第15話 『灰色の海原で……』
誤字脱字等が多々あると思いますので、発見次第直していくつもりですが、皆様ほうでお見つけしましたら、よければ報告してください。
やがてドアが締まり、エレベータは何事もなかったかのように上昇し始める。
目的の第1艦橋にたどり着いたエレベータは、ゆっくりとドアを開ける。目の前には、いつもと変わらない景色があって、皆自分の持ち場で仕事をしている。
「おかえり。遅かったね」
俺の存在に1番早く気づいた鹿嵐が振り返る。いや、いつもとは同じ光景ではないな。主人のいない艦長席が異様に存在感を醸し出していた。
「あ、ああ。ちょっと大海の様子をな」
「大海君は大丈夫そうだった?」
「ピンピンしてたぞ。見舞いに行って損した気分だ」
自分の席に着きながら俺は、苦笑いで答えてやると鹿嵐も苦笑いを浮かべていた。
「なら、良かったよ。僕も大海君とはここ2年の友人だからね。でも、どうやら余計な心配だったみたいだね」
「私の計算では大海さんの耐久値は未知数でしたが、怪我をするとは意外でした」
イーシスはレーダーに目を配らせながらそう冗談を言った。この会話で、随分空気が和んだのか、クルー達の余計な肩の力が抜けた気がした。
「木星まであと少し。連邦局にも連絡を入れおいたから、太平洋皇国とユーラシアとの国交問題には発展しないと思う。だから、余計なことは気にせず、まずは、無事に木星にたどり着きましょう」
「了解」
不安材料は多々あるものの、銀河は灰色の岩の塊の間を縫うように船団を連れて進んでいた。小惑星帯は確かに難所ではあるのだが、逆に多勢の敵を巻くには持って来いの地形でもあった。
いくら出力があってもこの岩の海原を無視して直進することはできない。それが、複数の宇宙船を引き連れていくとなると進行スピードは、急激に遅くなる。
しかも、障害物も多くレーダーの視界も悪くなるためなかなか発見されにくくなるのだ。
岩の海原は、今回は銀河に味方してくれたようだ。後ろの敵を気にかけながら、銀河は余裕を持って進むことができる。
その間に、先ほどの戦闘で破損した部分の点検や修理が急ピッチで進められた。
小惑星帯の3分の2程度まで来た時には、銀河の応急処置は終了し、通常通りの航行ができるまでになっていた。
「ひとまずは、安心だな」
モニターと資料で銀河の修理状況を確認した俺は、一息つくと椅子に深く腰掛けた。
「ここから先は小惑星の量も少ないからこっちも安心できるレベルだよ」
「レーダーにも異常無し。半径700キロ圏内に敵影ありません」
「遅れをと戻すのも大事だけど、何より安全第一。一応、慎重に進みましょう」
「……ん? 長官、通信が入っていますが」
「通信? どこから?」
「……ルーゼル重工業所属の宇宙船ミューゼルからです」
ルーゼル重工業と言えば、ヨーロッパの大企業だな。最近はユーラシアにも進出してきたという宇宙船やコロニーを建造する会社だ。
しかし、そんな大御所から銀河に通信が来ているんだ?
疑問に思い姉さんを振り返ると、姉さんの顔が少し険しいものになっている。
「イーシスちゃん。私専用の回線につないでくれる?」
「分かりました。通信回路1番にお繋ぎします」
オープンの回線でないということは何らかの事情があるのだろう。むやみに首を突っ込んで面倒なことになっても嫌なので、それ以上は気にするのをやめた。
艦内の安全も確認できたし、これまでの状況を殿下に連絡しておいたほうがいいだろう。俺は第1艦橋を出て、緋龍が置いてある第3格納庫へと歩いて行った。
「マスター。ちょっといいですか?」
銀河に帰ってきてから黙っていたユリアが口を開いた。
「なんだ?」
「今回、銀河を襲ってきた3隻の重巡洋艦の話なのですが」
それを聞き、俺は自然と人気の少ない廊下へと足を向けた。
「何か分かったのか?」
「はい、銀河の戦闘記録の映像解析をして分かったのですが、3隻とも、先日消息不明となった第7機動部隊の船でした」
ピタッと、俺の脚が止まる。
第7機動部隊だって?
「ちょっと待ってくれユリア。じゃあ奴らは自らの意思で俺たちを狙ったとでも?」
「何者かによって、プログラムを乗っ取られたのではないでしょうか?」
確かに、無人艦故に、プログラムさえ乗っ取ってしまえば、なんでも言うことを聞く万能戦艦になるだろう。
「しかしな、いくらプログラムを乗っ取るといっても、相手は艦隊だぞ。一気に複数のプログラムを同時に攻略しないといけないんだぞ。馬鹿でかいスーパーコンピュータが何台いると思っているんだよ」
「そうですね。流石にそれは無理ですか……」
でも、ユリアの言っていることではないとすれば、なぜ俺たちを襲ってきたのだろうか。謎の潜宙艦といい、今回の襲撃といい、間が悪すぎるのではいだろうか。
いくら、宇宙海賊などの無法者がいるとはいえ、1回の航海で2度も襲われることなんて普通は無い。
運が悪かったと言えばそれで済む話なのだが、はたしてそれで済ませて良いのだろうか。
「やっぱり殿下には連絡を入れておいたほうが良いかもしれないな」
「そうですね。長門が後ろに居るか居ないかで随分変わってきますからね」
いくつか角を曲がり、目当ての第3格納庫にたどり着く。格納庫内の明かりがついているということは誰かいるかもしれない。
機密性の良い緋龍の中で通信をすれば外に漏れることは無いし心配は無いだろうが、一体どこの物好きが戦闘機をイジっているのだろうかと気になった。
不思議に思いながら、俺は格納庫の扉を開いた。格納庫内の中央に置かれている緋龍のエンジンをイジっている人影が見える。
この位置から可変ノズルで人影の顔は見えないが、その間から見えるあの特徴的な紅いアホ毛には見覚えがあった。
「ミラちゃん。こんな時間に整備かい?」
俺の声で、可変ノズルの間から見えるアホ毛がピクッと動いた。
「あっ、坂上先輩。先輩こそどうしたんですか?」
ぴょこっと顔を出したミラの頬には、エンジン内部のオイルの跡が付いている。
「ちょっと、通信をしたくてね。緋龍のコックピット借りるね」
「どうぞ。先輩の専用機なので存分に使ってください。私は気にしなくて構いませんので」
そう答えると、ミラはエンジンとの格闘へと戻って行った。
俺は緋龍の風防を開けコックピットに飛び乗る。風防を閉め、機密状態を確認するとユリアを緋龍と接続する。
防護シャッターでコックピット内が見えないようにした後、メイン電源を入れる。
「ユリア、高速通信で頼む」
「了解しました。セキュリティレベル5で桃嶺園殿下との直通回線開きます」
小さな液晶画面にwaitの文字が浮かび上がる。数秒して、通信が繋がった。
『こんな時間にどうかしたのです?』
いつもの和服姿の殿下の姿がモニターに映し出される。
「急な通信申し訳ございません。しかし、どうしても殿下にお伝えしたいことがございまして……」
『良い報告、ではないようですね』
「はい、数時間前にユーラシア船籍の巡洋艦に銀河が攻撃を受けました」
『……』
殿下は表向きには驚かないものの、先ほどまで以上に顔色が険しいものになっている。
「最終的に確認したのは、重巡洋艦3隻空母から発艦したものと思われる急降下爆撃機が30機。これはユーラアの妨害とみて良いのでしょうか?」
『いえ、それは無いでしょう。確かに、両国の状態は決して良いものではございません。ですが、民間船を襲うという形でユーラシアが戦争を始めるとは思えません。第3者の力を感じます』
「殿下は目星は付いているのですか?」
俺の質問を聞き、殿下は静かに目をつむると一呼吸をとった。
「あくまでも私の推測ではございますが、事件の裏にルーゼル重工業取締役、ハイゼル・レキシントンの影が見えているのです。極秘ルートからの情報なのですが、ハイゼル氏が1カ月前にユーラシアのある政治家との密談があったことが分かりました。さらに、ルーゼル社の運営金の中にいくつか怪しい資金の流れがあったことも分かったのです」
「ルーゼル重工業だって……。ユリア! 今、銀河に来ているルーゼル社の通信を傍受してくれ!」
「ま、マスター。それ流石にマズいですよ!」
「悠長なことは言えないだ。すまないが頼む!」
「分かりました。解析に入ります」
ユリアが銀河のコンピューターに入り込み、通信を傍受するのにはそれほど時間はかからなかった。
『……かぐや。お前の船の中で負傷者が出たらしいな』
低い男の声が雑音と一緒に聞こえてくる。ユリアが徐々にチャンネルを合わせていくにつれて声がはっきりしたものになっていくのが分かる。
『お父様! 今回の件は理由があるのです!』
次に耳に飛び込んできたのは何度も聞いたことのある姫川の声だった。姉さんとの通信ではなく姫川との通信が本命だったのか。
『遅かったですか……』
画面の向こうで殿下がうつむく。
「遅かったとはどういうことですか殿下?」
『説明したいのも山々ですが、刀夜。まずは銀河から脱出してください。おそらく、ハイゼル氏は姫川艦長を連れ戻すために強行策をとるはずです。こうなっては、銀河がハイゼル氏の手に落ちるのは時間の問題。刀夜、急いでいくらかの人間を集めて――』
いきなりモニターがブラックアウトする。
「殿下!?」
「マスター、銀河が強力な電波妨害を受けています!」
「何!?」
俺は急いで風防を開けて周りを見回す。天井の非常灯がグルグルと回り、忙しく警報が鳴り響く。
「ミラちゃん! 緋龍は今すぐ発艦可能?」
「は、はい! 発艦は可能ですが、まだ出撃命令が出ていませんよ!?」
ツナギ姿のミラが緋龍の元に血相を変えて走り寄ってきた。
「時間がない。ミラちゃん後ろに乗って!」
「え、ええっ!?」
あわてるミラの手を引っ張り上げると風防を閉める。それと同時にドンっという鈍い音とともに船が大きく揺れた。
「マズい! ドッキングしてきやがったぞ。ユリア、システムに入り込んで発艦口を開けてくれ!」
「了解です。20秒ください!」
コンソールパネルのスイッチを順々に入れていき、きちんと機能しているか確かめる。
「先輩! いくら緋龍でも直接の発艦は危険すぎます!」
後部座席で頭を打っていたミラがコックピットに顔を出す。
「ダメもとでも飛ばないと今はヤバイんだよ」
おそらく、相手は武装してこの船に乗り込んで来ただろう。こちらも武装しているとはいえ、はっきり言って素人。白兵戦になった時点で勝ち目など無い。
「マスター。ゲート開きます!」
減圧され無酸素状態となった第3格納庫の中で、緋龍の双発エンジンが唸りをあげる。この短距離で加速を得て、一気にこの宙域を脱出せねばならない。
外にはいくらか宇宙船もいるはずだ。もしかしたら、落とされるかもしれない。
「現在の宇宙空間の明度137。障害物無し。フライトに少々無理はありますが、行けます!」
可変ノズルを絞り、エンジンの出力を溜めていく。赤い警告灯の下で緋龍は発艦準備に入っていた。
そこに割り込むように破壊した入り口から宇宙服姿の男が4、5人なだれ込んでくる。
「早くもお出ましかよ」
緋龍の存在に気付いた男とたちは手に持っていた自動小銃を手当たり次第に緋龍にぶち込んで来た。
「野郎。緋龍が壊れたタダじゃおかねぇぞ!」
「大丈夫です。あの手の自動小銃の鉛玉では、緋龍に傷一つ付けられません!」
「マスター! エンジン内圧力限界です!」
「よし、しっかり捕まってろよ……」
弾が衝突して火花を上げる中、覚悟を決めて俺はスロットルレバーを思いっきり手前に倒しこんだ。
カタパルト発進の時のような強烈な力で前から押さえつけられる。針の穴ほどに見える発艦口めがけて緋龍は突進する。
ほんの一瞬で視界が開けると、俺たちの前から銀河の艦底のフィンがものすごい速度で迫ってきた。
「ちっ!」
間髪のところで右のフットレバーを蹴るのと、同時に操縦桿も右にめいいっぱい倒しこんでフィンとの衝突をギリギリの位置で避ける。
「マスター! 3時40分の方角に駆逐艦!」
緋龍をかすめるように駆逐艦のレーザー高射砲が通り過ぎる。
「状況が読めませんが、まずは先輩におともします!」
後部座席でイーシスにも負けないほどのタイピング音でミラがキーボードを叩く。
「先輩! 前方の小惑星帯を使って敵を巻きましょう。緋龍のスピードと機動性があれば行けるはずです」
「了解! ちょっと長旅になるけど任せたよ!」
スロットルレバーを最後まで押しこむと、フルパワーで小惑星帯へと突っ込んでいった。