第2話 『姉は司令長官』 改稿版
どうも、お待たせしました。
ありそら改稿版二話の投稿です。
以後続きは、作者のテスト明けとなる再来週となると思いますので、よろしくお願いします!
全く、とんだ目にあった……。
なんとか岸に這い上がった俺に元凶のもとである少女が俺を睨みつけてきた。
「アンタのせいでずぶ濡れになったじゃない!」
ずぶ濡れになったエプロンドレスの少女は、怒りながら無駄にヒラヒラのついたスカートを絞っている。
ぴったりと服が体にくっついていて、綺麗な曲線を披露しているので目のやり場に困る。
俺は、少女にを向けて上着を絞ることにする。
「ちょっと聞いてるの? 全部アンタのせいなんだからね!」
「聞いてるよ。あと、桟橋を壊したのはハンマーを振り回していたオマエだ」
「なっ! オマエって言うな! 私は泣く子も黙る姫川かぐやよ!」
なぜ泣く子も黙るかは知らないが、どっちかというと、泣く子も大泣きするのほうがあっていると思う。
でも、今はそんなことよりも、俺は早く海水でベトベトになったこの服を着替えたい。喋らなくなったユリアも気になるが、防水仕様なので故障はしていないだろう。
「私はアンタのことなんて0.0001パーセントも信用しないわ! ばらすだけばらして国外逃亡だって――」
「ねえよ!」
どんだけ信用してないんだよ。そもそも、それぐらいのことで海外逃亡するかっての。
はぁ……。
コイツと話していると無駄に体力が消費される。
「いい? ばらしたら、アンタをバラすわよ!」
脅し文句で俺に圧力をかけてくるが、それに相手してやるのも疲れてきた。
「大体なんでそれくらいのことで必死になるんだよ?」
「それくらいとは何よ! これは私のプライドに大きく傷つけることになるよの!」
大興奮で激怒する姫川。
おいおい、そんなに怒るほどのことじゃないだろ。そもそも、鼻歌交じりに掃除してたのはどこのどいつだ? 実は結構楽しんでたんじゃないのか?
「分かった、分かった。誰にも喋らなければ万事OKだろ。だから、もっと話の通じる相手のところに連れてけ」
「くぅぅぅ……。あんた私をバカにしてるでしょ!」
「馬鹿にはしてない。オマエなりに頑張ってるんだよな」
半ば、哀れむような感じで俺はやれやれと手を振った。
「バカにしてるじゃない!」
ものすごい形相で俺を睨めつけてくる。何だか目からビームでも出そうな感じだ。
誰もが認める文句なしの美少女だが、やっぱり性格に難癖ありだよ。
「そもそも、なんで航空学校の生徒がこんなところにいるのよ。その特徴的な灰色の制服。肩に赤いラインが2本。それ、航空学校の上級生の制服でしょうが! ここは関係者以外立ち入り禁止区域よ!」
関係者以外立ち入り禁止か。それじゃ、メイドの格好したオマエはどうなんだ? 明らかにここ関係者には見えないが。
「姉さんに呼ばれてココに来た。だから、俺は関係者だ」
「姉さんって誰よ?」
「坂上風音。分かるか?」
俺は、姉さんから受け取った手紙を姫川に手渡す。
「坂上……。まさか! あんたのお姉さんって!」
「はぁい。私よ」
橋の向こう側からこちらに向ってくる人影。
白色の制服に金色の矢の刺繍の入った帽子。おっとりとした優しそうな藍色の瞳に、短く切られたアイスブルーの髪はいかにも姉さんらしい。
「ちょ、長官!?」
姫川が驚くのも無理はない。俺の姉さんは18歳という異例の若さで、女艦長として電撃デビュー。その並外れた戦術、判断力、そして感を持っている。今でも、海賊や一部の正規軍の船乗りから『流星の魔女』という二つ名で呼ばれているほどだ。
現在、民間護送会社の司令長官という座で訓練生や新人社員の教育をしている。
「あら、姫川さんと一緒だったのね」
帽子を取り、髪を掻き分けれると姉さんはクスッと笑った。
その笑みは姫川の時とはまた違った大人の女性の笑み。でも、表面上は笑ってはいるが隠しきれていない黒いオーラが見えるのは俺の気のせいではないだろう。
「2人揃って海水浴でもしてたの?」
「ま、まぁ。色々あってな」
そう言って姫川に視線を向ける。
「な、何よ。もしかして、私のせいにするつもり!?」
あからさまに慌てている姫川からして、既に姉さんの機嫌を察しているようだ。
「大体アンタがあの現場を見るのが悪いのよ!」
「なっ! あんなの見るなって言うほうが無理だぞ!」
口論を始めた俺と姫川の間に姉さんが割って入ってくる。そして、背後に雷雲から顔を出す龍が出てきそうな笑顔で俺の方を向く。
「刀夜。集合時間覚えてる?」
ま、マズいぞ! この感じ、かなり怒ってらっしゃる。
「え、えっと。2時30分」
「今何時か知ってる?」
姉さんは俺の目の前に懐中時計を突き出す。今時珍しいアナログ時計の針が2時53分を指している。
「……スイマセン」
一切反論できないほどの大遅刻である。
「ふふ。分かればいいのよ」
姉さんの後ろで一安心している姫川が目に入った。
くそう。難を逃れやがって!
だが、今姉さんに指摘された俺は反論などできない。しようものなら、精神がおかしくなるまで説教をくらうハメになるだろう。
「あっ。そうそう。姫川さん」
「は、はひぃ!?」
俺に説教していた姉さんがいきなり振り向いたので、かなり動揺している。言葉が面白いことになっている。
「桟橋に大穴が開いてたけど、あれはどうしたの?」
「あ、あれはですね……」
愛想笑いで誤魔化そうとするが、姉さんに効果があるはずもない。
「まさか、エプロンドレスで掃除していた姫川さんに刀夜が偶然にも声をかけ、自分の格好を見られたのが恥ずかしくて、勢いあまって船の中にあったハンマーを振り回した結果、桟橋を壊しちゃった。ってことは無いわよね?」
その場に居合わせたわけでもないのに、あの桟橋で起きた事件をさも見ていたかのように的確に状況を把握している。
毎度思うことなのだが、この人だけは敵に回したくないと思う。
「それがですね……」
「私は、この服を着て掃除しろとは言ったけど、桟橋を破壊しろとは一言も言ってないわよ」
どうやら、姫川は姉さんの定番罰則の一つ、『メイド服で掃除の刑』に処せられていたようだ。この処罰は、読んで字のごとく、メイド服、つまりエプロンドレスを着て掃除をしろいう罰則だ。
この刑のさらに刑の恐ろしいところは、女子だけに限らず、男子にもこの罰則が科せられることがあるということ。
はっきり言って、男がメイド服で掃除するなんて死んでもゴメンだ。
他にも『逆立ちして路上ライブの刑』とか、『空気イスで会議出席の刑』などといった精神的にも肉体的にも恐ろしい罰則が沢山ある。
「どうなの? 姫川さん」
「……スイマセン」
流石の姫川も、姉さんの迫力に負けて白旗を揚げる。
姫川の判断は正しいものだ。変にプライドを意識して、姉さんに刃向かった所で勝てるわけが無い。
姉さんは、見た目も優しそうな雰囲気を出しているし、普段はとても面倒見の良い性格をしている。
だが、怒らせたら最後、鬼のようなプレッシャーで相手を圧倒する。
あのプレシャーは洒落にならない。姉さんを怒らせるぐらいなら、サファリパークの猛獣ゾーンを走り回っているほうがまだ怖くない。
「ふぅ。2人とももう高校生なんだから、しっかりとしないといけないでしょ?」
「「ごもっともです……」」
声を揃えて、頭を下げる俺と姫川。なんというか、言い返す言葉も無い。
腰に手を当てて、姉さんが帽子をかぶりなおすといつもの優しいオーラに戻った。