第9話 『宇宙を潜る船』
「索敵ミサイルの反応、消滅しました」
第1艦橋に俺が戻ってきて、初めてイーシスが発した言葉がそれだった。
「消滅?」
「はい。おそらく迎撃されたのではないかと」
「迎撃かぁ。確かにあのミサイルは通常のミサイルと違って長距離の飛行ができるようにするために足の遅いけど、ステルス性は抜群のはずよね?」
「敵はかなりの上手ですかね。イーシス。画像データは入ってない?」
「ありました。1枚だけ送られてきています。モニターに出力します」
メインモニターに現れたのは、激しくブレていて何がんだか分からない画像だった。
「う~ん。これじゃ分からないわね。画像の処理はできそう?」
「見える程度にはできると思います。少し待ってください」
ピンッと張り詰めた空気が、未だに艦橋内を支配していて重苦しい。
「処理できました」
さっきまでは見ることもできなかった画像が、見違えるほどに綺麗になった。所々荒いところはあるが随分ハッキリとした。
「見たことのない艦ね……」
姫川が、腕を組んで不思議そうにモニターを見つめるのも頷ける。メインモニターに映っていたのは、葉巻型をした船だった。
船の前方に青白い光の渦が展開していることから、ダイブする直前だろう。
「おそらくこの宙域にはもういないか。一撃離脱作戦ということかしら?」
「イーシスちゃん。この画像を保安局に送ってくれる?」
帽子を被ると、姉さんはそう言って立ち上がった。
「保安局ですか?」
「そう。犯人の特定は無理かもしれないけど、一般船への注意ができるはずだから」
「分かりました」
「お願いね。イーシスちゃん。私は、少し調べものをしてくるから。あと8時間程で火星に到着だから、みんな早く寝るのよ〜」
黒い革製のカバンを持って、姉さんは艦橋から出て行った。
「不審船は保安局に任せるしかないわね……。よし、監視体制をレベル2まで落として、火星を目指すとしましょうか。後は、夜間部の人に仕事を託して、今から7時間の自由時間をとるから、各自、自動操縦にして休養を取るように。以上」
「了解〜」 張り詰めた空気から解き放されたクルーたちは笑顔で艦橋を去っていく。結局、艦橋に最後まで残ったのは、俺と姫川だった。
双方、どちらが先に自室に戻るのか見定める為だったからだろう。
俺は、無言で目の前のモニターに映るシステムチェックの結果を書類と照合しながら、時間を潰す。
静かな艦橋内。
鹿嵐が自動操縦に切り替えて出て行った操縦席で、勝手に動く操縦機器。
窓の外に広がる景色の変わらない宇宙空間。
全てが、俺の神経をすり減らすように追い立ててくる。無言の空間がこれほどまでも居づらいと思ったのは初めてだった。
さて、この状況をどうしたものかと考えていた時だった。俺の背後で、モニターのスイッチを切った音がした。
「ねえ、刀夜。明日は時間空いてる?」
意外にも、先に口を開いたのは姫川だった。
「明日か……。火星ではやることはないし、暇といえば、暇だな」
「そう、ならば、艦長命令。明日の朝から私たちの手伝いね」
「マジかよ。明日は戦艦を動かすわけでもないし、休暇じゃないのかよ……」
「問答無用。それとも艦長命令に背く?」
振り向くとニコニコしながら姫川は、オーラで睨んできた。何という高等技術だ。表向きは笑っているが、内心けっこう怒ってらっしゃるようだ。
「分かったよ。手伝えばいいんだろ。全く、職権乱用しやがって」
「何か言った?」
「いいえ何も。で、何時に何処に集合だ?」
「現地時間、午前10時に第1主砲塔の前。OK?」
「了解、了解」
俺の返事に満足そうに頷くと、姫川は艦長席から立ち上がった。
「私は部屋に戻って、シャワー浴びるから。くれぐれも覗かないように」
「俺はそれほど命知らずじゃないから」
「もしも覗いたら、ハリセンじゃ済まないからね!」
「拳銃を一度突きつけといてよく言えるぜ」
「拳銃? そんなもの突きつけてないわよ?」
手を肩まで挙げて、そんなの知らないという素振りをする姫川。
あくまでも、知らないフリを通すつもりらしい。確かに、すりガラス越しだったから、見て確かめてはいないものの、あの音は間違いなく拳銃のスライドを引いた音だった。
白々しいやつだな。でも、変に首突っ込んで墓穴を掘るのも嫌だし、変に追求するのはやめるか。
「分かったよ。だから、さっさと風呂に入ってこい。俺も入りたいんだから」
「はいはい。少なくても1時間は帰ってこないでよね」
どうやら、1時間も風呂に入るらしい。女の子は長風呂だと聞いていたが俺なら逆上せちまいそうだな。
姫川が艦橋を去った後、俺は目の前のモニターの電源を切り、席に座ったまま背伸びをした。
「マスター。もしかして覗きに行かれるのですか? マスターのスペックでは92.7%の確率で失敗すると思いますので、おすすめは致しませんよ。どうしてもと仰るのでしたら、最善のルートを検索いたしますが……」
「なんでお前の頭の中では俺が覗きに行くことが決定してるんだよ。もっとまともなことを電算しろよ」
「私は至ってまともです」
いきなり話し始めて、さも平然と話すところからして、流石AIといったところか。こいつの生みの親の雨宮博士の顔を1度でいいから拝んでやりたい。
「で、ユリアはさっきの不審船どう思った?」
「そうですね。一昔前の潜水艦の格好にそっくりでしたね。あの船からミサイルが発射されたのは間違いないでしょう。画像は荒かったですが、船首に発射口が見えました。船の大きさからして、ミサイルの搭載数は最大8発。マスターが2発、銀河が5発を撃墜したので、1発残っていますが、おそらくもう襲ってくることはないでしょう。」
「へぇ。ということは他にも何か分かっていることがあるのか?」
「はい。あの船はレーダーに写りにくい形をしていました。それに加えて、おそらく光学迷彩も搭載していると思います。いくら離れていたとはいえ、銀河の光学カメラに何も映らなかったのは、その為だと思われます」
「まさに宇宙を潜る船だな……」
「そうですね。潜宙艦とでも呼びましょうか」
潜宙艦か。
レーダーに映らず、光学カメラにも映らない。厄介な船だな。
「その潜宙艦が、なんで次は襲ってこないと言えるんだ?」
「はい。これは憶測ですが、潜宙艦は奇襲向けに作られていると思われます。奇襲の基本は、攻撃を仕掛けてすぐに逃げる、いわゆるヒット&アウェイ作戦です。ですので、船の機敏さが重要となります。装甲までも薄くして、なるべく船を軽く作っているでしょう。もしも、私が1隻の船を確実に沈めるならば、5隻以上の艦隊を組んで絶対射程距離まで近づいてから攻撃します。ですから、1隻でしかも、あの長距離から沈めるのは少々非効率的かと」
「つまり、敵はこちらの動向を探りに偵察に来たと判断するのが、妥当ということか」
「はい。ついでに腕試しとして、ミサイルを撃ち込んできたのではないかと」
なるほど。確かに、筋は通っているな。
本気で銀河を沈める気で来るなら、ユリアが言ったように艦隊を組んでくるはずだ。
「新造戦艦銀河の戦力を知りたい国や民間企業だって沢山いるはずだ。おそらくその類じゃないのか?」
「そうですね。銀河が造船されたことは、一部でしか知られていません。どういった兵器を搭載されていることはおろか、船の大きさまで企業秘密でしたから。銀河の情報を知っているのは、船を作ったARIAS関係者と船の検査をした連邦監査局ぐらいでしょう」
「あの口の硬い監査局がホイホイと喋ることはないだろうしな。だから、仕方なしに実力で調べに来たと……全く、迷惑な話だな」
「企業戦略も国の戦略も同じですよ。自分に牙を向けられてからでは、手遅れですからね。ということで、マスターは年齢が手遅れになる前に、覗きをしておいたほうがいいですよ。20を超えれば、未成年保護法が適応されないので捕まったら社会復帰は厳しいですからね」
「うまいことを言って、主人を犯罪への道へと誘うお前が、1番悪人ぽいがな」
俺は苦笑いしながら机の上でコンピュータと接続していたユリアを手にとり、腰のケースの中に収めった。
「それで、覗きでなければマスターはどちらに行くんですか?」
「本当にお前の中では俺の行動はワンパターンなんだな。帰っても怒られるだけだし、大海の部屋で時間を潰して帰るさ」
「ま、それが1番まともでしょうね。青少年の行動としては面白みがありませんが……」
「面白みがなくて悪かったな」
結局、大海の部屋に行ってもユリアと同じような考えを持つ、というか自らその信念へと突き進もうとしていた大海を、なんとか部屋に繋ぎ留めることで俺の1時間はあっという間に過ぎ去った。
最後、たまたま部屋の前を通りかかったアズ姉が、刀で峰打ちをして実力行使で大海を寝かしつけた後、俺は自室へと帰ってきた。
だが、もう一苦労。自室に帰った俺を待ち構えていたのだ。
「いい? ここからこっちに入ってきたら、ドカンだからね」
そう言って微笑みながら姫川は部屋を2等分するカーテンの下に見慣れない金属物を置いた。いや、見慣れたくもない代物を設置していた。
「な、なぁ。ちょっと聞いていいか?」
俺は湾曲を描いた金属をじっと見つめながら次の言葉を探す。
「それって、まさか地雷だったりしないよな?」
「正解。M18クレイモア地雷の完全なコピーよ」
「いやいや、だから、なんでそんな殺傷兵器がここにあるんだよ!」
M18クレイモアは、開発されたのは200年近く前になるが、今でも現役バリバリの殺傷能力を持った地雷だ。
ちなみにクレイモアには、起爆と同時に鉄球を発射するタイプのものと、C4爆薬が起爆するタイプの2つがある。
おそらく、あのクレイモアは700個の鉄球がぎっしりとつまっている前者だろう。起爆と同時に扇状に鉄球が発射されるタチの悪い地雷だぞ。
その有効加害距離は50メートル。前方60度にのみ攻撃できるため、後ろの人は怪我1つしない。
鉄球が1発でも当たれば、強力な空気銃で撃たれたのと同じ威力に値するため、1発で大きなダメージを与えることができる。
そんなものが700個も襲いかかってくると思うとゾッとする。一瞬で蜂の巣になりかねないからな。
「それはそれ、あれはあれ。18にも満たない男女が同棲という事実はあってはならないことだから。だから、これは保険よ」
笑顔で姫川は後付けで取り付けられたモーションセンサー式信管のスイッチを入れた。
センサーの先からぼんやりと赤い光の線が前に向かって伸びている。あの線に動くものが触れたとたんクレイモアが起爆するというタイプ。
「寝ぼけて踏んだら、俺死ぬんじゃない?」
「うん。だから、気をつけて起きてね♪」
今まで見てきた中で1番と言ってもいいほどの良い笑顔をこちらに向けてきた姫川を見て、俺はただただ唖然とすることしかできなかった。
明日のうちに、俺のベッドを囲むように防弾性の高いカーテンつけないとな。おちおち安眠も出来そうにない。
今日1日の締りが、まさかこんな展開で終わるとは思ってもいなかった。早く安心して寝られるベッドが欲しい。
不安を隠しきれなかったが、重いまぶたには抵抗できず、いつの間にか深い眠りへと落ちていった。