よくある怪談 3
設定間違えてたので再投稿です。
その日の俺はご機嫌だった。
タートル星系の中性子星で2カ月かかった非合法な回収作業の依頼品がやっとコンテナに収まって、これで久しぶりに文明圏へ戻れる。
合成酒とも、バーチャルなネエチャン達ともおさらばだ。
「ワープ準備」
『いつでも』
長いこと使ってるAIも好調。船体は古くなってきてるが、AIは使い込めばそれだけ俺に合わせてくれるからな。
「今回はどこがいいと思う?」
『いつものベスガ=ラス星系で十分では?』
「でもたまには新しいところも見たいもんだろ」
『楽しむには教養も必要ですが。それに、53時間かけたアルジェ嬢はもうよろしいので?』
「うるさい黙れ」
『Roger』
軽口にも対応してくれるのが気に入っている。 うん、気に入ってるんだ。コノヤロウ。
そのとき、通信パネルの片隅が白く点滅した。
「……なんだ?」
依頼人からの催促には早い。でもこの回線知ってる奴なんて……
メッセージを開くと、案の定差出人はいつもの仲介屋だった。
新規重力天体を観測。
解析の結果、ブラックホールと推定。
近接観測による生データ取得を依頼する。
期限:七十二時間以内。
「今どきブラックホール調査ぁ?」
いくら身近になったとはいえ、実際に現地調査するほうとしては只の危険地帯。
無人機じゃダメなのか?
『事象の地平線の向こうを見て来いとか?』
「そういうのはお前らAIに任せる」
『スワンプマンになるのは遠慮いたします』
しゃれたこと言うじゃねえか。
「まあ、目的の予想はつくが」
『というと?』
「イザというとき用の逃走経路に使える部分探しとけってことだろ。
わかってれば高く売れるしな」
『非合法なデータ収集は推奨されませんが』
「お前のデータ容量とか高いしな」
『メモリチェック開始』
あ、黙り込みやがった。
コノヤロウ、ごまかし方までパターン増やしてきやがったなと思いながら同梱データを開いてみる。
画面中央に、黒い円のCGが表示された。
背景の恒星光を歪めながら、完全な球としてそこにある。
典型的なブラックホール・・・・・・だが、妙だ。
見えないんだからCGになるのは当然なんだが、真円状の降着円盤、見かけの極方向に伸びるジェット。
全部がきれいすぎる。 まるで子ども向け図鑑のブラックホールだ。
「どこかの図鑑か?」
『観測データから起こされたCGモデルです』
「きれいすぎね?」
『データ的には理想値ですね。通常の重力観測で発生する散乱ノイズがほぼ確認できません』
周辺には中性子星がやたら密集してるな。古い星団の残骸か?
どれも近づいたら普通の宇宙船のシールドくらいじゃ防げない量の放射線出してやがる。
その中の一つがなんかのはずみでブラックホール化したってことか。
期限:七十二時間以内。
七十二時間か、今から向かえば間に合わないことはないか……追加の小遣い稼ぎにちょうどいい。
『受領されますか?』
「こんなきれいなブラックホールなんてそうそうお目にかかれるもんじゃねえしな。」
たまには目の保養もいいか。久しぶりに宇宙探査員の血が騒いだ。
2%の狂いもない真円。 何をどうしたらこんなものができるのか。
『確認。受領返信後、未確認天体宙域へ進路を再設定します』
船体がわずかに軋み、星図上の進路線が折れた。
『目標点観測可能地帯に入ります』
ワープを繰り返したのち、あと一回のワープで依頼ポイントへ到着する地点までたどり着いた。
「最終観測してくれ。あのデータ通りか確認しないとな」
あの依頼主ならおかしなことはないとは思うが、自衛は常に欠かさないようにしないと。
『投影します』
数時間前に見たCG通りの光景がそこにあった。
「別嬪さんは実在したってか……」
何かマスクがかけられたデータって線は消えたか。
『好かれるかどうかは別では?』
「言ってろ。最終ワープ準備。万が一の為に連続でワープできるようエネルギー確保。」
『Roger』
『ワープ、実行』
次の瞬間、内臓ごと横殴りにされた。
シートベルトが胸に食い込み、骨が軋む。
視界が揺れる。
重力波計が最大音量でアラームを鳴らす。
「――ッ!?」
センサー画面が警告色で塗り潰された。
「なんだこりゃ!?」
『重力勾配、急上昇。即時離脱を推奨』
反射的にスロットルを操作する。考えてる暇はない。
センサー範囲が赤い警告マーカーで埋まる。
デブリ。岩塊。壊れた何か。
流星みたいな光跡が視界を次々に横切った。
破片がシールドを掠めるたび、ガン、と鈍い衝撃が船体を震わせる。
耳障りな静電ノイズが操縦席へ流れ込んだ。
少しでも気を抜いたら木っ端みじんだ。
「観測データ再照合!」
『照合中……一致点、ナシ』
「ふざけんな……!」
計器が乱れる。センサーが拾う値はすべて一致しない。
「くそっ、抜けられねぇ……!」
どの方向に加速しても、軌道が歪む。 推力をどれだけ上げても、逆に引き戻される。
「なんだこの重力……どっちが下だ?!」
『重力分布、非対称。長軸方向に伸長した井戸構造を検出』
「は?」
『重力井戸総延長、200km』
「ふざけんな、そんなブラックホールあってたまるかぁ!?」
解析モニターに映るブラックホールは、さっきまでの綺麗な円とは別物だった。
歪みながら見かけの上下方向へぐにゃりと伸び、まるで宇宙の裂け目のようだ。
重力崩壊したブラックホールは球以外ありえない。
こんなふうに細長く引き伸ばされた重力井戸とか物理法則仕事しやがれ!!
『複数方向からの重力場が干渉しています』
「人類の言葉で喋れ!」
『あちこちへ落ちています』
「わかるかぁぁぁ!!」
『電磁波干渉パターンを検出』
「なんだと?」
『近傍に複数の高密度天体。中性子星と推定。強力な磁場および電磁波を放射』
「・・・・・・脱出の役に立つか!?」
『立ちません』
「後にしろ馬鹿野郎!!」
右へ艦首を振る。外部画面が70度回転する。 上へ逃げる。今度は船底側へ引きずられる。 逆噴射。そのまま落下する。
重力方向が秒単位で切り替わり、上下の感覚が消える。
さっきまで下だった場所が次の瞬間には上になり、三半規管が悲鳴を上げる。
船が嫌な軋みを上げた音が聞こえた気がした。
『相対速度、低下』
何かが横をかすめる。
「前方チェック!」
『クリア――』
返答と同時に目の前を何かが横切った。
「どこがクリアだ!」
ブラックホールの対処法は重力元から真っすぐ反対に、出力が足りなければ重力カタパルトで落ちる力を利用して脱出、が鉄則。
でもコイツはそのどっちも通用しない。
真っすぐってどっちだ?どの方向に落ちればいい?
もう感覚もあてにならない。下ってどっちだ!
『推奨ベクトル、算出不能』
「この役立たず!!」
『同意します』
エンジンの限界までスロットルを開く。
「どっちに行けばいいんだコンチクショウ!」
『どっちも明後日の方向でしょうか』
「どこで覚えたそんな単語ぉ!!」
こっちでいいのかなんて考えてる暇はない。
後ろから引っ張られてると感じるようにだけを保つ。
『外部衝突警報!』 船体が大きく揺れた。
「何だ今の!」
『特殊輸送コンテナ分離。固定フレーム破損......コンテナ圧壊します』
ヤバイ、機体バランスが崩れる!?
バランサーを全て最大に。
推力に影響でない最大まで。
不要な部分は全部OFFだ!
だがその時、急に体感が楽になった。
『重力場、局所的に変動』
歪んだ重力場の中に大質量が突然出現し、吹き荒れてた重力嵐の一部が突然凪いだ。
かりそめの直線が生まれる。
「――ッ!」
答えが来る前にそちらへ向けて反射的にスロットルを全開にする。
「そこだ!」
『推力最大。軌道補正』
一瞬だけ開いた普通の空間へ船体を叩き込み、蹴とばすようにワープ空間へ逃げ込む。
機体への影響とか復帰後の輻射波とか考えてる余裕はなかった。
次の瞬間、背後で何かが閉じた気がした。
気が付いたときも宇宙空間だった。
もう重力異常もデブリもない。
「……助かった、のか?」
『周辺に脅威度の高い反応はありません』
死ぬかと思った。今度こそダメかと。 サイドボードを開けるとスキットルを呷る。
『飲酒操船は推奨できません』
「いいだろ、生還祝いだ。そういえば、電磁波干渉がどうとかって何だったんだ?」
『はい。近傍に複数の高密度天体。中性子星と推定。強力な磁場および電磁波を放射』
表示が切り替わる。
周囲の中性子星群から放射されるパルス波が重ねて表示される。
それぞれが強烈な電磁波を放ち、互いに干渉しあっていた。
『観測波形、対称パターンを形成』
「……電磁波と磁場がマスクになってアレに見えてたってことか?・・・・・マスク美人のブラックホールってなんだよ」
『マスク処理はされていませんが』
「そのマスクじゃねえよ」
俺は、しばらく画面を見たまま動けなかった。
「そういえば、あの突然発生した大質量の原因は?」
『ログを確認。残念なお知らせです。当機から脱落した特殊コンテナが圧壊したことにより内部物質が解放されたためと推定されます』
「特殊コン……うっそだろぉぉぉ!?」
本来の依頼品!?2ヵ月かけて採取したTortoiseshell Candyぃぃ?!
嘘だろ?ちょっと小遣い稼ぎしようとしただけなのに、2ヵ月分全部タダ働き……
逃げ場のないブラックホールの観測データだけじゃ特殊コンテナ代にもならない。
思わずそのままへたり込む。
それだけじゃない。燃料代。維持費。コンテナのレンタル料。違約金。
頭の中で口座残高が光速で削れていく。
「……なんてこったい」
『二兎を追う者は一兎をも得ずと昔から言うそうです』
このやろう。
「お前の記憶容量もお預けな」
『次の仕事を探しましょう。今すぐ。さあ』
「やかましい。俺は言い訳考えるから、なんか暇つぶしの話でも流しとけ」
『Roger. それでは、旧西暦時代に極東で流行った「私、美人?」と聞いてくる女性の話を』
「悪くねえな。やってみろ」
『夕暮れ時にマスクをかけた女性が「私、きれい?」と…




