第10話 『休日の過ごしかたにはご注意を 〜上〜』
どうも夏川です
アリソラ
イラスト&小ネタ集に緋龍の簡単な解説とイラストを入れたので、良かったらみてください。
それでは本編へどうぞ!
6時間ほど眠ったとはいえ、目覚めはそれほど良くない。
あんな、地雷の近くで寝たから当たり前といったら当たり前なのだが。
眠たい目をこすりながら、俺は集合場所の第1主砲塔の前にやってきていた。
銀河の主砲は間近で見るとまるで小さな山かと思うほど大きい。
砲身だけでも20メートルほどあるので驚きだ。
そんな主砲塔の真下にやってくると、私服姿の姫川、アズ姉、そして、ミラが待っていた。
これは、両手に花どころか周りが花畑ほどのメンツだ。まぁ、仕事じゃなければなのだが。
「おはよう」
あくびを噛み殺しながら、俺は3人に挨拶する。
「遅い! 約束の10分に前にここに来ておきなさい!」
ビシッと俺を指さして、姫川が睨んできた。
「遅刻グセは昔から全く治っていないな」 姫川の横に立っていたアズ姉は腕を組んで俺を説教する気満々だ。
「え、えっと、先輩もちゃんと時間ぴったりに来たので、ゆ、許してあげてください」
2人をおどおどしながら、なだめるミラちゃんの言うとおり、俺は約束の10時ぴったりに約束の場所に来ていた。
別に遅れてやってきたわけではない。
「悪い。ちょっと手間取ってな」
「今度から遅れたら罰則だからね」
「で、今日の仕事ってなんだよ。みんな、随分おめかしして……」
3人とも普段着というか、よそ行きの服だ。気合入れてるな。
もしかして、普段着出来た俺ってかなり場違いではないだろうか?
「今日は、休日を利用したお買い物よ」
「へぇ。買い物ね。じゃ俺は帰ると――」
「アンタは荷物持ちの仕事があるわよ」
「はぁ? 荷物持ち!?」
「そう。理解した?」
腰に手を当て仁王立ちする姫川は自信満々としている。この顔は俺の姉さんにソックリだ。しかも、手がつけれないときの顔の。
「あっ、用事を思い出したぞ。たしか、艦内状況のレポートが残ってた――」
「私が終わらせておきました」
俺の言葉を遮り、姫川がニコニコしながらそう言った。
流石、姫川。手回しが早いな。だが!
「航空課の武器伝票の整理が――」
「それは、私がやっておいたぞ」
「緋龍の最終チェックが――」
「わ、私がやっておきました」
俺は甲板に膝をつくことしかできなかった。
なんてことだ……。
皆さん、仕事が早すぎる。昨日はなんだか忙しそうだなと思ったら今日の為だったとは。まんまと俺は策にのせられていたのか。
「さぁ。刀夜も暇みたいだし、買い物にレッツゴー」
無情にも、俺の休日は姫川の相図とともに崩れ去っていった。
港に停泊している銀河から姉さんが用意したという黒塗りのリムジンに乗せられ、走ること20分ほど、太平洋皇国領第三都市にやってきてきた。
「夕食までには帰ってくるのよ~」
そう言って、姉さんはそのままリムジンでアメリカ大使館に走り去って行った。
どうでもいいことかもしれないけど、リムジンをタクシーみたいに使う姉さんの神経は、かなり図太いなと再度思い知った。
「さて、まずはどこに行こうかしら?」
「大きな街だからな。行く所をしっかり決めないと回りきれなくなるぞ」
「そうですね。この街ならではのモノが欲しいですよね」
俺を放っておいて、御三方は早くも盛り上がっている。というか、どれほど店を回るつもりなんだよ……。
頼むから、俺の両手に荷物を持てる程度にしておいてくれよ。
「マスターも大変ですね」
「その苦労が分かるなら助けてくれよ」
「私はこれでも女の子なのですよ? もしかして、マスターはひ弱な女の子をこき使うほど卑劣な男だったのですか!?」
わざとオーバーリアクションで驚いたふりをするユリア。
これはヤブヘビだった。姉さん以外にもこの状況を大いに楽しんでいるやつがいたことを今思い出した。
しかも、俺の情報を逐一保存できる厄介なやつだってことも今思い出したぞ。
「もう好きなようにしろ……」
周りは敵だけだと知った俺は、深くため息をついた。
「マスター。どうやら、お嬢様方も行き先が決まったようですよ」
「了解、了解。こうならヤケだ。やれるところまではやってやるさ……」
決心すると、横断歩道の前でコッチに来いと手を振る3人の元へと歩いて行った。
「……で、1番初めに立ち寄る店がなんで、ガンショップなんだ?」
目の前の棚に整然と並ぶ大小様々な銃。護身用の小型拳銃から、ゲリラが持っていそうなロケットランチャーまで置いてある第三都市の穴場の店に俺たちは来ていた。
「これって、REISの最新作じゃない?」
「ほんとです。しかも、フルカスタムってすごいですね」
まるで、最近の女子高校生が新作の携帯見て喜ぶリアクションと同じように拳銃を見て喜ぶミラと姫川。
お前らホントにそれでも、花も恥じらう女子高校生かよ。間違いなく、普通の常識からいえばかなりズレてるぞ。
「あ、アズ姉。アズ姉からも何か言ってやってくれ」
店の片隅で喜ぶ2人の将来が心配になってきた俺は、アズ姉へと視線を向ける
「ほほう。名刀紫電か。なかなか良い一品だな」
「アズ姉もかよ……」
日本刀が置いてあるコーナーで真剣に刀を吟味しているアズ姉。結局、俺以外の3人はみんな店の品物に夢中だった。
「店主。これを売ってくれないか?」
刀を入念に調べていたアズ姉は、店主に手のひらサイズの黒い長方形の板のようなものを差し出した。
あ、あれは、噂に聞くブラックカードってやつか!?
「ブラックカード。正式にはセンチュリオンカードですね。限度額なし。家でも超高級外車でも、あのカード1枚で買えるという代物です」
「マジか……。どんだけリッチなんだよ」
「少なくとも、一ノ瀬さんほどのプロになれば珍しいことではないかと。一ノ瀬さんは、航空機エンターテイナーの道では、数々の賞をお持ちですからね」
「あれで、19歳なんだから、末恐ろしい人だよ」
ガンショップでなぜか、業物の刀を買ったアズ姉。その後、俺たちは次なる場所へと向かうこととなった。
パーカーにスカート姿のアズ姉とその腰にぶら下がる刀のギャップは凄まじく、パッと見ても、本物の刀をぶら下げて歩いているとは誰も思いもしないだろう。
お巡りさんがさっき、アズ姉の横を通ったが、完全にスルーしていたしな。
「それにしても、3人はどちらに行っているのでしょうか?」
「この先には何もないのか?」
「あるには、あるんですが。マスターは聞きたいですか?」
「……やめとく」
「聞かないとは、ヘタレ街道まっしぐらですね。まぁ、昔から知っていますが」
「ヘタレで悪かったな」
ユリアとそんな言い合いをしているうちに、一行は徐々に目的地に近づいていった。
「それで、到着した場所が、航空機の専門店だとは……。なんというか、女の子の行く店じゃないよな」
「皆様のテンションも高いですし、マスターも覚悟を決めておいたほうがいいかと」
「なんだかんだ言って、お前が一番楽しんでるだろ」
「もちろんですよ。こんなに美味しいシュチュエーションを楽しまないとは、マスターもいよいよ男性失格ですよ」
AIなのに、異様に鼻息が荒いユリアを放っておいて、こういう店に詳しそうなミラの元へと行くことにする。
「何か買いたいものでもあるの?」
「あっ、先輩。はい、このメーターがいいなと思いまして」
ミラが手にしていたのは、暗緑色に塗装されている旧式の電圧計。
「タイプゼロのオリジナル電圧計ですね」
「そうなんですよ。一ノ瀬先輩の月光の電圧メーターだけが市販品のものなので」
「なるほどな。確かに私の機体はそこだけ色の違うメーターだったな」
「タイプゼロの電圧計は旧式ですが、非常に精密に作られているんです」
彼女の手の中にある電圧計は一種の芸術品のようなデザインの綺麗さを持っていることは確かだ。
デザイン、機能性どちらにも優れているタイプゼロのオリジナルメーターは職人業のため、一般に出回ることは滅多にない。
「故に高いんだよな……」
値札をそっと覗いてみるとそこにはゼロが5桁も並んでいた。
「よ、40万だと。軽く中古車が買える値段だな」
「ふぇ……。それくらいしますよね」
「ああ、梓先輩のためならARIASから必要経費がでるわよ」
「ホントですか!? ならお願いできますか艦長?」
「ええ分かったわ。流石にそれを刀夜に持たせるのは心配だから、後日、銀河に送るように手配しておくわ」
ここでもアズ姉のスーパースペックが披露されることとなった。しかし、必要経費が降りるって、アズ姉凄いな。
まだ2件目だというのに、信じられないほどのお金を消費している自分たちが少し怖くなってくる。
まぁ、どれもアズ姉関係のものなんだが……。
太陽も真上に来て、ちょうどお昼ごろなったため、俺たちは近くの飲食店に入ることにした。
「さて、昼食はどこで食べるんだ?」
「安くて美味しい店があるといいんだが」
「だったら、私の知り合いの店にいい店があるわよ。そこに行くとしましょうか」
姫川に連れられ、俺たちがやって来たのは、清々しい青空が見えるオープンレストラン。
赤と白の鮮やかなパラソルの下に座って人々の行き交うのどかな通りが見えるオシャレな店だった。
「へぇ~。いいところですね」
「そうだな。なかなか、オシャレな店だ」
1つの丸いテーブルを囲むように俺たちは座って、食事が運ばれてくるのを待っていた。
「オシャレでいい店なんだが……」
先ほどから、行き交う道の男性陣と店内の男性陣から殺気じみた視線を感じるのは俺の気のせいだろうか。
突き刺さるような視線って、こういうことを言うんだろうなと初めて分かった気がする。
優越感に浸れそうな余裕は俺にはない。むしろ、浸っていたら殺されそうな勢いだ。
俺は周りの視線にヒヤヒヤしているというのに、ウチの3人は素知らぬ顔をして談笑している。
気づいているのか気づいていないのか分からんが、到底俺には真似できそうになさそうだ。
居心地の悪い俺に助け舟を出すかのようなタイミングで、長いコック帽をかぶったオジサンが俺たちの元へ、料理を運んできた。
「おすすめのメニュー、山の幸をふんだんに使った、きのこピザだよ」
美味しそうなピザをテーブルの上に置き、オジサンは形の良い白ひげをピンっと手でいじりながら笑顔を浮かべる。
そして、俺たちに熱烈な視線を向ける男性陣を一瞬で睨みつけると、また元の笑顔で俺たちの方を向いた。
「ゆっくり食べてもらって構わないからね」
そう言い残すとオジサンは店の中へと入っていった。
「あのお方、まさかとは思いますが、レイシェル大佐ではありませんよね?」
いつもとは違う、落ち着いた声でユリアがその人物の名前を出してきた。
「そんなバカな。レイシェル大佐っていったら、30年前の月と地球との間で起きた第二次星間戦争で、難攻不落の月面要塞、エルドラインをたった1週間で落とした人だぞ。確かに似てはいるが、そんな英雄がこんな所に――」
「いるのよ。先ほどの男性が、この店を経営のオーナー兼コックのレイシェル大佐よ」
姫川はピザをみんなの皿に上手に分けながら、平然と答える。
俺はあと少しで手に持っていたフォークを落とすところだった。
星間戦争の英雄が知り合いだなんて、どんだけ凄いんだよ……。
さらに驚きだったのは、ピザの味だった。ほんのりと香ばしいきのこの香りと、濃厚なチーズが絶妙にマッチしている。
戦略の鬼才も持ちながら、これほどまでの料理を作れるとは思ってもいなかった。
「うむ、美味しいな。これほど美味しいピザは初めて食べた」
「本当です。とてれも美味しいです」
「それは良かったわ。さて、午後はどうしようかしら?」
「時間もあまりないしな。別々に行動しようと思うのだが、かまわないか?」
「そうね。私は構いませんけど、みんな1人、1人行動するのちょっと……」
「確かにな……よし、私はミラと行動しよう。刀夜はすまないが艦長と行動してくれ」
ティーカップを机の上に置くと俺をアズ姉がキリっとした瞳で見つめてきた。
「俺が護衛すほどでもないと思うが……。せっかくこれほど大きな街に来たんだ。みんなの行きたいところに行けるほうがいいからな」
「えっ!? ちょ、ちょっと。勝手に話進んでない?」
「さて、食べ過ぎない程度に昼食を食べるとしようか」
結局、姫川の意見は聞かれないまま、昼食の時間は終わり、会計を済ませた後、姫川と俺は2人きりになってしまった。
「さて、どうしようかしらね?」
「どうしようも、こうしようも、俺は荷物持ちだからな。姫川の行きたいところに行けばいいさ」
「可愛くないわね。まぁ、いいわ。とことん、こき使ってあげる」
「お手柔らかに頼むぞ」
こうして始まった、姫川の買い物に付き合う俺の旅は始まったのだ。はじめに姫川が向かったのは、小さな洋服店だった。
「う~ん。銀河に乗ってる間は、服をあまり選べないのよね」
「ずっと制服だからな」
「そうねぇ。あんまり、女の子、女の子の服って私はあまり似合わないしなぁ」
独り言を言いながら、服を選ぶ姫川を少し遠くのベンチに座って眺める。姫川の今日の服装は、女の子らしいというか、男の子より気もするような服装だった。
今日の姫川の服装は、クリーム色のゆったりとした服に、細い足のラインがよくわかるGパン。
「スカートとか履かないのか?」
「す、スカート!?」
何故か、おどおどする姫川を見て、俺は首をかしげた。
俺、変なことを言ったか?
「嫌なのか? 制服も、スカートだろ?」
「だ、だって、スカートってスースーするから苦手だもん」
「だもんって、キャラ変わってるぞ……」
「うぅぅ……。笑わない?」
半泣きの潤んだ瞳で訴えかけてくるチワワのように俺を見つめる姫川の姿に、俺は不覚ながらも、見とれてしまった。
普段のハキハキとした姫川から想像できないほどギャップに俺の心拍数は急上昇していく。
「笑わないに決まってるだろ」
なんだか、俺が恥ずかしくなってきて、ついつい顔をそらしてしまった。
「じゃ、じゃあ、今日はいつもと違うのを選んでみようかな?」
なぜか上機嫌で服選びを始めた姫川とは裏腹に、自らの心臓に落ち着けと念じながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
「マスターも艦長も、若いですね」
腰のケースの中から、面白いおもちゃを見つけた子供のような楽しそうな声で、ユリアが呟いた。
「若いって、当たり前だろ。俺も姫川もまだ17だ」
「もう、そう言う意味じゃありませんよ。マスターって本当に鈍感ですよね」
「俺が?」
「ええ、そりゃもう。鈍感キングです」
「全く意味が分からん……」
ユリアにいつもイジられる俺だが、今回ばかりはなぜそうなのかさっぱり見当がつかなかった。
そうしている間に、姫川の姿が店内から消えていた。
「艦長なら、試着室の中に入っていきましたよ。覗いてはいきませんよ」
「もうそのネタはいいって……」
俺はベンチに深く腰掛け、店の中を見渡した。平日の午前中のせいもあって、俺たち以外に客はほとんどいない。
「と、刀夜。目つむってくれる?」
「あ、ああ。分かった」
何故目をつむらないといけないか分からなかったが、姫川の言われた通りに目をつむり、ついでに下を向いた。
カーテンが開けられる音の後、コンコンという靴を履く音が鮮明に俺の耳に入ってくる。その間にも、俺の心拍数はどんどん上昇していく。
「目、開けてもいいわよ」
徐々に目を開けるのではなく、俺は覚悟を決めて、一気に目を見開いた。
俺の目に飛び込んできたそのままの光景に2、3秒ほど思考が停止してしまった。
薄いピンク色のふわふわとしたタートルネックに、水色のミニスカートはフリルの少ない少し大人しめのモノ。かろうじて素肌が見える程度の長い白いニーソックス。
全体的に印象がガラリと変わった姫川を見て、ごく自然に俺の口は動いた。
「可愛い……」
「か、可愛い!?」
ボンッと一瞬で顔を真っ赤にした姫川をみて、俺はハッと我に返ったのだ。
「ああ、良く似合ってるぞ」
恥ずかしくて真正面から姫川を見れなくなった俺は、頭を掻きながら視線をずらした。
「そ、そう。それじゃあ、この服を買うことにする。それじゃ、着替えてくるわね」
「せっかくですから、着て帰ってはどうですか?」
顔を真っ赤にしながら、試着室に入っていこうとする姫川を俺は呼び止めてしまった。
「えっ!?」
「マスターも似合っていると言っていましたし、銀河に帰ったらその服を着る機会も中々ありませんしね」
「ん、そうね。そうしようかな」
彼女のこの返答を聞いて、内心ホッとしている俺がいたのは隠しようのない事実だった。心のどこかで、彼女の今の姿が見られなくのが残念だと感じる俺がいたようだ。
店員さんにタグを切ってもらい、会計を済ませた俺たちは店を出た。1時間弱この店にいたらしいが、俺の感覚ではもっと長い間この店の中にいた気がしたものだった。