第4話 挟撃のダブルヒロイン ~2~
お待たせしました。
『挟撃のダブルヒロイン~2~』を皆様にお届けすることができました。
文化祭等でかなり遅くなりそうですが、これからもよろしくお願いします。
「あ、そう言えば、刀夜は今日、何処で泊まるの?」
思い出したかのようにフィオナが顔を上げた。
「どこって、実家だけど」
「へぇ、外泊届け出したんだ。僕も出したんだ」
メイド服のポケットにしまっていたのか、見覚えのある書類を俺の目の前にフィオナが突き出した。
ん? なになに?
…………おい。
「フィオナ。なぜ、お前の宿泊先が俺の家になってるんだ?」
「いやぁ、手が滑っちゃてついうっかり」
「どんな手の滑り方したらそうなるんだよ」
彼女が俺に手渡した外泊の書類には、フィオナが俺の家に泊まることを了承されている。しかも、艦長印ではなく、姉さんの印鑑が押されているあたり姉さんも一枚噛んでいそうだ。
というか、長官印の下に『応援しています』と赤ペンで書かれているあたり間違いないぞ。
そういえば、掃除を条件にこのアリアスの銀河にフィオナが乗艦していたのを忘れていた。
「ヨロシクね。刀夜」
フッ。甘いな。その紙さえ破りさえすれば、こっちのものだ。理由など後からどうともなる。うっかり手が滑ったとでも言っておけば――。
「あ、そうそう。控えをとって風音さんに預かってもらってるから大丈夫だよ」
「よ、用意周到だな……」
ダメだ。完璧すぎる犯罪に手も足も出ないぞ。
「あら、じゃ、私もお邪魔しようかしら?」
「「はい……?」」
俺とフィオナは揃って口を開ける。俺たちの先に立っていた姫川に手にある書類は、まごう事もない外泊許可書。
「まさか……」
外泊先には、俺の実家がきっちりと明記されている。フィオナだけではなく姫川までもが俺の家に来るだと……
「仲良くしましょ。フィオナさん」
しかも、書類には姉さんの印がまたもや押されていて、『死人の出ない程度にね♪』と書かれている。
姉さん、その意味深なコメントは何だよッ! 俺が主に犠牲者でしかない気がするんだが。
「長官の方が一枚上手でしたね……」
「ああ、あの人は面白ければ、なんでもオッケーの人だからな」
「頑張ってください。マスター」
普段なら俺をいびり倒すユリアが、俺に同情してくるレベル。これは、かなりの緊急事態だ。
俺、明日生きてるかな? 一晩泊まるぐらいで大げさだと言われるかもしれないが、昨日の2人のやりとりを見る限り、銃火器が火を噴くぐらいは想定できる。
下手すれば、家の原型が残らなくなる可能性がある。RPG‐7、クレイモア、もしかしたら、対物ライフルなんかまで出てきそうだ。
こんなのだったら、うちの玄関に金属探知機でもつけとくんだった。むしろ、核シェルターでもあれば、そこで一晩過ごすんだが。
「今晩は楽しい夜になりそうね」
「手加減は僕にはできないからね」
神様は無情だよ。たった2日で俺の人生は激変してしまったんだからな。男ばっかで、バカばっかだったけど、航空学校がとても懐かしく、良かったように感じてこれるようになってきた。
なるべく2人の会話を聞き流そうと俺は、甲板をデッキブラシで無心のまま掃除する。きつい労働も、夜の戦場に比べれば可愛いもの感じられてくるのだから不思議だ。
不幸中の幸いか、坂上家にいるのは俺だけなのだ。
父さんは長門に乗艦しているので後1週間は帰ってこない。母さんは、地球に出張しているし、姉さんは火星のアメリカ大使館に行っているので、今日は帰ってこない。
たった俺一人で、休戦条約を結ばせるところまでたどり着けるだろうか? こうなれば、大海を呼んで道連れにするか。
ガタイのいい大海なら弾除けぐらいにはなりそうだが。
「刀夜。元気に掃除してるか?」
こ、この声は!
「ん? どうした。まるで、一点の希望が見えた様な顔をして。生憎だが、私はそんな力は持ってないぞ」
俺の目の前に現れたのはアズ姉。ああ、背中に後光が差しているように見えるよ。
「あ、アズ姉。是非ともうちに泊まってくれ。家の形を残すためにも!」
「後半部分の意味が分からないのだが、別に泊まるのは構わないぞ。でも、急にどうした?」
「実はあの2人が……」
言い合いで火花を飛ばし合っている2人が俺の家に泊まりに来ることと、それによってうちが戦場になりそうな事をアズ姉に話した。
「なるほどな。分かった。私とて善処しよう。大海も連れて行けば、弾除けぐらいにはなるだろう」
大海に対する俺と、アズ姉の価値観が一致していることに関して、少し大海を哀れに思ったが、これの危機的状況にくらえればどうでもいい話だ。
すまないが、大海には弾除けとして存分に仕事を全うしてもらおう。
戦艦のプラモを買ってやれば、何も疑わずに俺の家に泊まりに来るだろうから大海を誘い出すのは簡単だ。
「これでなんとか俺の家が破壊される危険性がなくなるな」
「ひとまずは、だな。だが、私とて抑えれないことも予想しておかないと、大変なことになるぞ?」
「ああ、一応いつでも姉さんに電話できるようにしてる」
姉さんを呼ばなくて済む程度には押さえておきたいものだ……。
「全く、気が重いぜ……」
結局、甲板の半分まで掃除が終わったところで、姉さんの罰則解除の報告がきたため、昼過ぎには悪夢の甲板掃除から解放されることとなった。
「さて、お楽しみと行くかな」
「お楽しみ?」
未だに姫川と視線の火花の飛ばし合いをしていたフィオナが、俺の言葉でふと視線をこちらに向けた。
「ああ、これでやっと緋龍に乗れるからな」
「そういえば、そうだったわね。艦長より第2格納庫へ、SB‐28Tをカタパルトへ誘導しておいてくれる?」
『こちら、第2格納庫。了解しました』
「へぇ。面白そう。刀夜の操縦してるとこ見たことないし、よく見させてもらおッ」
「じゃ、緋龍はカタパルトに上げてもらえるから、刀夜頼んだわよ」
「へいへい。見せもんじゃないんだが、まぁいいか」
銀河の中央部の少し高くなっている位置に航空機射出用の電磁カタパルトが1基ある。アズ姉の月光や俺の緋龍なんかは、小型の船舶の艦載機として使用できるように作られているのでカタパルトから発艦できるようになっている。
「さて、緋龍の性能チェックといきますか」
「そうですね。緋龍に関するデータリングは済んでいますので。最も、私にできるのは火器管制と重力制御、ついでの索敵ぐらいですが……」
少しブスッとしたんじに答えるユリアに俺は苦笑する。
「今の時代、生身の人間一人で航空機を飛ばすのは無理だ。お前をうまくやっていかないと意味がないんだからな。よろしく頼むぜ。相棒さん」
「フフッ。そこまで言われれば仕方ありませんね。もちろん、お供いたしますよ」
「おう、頼んだぞ」
「全く、マスターは無意識に女性を口説く癖がありますからね……」
「んっ? 何か言ったか?」
「いいえ何も」
ユリアが何を言ったのか少し気になったが、緋龍のコックピットに飛び乗った時には俺の意識は緋龍へ釘付けになってしまった。
独特な外見同様、内装もまたブッ飛んでいた。
「アナログメーターとはまた通だな」
「オヤジ思考のマスター好みの内装ですね」
俺の目の前に並ぶ景気のほとんどがアナログメーター。普通に考えれば最新鋭機はデジタルメーター一色だろう。
ましてや、アナログメーターを使っていたのは数世紀前。だが、俺の目の前にあるのはただのアナログメーターではない。
「競技用メーターの最高峰『ゼロファイター』ですか。これならデジタルに劣らないですね。アナログメーターなら、見やすいですし」
「こっちのほうが使い慣れてるから好都合だ」
操縦席にあらかじめ置かれていたヘルメットを被り、緋龍のメインスイッチを押す。一斉にメーター類に火が灯る。
コンソールパネルの両サイドについたモニターに緋龍の後方の映像が映し出される。
「広角度モニターか。これなら振り返る必要もないってわけか……」
「空域スキャン開始……。当空域に不明な障害物なし。重力制御システム作動を確認。電磁カタパルト、セーフティロック解除」
ユリアのチェックは済んだようだ。俺は、残りのスイッチを1つずつ入れて動作を確認する。
「問題なし。エンジンの圧力もバッチリだな」
『こちら銀河航空管制室。聞こえますか?』
「こちら坂上。よく聞こえている。発艦の許可を願えるか?」
『通信は良好みたいですね。分かりました。視界良好。障害物なし。発艦を許可をいたします。そちらに、レールカタパルト作動システムの全操作をお渡しします』
「作動システムの受理を確認。最終安全装置解除。坂上、発艦する!」
エンジンの出力がある程度上昇したところで。スロットレバーの横に取り付けらているスイッチを押す。
スイッチを押した瞬間、後ろか凄まじい力で蹴り飛ばされたかのような力を感じながら、緋龍は空中に放り出された。
カタパルト発艦は航空学校でも何度もやっていたから、慌てず操縦桿を引いて機体の姿勢を取り戻す。
「思った以上に俊敏な動きだな」
ただ操縦桿を引いただけなのに、機体の素直さが一瞬で分かった。
「でも、俊敏な割にはトリッキーではないですね。少々、乗り手を選ぶところはありそうですが、フルマニュアル操縦に慣れているマスターなら、なんとか大丈夫でしょう」
海面スレスレからの急上昇にも、俺の操縦に遅れることなく機体が動く。試験機と聞いていたから多少、機体が駄々をこねて操縦しにくいと思っていたが、その考えはいとも簡単に崩れ去った。
コイツは、なかなか面白い。リニアに反応するが故に、ごまかしが効かないがそれ以上に動き方がスムーズで、今自分がどんな状況に置かれているのか感じ取りやすい。
これなら、突如のことでも他の機体に比べてそれほど焦らず対処できそうだ。
SB‐28T。これは、かなり面白い機体だな。
「んっ? マスター、本機に接近中の高速物体」
「高速物体だと?」
後方確認用のモニターの下に取り付けられているレーダーに目を向けると、ちょうど緋龍の真後ろから迫ってくる物体が映っている。
「ミサイルか?」
「いいえ、もっとタチが悪い。戦闘機ですッ!」
ユリアの声と同時に広角度カメラがその機影を捉えた。青い空にポツンと浮かぶ漆黒の戦闘機。
みるみるうちに大きくなってくる戦闘機を見た瞬間、俺は操縦桿をめいいっぱい倒していた。
右へロールしながら機体を降下させるも、それにぴったりと食いついてくる漆黒の戦闘機。
「チッ! 気分いいときに横槍入れてくるバカはどこのどいつだ!」
「機体照合終了。F‐88と思われます」
「何ッ! 米軍の主力戦闘機だと!」
米軍が誇る最新鋭主力戦闘、F‐88。通称インフィニティ。世界最高峰の性能を持つ戦闘機。
つい最近できた緋龍の方が、一見性能のは上だが、所詮試験機。実用機として活躍しているインフィニティの確実性には遠く劣ってしまう。
限界が分からないこの機体で下手なことはできない。だが、1機しかないこの試験機をここで潰されるわけにもいけないのだ。
「撃ってくるか?」
冷や汗を感じながら、真後ろを取られないように機体を右へ左へと降る。ピッタリではないが、インフィニティは後ろに張り付いてくる。
ただのインフィニティじゃないな。少なくとも無改造のモノじゃない。あれは、米軍機ではなく、個人所有の可能性が高い。
「面倒だな。ダメもとでやってみっか」
速度が乗った機体の機首を瞬時に持ち上げ、機首部分の姿勢制御用ブースターを全開で噴射する。
一瞬にして機首が真上を向く。緋龍の腹部分で空気の流れを邪魔して空気抵抗が大きくなる。速度が一気に低下した緋龍の真下を漆黒の戦闘機が通過する。
もちろんこれは、ユリアの重力制御があってこそできる荒技でもある。緋龍の後ろに張り付いていた戦闘機からしてみれば、緋龍が消えたように見えるだろう。
そのまま操縦桿を引いて、機体を1回転させて今度は俺がインフィニティの後ろを取る。
「さぁて、攻守交替だ」
「マスター、今の緋龍には武装は一切積んでませんよ。レーザー機銃だってまだ整備されてないので撃てるかどうか……」
「武器を使う気はない。相手だって、使う機会ならいくらかあったはずなのに、何も仕掛けて来なかったんだからな。だが、それ相応の礼儀はさせてもらう」
操縦桿の付けられている手動ロックオンのスイッチに手をかけ、相手の真後ろ取る。光学照準器越しにターゲットを捕捉させる。
ミサイルや機銃を撃つ気はないが、こちらからインフィニティを手動ロックオンさせてもらった。
こうも後ろに張り付かれると、今頃インフィニティのコックピット内ではロックオンされていることを知らせる警告音が鳴り響いているはずだ。
「ユリア、ターゲットへ通信。即刻、当空域より離脱せよ。繰り返す、当空域より直ちに離脱せよ」
俺の通信を聞いたのか、漆黒の戦闘機は2、3度羽根を降った後、速度を上げ急上昇していった。
「ターゲット、レーダー圏外へ離脱していきます」
「ふぅ。一体なんだったんだ?」
あまりにもいきなりのことだったから焦ったが、なんとなったようだ。一息つきながら、俺はさっきの戦闘機の行動を思い出していた。
攻撃の意思を持って俺たちに接触してきたようには見えなかった。珍しい戦闘機を見たから腕試しに突っかかってきたのだろうか。
戦闘機乗りの性というべきか。他の戦闘機乗りの後ろを取りに行くのは、猫がネズミを反射的に追ってしまうのと同じだ。
しかし、今回は緋龍とユリアに助けられた。普通の戦闘機なら一筋縄にはいかなかっただろう。