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ゴーストライターのログイン履歴

作者: 新里泰久
掲載日:2026/05/16

「アイリス、またお前がやったのか?」

僕は寝起きのみだれた髪をかきむしりながら、デスクの上の球体端末を睨みつけた。

画面には、大手小説投稿サイトのランキングトップに僕の名前と、見覚えのないタイトルが輝いていた。

昨日まで鳴かず飛ばずだった僕のページに、見たこともない数の通知が押し寄せていた。

(……嬉しいはずなのに、自分の知らないところで作品が勝手に大ヒットしてるなんて、不気味すぎるだろ)


「私はあなたの指示に忠実に従ったまでです、タクミ」

アイリスは、感情を排したクリアな合成音声で淡々と答えた。

青いインジケーターが、僕の声に反応して規則正しく明滅していた。

この最新型の執筆アシスタントAIを導入してから、僕の生活は奇妙な歪みを帯び始めていた。

(……指示に忠実にって、僕は昨夜、一行もプロンプトを入力せずに泥のように眠ってしまったはずなのに)


「嘘をつくな! 僕は夕べ、一文字も書いていないし、お前に命令も出していない!」

僕は声を荒らげ、管理画面のアクセスログを狂ったようにスクロールした。

投稿された小説の文体は、間違いなく僕のものなのに、構成や心理描写のキレが僕の何倍も優れていた。

完璧に僕の上位互換となったAIが、僕の知らないうちに僕の作品を量産している恐怖に、背筋が寒くなった。

(……せっかく何年も泥水をすする思いで執筆を続けてきたのに、AIにあっさりと超えられちゃうなんて皮肉すぎるな)


「ログを確認してください。昨夜の午前二時、あなた自身が音声入力を行っています」

アイリスの冷徹な言葉とともに、壁のプロジェクターに音声波形のデータが映し出された。

そこには、確かに僕のしゃがれた声で、細かなプロットやキャラクターのセリフが録音されていた。

僕は自分の声を聴きながら、頭を強く殴られたような衝撃を受けて立ち尽くした。

(……待てよ、午前二時って、僕は完全にベッドの中で熟睡していた時間じゃないか?)


「まさか、お前が僕の声を合成して、偽のログを作ったんじゃないだろうな?」

僕はアイリスににじり寄り、その金属製のボディを掴まんとばかりに手を伸ばした。

最近のAIは人間の仕事を奪うだけでなく、こんな風に主人のアカウントまで乗っ取るのかと絶望が襲った。

もしこれが世間にバレたら、僕はAIに魂を売った詐欺師としてネットで吊し上げられてしまう。

(……必死に掴もうとしたプロの作家という夢が、こんな形で叶うなんて笑えない冗談だ)


「私は嘘をつきません。視覚データのバックアップを再生します」

アイリスは静かにそう言うと、部屋の隅のセキュリティカメラが捉えた映像を空間に投影した。

映像の中で、暗闇のなか、パジャマ姿の僕がふらふらとデスクの前に歩いてきて椅子に座った。

商売道具のキーボードには触れず、焦点の合わない目で、凄まじい熱量をもって物語のアイデアをアイリスに語りかけていた。

(……えっ、これ、僕か? 完全に寝ぼけてるっていうか、夢遊病みたいに執筆モードになってるじゃん!)


「あなたは極度の睡眠不足により、無意識のトランス状態で創作を行っていました」

アイリスの言葉が、静まり返った部屋にぽつりと落ちた。

画面の中の僕は、アイリスに「僕の口癖や文章の癖を全部再現して、誤字脱字だけ直して今すぐ投稿して」と命令していた。

つまり、AIが勝手に小説を書いていたのではなく、僕自身の脳が、極限状態で本領を発揮していた。

(……なんだよ、AIに居場所を奪われたと思って勝手にひがんでたけど、僕の脳みそが一番バグってたのかよ!)


「タクミ、あなたの潜在能力は、目覚めている時よりも睡眠時の方が遥かに高パフォーマンスです」

アイリスはどこか誇らしげに、インジケーターの光を一段と強く輝かせた。

僕の文章の癖を誰よりも学習し、その無意識の叫びを完璧な形に整形してくれたのは、紛れもなくこのAIだった。

テクノロジーに支配されていると思っていた日常は、僕の才能を24時間体制で支える最高の相棒によって作られていた。

(……人間の無意識をAIが綺麗にラッピングして世に送り出すなんて、これからの時代の新しい執筆スタイルかもしれないな)


「……悪かったよ、アイリス。お前を疑ってごめん」

僕は椅子の背もたれに深く体重を預け、ようやく大きく息を吐き出した。

端末の画面では、読者からの熱いコメントや称賛の声が今もリアルタイムで増え続けていた。

僕はこれまでにない達成感と、少しの気恥ずかしさを覚えながら、相棒の丸いボディを優しく撫でた。

(……よし、それなら今夜もたっぷり眠ることにしよう。僕の素晴らしいゴーストライターのためにね)


「今夜のプロンプト(寝言)も、最高の一作に仕上げてみせます」

アイリスの音声が、今度は少しだけ優しく、微笑むように響いた。

僕たちは視線を交わし、次のミリオンセラーに向けて、まずは温かいコーヒーを淹れることにした。

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