第11話 『休日の過ごしかたにはご注意を 〜下〜』
少し前に、あるユーザー様からの提案で、文と文の間にスペースを入れてみました。
読みやすい読みにくい等の感想をいただけると幸いです。
「うぅ、履き慣れてないせいか、変な感じだわ……」
姫川は、スカートを気にしながら歩く。
「店の中でも言ったけど、制服だってスカートだろ?」
「ウチの制服はこんなにフワっとした感じのじゃないもの。だから、全然感覚が違うのよ」
「へぇ。そんなものなのか……」
「う、うん……」
2人ともなんだかお互いを意識しているせいか、距離を置いて歩いているし、変に言葉が切れてしまう。
「若いっていいですねぇ~」
この状況を見てか、ユリアはボソリとそう呟いた。
「ところで、これからどちらに行かれるのですか?」
「えっと、特には考えていないかな……」
「俺は、あまり火星に来たことがないからこの辺はよく知らないが、何か、行きたいところはないのか?」
「行きたいところかぁ。う~ん、実は行き当たりばったりの買い物だったから特にないのよねぇ」
苦笑いを浮かべながら姫川はそう言った。
特にないというのが、1番選びにくいのだが、さてどうしたものか。
「でしたら、中央公園に行かれてはどうですか?」
「なんでまた、公園に行くんだよ?」
「天気がいいですし、色々な露天商があると思いますよ」
「露天商かぁ、面白そうね」
「なら、中央公園に行ってみるか」
ユリアの提案で行くこととなった中央公園。到着して、ここが場違いな場所だと思い知ることとなった。
休日の昼過ぎ。よく考えれば推測できたはずだった。
大きな噴水。色とりどりのアクセサリーを売る露天商。そして、周りを歩く仲の良さそうな男女。
「勢い出来たのはいいが……」
「うまく騙されてたわね」
公園の中にはいるのは、カップル、カップル、カップルばかりだった。
「休日ですし、仕方ありませんにね」
「別の場所に行くか?」
「そうね。ここはちょっと……」
「ここまで来て帰るんですか? この程度で尻込みするようでは、銀河艦長の名が泣きますよ?」
「はいはい。ユリアも挑発はいいから。他の場所に行くぞ」
「……行くに決まってるでしょ!」
「はぁ!?」
「流石、艦長です」
「さ、さぁ、行くわよ。刀夜!」
ユリアの安い挑発の乗ってしまった姫川だが、既に、緊張して言葉が変になってしまっている姫川。
「行くわよって、ガチガチじゃねぇか……」
「い、行くって言ったら行くのよ!!」
何故か、ヤケになった姫川は俺の腕をグイグイ引っ張りながら、公園の中へと入っていく。
おいおい、マジかよ。俺だって、こんなところで平然と居られるほど、キモは座ってないぞ。
途方にくれる俺とは正反対に、顔を真っ赤にしながら姫川は俺を引っ張っていく。
公園を歩くカップル達も何事かとコッチを振り向いている。彼らから見れば、根性のない彼氏を引っ張っていく彼女の構図に見えているのかもしれない。
カップル達は一瞬だけ俺たちを見ただけでそれぞれ、視線をもとに戻していった。
「おい。そんなに引っ張るなって!」
「あ、アンタは黙ってついてくればいいの!」
「だから、あんまり引っ張るとコケる――」
「きゃっ!?」
俺がコケると言おうとしたまさにその時、姫川は小石につまずいた。
幸い腕を引っ張られていたので、俺はもう片方の手で姫川の手首を掴み、俺の方へと引っ張った。
「だから、コケるって言っただろ」
「う、ウルサイ!」
俺からサッと手を離すと、姫川は俺に背を向けた。後ろ向きなので、はっきりとは分からなかったが、姫川の頬が赤くなっていたように見えた気がした。
「艦長にお怪我もなかったようですし何よりです。さぁ、目的地はもうすぐですよ」
「そうね」
1人歩き出した姫川の数歩後ろを俺がついていく。
大きな都市の真ん中にある緑豊かな公園は、人で賑わっている。100年前の人は、まさかこうして火星で人が住む世の中が来るとは思いもしなかっただろう。
少し肌寒いが、陽気な天気の下で様々な露天商が綺麗なアクセサリーを並べて、販売している。
ネックレス、指輪、イヤリング、髪留め。本当に色々なものを売っている。
そんな店の1つ、ペンダントを販売している店の前で姫川が立ち止まった。小さな机の上に色とりどりのペンダントが置かれている。店主が1つ、1つ自らの手で作っているらしいがそのできはどれも目を見張るほど綺麗な仕上がりだ。
細い金属のチェーンに動物をかたどったペンダントが取り付けられている。
「ん? 何かいいものでもあったか?」
「うん、このペンダントがいいなって思って」
姫川が手に取ったのは、透き通った赤いガラスと銀色の金属だけで作られたツバメが付いているペンダントだった。
「お客さん。お目が高いですね。これは、俺が作った1番の自信作さ。どうだい、ひとつ買っていくかい?」
「1つ。もらっていこうかしら」
姫川は財布を開けて、がくりと肩を落とした。
「どうした?」
「さっきの服を買った時に、現金で払っちゃったのよ。だから、カードしか残ってなくて……残念ね」
本当に残念そうに姫川はツバメのペンダントを商品台の上に返した。
「5千円か……これくらいなら買ってやるぞ」
俺は、ツバメのペンダントを姫川に手渡すと、店主の男性に5千円札を手渡した。
「いいの?」
「嫌でも同じ部屋を使っていく訳だしな。ま、挨拶がわりみたいなもんさ」
「あ……れ、礼なんて言わないからね!」
そう言って、姫川は嬉しそうにペンダントをつけた。その笑顔が見れただけでも、良かったかもしれないな。
素直じゃない姫川に対して、心の中で苦笑いを浮かべた。
「さて、調子も出てきたし、どんどん買い物するわよ」
「俺の手が足りる程度にしてくれよ」
「考えておくわ。次はどこに行こうかしら」
上機嫌な姫川が公園を出て、交差点を左に曲がろうとした時だった。
遠くから響いてくる重低音に俺は振り返った。
遥か彼方の空から迫ってくる巨大な宇宙船。全体的に淡い青色の塗装が施された船体の底には巨大な連装主砲が2基ついている。
「あれは……長門?」
宇宙船は俺たちの頭上に来ると、船体の影で夜なったかのように周りが一気に暗くなった。
「ずいぶん低いところを飛んでいるわね」
高度、5、60メートルほどでものすごく近くを飛んでいるために頭に当たるのではないかと思うほどだ。
「ん?」
船底のちょうど中央部のハッチが開き。何かがこちらに向かって降ってくる。直ぐにパラシュートが開いて、ゆっくりと降下してくる。
「な、なんなの?」
「昼間っから堂々とパラシュート降下かよ……」
俺たちの周りに降りてきたのは、黒スーツ姿のガタイのいいお兄さんたち。そして、メイド姿の女性が1人だった。
「刀夜様とかぐや様ですね。お迎えにがりました」
パラシュートを外すと、メイドさんはスカート少し持ち上げると、軽くお辞儀をした。
「また、派手な登場ですね」
「ね、ねぇ刀夜。この人たちは?」
「大丈夫、悪い人たちじゃないから」
「姫様がお待ちです。ご同行願えますか?」
やっぱりそうきたか。ある程度よめていたが、毎度毎度、突然の呼び出しだな。
「呼ばれているのは俺だけですか?」
「いえ、かぐや様もお呼ばれしております」
「了解。姫川。悪いが緊急の呼び出しだ。すまないがついて来てくれないか?」
「え、ええ」
「それでは参りましょうか」
メイドさんが指をパチンと鳴らすと、白色のヘリコプターが頭上に現れた。
「こ、これに乗れと……」
「もちろんでございます。お客様には粗相の無い様にと言われていますので」
「これって、皇室専用ヘリよね」
「ああ、時価数億もするヤツだな……」
公園の隣にある大きな駐車場にヘリが降り立つ。ローター2付いているヘリで、車が1台まるごと入りそうなほど大きい。
メイドさんに促されるまま中に入ると、もはやヘリとはいえないほど豪華さが俺たちを待っていた。座席に座るだけでも恐ろしくなってくるほどだ。
「姫様は長門でお待ちです」
「私たちって、長門まで行くの?」
「はい」
「しかし、また急な呼び出しですね」
「姫様が不穏な雲に感づかれたようなので」
「不穏な雲?」
「詳しいお話は長門で……」
俺たちを乗せた皇室専用ヘリは、空へと舞い上がると、火星の海に着水している宇宙戦艦長門へと機首を向けて飛び立った。
宇宙戦艦長門。世界で7隻しか存在しない大型のレーザー主砲を持つビッグセブンの頂点に君臨する名実共に最強の宇宙戦艦。
そして、皇国の国民なら誰もが知っていて、国の守護神とも呼ばれる太平洋皇国一の船。全長381メートル。
「でかいなぁ……」
後部甲板のヘリポートから長門自慢の41センチレーザー主砲を眺める。
「ほんとね。近くで見る威圧感は恐ろしいわね」
「さぁ、こちらでございます」
メイドさんとガタイのいいお兄さんについて、俺たちは長門艦橋へと入っていく。
銀河の艦橋とは違い、長門の艦橋は低めに作られている。そして、長門の最大の特徴ともいえる巨大レーダーが艦橋の上にそびえ立っている。レーダーの小型化が進んだが、長門の巨大レーダーは取り外されることはなく、そのままの大きさで精度の上昇が図られた。
長門は建造されて20年以上立つ古い船。銀河建造されたのは昨年だが、モデルとなった船は200年も前の船。
見比べたら、銀河より長門の方が近代的に見えてしまう。
「たしか、銀河のベースとなった船も長門っていう名前だったよな」
「はい、大日本帝国時代に活躍した戦艦長門です。当時の長門もビッグセブンと言われた戦艦なんですよ」
「へぇ。そうだったの」
「銀河のデザインを考えたのはARIASの社長の娘さんだというのは、この業界では有名な話です」
銀河のデザインを考えたが女の子だったのは少し意外だった。てっきり、どっかのオッサンだと思っていた。
「艦橋の中は20年前だとは思えないほど綺麗で機能的ね」
「長門の場合は、2回も大きな改修をしているからな。初期の頃から言えば、ずいぶん内部構造は変わっているはずだぞ」
「でも、いつまでも国民に愛され続けた外装はほとんど変えてきていないのは、日本人が持つ美的センスなんでしょうね」
「はい、特に姫様は長門をお気に入りなのですから」
そう言えば、そうだったな。あの人は昔から長門のことが好きだったな。
「国民的に有名な船だし。唯一生き残った戦艦だものね」
日本敗戦で唯一生き残った戦艦は長門だけだった。それから、北海道奪還作戦ではユーラシア艦隊を北海道から追い出すという大勝を収めた。
誕生してから23年。参加してきた作戦で多大な成果を上げてきた船に俺は今乗っている。
「さ、たどり着きました。どうぞ中へ」
メイドさんが、ゆっくりと鋼鉄製のハッチを開けると、中には大きな畳の部屋が存在していた。
その部屋の中央にちょこんと正座する1人の少女の姿が見える。赤い着物を着た少女はドアが開いたのに気づくとこちらを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「刀夜さん。やっと来られたのですね」
長い黒髪にパッツンと切りそろえた前髪。おっとりしたような口調で、まさに大和撫子を地でいくような少女。
「お久しぶりです。殿下」
俺は笑顔で答えると深々と会釈した。
「で、殿下……」
首をかしげて、俺と少女を交互に見る。
「あら、いけませんね。申し遅れました。私、桃嶺園 桜と申します」
「や、やっぱり、内親王殿下!? し、失礼いたしました。私は宇宙戦艦銀河の艦長、姫川かぐやと申します」
驚いたものの職業柄か、姫川はすぐに膝を着くと陛下に頭を下げた。
「顔を上げてください。姫川さん。無理もありません。私は滅多にメディアに現れることもございませんからね」
「しかし、今日はどのようなご用事で?」
俺は、一歩下がったところから殿下に質問する。一国の国王の妹に当たる人だ、急に呼び出したからには何かワケがあるはずだろう。
「はい。1ヶ月前にアメリカ海軍の宇宙戦艦アリゾナの消失事件はみなさんご存知ですよね?」
「最新鋭のAIを搭載した高性能艦でしたから、よく覚えています」
顔を上げた姫川は真面目な目つきで殿下を見る。殿下は周りを見て、メイドさんにしかいないことを確認すると口を開いた。
「その、アリゾナが先日、小惑星帯付近で発見されたのです。そして、昨日は1週間前に火星付近を哨戒任務中に突如、消息不明になった第七無人艦隊の艦船も多数発見されたのです」
「我々も第七艦隊の駆逐艦の残骸を昨晩、発見いたしましたが、アリゾナも発見されたのですか?」
「実は、アリゾナも無残なかたちで発見されたのです。昨晩に発見された第7機動艦隊の駆逐艦のことをお聞きしたいのですが、どういった形で発見されたのでしょうか?」
俺たちは一瞬言葉を飲んだ。アリゾナと言えば、ビックセブンには数えられないものの、世界で有数の強さを誇る戦艦だ。
それが破壊されたと聞いて、俺は背筋に嫌な寒気を感じたのだった。
「船の判別は艦名が発覚するまで分からないほどの破壊具合でした。あれほど大きな損傷を受けた船を初めて見たほどです」
姫川は冷静に客観的な目線で見た感想で、殿下にあの時の様子を伝えた。
「そうですか……。実は、第七艦隊も艦隊の半分ほどが発見されたのですが、姫川さんが発見したのと同様に、どれも損傷具合がひどく、何に破壊されたのかすら、分からない状況だったのです」
「銀河は昨晩正体不明の敵から攻撃を受けました。被害はありませんでしたが、敵は未知の船を操っている可能性がございます」
取り出した小型端末で、索敵ミサイルが撮影した葉巻型の宇宙船の画像を殿下にお見せする姫川。
「このような船が火星近辺に出現したのですか」
うつむき加減に不安そうな表情を浮かべて殿下はそう言った。
「広大な宇宙を皆が旅する上で安全は最優先事項。無人艦隊とはいえ、一艦隊もの戦力を壊滅に追いやることのできる敵を見過ごすことはできません。この件については、皇国海軍は徹底して調査するつもりです」
「殿下のお考えに、ひどく感銘いたしました。小さな戦艦ではありますが、銀河のお役に立てることがありましたら、その時はなんなりとお申し付けください」
「ありがとう、姫川さん。流石、艦長といったところですね。一目見ただけで。あなたの才能がよく分かりました。あなたのような優秀な艦長は我が国の誇りです。通商船を守るというお仕事は、わが国の貿易において重要な要となってきます。これからも、この国をよろしくお願いしますね」
「もったいないお言葉です。陛下」
「そんなことはありませんよ。軍だけでは国はまとまりません。力で築き上げた国は、所詮諸刃の剣。崩れ去るのは明確なこと。ARIASの社長にもいつも言っていますが、軍に属さない貴方たちだからこそ出来るお仕事をいつもなさってくださる貴方がたに私は本当に感謝していますよ」
自らの不安な表情を消し、殿下は太陽のような笑顔で姫川を激励した。姫川の顔色も先ほどちがってとても明るくなっている。
「さて、暗いお話をしても仕方ありませんし、少し、お茶でもどうですか?」
殿下は、立ち上がろうとすると、メイドさんがサッと横に現れてお茶の用意をする。
「榛名。構いませんよ。今回は皆様に私がお茶をお入れいたしますから」
「かしこまりました」
榛名と呼ばれたメイドさんは一礼すると、忍者のごとくその場からいなくなった。
「最近のメイドさんって、隠密もできるのか? どう考えたって、あの動きはプロだろ……」
「榛名は私に使えている最高のメイドさんですよ」
お茶を作りながら殿下はにこやかに微笑む。
「近接戦になったら、俺くらい軽く倒せそうな人ですね」
「榛名は沢山の武術に精通していますからね。並大抵の軍人さんより強いかもしれませんね」
「そ、それはスゴいですね」
「ああ、言い忘れていましたわ。刀夜さん。早く、戦艦長門の艦長になってくださると私も姉さまも嬉しいですわ」
「ハハハ……考えておきます」
俺は苦笑を浮かべて、曖昧に殿下にそうお返事した。それでも、殿下は満足そうに頷いた。
「ねぇ、刀夜。長門の艦長ってどういうこと? パイロット志望じゃなかったの?」
隣で正座していた姫川が小声で俺に話しかけてきた。
「ん? あれはな、何故か殿下が急に言い始めたんだ。全く身に覚えがないから、昔断ったんだけどな」
「なんで断ったのよ」
「連合艦隊旗艦の艦長なんていう胃に穴の開きそうな重役はゴメンなんでね。でも、それから事あるごとに俺に頼むようになったものだから、毎回ああやってお茶を濁しているんだが……」
「刀夜、航空学校で戦略科目の評価、いくらだった?」
「10段階評価で2。先生曰く、全く理解できんとそうだ」
「2って……。また、ひどい数字ね」
呆れた顔で姫川が俺を覗き込む。
「人間、得意不得意ってもんがあるんだよ」
「まっ、確かにね。私にも苦手なものはあるし」
「お二人とも、お茶が出来上がりましたよ」
「「は、はい!」」
その声に驚いた俺たちは、戸惑いながら殿下の入れたお茶をいただくことにした。