15歳、残りの30日の「普通」
《《15歳》》中学3年生の僕は《《未知の病》》にかかってしまい、余命宣告を受けた。
「残念ながらあなたの命はもってあと《《一か月》》です。」
その瞬間、僕とお医者さんの二人だけの部屋は完全なる静寂に包まれた。
体が重くなる。腕が上がらない。呼吸が浅い。のどが乾燥する。身体が小刻みに震えている。
診察室の重苦しい空気のせいで息が詰まる感覚がした。けれど、身体そのものはいたって元気で…
嘘なんじゃないか?
そんな願いはかなわないということは、お医者さんの眉をひそめた神妙な顔つきからわかってしまった。
お医者さんによると、この病は最近現れてきた未知の病であることを聞いた。症状としては、身体の機能が失われていくらしく、誰かに感染することはないことが確認されているため、普通に過ごすことはできるらしい。
ただ、罹患や治療法に関しては全くの謎らしい。
病院を後にして、家に帰る。
「病院どうだった?何も異常はなかった?」
「全然、健康だって。」
僕は咄嗟に母に嘘をついた。
父にも、友達にも。
言った方がいいのか、言わない方がいいのか、答えはわからない。
ただ、余命や病気のことを言えば、今まで通りの生活が帰ってこなさそうで怖かったから。
誰にも言わなかった。
普通に友達と遊び、くだらないことで笑い、宿題を忘れて先生に怒られる。
周囲からすれば普通の子供。
でも、僕からすれば……
「前から思ってたけど、お前、暑くないの?」
「え?」
僕は友達の春馬にそんなことを聞かれて素っ頓狂な声を上げた。
「いや、だって今の気温38℃だぜ?そんな中、長袖って…」
38℃?僕は今寒いとすら思っているんだぞ?
長袖をまくろうとすると、大量の汗がまとわりついてなかなかまくれなかった。
この異変の心当たりは一つしかない。
「あはは、ほら、冬によくいるだろ、寒いくせして半袖短パンの男子。あれだよあれ!」
「ずっと我慢してたのかよ。」
みんなは笑ってたけれど、僕は恐怖した。
《《体温の調節機能》》が失われていることに。
血の気が引いて、手が震える。けれど、僕は拳を強く握って震えを止めた。
《》と意識された瞬間、僕の今までの《《普通》》が壊されてしまうから。
友達と笑いあうこの瞬間を奪われないために。
(チャイムの音)
人生おそらく最後のテストが始まった。
テストが始まってすぐに僕はシャーペンを机に置いた。
僕は心の中で深いため息をする。
勉強したのに…。いつも通りの《《普通》》だったらわかっていたはずなのに。
《《思い出せない》》
そして、時間いっぱい答案用紙とにらめっこをした。
「いつもは学力トップなのに、どうしたの!?何か具合でも悪かった?」
母に心配された。
「ちょっとお腹が痛くて集中できなくて。」
頬をかきながらそういう僕の視線は母の目ではなく、後ろの棚を見ていた。
「進路決定の大切な時期なんですから次はいつも通り頑張ってくださいね。」
先生からは注意?というより応援をされた。
次か…次があるならそりゃ頑張るさ。進路だってもう僕には関係ない……。
進路についての授業、面接練習、全てがどうでもよく感じた。
自分には関係ない。
虚ろな眼差しで教室の窓を見ていた。
やる気を感じない。
それでも!頑張って普通を演じた。
いつも見ない天気予報を見て、自分の服装を考えた。教室のエアコンがついてなかったら手持ちの扇風機を使って周りに溶け込んだ。常にメモ帳を持ち歩いて、大事なことは書き込んだ。
病気だと知った瞬間にみんなの僕を見る目が変わるのが怖かったから。
でも、もう疲れた。
こんなに苦しいのなら…《《余命なんていらなかったのに》》。
そう考えたとき、自分の肩に微かに違和感を感じた。
「おい、歩夢!最近元気ねぇじゃねぇか!」
後ろを向くと、自分の肩に手を置く僕の名前を呼ぶ、春馬が見えた。
「そんな体調悪そうに見えた?」
「うん。前よりずっと。」
隣から、また違うひょこっと現れた幸田が共感する。
そんな、バレないようにしてたのに。どこを治せば気づかれない?どうすれば…
「なんか、一人で全部抱えているような感じがする。」
「それな!!」
春馬もまた、幸田に共感する。
一人で抱えていた。そうだよ。この事実を話せば、普通じゃいられなくなるんだから。当たり前じゃん。
「なんかあったら気軽に話せよな。いや、別に言いたくなければいいんだけどさ。」
二人の友達が笑顔でそんなことを言うもんだから。
気づけば頬が緩んでいた。
「ははっ」
「おっ!久しぶりに笑ったじゃん。歩夢。」
「だね~」
そんなこと言われたら…。
「実はさ…」
信じちゃうじゃん。
次の瞬間、僕の視界はぐらりと揺れてそのまま、地面が見えていた。倒れた時の痛みはない。そして、「おい!歩夢!」と叫ぶ春馬の声が冷たい水に沈んでいくように聞こえなくなっていく。
春馬は歩夢の意識がなくなったことに気づき、おでこに手を近づける。
「先生!歩夢君が倒れました!」
その隣で幸田が助けを求めて叫ぶ。
「春馬、歩夢の具合は?」
「すごい熱だ。よくこれで普通に生活していたな。」
あんまり詳しくないけど、こんな高熱なら汗が流れるもんじゃないのか?と心の中で呟く春馬。そこで、先生が来て安堵する。
次に僕が目を覚ました時には病院のベッドだった。
「君が病気を隠していたことは、ご家族にも伝えました。」
お医者さんがそう言うと、隣で僕の手を握っていた母と父が目から涙を流しながら怒っていた。
「どうして言ってくれなかったの…」
震えた声でそうつぶやく母。
「これからどうするんだ。」
と、父も受け入れられない様子だった。
次の瞬間、静かな病室で僕の声が響き渡った。
「怖かったんだよ。病気だって知られたら、みんなが僕を見る目が変わると思ってた。」
「だから黙ってたんだ。……ごめん。」
すると、両親は目を見張って僕を見た。
普段こんな反抗的な態度しないからびっくりしたんだと思った。
お医者さんによって一度二人は病室の外に出て行った。
深いため息を漏らした後に、僕は病室の天井を見上げた。
これで正しかったのかな?
どうせ受け入れられないのなら早く伝えとけばよかった。
僕は自分のおでこを触る。けれど、自分に熱があるのかすらわからない。
そんなことをしていると、また病室の扉が開いた。
春馬と幸田だった。
「よっ!」
「お前ってほんと」
そう言いかけた幸田のセリフを上書きして春馬が言う。
「お前、ほんとに馬鹿だよな。俺らに隠してやがって」
ごほん、と気を取り直した幸田は改めて話す。
「テストの点数落ちたの、病気のせいだったの?」
歩夢は、「……うん」と短く答える。
軽い間があってから「もう、今までみたいには遊べないよな」と僕は言う。
すると春馬が、「なんで?」と返した。
「だって……僕、病気なんだよ?」
「聞いたよ。」
「だから何?」
春馬たちは、僕の目をしっかり見て、僕が欲していた言葉をぶつけてくる。
「お前が病気になったからって、友達じゃなくなるわけじゃねぇだろ」
その言葉に僕は面を食らった。そして0.1秒後には嗚咽を上げて泣いていた。
今日は卒業式。
僕は病気の進行によって、以前のようには動けなくなっている。視界もかすんでいる。でも、なんとか卒業式に参加することはできた。
みんなと違って、自分から受け取りに行くわけではないが、卒業証書を受け取れた。
周囲には、いつものクラスメイト。ただし以前とは違うことが一つある。それはみんなが僕の病気を知っているということ。
この事実を伝えれば、もう普通に戻れない。
でも……。
「歩夢ー!写真撮ろうぜ!」
「お前、最後まで真面目ぶってんなよ!」
……ああ。
僕が怖がっていた《《普通》》は、なくならなかった。




