は1歩下がったところから眺める。
どうやら、彼女の中で何か一区切りができたようだ。
「よぅしッ! 今日の晩御飯は頑張っちゃうぞ!」
「へぇ。そいつは楽しみだ。期待しているよ」
「任せて、刀夜なんてイチコロなんだから! そうと決まれば買い出し、買い出し。じゃ、先に帰っててね~」
俺に手を振るとフィオナは丘を下っていく。彼女の影が見えなくなるまで俺はジッとその場に立って彼女を見ていた。
全く、似合わない言葉を言ってしまったものだ。ユリアがいれば、嫌になるほどイジられていたに違いない。
「俺自身。何か吹っ切れてないところがあるんだろうな……」
海の中へとその身を沈めていこうとしている紅色の太陽を見て俺はそう呟いた。言葉にするのは簡単だ。問題はそれを行動に移せるか。
俺自身はあの3年前に未練ばかり残して、未だにその未練に対して自問自答を繰り返している。
結局、答えが見いだせないまま、自分の不甲斐なさに自らを責め立てている気がする。
他人にああ言っておきながら何もできていない自分の愚かさをほんの一瞬でもいいから忘れるために、俺は沈みゆく紅い惑星を眺め続けたのだった。