鍵のかかった地下室から宝石が盗まれました。いったいどうやったでしょうか?
【登場人物】
アンナ・パーカー:宝飾店の娘。役:宝石のオーナー
マール・アバグネイル:家事手伝い。役:警備担当
ルイ・ブルーニ:庭師兼役者。役:店員
ロジャー・パーカー:アンナの従兄。役:法王庁の捜査官
ジェーン・パーカー:アンナの母。役:鍵の責任者
???:アンナ以外の誰か。役:怪盗ルブラン
ライラ・フェルネスト:文通の先生。安楽椅子探偵。
「ねぇ、何か面白いことはないかしら?」
はっと気が付いたときにはもう遅く、わたくしとしたことが淑女にあるまじきワガママを言っていた。普段のわたくしはこんな子供っぽいことは絶対に言わないのに。
「あらあら。アンナさんったら」
丈の長いクラシカルなエプロンドレスに身を包んだ女性、マールさんが困り眉をしながら頬に手を添えた。わたくしにとってお母さん以外で一番身近な大人の女性。ふわふわでキュートな雰囲気はひそかな憧れだ。もっとも一番は断然、先生だけど。
マールさんは「どうしようかしら」と呟いて窓の外に視線を逃がした。わたくしもつられて見ると、まだ10月下旬だというのに細やかな雪が降り注いでいる様子が窓枠で切り取られていた。この居間は暖炉の温もりに包まれているが、一歩でも足を出せばにキンと冷えた風が毛布を剥ぎとったように、心身を凍てつかせるに違いない。おかげさまで我らがP4RKER宝飾店もお客様の足取りがとんと途絶えて、絶賛閑古鳥が鳴いている。つまり、わたくしは暇なのだ。悪魔は暇人の手に宿るというけれど、口にも宿ることが先ほど証明されてしまった。これは手紙に書こう。そんなことを考えていると、マールさんはパチンと指を鳴らした。
「アンナさん、私にお任せになって?」
やりなれたように可愛くウインク。パタパタと居間から出て行ってしまった。階段を下りたようだ。
なんだろう?紅茶に口をつける。ほのかな苦みと甘さが口の中に広がる。美味しい。マールさんはなんでもできる。家事手伝いとしてこの家に務めて長いけれど、その仕事ぶりはもはやパーカー家に無くてはならない存在だ。きっととても面白いことを考え付いたのだろう。そんなことを考えているのだから、椅子から浮いた足がプラプラと揺れるのは仕方のないことだ。
「お待たせしました。アンナさん。それでは、こちらをどうぞ」
マールさんが一枚の紙を持ってきた。机の上に置かれたそれを覗き込んでみると。
◇
【よこくじょう】
きたる10月25日, でんせつのあかいサファイアをもらいうけにさんじょうする。
かいとう ルブランより
◇
「まぁ!これは予告状ね!」
「はい。なんと怪盗ルブランなる人物からこちらの紅いサファイアが狙われているそうです」
マールさんはエプロンドレスのポケットから赤い宝石のイミテーションを取り出した。
「アンナさんはこちらの一品を怪盗ルブランの魔の手から守らないといけません。やってみますか?」
「面白そうね。やるわ!」
「ふふ、そう来なくては。ロジャーさんとルイ君、それとジェーンお母様にも協力してもらいましょう」
「わーい。やったー!」
わたくしの掌にはマールさんから手渡された紅いサファイアが輝いている。サファイアとルビーの違いは色だけなのだから、つまりこれはルビーなのではという野暮なツッコミはしない。淑女なので。
しばらくすると、ロジャーお兄ちゃんがタイプライターで打った役割表を持ってきてくれた。なんだかお芝居の世界に迷い込んだみたいでワクワクする。絶対に守り切ろう。そして、このことを手紙に書いて先生に褒めてもらおう。
「では、私は皆さんと打ち合わせがありますので、アンナさんは少しの間部屋でお勉強をしていてくださいな。ネタバレは厳禁ですわよ」
「はーい」
そんなやり取りがあって次の日。24日。怪盗ルブランがやってくる前日。
通報を受けたロジャー捜査官が居間にやってきた。わたくしとマールさん、ルイくんを交えて防犯会議だ。
「それで、紅いサファイアはどのように守るおつもりか?」
威厳たっぷり。お兄ちゃんはけっこう演技が上手い。
「オーナー!もう捜査官殿に渡してしまいましょうよ!それがいいっすよ」
店員のルイくんがそう言うが、警備のマールさんが反対した。
「ルブランが変装しているかもしれませんよ。信じていいのでしょうか」
「君、ちょっと失礼じゃないかね」
「まぁ!ごめんあそばせ、捜査官殿」
確かに、怪盗なんだから変装は得意よね。なら、ずっと手元にある方が安全?
「やっぱり、お店で守る方がいいと思うわ」
「でも、どこに置くんすか?」とルイ君。
マール警備が「地下保管庫なんてどうでしょうか。あそこは入口も一つしかありませんし、鍵もかけられます。この店で一番厳重ですよ」と提案した。
「たしかにそうね。そうするわ!」
お兄ちゃんが頷いた。「決まりだ。なら、さっそく地下保管庫に行こう」
マール警備を先頭にわたくし達は階段をヒタヒタ降りていく。灯りはマールさんが持っているランタンだけ。地下保管庫はほとんど入ったことがないので、なんだか冒険みたいだ。
「こちらですわ。足元に気を付けてくださいね。アンナさん、ロジャーさん」
「うん」
「ええ、ありがとうございます。マールさん」
「オレは?」
「ルイ君は大丈夫だと信じていますから」
地下保管庫の中は一寸先も見えないほど真っ暗。ランタンの灯りが照らす壁は一面がキャビネットだ。さらに奥には鉄製の扉が城塞の門みたいに構えていた。
お兄ちゃんによると、地下保管庫は二つの部屋で出来ていて、あの鉄扉の奥には商品が置いてあるそうだ。そして、今いる手前の部屋には注文書や帳簿と言った書類が置いてある。マールさんがランタンでまんべんなく部屋を照らすと、キャビネットが敷き詰められた壁に、入口近くの角には置き場に困った壺達、両手で持てるサイズのモノが見えるだけでも5~6個くらい入口の隅の方に寄せ集められているのが見えた。テーブルもあって、そこには紙束が無造作に積まれていたりもする。よく見ると床には溝が格子状に張り巡らされていた。つまずかないように注意ね。気になる物はこれくらいで、以外と殺風景だった。書類が多いのでランタンは最低限しか持ち込まないらしい。流石に商品の保管庫は使えないので、わたくし達は紅いサファイアは手前の部屋に置くことにした。
でも、それ以上に――
「さっむ!!」
地下室はあり得ないくらい寒かった。
「こ、これは想定外ですわ……」
マールさんが壁のキャビネットを照らしていく。
「昨日の雪のせいかもしれんな……。アンナ、どこに隠すんだ?」
捜査官のお兄ちゃんも腕をこすり合わせている。
「じゃ、じゃあここにするわ」
さ、寒い!まるで肌が小さな針で刺されているみたい。さっさと決めて早く出よう……。
わたくしは手ごろなキャビネットを開けて中に紅いサファイアを入れた。全員でしっかりキャビネットの中に紅いサファイアが入っていることを確認して、場所も覚える。
「オッケイ!じゃあ戻ろうぜ!フゥー!」とルイ君が一目散に階段を駆け上がって行った。
わたくし達も戻ろうと階段に足を掛けたその時。
「きゃっ」
マール警備の小さな悲鳴とともにバサリと紙の束が落ちた音がした。
「あら、私ったら、ごめんなさい。お二人は先に行っててくださいまし」
「そうだな。風邪をひいてはいけない。アンナ、ここは任せよう」
振り返って見てみると扉の奥の暗がりの中で数本の巻かれた紙が転がっていた。冷たい風が背中を押してきて身震いする。すぐ終わりそうだし、いいよね。そう思いわたくしはマールさんの好意に甘えることにした。
階段を上がるとすぐに階下から鍵を掛ける音が聞こえて、マール警備が「さむさむ」っと呟きながら駆け上がってきた。
「これで安心ね!」
「いや、待て」
捜査官のお兄ちゃんが厳しい目線でマール警備を睨みつけた。
「マール警備、持ち物を改めさせてもらおう」
「あら、捜査官殿。先ほどのことを根に持っていらっしゃるの?」
「アンナ、マールさんが紅いサファイアを隠し持っていないかチェックしてくれ」
「えっ。あ!わ、わかったわ!」
もしかして、さっきの一瞬で盗んだ……?でも、マールさんは全然平気そう?
「ロジャー捜査官ったら!私がそんなことをするわけないですわ」
全部のポケットを見せてもらってもどこにもない。本当に持っていないようだ。
「むぅ、そうか。わかった」
お兄ちゃんは眉間に皺を寄せて頷いた。
間を置かずにルイくんが両手を頭に組んで「鍵は?ちゃんと掛けたか?」
「もう、みんな私を疑うのね。ちゃんと掛けましたわよ」
別に鍵を掛けた音に変な違和感はなかったので、これも多分間違いない。
「じゃあこれで、本当に本当に安心ね!」
「ええ。そうですわ。ではアンナさん。鍵をジェーン様に渡して来てくださいまし」
と、マールさんは鍵をわたくしに手渡した。
「うん!」
そうしてお母さんに鍵を渡して、わたくし以外誰にも渡さないで、ってお願いした。これで準備は万端だ。
その日の夜。わたくしはこっそり地下保管庫の扉を見に行った。
鍵は間違いなく掛かっている。でも、どうにも不安だ。ずっと見ていたいけど。寒いし眠いし。どうしようかしら……そうだ!
わたくしは部屋から黒の色紙を小さく切って地下保管庫の前に持っていった。そして、その紙切れを丁番のちょうで見えないところに差し込んだ。
これで良し!これなら誰かが入ったらすぐにわかる。
完璧な金庫が出来た、これで絶対無敵ね!
そして、予告があった25日当日。
地下保管庫の鍵は絶対に持ち出されていなかったし、トラップの黒い紙もそのままだった。
だというのに。
――紅いサファイアは、まんまと怪盗ルブランに盗まれてしまっていた。
◇
25日。その日は雲一つない快晴で、気持ちのよい一日になるはずだった。お店も休みなので、家族みんなのんびりしている。なのに、わたくしの胸の中はとてもそわそわしていた。
(絶対に捕まえてやるわ!)
地下保管庫に続く階段の前に椅子を置いて陣取ってみる。怪盗ルブランはまったく来る気配がない。まさか、そういう作戦?お昼ご飯を食べた後も辛抱強く待っていたけど、待てども暮らせども何も起きない。なのに、なんだが胸騒ぎのように気が逸った。
そんなわたくしを見かねてか、マールさんがやってきて。
「ふふっ。そんなに気になるなら、ちゃんとあるか見にいきませんか?」
「……そうね!そうするわ!」
いろいろ準備したけどずっと手の中で握っておくほうがいいという元も子もない結論に至ってしまった。椅子から飛び降りて、お母さんの所に駆けだした。
「お母さん、鍵は誰にも渡してないよね?」
「ええ。ロジャーでも勝手に開けられない鍵箱に入れていたわ。ずっとここにあったわよ」
「ありがとう!」
鍵は誰にも触られていない。わたくしはルイくんを誘って、マール警備を先頭にまた階段を下りて行った。今度は全員コートを着ているので安心だ。
(黒い紙は……)
わたくしはマールさんの影から顔をのぞかせて丁番を確認した。黒い紙は昨日のままになっていた。
「では、開けますね」
扉の隙間が広がり、黒い紙が枯れ葉のように床へと落ちる。重たい音と一緒に開けられた保管庫は真っ暗で中から冷たい空気が流れて来た。ルイくんは扉の影から猫のようにスルスルと中に入って行った。
「たしか、ここだったよな」ルイ君がキャビネットの前で待っている。
「うん。そこ」
「じゃ、アンナちゃん……じゃなかった。オーナー!よろしくお願いします!」
ルイくんがかっこつけたポーズでコンコンと木壁をノック。わたくしは駆け寄って、手を伸ばしてキャビネットを開けた。木のぶつかる乾いた音が響いた。
「……ん!?」
それと、ルイくんの驚いた声も。
わたくしは目を凝らして、中を見てみる。でも、そこには――
「あ、あああー!?」
そこにあるはずの紅いサファイアが、どこにもなかった。ない、どこにもない。手を入れて四隅を触っても冷たい木の感触だけ。確かに入れた紅いサファイアが無くなっている!
「そ、そんなはずありません!別のキャビネットじゃないんですか!?」
後ろでランタンを照らしていたマールさんが大声で叫んだ。すぐ横のキャビネットや天上に近い場所を次々と照らす。わたくしたちは手当たり次第にキャビネットを開けて探したが、どこにも見つからない。
「灯りが足りません!ルイ君!ランタンを人数分持ってきて!アンナさんもロジャーさんを呼んで来てください!」
「お、おう!アンナちゃん!行こう!」
「うん……!」
そんな、あんなに準備したのに!いったいどうやって!?
無我夢中でルイくんと一緒に階段を駆け上がった。
「お兄ちゃん、たいへん!紅いサファイアがなくなっちゃった!早く来て!」
「なんだって……?わかった。すぐに行く!」
コートを掴んだお兄ちゃんは颯爽と階段を降りていく。マールさんの悲痛な「ない……!ない……!」という声がここまで響いていた。
「マール警備!状況は!?」
ランタンで中を照らすとマールさんが部屋の隅で、壺をみんなひっくり返していた。中は空っぽだ。
「ロジャー捜査官……!紅いサファイアが、盗まれました!」
それから、みんなで地下保管庫を探したが、とうとう紅いサファイアはどこにも見つからなかった。
どうやって鍵を持ち出して開けたのか。
どうやって紙のトラップをかい潜ったのか。
どうやってわたくしに気が付かれずに地下保管庫に入ったのか。
いつ盗み出したのか。
まったくわからない。魔法を使ったとしか思えない。
だけど、わたくしは怪盗ルブランに敗北した、ということは明らかだった。
お芝居はこれでおしまい。居間で頭を抱えているわたくしはさぞ可哀そうで可愛いかったのであろう。そんな折、マールさんが温かい紅茶を入れてくれた。
「まだ怪盗ルブランは逃げていませんわ。アンナさん。誰がどうやって盗み出したのか。見つけてみてくださいまし」とても上機嫌にフフと笑っていた。
(……ダメ。まったくわかんない。先生に相談してヒントを貰おう)
知恵熱が出そうなくらい考えてみたけど、何をどう考えていいか分からなくなってしまった。
(本当は自分ひとりの力で怪盗ルブランを捕まえて、先生に自慢したかったけど)
先生へ。
突然ですが、先生に問題です!鍵のかかった地下室から宝石が盗まれました!いったいどうやったでしょうか?(冗談ですよ!防犯対策はしっかりしています)
(略)
アンナ(劇団マールの主役) よりっと。
わたくしは先生に詳しく事情を知らせて返信を待った。これはズルではない。だって、わたくしはあの“ノクタリカの隠者”の公認弟子なんだから。
(待っていなさい!怪盗ルブラン!絶対に捕まえてやるんだから!)
◇
拝啓 10月28日 主演のアンナ・パーカー 様へ
アンナさん、お手紙ありがとうございます。
怪盗ルブランからの予告状、そして地下保管庫での消失事件……。とってもわくわくする謎解きですね。アンナさんが「劇団マールの主役」として一生懸命守ろうとしたその健気な姿、目に浮かぶようです。
さて、今回のお便りですが私も少々悩みました。今回アンナさんが求めているのは答えではなくヒントですから。誰がルブランでどうやって盗んだのかを示せばよいというわけではない。であるならば、私がすべきことは、アンナさんの教えてくれた手がかりを整理すること。アンナさんに怪盗ルブランの正体と手口に気が付いていただくことですね。
まず、前提を確認しましょうか。
【前提】
・地下保管庫の入口は一つであり、それ以外の出入口はない。
・24日に紅いサファイアを地下保管庫のキャビネットの中に納めた。
・地下に灯りは無くランタンだけが頼りだった。
・鍵は間違いなく締められていた。
・最後に保管庫にいたのはマールさん。
・保管直後に紅いサファイアを持ち出した人間はいない。
・扉が開かれるまで、できる限り監視していた。
・25日に扉は開かれた。
これはほぼ間違いない、動かせない事実です。
そして、結果も示しておきましょう
【結果】
・紅いサファイアが地下保管庫のキャビネットから消えた。
・その後、全員で保管庫を探してみたが、見つからなかった。
こうやって、どういう状況で何が起こったのかを整理しておくことはとても大切なんですよ。たまに前提が崩れたりすることもあるのですが、基本的には前提を踏まえて、結果をもたらすにはどうすればいいのかを想像するゲームですね。
そして、ここで最初のヒントをお伝えします。アンナさんのお手紙を読んでいて思わず唸った部分がありました。黒い紙のトラップです。実に素晴らしい。暗所に居て、ランタンの灯りだけで扉の隙間に黒い紙が挟まっているなんて気が付ける人は稀ですからね。扉を安全に突破する難易度が格段に跳ね上がりました。これは鍵を何とかして手に入れて、アンナさんが眠っている間に入ったという可能性への強い反論です。ならば、ここは難しく考えず前提に加えてみましょう。
【前提】
・地下保管庫の入口は一つであり、それ以外の出入口はない。
・24日に紅いサファイアを地下保管庫のキャビネットの中に納めた。
・地下に灯りは無くランタンだけが頼りだった。
・鍵は間違いなく締められていた。
・最後に保管庫にいたのはマールさん
・保管直後に紅いサファイアを持ち出した人間はいない。
・扉が開かれるまで、できる限り監視していた。
・25日に扉は開かれた。
★扉が閉められてから開かれるまでの間は犯行が不可能だった。(仮)
非情に強力な前提です。これで犯行がいつ行われたのか分かりやすくなりました。
それでは、これらを踏まえて【結果】をもたらすにはどうすればいいのかを想像してみましょう。ここはセンスが問われますが、訓練すれば結構できるようになります。コツは頭を柔らかくして、どれだけ馬鹿馬鹿しいことでも、考えられることすべて出来るだけ書き出してみること。頑張ってみてください。
試しに例を挙げてみましょう。
【方法】
・キャビネットにカラクリがあって、中で紅いサファイアが移動した
・25日にルイくんが一瞬の隙をついてキャビネットから取り出した
・ジェーンさんがアンナさんのトラップを見破って扉を突破して盗み出した
これらは、論理的に不可能だと言い切れる誤った案です。そして、アンナさんがたくさん想像してたくさん出た案の中で論理的に否定(こういう理由があるから不可能だと言い切ることが)できない案があったとしたら、それは真実に最も近い、追求するべき推理です。それを見つけてみてください。
最後に、大ヒントを差し上げます。
【結果】
・紅いサファイアが地下保管庫のキャビネットから消えた。
・その後、全員で保管庫を探してみたが、見つからなかった。
アンナさんがキャビネットを確認して、紅いサファイアが無くなっていると大慌てした時なんですが、この段階ではまだ“紅いサファイアが地下保管庫から持ち出された後”とは言い切れない、とだけお伝えしましょう。なぜかは、前提をよく見て考えればわかるはずです。
アンナさんなら必ず真相にたどり着けますよ。がんばってください。
根を上げるようでしたらまたご連絡ください。
では、また。
敬具
ライラ(そろそろ冬眠したい) より
◇
“紅いサファイアが地下保管庫から持ち出された後だ”とは言い切れない。
先生の大ヒントで見えている世界がひっくり返った。やっぱり先生はすごい。
前提では24日時点で紅いサファイアは部屋にあって、その後は誰も入っていない。なら、25日時点ではまだ中にあったはず。
つまり、盗まれたと考えられるのは25日、扉が開かれた瞬間が一番怪しい。
わたくしはライラ先生の教えを忠実に守り、紙が真っ黒になるまで【方法】を考えては否定することを繰り返した。そして、一つの推理に行きついた。
・マールさんが24日に一瞬の隙をついて紅いサファイアをキャビネットから出して、別の場所に隠した。
これは地下保管庫に残ったマールさんを見ていない以上、論理的に否定できない【方法】だ。わたくしはみんなを居間のテーブルに呼んで、考えを聞いてもらうことにした。
「するってーと、アンナちゃんはマールさんが怪盗だって思うってこと?」ルイくんは大きく椅子に背を預けながら言った。
「まぁ!そうなんですか?アンナさん」
「そうは言っていないわ。でも、マールさんは24日の行動にとっても大きな疑問があるのはたしかなの」
「それは、そうだな。僕もそう思う。マールさんがいくら言い訳しても、証明しようがない」
お兄ちゃんも腕を組んで頷く。
「ひどいですわ!皆さん、あの極寒の地下室にわたくしを一人残して、先に行ってしまわれたというのに……」
マールさんがよよよと泣き崩れたふりをした。
「そーだぞ!お前らひでーぞ!」いの一番に地下保管庫から脱出したルイくんが、責めるようにわたくしとお兄ちゃんを指さす。お兄ちゃんが眉を吊り上げて何か言いかけたが、腕を組んで押し黙った。
――確か、あの時、紙の束が落ちて……
“あら、私ったら、ごめんなさい。お二人は先に行っててくださいまし”
「……いいえ、ちがうわ。先に行ったんじゃなくて、マールさんが先に行っていいよっていったのよ」
「……」マールさんのメソメソとした泣き声がピタリと止まった。
「え、そーなの?」
「アンナの言うとおりだ。僕も聞いた」
「じゃあひどくねーじゃん」
ルイくんはマールさんをチラリとみて「めっちゃ怪しくね?」と呟いた。
でも、マールさんはケロリと笑顔に戻り。
「あらあら、私としたことが、ついウッカリしていましたわ。でも、そうだとしても、私が地下で何もしていないという可能性は否定できないんじゃないかしら?だって――」
“お二人とも見ていらっしゃらないんでしょう?”
たしかに……。お兄ちゃんを盗み見ると同じように難しい顔をして天井を仰いでいる。
「そうだぞ!ロジャーが夜中にこっそり入ったかもしれねぇじゃん!」
「ええ。捜査官権限で鍵を貰ってアンナさんがお休みしている間に入った可能性だってありますわ」
お兄ちゃんは二人から攻撃されて、言葉に詰まったようだ。でも、これは明らかに違う。黒い紙のトラップだ!
「それはないわ。だって、わたくし扉に細工をしていんですもの。開けたらすぐにわかるような細工よ。それが25日にそのままだった。だから、扉はわたくしが入るまで一度も開けられていないわ」
「え?アンナ?そうなのか?」と、お兄ちゃんは目を丸くした。
「うん。だから、地下保管庫に最後に居たのはマールさんであることは絶対に間違いないし、それから25日に扉が開かれて、キャビネットを見てみたら無くなっていたんだから、マールさんが何かやったとしか考えられないの。もし、違うっていうなら、マールさんは別の可能性を示す必要がある、と思う」
なんだか、自分が何をしゃべっているのか分からなくなっちゃった。でも、マールさんはハッとした顔になって、しおらしくなった。
「……たしかに。そうですわね。ごめんなさい。なにも思いつかないですわ」
「え、じゃあマールさんが怪盗じゃん」
ルイくんは調子が良すぎよ。本当に思ったことをそのまま言ってるんだなって。
「いや、それはまだ早い。紅いサファイアを別の場所に隠した後、どうしたんだ」
お兄ちゃんが机の上で指を絡めて言った。
「ルイ、お前がマールさんと共犯関係で、25日にアンナと探している時に持ち出したかもしれないだろう。どさくさに紛れて、な」
ルイくんがガタっと椅子を揺らして目をあっちこっちに泳がせた。
「えっ!いや、ちげぇよ!なぁ!マールさん!」
「私も疑われているんですよ。私が否定して何になるんですか」
「そ、そんなぁ~!ア、アンナちゃ……いや、オーナー!何か言ってやってくださいよぉ!」
わたくしはほとんど無意識に顎に手を当てていた。
いいえ、それはちがうわ。だって……
「ルイくんは、わたくしが誘ったの。一緒に来てって。もし、マールさんとルイくんが共犯なら、わたくしがルイくんを誘わなかった場合に困ったんじゃないかな。それに――」
あれ……?そういえば――
「地下保管庫で紅いサファイアを守ろうって言いだしたのも、あの暗い部屋で唯一灯りを持っていたのも、わたくしに地下保管庫を見に行こうって誘ったのも、紅いサファイアがなかった時にリーダーになったのも」
まだ、確かな真相はわからないけど。
「全部、マールさんだったわ」
プリズムの煌めきが、頭の中で乱反射するのを感じた。
◇
しんとテーブルが静まり返った。全員がマールさんの顔を見つめるけど、マールさんはニコニコしたままだ。
「ええ、そのとおりですわ。警備ですもの。でもね、事実として、あんなに探しても紅いサファイアは見つからなかったのよ。私が怪盗ルブランだったとして、いったい保管庫のどこに隠したのかしら?すでに盗まれた後だと考えるのが自然ではなくって?」
「オレも本気で探したけど、どこにもなかったぜ。アンナちゃんもそれは一番良く知ってるだろ?」
わたくしは目をつむって、一生懸命考えた【前提】と【結果】、そして【方法】を思い出す。
――確かに探した。壁一面にあるキャビネットを順番に。とても慌てていたわ。前提、方法、何かない?もしマールさんが別のキャビネットの中に隠したら、わたくし達がうっかり見つけちゃうかもしれない……。思い出して、あの時、どんな感じだった……?
頭がガンガンと脈打つ。血が巡って目の奥が熱くなる。それでも、今まで生きてきて、この時が一番冴えていた。
――保管庫の扉が開かれる。マールさんがランタンで中を照らしている。ルイくんが入ってキャビネットの前で待っている。わたくしが駆け寄ってキャビネットを開ける。紅いサファイアがない。
“そ、そんなはずありません!別のキャビネットじゃないんですか!?”
「……そうよ。キャビネット。わたくしたちは、キャビネットを探すように誘導された。
【前提】にも“地下に灯りは無くランタンだけが頼りだった”ってあったわ。わたくし達の視線は唯一光を持つマールさんに支配されていたの!」
「……!」初めてマールさんの顔から余裕が消えた。
「どこを見せたいのか、どこを見せたくないのか。どの場所に立ってほしいのか、立ってほしくないのか。あの空間は全部マールさんの思うがままだったわ。だとしたら、マールさんが一番わたくし達を遠ざけた場所に紅いサファイアはあったはずよ」
ランタンはキャビネットを照らし出す。そこには紅いサファイアは絶対にない。紅いサファイアがあるのは、ランタンが照らしていなかった場所。暗闇の保管庫。誰も入ることが出来なかった密室の中で、光があたらなかった場所。それは――
"ない……!ない……!"
「――壺の中」
マールさんが大きく息を吐いて、背持たれに大きくもたれかかった。
「いや、アンナ。僕たちが地下保管庫に行ったとき、マールさんは壺を調べていたじゃないか。そこにはなにもなかっただろう」
「お兄ちゃん、あのね。わたくしがお兄ちゃんを呼びに行っている間、ルイくんもランタンを取りに行ってて、マールさんは一人で紅いサファイアを探していたの。
それに、わたくしたちはキャビネットばかりさがしていて、壺の中を見ていない。そうでしょ?ルイくん」
「おう」
「だからね、多分こういうことなんだと思う。
24日にわたくしたちは紅いサファイアを地下保管庫に置いた。でも、マールさんは部屋に残るために、わざと紙束を倒したの。中はとっても寒かったし、それを口実に簡単に一人になれた。その後、一瞬でキャビネットから紅いサファイアを取り出して、壺の中に隠した。これならほんの数秒で出来るわ。だから、ボディチェックをあんなに自信満々で受けていたの。本当に持っていないから。
25日にわたくしがソワソワしている頃合いを見計らって声を掛けた。断られても、25日が過ぎた後で盗まれていないか確認するから、タイミングは何時でもよかったんだと思う。だから、ルイくんが付いてくることも想定内だったはずよ。その後、わたくし達はマールさんの掌の上にいることに気が付かずに、一緒に地下保管庫へ降りて行った。
わたくし達はキャビネットの中に紅いサファイアがあると思い込んでいた。でも、無いという予想外の結果を見せられてとても驚いてしまったの。加えて、それ以上にマールさんが大声で騒いで、わたくし達に考える暇を与えなかった。キャビネットばかり探させて、埒が明かないから灯りを持ってくるようにって、わたくし達を納得させながら地下保管庫から追い出した。その隙にマールさんは壺の中から隠していた紅いサファイアを取り出して、ポケットかどこかに入れた。最後の仕上げで、戻って来たわたくしとお兄ちゃんに空の壺を見せて、ここには最初からなにもなかったかのように見せかけた。
その後は、みんなで地下保管庫を探し回った。どうりで見つかるはずがないわ。だって、紅いサファイアはずっと、怪盗ルブランの懐の中にあったんですもの。
これが、事件の真相」
わたくしはきっとライラ先生ならこうするだろうと、真っすぐマールさんを指さした。
「怪盗ルブランの正体は――マールさん。あなたよ」
「くっ……!い、いえ!まだですわ!地下保管庫が冷えていたのはどうしてかしら?偶然?私はラッキーに頼って皆さんを追い出したってことですの?そんな不確かな方法は怪盗らしくありませんわ!」
わたくしの頭にプリズムが煌めく。
【前提】
・???
【結果】
部屋は極寒だった。
前提が足りない。思い出して。何が使えそう?ライラ先生ならこういう時、言葉を拾うはず。言葉、言葉――
“こ、これは想定外ですわ……“
想定外、という言葉選び。
それと、床の溝。あれは何?
「あの、地下保管庫の床にあった溝って何?」
びっくりしちゃった。自分の声じゃないみたいだ。
「あ、あぁ、あれはな――」お兄ちゃんが言いかけたところをルイくんが横取りした。
「排水路だぜ!アンナちゃん。地下ってのは漏水と湿気の対策がマジでちょー大切なの。あの溝は全部排水口に繋がってんだ」
【前提】
・“想定外”
・溝は排水路
【結果】
部屋は極寒だった
お兄ちゃんが口だけで「この野郎!」と怒りにあらわにする。わたくしは瞬きも忘れて考え込む。まだ足りない。最後のピース。それは――
“どうしようかしら”
そういって、マールさんが見たもの。窓の外。“雪”
わたくしの頭は次々と方法が浮かんで、一瞬で論理的に剪定された。
【方法】
・雪を排水路に敷き詰めた
「きっと、防犯会議の前日、怪盗ルブランの予告状が届いた時に、地下保管庫の排水路へ雪を敷き詰めたんじゃないかしら。もう溶けてなくなってるかもだけど。だから、マールさんは地下が寒いことを知っていたの。でも、想像よりも寒くなっていたから、“これは想定外”という言葉を使った。普通、部屋が思っていたよりも寒かったら“予想外”って言わない?証明しようがないけれど、これが極寒の地下室の正体だと思うわ」
水を打ったようにみんなが、静まり返る。みんなが、固唾を飲んでいる。みんなが、うなだれるマールさんを見つめている。そして、マールさんはエプロンドレスのポケットに手を差し込んで。
コツン。
テーブルの上に、置かれたそれは。
紅いサファイア。
「参りましたわ……」
――嬉しい。それしか言えませんでした。
「や、やっ……!」
「うおおお!!すっげー!アンナちゃんマジでカッケーよ!!」
「ああ、本当にすごい。アンナ。ライラ様みたいだったぞ。いったいいつからそんなに賢くなったんだ」
「きーっ!!く、悔しいですわー!」
でも、それ以上にみんなが大喜びしていましたので、わたくしは、なんだか気恥ずかしくなって。はにかむことしか出来なかったわ。
その後も、ルイくんが「お祝いしようぜ!ジェーン店長!アンナちゃんがすげぇんすよ!」って走って行って、お兄ちゃんが「ケーキだな。買いに行くか。アンナも行くか?」って。
「うん!行く!」
「あらあら、じゃあ、わたくしもお供しますわ」
家族みんなで食べたケーキは熱を持った頭の中にじんわりと染み渡るように美味しかった。これは手紙に書かないといけない。先生と文通を初めて、凄くうれしかったことや、悲しかったこと、ほんのささやかな他愛のないことまで。目まぐるしく進んでいく日常が、誰かに伝えたいことであふれていることに気が付いた。
先生へ。
先日の大雪はとても大変でしたね。フェルネスト家のお屋敷ではどうでしたか?こちらはもう、てんやわんやでした。
そして、なんと!わたくし、怪盗ルブランを捕まえることが出来たんです!
怪盗ルブランの正体は……
恥ずかしくてまだ言えないけど、きっといつか先生へ伝えよう。先生はすこしわたくしに甘いから、うんと褒めてくれるだろう。でも、その前に、今日のお礼をめいいっぱい伝えなくちゃね。
(完)
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佐倉美羽
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