第21話 『号砲を背に』
マル七計画。それは、人知を超えたものだった。当初はまだ珍しかった、超能力者の超能力制御の向上を図るためのものだった。しかし、とある科学者の狂言から、恐ろしい計画へと変貌していった。
人工的に超能力者を創りだす。
あまりにも突拍子のないアイディアに皆はじめは耳を傾けようともしなかった。しかし、彼がモルモットを使用した実験結果を提示した後から、彼に対する研究に皆が注目した。
軍事への技術転用が期待されたのだ。超能力者を使った特殊部隊。軍事部としては、これほどおいしい話はなかった。
すぐさま、モルモット実験から人体実験が行われるようになる。
しかし、そう簡単に人体実験ができるはずもない。では、実験に使う人間をどこから手に入れてきたか、身寄りのない施設に預けられている少年少女にその矛先が向けられることになったのだ。
実験体が若ければ若いほど、体への悪影響なども分かりやすくなる。そして、実験の初段階になる第1回人体実験が開始された。
まだ成人にもなっていない男女15人を対象に実験が行われるも、全員死亡。原因は、人工に能力を授けるICチップと身体とのあいだの拒絶反応だった。
第2回人体実験では、20人中、4人の子供たちが人工の超能力を得ることができた。
その4人の中にどうやら姫川は含まれていたらしい。
それからは、超能力者を作り出すための人体実験は行われていない。しかし、姫川たちを待っていたのは自由ではなく、施設内での監禁だった。
超能力の練度を上げるために厳しい訓練を行われ、4人いた人工超能力者の内、1人が死亡、1人が廃棄処分される。
それでもなお、悪魔のような実験は続く。だが、良心が耐え切れなくなった新人の研究員が国連警察に連絡、事態が大きくならないうちに国連警察により研究者、並びにこの計画を進めてきた軍幹部を逮捕、後に研究所は破棄された。その時、生き残った人工能力者2人の保護も行われた。
この時、姫川は虫の息ほどに衰弱しており、予断を許さない状況だったらしい。姫川は体力が回復後、ハイゼル氏に引き取られることになった。
実験の後遺症により、フラッシュバック現象、二重人格、施設内での記憶の欠落が報告されている。
「酷いな……」
「マスターがシャワールームで拳銃を突きつけられた時、何故か艦長の雰囲気がおかしかったのは、二重人格による自己防御だったのですね」
長門の中で殿下が姫川の何かを感じ取ったのも納得がいく。
帝様があれほど俺に勧めたがらなかった理由も頷ける。あの頃は平和だったはずの日本でこんな人の道を踏み外している実験が行われていたなんて信じられなかった。
どこか、奥底から来る怒りが俺を支配していた。カッと熱くなる怒りではない。まるで氷のように冷たい怒り。しっかりとした思考の中で、感情をむき出しにすることもないこの怒りは初めてだ。
「姫川に言わないといけない仕事が出来ちまったな」
「しかし、どうやってこの広い宇宙から探すんです? しかも、通商船を護衛する銀河は勝手な動きができません」
「場所は大丈夫だ」
俺はすぐさま、長門へ通信を開く。数秒すると、画面の中に殿下が映しだされた。
「通信、お待ちしておりました」
「現在の姫川について、殿下のお力を貸していただけますか?」
俺の言葉にを聞いて、ひと呼吸殿下は間を置いた、そして、ゆっくりと頷きニッコリと微笑んだ。
「お姉様から事情はお聞きしています。決心がついたのですね」
「はい」
殿下の言葉にはっきりと頷き。真っ直ぐ殿下の目を見つめる。
「私のできる範囲でしたら、なんでもお手伝いします」
「ありがとうございます! 早速ですが、現在の宇宙船ミューゼルの位置はそちらで把握できますか?」
「木星宙域の哨戒艦が先ほどダイブしてきたばかりの宇宙船ミューゼルを発見したとの連絡が入りました。詳しいデータはそちらに送りますのでどうぞ」
「感謝します」
「刀夜。頑張ってきてくださいね。くれぐれも命は粗末にしないように」
「了解しました」
「貴方に神のご加護があらんことを」
目を閉じ、胸の前で手を組んでそう呟く殿下に、背筋を伸ばし敬礼して通信を切った。
場所は分かった。もうひとつの問題は、下手に動けない銀河について。
金と銀のツバメのペンダントをポケットに入れ込むと俺は、第1艦橋とは反対方向の第3格納庫へと向かった。
第3格納庫には、俺の愛機、緋龍が静かにただずんでいる。
「ミラちゃん。緋龍の後部席空いてるかな?」
緋龍を整備していたミラは一瞬、ポカンとしてしまったが、瞬時に状況を理解したらしい。
「もちろんです! 艦長仕様の最高の後部座席を用意してます」
彼女らしい明るい笑顔で答えると、急いで緋龍の発艦チェックを始める。備え付けられたはしごでコックピットに乗り込むと、ユリアを装着して機体の微調整を行う。
「ユリア、姉さんに繋いでくれ」
「了解しました」
『こちら銀河ブリッジ。刀夜、何をしようとしてるの?』
「姫川を説得してくる。ただそれだけだ」
『はぁ……理由をつけたところで任務放棄よ? 最悪、アリアスから出されることになるわ。それでも行くの?』
仕事を放棄して出て行く。俺が今からやろうとしていることは、ただの自己満足のために仕事を放り出して遊ぶのと同じことだろう。
だが、あいつに一言言ってやらないとずっと後悔することになる。例え、それによって仕事を失うとしてもだ。
「最悪、傭兵だってやってるさ……」
『ちょッ! 待ちな――』
姉さんが全てを言い切る前に通信を切った。事のいきさつを見ていたミラは心配そうに俺のほうを見つめてくる。
親指を立て、俺は無言で笑顔を浮かべる。ミラも決心したらしく、ゆっくりと頷くと、エレベーターの上昇ボタンに手をかけた。
隔壁が締まり、モーターが重低音を響かせてエレベーターを引き上げていく。天井が開き、緋龍は銀河の中央甲板にあるカタパルトに接続される。
「ユリア、カタパルトを左舷に向けてくれ」
「了解です」
システムをハッキングしたユリアがカタパルトを船の左側へ向かせる。
「宙域の明度145。障害物なし。レールカタパルトの圧力正常。マスター、発艦準備完了しました」
「了解。緋龍、テイクオフ!」
カタパルトの射出スイッチを押し、緋龍を宇宙空間へと放り出す。エンジンに火を入れ、機体の姿勢を安定させる。
「マスター! 銀河の主砲がッ!!」
「主砲? まさかこっちに撃ってくるわけじゃないだろうな」
銀河の主砲がゆっくりと旋回し、何もない宇宙空間に向かってその砲身を持ち上げる。主砲の動きが停止した時だった。46センチ荷電砲が赤い火柱を上げて吼える。
「空砲……?」
連続して轟く銀河の空砲は、その場に行くことができない皆の分の気持ちを代弁しているかのようだった。
「さっさと終わらせて、連れて帰ってこないとな」
「ですね」
目指すは、木星宙域付近にあるハイゼル氏の別荘。主砲轟く銀河を背に俺は、1番奥までスロットルレバーを押し込んだのだった。