第8話 『闇より迫るモノ』
宇宙戦艦銀河は、様々な指揮機関を大きく3つに分けて配置している。
第1、2艦橋となる主艦橋には、航海、戦闘指揮、総合オペレーター。艦底にある第3艦橋は航空管制。後部艦橋は、主艦橋が使用不可になった場合の補助の役割と航空オペレーターとなっている。
「状況はどうなっているの?」
第1艦橋に走り込むと、艦橋に主要なメンバーがいるかチェックする。
「艦長。状況は先ほどから変わっていません」
イーシスの報告を聞くと、私は艦長席に座った。
「モニターに未確認船を映し出せる?」
「はい、メインモニターに拡大出力します」
イーシスの指がコンソールパネルの上を踊ると、メインモニターにボロボロなりながらも、かろうじて浮かんでいる船が映し出された。
少々画像が荒いが、今まで見てきた中で最もひどい壊れ方をしているのは分かった。
「こ、これは……」
操縦桿を握っていた鹿嵐でさえ、その船を見て驚いた。
「どうやら、難破船みたいね」
顎に手を当て、坂上長官も不思議そうに画面を見る。
「こんなところに出現するような船ではないはずですが……」
あちこちに亀裂が入り、一部では火災も起きているようだ。元がどんな形のだったのかすら分からない。
「船の特定はできそう?」
「船体の破損もひどいので、モニターでの特定は厳しいかと」
「仕方ないわね。偵察機を1機発艦させるわ。航空管制室に連絡。新型試験機、緋龍を発艦。作戦内容は未確認船の偵察、及び生存者の捜索」
「了解です」
「緋龍ですか」
「ええ、つい先日入ったばかりの試験機よ。さて、後は結果を待つのみね」
「生存者がいれば救命艇を出さないといけないけど、あの壊れようじゃ、生存者がいるかどうか……」
モニターを険しい顔で見つめる長官はどこか悲しそうだった。
姫川が第3格納庫を去った後、ミラが素早く動いてくれたため、緋龍への弾薬補充はものの2分で終了した。
そのまま、中央エレベータで最下甲板の滑走路に緋龍を運び込む。
滑走路はカタパルトで程度の加速を得るために必要な最低限の距離しかないので、滑走路と言っても距離は20メートルほどしかない。
上も下もない宇宙空間だからこそできる非常に短い滑走路だ。
「緋龍の発艦準備にかかります」
ヘルメットを被り、緋龍の起動準備に取り掛かる。風防を閉め、訓練どおりの動きでスイッチをつけていく。
『こちら航空管制室。緋龍とレールカタパルの接続を確認。航空システムに異常はありませんか?』
「こちら緋龍。航空システム、機体に異常なし。いつでも発艦可能です」
『了解しました。レールカタパルト作動システムの全操作をそちらにお渡しします』
管制室の通信がそう告げた後、コンソールパネルのカタパルトのランプが点灯した。
「作動システムの受理を確認。最終安全装置解除」
『整備員の待避を確認。隔壁を閉鎖。発艦ゲード開きます』
ゆっくりと目の前の床が開いていき、そこから宇宙が見えてくる。滑走路の傾斜が上昇していき、ますます視界が広がっていく。
『視界良好。当宙域の明度160。発艦の障害になる浮遊物なし。発艦を許可します』
「了解。緋龍。発艦します」
スロットレバーの先についているカタパルトスイッチを押す。
刹那、大きな足で後ろから蹴飛ばされたかのような衝撃とともに宇宙空間に向かって緋龍は放り出された。
慌てずゆっくりと操縦桿を引き、体制を立て直すと、船団を大きく迂回するように緋龍を飛ばしていく。
「やはり良い機体ですね。マスター」
「ああ。思った方向に機体が飛んでいってくれるな」
これなら無理したところで、機体性能の限界まで引き出すのは無理だろう。それどこら、先に人間の限界が来るだろうな。
「緋龍には高性能な重力制御装置が備えられていますので、私の電算能力の78分の1でリアルタイム操作ができるので、高速飛行からのロールでもターンでもほとんど負担を感じないはずです」
「へぇ。それはありがたいな。無理な動きにもそれなりについていけるって事か」
これは戦闘機同士の戦い、ドックファィトにおいて非常に有利になる。
人体にかかる高い負担が小さくできるほど、その機体の性能は飛躍的に上昇していくのだ。
いくら旋回性能や最高速が良くても、操縦する人間が耐えれなければ、宝の持ち腐れということになる。
そして、俊敏な機体なほど、高速戦闘の中でミサイルの回避や相手の後ろを取りやすくなるのだ。
『刀夜。機体はどう?』
ヘルメットの内側についているスピーカーから、聞き慣れた艦長の声が聞こえてきた。
「ああ、かなり良い機体だ」
『それは良かったわ。一応、今のところレーダーにはウチの船団以外の船は映ってないけど、ステレスも考えられるから、マスターアームスイッチを切っておきなさい』
「了解。警戒態勢でターゲットに近づく」
スイッチをSAFからARMにする。
マスターアームスイッチは味方へと誤射を防ぐために取りけられているもので、こうしないと兵器の使用できないようになっている。
「マスター。ターゲットを確認。生命反応を探していますが、残念ながら反応なしです」
「やっぱりダメだったか……」
徐々に減速していき、船まで100メートルの位置までゆっくりと近づいていく。
「甲板に主砲らしきものがあるということは、どこかの戦艦か?」
飴細工みたいに曲がった砲身から、かろうじてその船が元は戦艦だったと察しがついた。
船の前方から側面へと移動していく。
塗装はボロボロに剥げ落ちていて、隔壁にいくつも穴があいている。
「かなりのダメージだな」
船の原型が分からないくらいだ。
おそらく艦橋があったであろう場所は、強い力で引きちぎられた感じで、大きな空洞の中からは真っ赤な炎が顔を出している。
「まるで、映画の中に入った気分だ」
「ここ10年間の軍内記録の中で最も酷い壊れ方をしていますね。最もこんな壊れ方をするほどの大きな戦闘があったとは思えませんが」
「たしかにな。小競り合いの戦闘では、ここまでの壊れ方はしないよな」
グルッと船の周りを回って分かったのは、すでに船とは言えないただの残骸だということだけ。
「マスター。あれは艦名じゃないでしょうか?」
ユリアが緋龍のモニターに出力したのは、船の側面に白色で書かれたある単語。
所々欠けていたり塗装が薄れてはいるが、確かにそこにはそう書かれていた。この船の正体が分かった時、もう一度姫川から通信が入った。
『刀夜。船の調査は?』
「ターゲットの艦名を確認した。そっちに画像データを送信する」
俺は、先ほどユリアが撮った艦名を写した画像を銀河に転送する。
『これはロシア語ね……Slava(栄光)?』
「ああ、ユーラシアの艦船だな」
『これって、まさか無人艦隊の?』
「そうだ。第7機動部隊に編成されている駆逐艦だ」
ユーラシアが無人艦隊を作り上げたのはそれほど昔の話ではない。ユーラシアが現在抱える艦隊の約30%は人が乗り込まなくても航海、索敵、戦闘をこなす無人艦隊だ。
人と違ってプログラムさえあれば、いくらでも量産できるし、たとえ破損しても直ぐに替えがきく。
豊富な物量戦略を展開するユーラシアらしいやり方だ。
『でも、なんでそんなものがこんなところに?』
「さぁな。何らかの理由でこの宙域にダイブアウトしてきた――」
背筋に嫌なものが走った俺は、言葉を続けないまま緋龍の右の宙域をジッと眺める。
『刀夜? どうしたのよ? いきなり黙り込んで』
俺は黙って宇宙空間を見つめる。
さっきの嫌な感じは間違いない。あの先にそれがあるはずだ。
「……来る。船団の3時の方向から高速移動物体が接近中!」
姉さんを除いた他の人は、俺の言葉を狂った人間が発した戯言のように思えたかもしれない。
だが、俺の右目はそれをしっかりと捉えていた。
「大型のステルスミサイルが5発! 急げ! 散開されたら迎撃しきれないぞ!」
『姫川艦長! 刀夜の言ってきた方向に主砲を!』
姉さんの一声で艦橋内の空気がピンっと張り詰めたのが、緋龍の中にいた俺でも分かった。
一気に慌ただしくなった艦橋内部。
『刀夜! 正確な位置は!? レーダーには反応がないわよ?』
「ステルスミサイルだ! クソッ! 1時の方向からも来やがった!」
『1時の方向のミサイルは刀夜が迎撃して! 銀河が3時の方向のミサイルを担当する!」
「りょ、了解!」
今置かれている状況を的確に理解した姫川は、素早く俺に指示を出してきた。
虚を突かれはしたが、すぐさま俺は、突如現れた大型ミサイルに向かって緋龍を急加速させた。
『全く、ステルスとは厄介ね! 対空戦闘用意! 第3、第4主砲に弐式拡散弾を装填。光学カメラを4時の方向に。主砲発射用意!』
あっちは、姫川も姉さんもいるから大丈夫だろう。
俺はこっちのミサイルに集中しないといけないな。
距離はあるが、敵は緋龍の2倍ぐらいはありそうな大型のミサイル。前から侵入して、スピードに乗せてこちらのミサイルを当てないと効果がなさそうだ。
真正面かみ大型ミサイルに向かって緋龍を直進させていく。
幸いなことに、この宙域には飛行の邪魔になるチリがほとんどないため、緋龍を全速力で飛ばすことができる。
「こんな時に最高速テストになるとはな!」
緋龍のスピードメーターの針が恐ろしいスピードで上昇していき、訓練機では体験したことのない未体験ゾーンへと突入していく。
これほどの高速飛行でも、緋龍はまったくブレることなく俺の思い通りに飛んでいく。
「ユリア! ミサイルを探知できたか?」
「大型ミサイル、2つとも捕捉しました! 誤差修正0.004」
「OK! いい仕事だ!」
親指で操縦桿の先についているスイッチカバーを弾いて開ける。
光学照準器が遥か彼方から迫ってくる2つの大型ミサイルを捉えた。
ディスプレイが赤い文字でLock Onと表示し、大型ミサイルまでの正確な距離が示される。
「いっけぇえええ!」
親指に力を込めミサイルの発射スイッチを押す。
緋龍から放たれたミサイルは、矢のように迷うこともなく大型ミサイルに突進していく。
同時に左のフットペダルを踏み、操縦桿を左にめいいっぱい倒して回避行動にでる。
視界の端でミサイルが大きな火炎を上げて爆発した。たった2発のミサイルが爆発したとは思えないほどの火炎に背筋が凍る。
あんなミサイルを食らったら、銀河でさえ無事では済まない。ましてや、通商船団みたいな薄い隔壁じゃ、1発で撃沈になりかねないぞ。
焦る気持ちを抑えて正確に操縦桿を引き、と機首を銀河へと向ける。ちょうどその時、銀河の巨大な砲身がその首を上げ終わった時だった。
そうだ。この戦闘はまだ終わっていない。
あの宇宙のむこうから、未だ5発の大型ミサイルが飢えた狼のようにこちらに向かって飛んできているのだ。
『目標を捕捉! 大型飛翔物体5つ。右マイナス16度。距離530。高速で本艦に接近中!』
『先に銀河から潰そうって考えね。上等じゃない。受けてやろうじゃないの!』
銀河も大型ミサイルを捉えたようだ。
レーダー観測から、光学カメラを使った観測いち早く切り替えたおかげだろう。
砲身が微調整のためにゆっくりと上下する。
ターゲットを狙うスナイパーの如く、必中できるタイミングが来るまでジッと待つ。
『目標をロック。主砲発射用意よし』
『撃ち方始め!』
姫川の合図で、後部甲板の巨大な主砲が紅蓮の火柱を上げて46センチ砲弾を撃ち出した。
初速を稼ぐためにレールガンでも火薬を使うが、流石は46センチ砲。尋常じゃない火柱だ。
大型ミサイル5発に対して、銀河から放たれたのは、赤い炎の尾を引きながら猛進する4つ主砲弾。
主に防衛用に開発された弐式拡散弾が、早くもその防衛力が試されるときが来たようだ。
ミサイルの目前で砲弾が割れ、中からクラスター爆弾のように小さな爆薬が無数に飛び出す。
飛び出した爆薬は、ミサイルの前方に拡散して爆弾の壁を形成する。
4つの砲弾から飛び出た爆薬の壁に大型ミサイルが次々に衝突していき、爆発していく。
まるで小さな太陽があらわれたかと思うほどの光量に目を細める。
「やったか?」
『ミサイルはね。でも、まだ安心できないわ。近くにあの馬鹿でかいミサイルを撃ってきたやつがいるはずよ。後部VLSから広範囲索敵ミサイルを4時の方向に。発射弾数2発。』
間髪を入れず、銀河の煙突の左右あるVLS、ミサイル垂直発射装置が開き、白煙を巻き上げて1発ずつミサイルが発射される。
銀河だけに積まれている新型ミサイルは、敵ミサイルの飛んできた方向に向かって超高速で飛び去っていった。
広範囲索敵ミサイルは自ら敵を探し、発見するとその情報を銀河に発信する。そして、可能ならば、そのまま攻撃できるという優れものだ。
「姫川。俺は船団の後方に行く。できれば、何機か哨戒機を回してくれると助かるが」
『分かったわ。船団の後方に一ノ瀬先輩たちをまわすわ。イーシス。船団長に報告。船団を密集体型にして、銀河から離れず後ろについてくるようにと』
『了解しました』
何事もなく、平和に火星まで到着できると思っていた通商船団は、初日で戦闘に巻き込まれていた。
銀河は索敵半径を広くして、同時に光学カメラによる索敵も用いて、慎重に火星への足並みを速くした。
『しかし、まさかこんなところで攻撃を受けるとはな。刀夜もかなり疲れたんじゃないのか?』
アズ姉からの通信でようやく俺は安心感が湧いてきた。深呼吸をして、船団の最後部を低速飛行でゆったりと進んでいく。
「生きた心地がしなかったよ」
『私もモニターを見ていて生きた心地がしなかったぞ。なんでまた、正面からミサイルに挑んだ?』
「緋龍のミサイルじゃ、到底破壊できそうになかったから」
『その機体には30mm機銃が付いていると聞いたぞ。それなら、後方から距離をとって撃墜できたと思うが』
「あっ……」
強力な機銃がついているのをすっかり忘れていた。
確かにこれを使えば、もっとスマートに決着がつけられたかもしれない。
だが、あの状況ではそんなことは思いもしなかった。
そういった場面で状況を的確に判断できるアズ姉はやはり凄い。これがプロだと思い知らされた感じだ。
『まぁ、結果オーライだろう。刀夜はあの時にいけると思ったのだろ? 航空機の戦闘には教科書は存在しない。多少基本というものはあるが、後はパイロット次第だ。お前は良い目を持っている。ぜひ、航空課でその力を遺憾無く発揮してくれ』
どうやら、アズ姉は俺の右目の秘密を見抜いていたらしい。全く、アズ姉は姉さん同様に底の知れない人だよ。
俺はただただ苦笑するしかなかった。