第13話 『危機迫る……』
火星での補給と荷物の積み込みが終わった通商船団を引き連れて、銀河は夜遅くに火星を出向した。
当初心配されていた、未確認の敵からの攻撃はなく火星と木星の中間地点に位置する小惑星帯まで何事もなく進んでいた。
「う~ん。あと少しで小惑星帯かぁ」
艦長席に座っていた姫川が背伸びをしながら、モニターに映る航路図を眺めた。
「小惑星帯に入れば、速力は現在の3分の2程度まで落ちます。艦長。僕のプラン通りの航海で構わないでしょうか?」
「そうね。なるべく小惑星の影には気をつけて進んでいきたいし、鹿嵐君のプランで行きましょう」
「了解しました」
操縦席に座ると鹿嵐は、オート操縦から、手動操縦に切り替えた。
「小惑星帯を進む船舶は現在13隻。米軍の輸送部隊に民間船が4隻ですね。どれも、船団への接近は航路図ありませんので小惑星帯脱出は2時間後になると思われます」
「2時間か……」
俺は艦内情報と光学カメラの調節をしながら呟いた。
「小惑星帯は天然の要塞並みに複雑。しかも、その軌道は未だに分からないところがあるから不用意に速度を上げられないのが現状ねぇ」
席に座っていた姉さんは顎に手を当てている。航海に慣れている姉さんでもこの辺は予測しづらいらしい。
銀河の前方に広がる大小様々な岩の塊の海原がずっと続いている。何もない宇宙空間で小惑星帯の宙域は異様な風景だった。
「まさに岩の海ね」
「すごい量だな。確かにこれは通りづらそうだ」
灰色の岩が不規則にいくつも点在している。直径が10キロ近くはありそうな大きなものから、100メートル程のものまで、大きは様々。
「でも、資源の回収にはいいらしいな」
「そうね。この辺の岩石からは、地球には無い金属が沢山採れるからね。銀河の船体に使っている合金も元はここから採集したものなのよ」
「特殊な金属ってことか」
流石に金がかかっているだけはあるな。そう思い俺は席に深く腰掛けた。
そろそろ自分の仕事に戻ろうとコンソールパネルに両手を戻す――
キュィーン、キュィーン
けたたましい警報と共にモニターにレーダー画面に切り替わる。通常電源から戦闘用電源に切り替わる。
シャッターが降りて、艦橋内部が一気に薄暗くなった。
「な、なんだ!?」
「10時の方向から大型の船舶が急速接近中!」
「大型船舶ですって!? 」
「ユーラシアのマルス級無人重巡洋艦3隻です!」
「なんでそんなものがこの宙域に!?」
パニック状態に陥りかねないほどの喧騒が艦橋を包む。
「みんな落ち着いて! 通信は?」
「通信はありません。距離40000。銀河の射程距離圏内まで残り50秒」
「鹿嵐君。面舵30度。イーシス、巡洋艦に通信開いて! 船団には銀河の影に隠れるように伝達。主砲1番に警告弾を装填!」
素早い指示を出して、艦橋内部の統率を図る姫川。クルーたちも少し遅れて自らの仕事につく。
「艦長。通信開けました。どうぞ」
「こちら、ARIAS所属宇宙戦艦銀河。船団へのこれ以上の接近は通商船への武力行使と判断いたします。早急に転進してください」
「……」
通信に返答するものはない。
「距離35000。最大射程距離圏内に入りました!」
「くっ。 1番主砲。警告弾、撃てっ!」
間髪を入れず、銀河の1番主砲が火を噴く。
飛び出した警告弾が、超高速で飛翔し、巡洋艦の前で炸裂して強い光を放つ。しかし、そんなものなど始めから無かったかのように巡洋艦はこちらに向かって突っ込んでくる。
「警告を無視してなおも接近中」
「なんで、なんで止まらないの!?」
姫川がヒステリック気味に叫ぶ。
「っ! 巡洋艦から高エネルギー反応!」
「な、なんで……」
艦長席で虚ろな目で姫川が呆然とする。もちろんこんな状況で敵が待ってくれる訳がない。
遠くかなたで青白い光が発生したかと思うと、線となって銀河に牙を向く。
ズンッ! という鈍い音を立てて、1発が銀河の甲板の装甲を吹き飛ばした。
「上部甲板損傷! 第2射来ます!」
「艦長! 攻撃命令を!」
砲雷課からの通信がつながる。やらなければやられる。艦橋だけではなく、クルーたち全員がそう思い始めている。
「……」
再び放たれたレーザー砲が銀河に直撃して船体を大きく揺らす。
「噴射口ノズルに直撃弾! 第2エンジンの出力が10パーセント低下しています」
「姫川! 銀河が沈んじまうぞ」
確かに相手が正規の軍艦で攻撃しにくいのは知っている。もしかしたら、国の問題になり戦争が起きるかもしれない。
だがこのままでは、銀河もろとも民間の通商船すら沈みかねないぞ。
そんな状況下で姫川は悪夢でも見ているかのような苦痛の顔をしている。
「ちっ!」
俺は席を立ち上がると艦長席の無線機をひったくる。
「こちら第一艦橋。応戦を許可する!」
「艦長の攻撃命令でないと――」
「んなこと言ってる暇は無いんだよ! 責任は俺が取る!」
「ですが!!」
「長官命令よ。応戦を許可する! 第2主砲旋回。壱式徹甲弾発射用意!」
「り、了解!」
止まりかけていた時間が、姉さんの声で動き出した。クルー全員が生き残ろために、自分の持ち場に急いでも戻る。
「刀夜! これを」
姉さんが放り投げてきたキーを受け取ると、俺は艦長席の脇にある安全装置解除と描かれた鍵穴に突っ込んでキーを回す。
レーダーに写っていた3隻の巡洋艦のマークが青から赤に切り替わる。これで、銀河の自動戦闘システムが巡洋艦を敵と認識するようになった。
「船団はフルパワーで小惑星帯に逃げ込んで。銀河は最後の1隻が安全地帯に入るまで戦闘続行」
「了解!」
クルーが一体となって返事をする。
「伝令課に頼んで艦長を医務室に連れて行ってあげて。過呼吸気味になってるから」
「了解いたしました」
敬礼をした少女は、姫川に肩を貸して、第1艦橋から出て行った。艦橋から重要な者が居なくなった。
誰も座っていない艦長席がやけに目立って見えてしまう。
だが、悠長に考えている暇等この場にはなかった。
「長官。3席のうち2隻が減速もせずに本艦にまっすぐ突っ込んできています。」
「捨て身の作戦?」
「このままでは60秒後に本艦と衝突します」
衝突という言葉を聞き、嫌な悪寒が全身を走る。クルー全員の顔も晴れない。
「近づいてくる2隻を優先的に攻撃。主砲撃ち方始め!」
銀河の主砲が火を噴く。紅い尾を引いて巨大な主砲弾が飛び出した。放たれた紅の弾は、一直線に巡洋艦に突っ込む。
「着弾!」
その声と同時に、彼方から突っ込んできた2隻の重巡洋艦が大きな火球となって消滅する。その爆発力は恐ろしく大きく、画面越しでも目をつむりたくなるほどだった。
「これが壱式徹甲弾の威力なのか……」
「すごい爆発力ですね」
俺だけでなく、第1艦橋にいたクルー全員が唖然となった。無人だから良かったものの、あれに人が乗っていたかと思うと怖くなる。
「おかしいわね。いくらんでも爆発が大きすぎる。まさか……」
「長官。3時方向の巡洋艦から小型目標分離。対艦ミサイルだと思われます!」
対艦ミサイルだと。厄介なものを撃ちやがって。あれは、ミサイルの中ではかなり速い部類に入るものだ。
ミサイルだからだと言って侮れないほどの攻撃力も持っている。
「船団の退避は?」
「ただいま終了いたしました」
「迎撃ミサイル発射の後、緊急ダイブで逃げるわよ」
「後部VLSより迎撃ミサイル発射!」
「エンジン内圧力上昇中。残り30秒。座標を小惑星帯に設定」
銀河からミサイルが飛び出す。一旦上昇し、90度方向転換すると、ブースターが切り離され、粒子推進に切り替る。
こちらに迫ってきたミサイルを迎撃する。
「命中」
イーシスの声に、艦橋内で歓喜の声が上がる。しかし、喜びはほんの束の間だった。
「巡洋艦後方から戦闘機の大編隊を確認! およそ30機!」
その恐ろしい量に一同現実を当否したくなった。
「空母もいたなんて……」
「姉さん、マズイ。戦闘機は戦闘機でも、あれは急降下爆撃機だぞ」
俺の右目が瞬時に危機を感じ取った。タチの悪いものがまだ潜んでいたなんてな。弾幕の薄いところを縫って強力な爆弾を投下する爆撃機の大編隊の前では、1隻の戦艦なんて死を待つただの金属の塊でしかない。
「ダイブあと何秒?」
「残り20秒です」
「総員、ダイブに備えて」
通信機を握り、全艦放送に切り替えるとそう言い放った。
エンジンの圧力を示すメーターが順調に上昇していく。第2エンジンの圧力が少し低いがこの程度なら大丈夫だろう。
操縦桿を握る鹿嵐の顔色はいつになく真剣だ。普通なら、ダイブはしかるべき手順を順々に踏んでからするもの。
緊急ダイブは重要な点しか抑えていないため、ダイブ時の姿勢制御の全てが航海士の腕に掛かっているのだ。
鹿嵐は、銀河に乗艦している全乗組員の命を背負わされている。
「ダイブ準備完了!」
「了解。ダイブします!」
鹿嵐が操縦桿の右にあるレバーを下ろす。銀河のエンジンが大きく唸りを上げた。
銀河の手前の空間が捻れて、宇宙空間に大きな穴を作り上げる。迫り来る爆撃機が爆弾を投下する前に、吸い込まれるように銀河は空間の捻れに飛び込んだ。