第22話 『優しい嘘』
次話となる第23話は、来週19日の午後12時の投稿になっていますので、よかったらどうぞ!
木星宙域は、地球や火星付近に比べ治安が悪い。物資を運んでくる船を攻撃してくる宇宙海賊も少なくない。
いろいろな国の軍艦が行き来しているとは言え、海賊被害に遭う船はあとを絶たない。そんな中を航空機一機で飛んでいるのは異様な光景だろう。
「11時の方向に駆逐艦2隻。こちらには気づいていないようです」
「ウヨウヨいやがるな」
「ターゲットまでの距離7000。進行方向に障害物無し。マスター。どうやって内部に侵入するんです?」
「正面突破は無理だ。ユーラシアの軍艦もいるし、警備も厳しい。となれば――」
「小さなコロニーですからね。可能性が最も高いのはコロニーの上下から侵入するコースが得策ですね。どちらにもコロニー内へ侵入できるようになっています」
ハイゼル氏別荘は巨大な円柱形上がメインコロニー、その円柱を囲むフラフープのような輪の形をした3つサブコロニーから形成されている。
「どっちにしても見つかるの覚悟で行かないとな……。ユリアは、俺が降りたのを確認した後一度緋龍をコロニーから脱出させて、待機していてくれ」
「了解です。マスターの位置はこちらからでも確認できますから、コロニー内での誘導はお任せ下さい」
「予定が決まったことだし、見つかる前にやっちまうか」
ユリアが支指示するコロニーの監視カメラの死角になるところを狙って緋龍をねじ込んでいく。死角から死角へと移動していきコロニーの最下層部にある航空機入口に無理やり入って緋龍を急停止させる。
コロニー内はシンッと静まりかえっていて、不気味な雰囲気しか感じ取れない。
「やけに静かだな」
腰のホルスターから拳銃を取り出す。弾丸はゴム弾とはいえ無用な発砲はしたくない。
「マスター。お気を付けて」
「ああ、何かあったらすぐに連絡を入れてくれ」
誰一人いない発艦口から俺はコロニー内部へと入っていく。コロニー内の主要な廊下に突き当たったというのに警備員は愚か人の姿すらない。
『マスター。この付近で生命反応がある部屋を見つけました』
「罠か? まぁいい。どこの部屋だ?」
『現在地点から右の通路へ進んでください。その一番奥の部屋です』
「了解」
十字に分かれた角を注意しながら右へと曲がる。細い通路が20メートルほど続いた後、突き当りに存在する部屋の前まで来た。左手をドアノブにかけ、右手に拳銃を持ったままひと呼吸おく。
意を決して、ドアノブを勢いよく回して部屋の中へ入る。反撃を喰らう前に、拳銃を部屋の中でいる人物へと向ける。
「来たかね。少年」
俺に背を向け、大きな窓から巨大な木星を眺めている男性。
「アンタは?」
退路となるドアを横目で書くにした後、左手を拳銃のグリップに添える。いつでも発砲可能な体勢で相手を見つめる。
「そういえば、自己紹介していなかったな。ルーゼル重工業代表取締役、ハイゼル・レキシントンだ」
茶色のスーツに身を包んだ男性がこちらを振り向く。身長はおそらく165ほど、少し小太りで貫禄のある顔つきをしていた。
「やっぱり罠だったか」
「気にしなくていい。今この場でいるのは、君と私だけだ」
執務用巨大な机を挟んで、リクライニングのイスにハイゼル氏が平然とした顔つきで座り込んだ。
「要件はなんだ? 言っておくが、娘はやらんぞ。こちらも商売人だ。いくら金が欲しい?」
「金をやるから引き下がれと」
金でなんとかしようとしているあたりが腹立たしいが、ここでキレたところで話は進まない。相手がその気ならこちらも相応の気で行かねばならない。
「金なんていらん」
「金ではないとすると、我社が持つ兵器のことか? それで済むなら気が済むほど持っていくがいい」
そう言ってハイゼル氏は、右手に持っていた黒皮のカバンから出してきた書類の束を机の上に置く。遠目で見る限り、軍関係の書類から最新兵器に関する書類のようだ。
詳しくは分からないが、あの束だけで数10億の価値があるだろう。軍関係者などなら喉から手が出るほどの代物だろう。
「勘違いしているようだから1つ言わせてもらうが、俺はこの会社が持つ金も兵器欲しいとは思わない。ただ、かぐやに少々聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこと?」
「マル七計画……」
俺の言葉に一瞬だがハイゼル氏の顔色が曇ったのが見て取れた。ハイゼル氏もここは聞かれほしくないという単語らしい。
「な、なぜ君がそのことを知っている」
「知り合いに皇室関係者がいてね」
「かぐやの能力が狙いか」
先ほどまでの余裕の表情から一転、ハイゼル氏の表情から余裕の色が消えた。微かにだが、動揺している。
『マスター、先ほどから1つ、生命反応が……』
イヤホン越しにユリアが小言で俺に報告してくる。生命反応が1つ、か。
「1つアンタに聞きたいことがある。姫川を養子に迎え入れたのは姫川の能力の為か? 姫川の持っている能力がどんなものなのか知らないが、客観的に見て、その能力を自らの手に収めるために姫川を預かったとも考えられる」
後ろの扉の向こうから小さな物音がしたが、俺はかまわず続ける。
「はっきりとした答えが聞きたい」
何も言わず、ハイゼル氏は机の引き出しから1枚の写真をおもむろに取り出した。
「約束したのだよ」
「約束?」
右手に持った拳銃を離さず、写真を手に取る。
色あせていたり、角が欠けていたりする写真の中で微笑む女性と男性の姿、真ん中にはまだ小学生にも満たいないだろう小さな女の子。そして、その2人後ろで笑っているハイゼル氏。
「そこに写っているのは、かぐやと、かぐやの両親だ」
「なに......」
『写真に写っている女の子は艦長で間違いないでしょう。それに、加工されているようには思えません』
俺の制服につけているバッジに取り付けた小型カメラから写真をスキャンしたユリアがそう言っているのだから、おそらくこの写真は本物だろう。
「彼らとは高校時代からの良い友だった」
「亡くなったのか」
「ああ、事故で亡くなったのだよ。スペースライン航空538便の事故にな」
そういえば、航空学校でものこの事件のことを習ったな。
13年前、香港を出発して、第七月面都市に向かっていたスペースライン航空538便は、大気圏外で深刻なエンジントラブルに巻き込まれ、姿勢制御もままならないまま、月に向かって落下を始めた。
そんな538便の落下予定地点としてはじき出されたのが第3月面都市。総人口1億5000万人を超える超巨大都市。
もし、538便が月面都市に墜落した場合、有害な宇宙線を断ち、空気を保つ為の隔壁が壊れ最悪1億人の人間が死ぬ。
事態を重く見た月政府が判断した苦渋の策が538便の撃墜だった。
「538便が撃墜させる間際、私に電話が掛かってきたのだよ。彼は、電話越しにこう言った、かぐやを頼むと。事故のあと、かぐやを私の養子に向かいれるために手続きを始めた。だがその間にかぐやはマル七計画の実験体として徴収されたのだ。私は死ぬ気で探したさ、だが、見つけた時には既に遅かった……」
悔しさをこらえるように拳を握り締めるハイゼル氏を見て、俺は突きつけていた拳銃を下ろした。
つまり、ハイゼル氏に俺が想定した悪い意思はなかったということか。
「お父様ッ!」
ドアを開け放ち、私服姿の姫川が部屋の中へ入ってきた。そして、今にも泣き出しそうなのを我慢してハイゼル氏の手を握る。
「何で本当のことを話してくれなかったのですか。でしたら、お父様のこと恨まなくて済んだのに」
「き、聞いていたのか」
驚きを隠せないハイゼル氏とは違い、俺はドアの向こうにいたのが姫川であったことをある程度予想はついていた。
だから、あえて俺はあんな質問をした。それが姫川自信を傷つけてしまうとしても、聞いておきたかったのだ。
「お前をこれ以上無理をさせたくなかったのだ」
「そして、538便の事件が銀河に起きないか心配になったんだな」
銀河襲撃も心配だった故なのだろう。
「私、私のことなんて全く見ていないと思ってた。お父様は、私のことなんて理解してないと思っていた」
「例え私が恨まれてしまうとしても、かぐやが幸せに過ごしてもらえれば構わなかった。だが、私は間違っていたようだな」
あえて、姫川に真実を伝えなかったハイゼル氏の嘘が溝を深くしていた。優しい嘘。だが、それは両者を傷つけていただけなのかもしれない。
「いい家族じゃないか」
『ですね』
俺は2人を置いて、そっと部屋から出て行った。