第4話 挟撃のダブルヒロイン ~1~
夕日に照らされる銀河。砲身が20メートルにも達する46センチ零式荷電砲の雄姿は火星のエルドライン港に停泊する軍艦の中でも飛び抜けて大きい。
港の岸壁から見上げる銀河もなかなかいいものだ。
そう、今の状況がなければな……。
「ひとつ聞いていいかしら?」
「何も言う気はない。というか巻き込まれたくなかったら近寄ないほうがいい」
「いいえ。ちょっと大事な話があるからそうはいかないわ」
俺の状況を見て、姫川の口調は余計に厳しくなっていた。もう、なんとういか、眼力に人を殺せてしまいそうなほどに怒っている。
「ねェ、刀夜。刺してもいい?」
俺の右手に抱きつくように手を絡めている少女がぼそりとそう呟いた。揺れるシルバーブロンドの髪に澄んだ青色の瞳。
平均的な女性より少し背が高く、俺と少し小さいぐらい。白く綺麗な脚を見せびらかせるかのような短いスカート。
だが、その太ももに巻きつけられた黒塗りのコンバットナイフの鞘が異様な光景をかもしだす。
「フィオナ……。その物騒なモノを抜くなよ」
彼女の空いた左手が今にもコンバットナイフの柄に届きそうな勢いなので、とりあえず止めておく。
フィオナ・アルシュライン。それが彼女の名前だ。
因みに、彼女が俺に抱きついているように立っているが、俺とフィオナの関係は、俺の中では親友という関係のはず……なのだが、俺にべったりと付きまとう癖がついているらしく、しょっちゅう誤解を招くことがある。
そんなフィオナとはアリアスに保護され、火星で住み始めた時に出会った友人で、6年ほどの付き合いになる。
俺が、地球に戻ってきて航空学校に通っていた間も、たまに遊びに来ていたので、それほど懐かしくはない。
「ふふ、命拾いしたね。泥棒猫さん」
「どうかしらね? 刀夜に止められて命拾いしたのは、貴方かもしれないわよ?」
女性は、何故こうも血の気が多いのだろうか。俺のとしては、2人はなるべく仲良くしていただきたいのだが……。
「女には、はっきりと勝負をつけないといけない時ってあるよね」
「いや、それは男が――」
「奇遇ね。私もそう思うわ」
俺の言葉など聞き入れる耳を持っていないのか、もう2人は臨戦態勢に入っていた。
2人の背後に、雷鳴轟く暗雲を退けて格の違いを見せつける龍と、不動の大地さえも切り裂いてしまいそうな爪を持った虎が、俺には見えそうだよ。
「そして、その中央でオロオロする人間がマスターといったところですかね?」
「的確な構図をありがとう。だが、今それを言う必要性はないぞ」
一触即発。まさにそんな感じで俺にとっては寿命が縮まりそうでかなわない。巻き込まれたら2人の決着がつく前に、俺の命に終止符が打たれてそうだな。
毎度、毎度どうして俺はこうも死にそうなんだろうか?
なんだか不思議と死にそうな人間の考えより、ああ、また今回もかといった諦めの境地のようなものを感じるようになってきた。
これはこれで、自らの危機に麻痺してきている気がしてならない。
そもそも、今回の事件の発端は、フィオナの登場からだった。
火星につき、銀河からクルーの皆が降りていく中、俺も一緒に銀河を降り、岸壁へと渡ったのだ。
そう、ここまでは、問題なかった。だが、次の瞬間、フィオナが現れたのだ。
どの節から俺が銀河に乗ってこのエルドラインに来た情報が流れたのか知らないが、俺の目の前に現れたフィオナは他人の目などお構いなしだった。
そして、そこにちょうど出てきた姫川達。 大海、アズ姉あたりはフィオナのことをよく知っているから、あまり気にもしないだろうが、姫川と鹿嵐はそうはいかなかったようだ。
姫川は風紀的な問題だとか言って、怒りを押し殺した冷たいオーラーを漂わせて俺に近寄ってきたのだ。
一連の経緯を見ても、俺は被害者であって、一刻も早くこの状況を抜け出したいわけであって――。
「因みに、マスターはどっちにつくんです?」
ユリアの声が、俺への死刑宣告のように聞こえた。
えっ!? 今のタイミングでその不言は非常にマズイって!
「い、嫌だなぁ。俺は2人の味方に決まってるじゃないか」
かた言になりそうな気持ちを抑えつつ俺は返事をする。冷や汗が全身という全身から吹き出すような寒気が俺を襲う。
「「具体的には、どっちの味方なの?」」
仲が悪い2人が、ここまで見事なシンクロ率を叩き出すとは。そして、恐ろしい眼力で俺を睨みつける2人ともの期待に答えられそうにない。
マズイ。この選択を間違えば、俺は確実に死ぬぞ。
「刀夜は私の味方でしょ?」
姫川がそう言って、少し笑みを浮かべているところが、余計に怖い
よ、よし。まずは、姫川の味方をした場合はどうだろうか? すると、横に立っている、フィオナのコンバットナイフが……。
いかん。死ぬ。メッタ刺しにされそうで、恐ろしすぎる。
「刀夜は僕の味方だよね?」
そう言って、上目遣いをしてくるフィオナからも恐怖が感じ取れる。
ならば、フィオナの味方ならどうだろうか。俺と姫川の距離は、約5メートル。行けるか?
これなら、全力疾走すればなんとか生き残れる――。
そう思った瞬間だった。姫川の背後に見えた金属物を見た俺の思考回路は、コンマ0.1秒でフィオナの味方をするという決断を却下した。
あ、アイツ、背中になんてモノを担いでんだよ!
ちらっとしか見えなかったがあれは、RPG‐7。
携帯式の対戦車兵器を持っている理由にツッこむのは、ひとまずやめとして、あれから逃げきれる自信は流石に無い。
あたれば、体の原型なんて残らないぞ。
選択肢は2つ、刺殺させられるか、爆死するか。どちらにしてもバッドエンドしか待っていないこの状況。
神様、もしも存在するのだったら、命の瀬戸際に立たされているこの哀れな男を助けてください。
まだ、17歳で死にたくないんです。
俺の願いが通じたのか、ひとり声でが俺の耳に届いた。
「そこまでです。2人ともいい加減にしないと怒りますよ?」
この声はまさに神の声、姉さんだ! 良かった、これで俺は救われる。この恐ろしい地獄から脱出できる!
「違反者には罰をしないといけませんよね。そうですね。刀夜にも、罰を受けてもらいましょうか」
神様だと思い近づいたら、悪魔でした……。これで救われるなんて思った俺の希望の光を返してくれよ!
「それはおかしいだろ。姉さんッ!」
「フフッ、規律を乱すものにはビシビシ罰を与えますよ♪ それが加害者であろうと被害者であろうとね」
「あ、悪魔だ……」
そうか、神様って悪魔の仕事も兼任してらっしゃるんですね。
「さて、フィオナちゃんには、メイド服でも着てもらおうかしら?」
「なッ! ぼ、僕はアリアスの一員じゃ――」
「刀夜の同じ仕事場で働ける資格はいりませんか?」
姉さんの勝ち誇ったかのような笑み。だが、流石に俺と同じ職場で働けるということだけでフィオナが進んで罰を受けるわけが――。
「是非、やらせてくださいッ!」
あっさりと判断しやがった。なんてことだ。これじゃあ姉さんの思うツボじゃないか。
「後は、姫川艦長か……」
もはや、姉さんの目は、狙った獲物は逃さない百獣の王の目にそのものだった。あの目をした姉さんを止められるのはこの世にはいないだろう。
「チャイナドレスとスクール水着、どっちがいい?」
「チャイナドレスでお願いしますッ!」
姫川の場合、もはや拒否権も無く、2択、実質1択に絞られていた。
流石、姉さん、あえてヒドすぎるものを2択の中に入れて、目的のチャイナドレスを着させる戦法か!
だが、今回こそは、俺は姉さんの手の上では踊らないぞ。たとえ厳しくとも、あえて、本命を避けてやる。
「刀夜は、そうですね……明日が見えない死ぬほど辛い罰と、まだ生きる望みがある罰どっちがいいですか?」
「生きる望みがある方でお願いしますッ!」
「あら? 男らしく厳しい方を選んでもいいですよ?」
「ちょっと調子に乗ってました。マジで許してください」
こうして、抵抗むなしく。いとも簡単に姉さんの手のひらの上で踊らされるハメになったのだ。
「だから、大人しく引き下がって欲しかったんだよ……」
翌朝から、銀河の荷下ろしの作業が行われている最中、俺は銀河の巨大な甲板の上に立っていた。
特殊なコーティングがされている銀河の最上甲板をデッキブラシで掃除するという大仕事を俺はさせられている。
なぜこの仕事をしているかなんていう理由は話すまでもないだろう。そう、姉さんの罰だ。
プールの掃除気分で任されたような気がするが、そんなの屁でもない。艦橋から艦首までの距離を掃除するなど狂気の沙汰でしかない。
甲板のど真ん中に腰を据える巨大な零式荷電砲の周りを掃除するだけでも骨が折れそうになるというのにこの広さは流石にないぞ。
「なぁ、姫川も手伝ってくれよ」
「アンタねぇ。私が主砲の天板を掃除しているのを知ってて言ってるんだったら、殴るわよ」
そう言って恐ろしい目線で俺を睨んできた姫川はというと、第1主砲の天井部を掃除していた。
艦の中でも丈夫に作られているだけはあって、主砲は大きく、分厚い金属板で作られている。
甲板も大変だが、あの主砲の上もかなり大変だろう。
「カグヤは一生そこの掃除がお似合いだと思うよ。僕は刀夜と仲良く掃除するだけだし」
「いい度胸してるわね。フィオナ。後で覚えときなさいよ」
俺の横で甲板を掃除しているフィオナはそう漏らした。
「頼むからこれ以上問題は起こすなよ……」
水で甲板の汚れを流しながら俺はつぶやいた。この調子では銀河の全体を掃除しかねないからな。
「……しかし、異様な光景だよな」
戦艦の甲板を掃除するのは、どこの軍港でも行われている至って普通のことだ。もちろん若手がその犠牲になることも普通のできごと。
「でも、格好がなぁ……」
銀河の甲板を掃除しているのは、極々一般的な白黒のメイド服を着ているフィオナと俺。そして、主砲を掃除しているが紅いチャイナドレス姿の姫川。
周りから見れば、非常におかしな格好をしている集団だ。
しかも、2人とも大胆なデザインで、正直目のやり場に困る。
「いやぁ、いい眺めですね。マスター」
「お前は狙って言ってるだろ……あと、そこで俺に話を振るな」
「ねぇねぇ、刀夜はメイド服が好きなの?」
聞き耳を立てていたらしく、非常に答えずらい質問をフィオナが投げかけてきた。
しかも、それらしく上品にレースのスカートの裾をちょっと持ち上げてポーズをとっているあたり、コイツもわざと狙っているに違いない。
さらに、その姿がとても似合っていて可愛いので言い返せないのが悔しい。
白と黒だけで構成されているだけの服のはずなのに、引き寄せられる魔力のようなもの感じる。
ずいぶん短いスカートと白いニーソックスの間に見える肌の感覚が……
い、いかん。これ以上見てられない。
特殊な服装より、一般的な服装の方が好きな俺でも、この姿にはクラっときてしまうものがある。
「え、えっと……嫌いじゃないぞ。フィオナによく似合っていると思う」
己の素直な思考に負けた俺は、思いのままを答えることにした。
引かれるかもしれないが、変に取り繕ったところで、ユリアあたりに上手く丸め込まれてしまいそうだからな。
意地を張った大破、撃沈を選ぶより、自力でなんとなりそうな小破を選ぶとしよう。
「本当? 刀夜にそう言ってもらえるなんて嬉しいなぁ。昨日、寝る間も惜しんで風音さんに貰ったメイド服をイジって良かったよ」
ん? 後半部分になんか、血のにじむような努力が聞こえたいがしたが、恐らく幻聴だ。朝から、甲板掃除をやらされて多分疲れているのだろう。
「ふぅうん。鼻の下が伸びてるわよ。刀夜」
上から、俺をギロッと睨みつけて見下ろすように立っている。
「残念だったね。僕の方が魅力があるってことだよ」
「へぇ、その辺はどうなの? 刀夜」
「えッ!? そ、そうだな……」
姫川の格好はというと、頭の上で括ったポニーテールに紅いチャイナドレス。基本的に深いスリットがギリギリまで入っているので、彼女の綺麗な脚を際立たせてみせる。
フィオナのメイド服に比べ、露出度が高く、体のラインきっちりと見えるためスタイルが良くないと不格好になってしまう。
その点に関しては、姫川は良く着こなしていて、妖艶さが漂っていた。とても似合っているが故に、直視できそうにない。
「姫川もよく似合ってる……」
「ほ、本当!?」
「あ、ああ。2人ともよく似合ってるよ」
少し目線をずらして答えた俺は、早く自分の作業に戻ろうと確信した。このままでは、一向に仕事が進まない。
邪念を捨てて、掃除だけに神経を集中させねば! そう、心に決めて、俺は自らの煩悩を洗い流すかのように、甲板掃除に戻ることにした。
とうとう、もう一人のヒロイン、フィオナが出てきましたね。
これで、刀夜君は大変になりますが、夏川としてはずいぶん楽しめそうです。
現在進行形で執筆中ですので、何時になるかわかりませんが、次話でお会いしましょう!!
では!