スピンオフ:元井和一郎のその後
本編中、ほとんど出番のなかった元井和一郎のその後について、番外編です。
「こいつら、正気じゃねえ」
元井和一郎はその光景に我が目を疑った。
ここは横浜、関内(外国人居留区)にある運上所(税関)である。
今年、和一郎は神奈川奉行所の「番所付下番」という役目に就いて、この関内の治安を守ることになった。
…はずであったが、今まさに、その同僚たちがイギリスの海兵たちと乱闘騒ぎを演じている。
戸板は破れ、床几は砕け散り、ガラスは割れて、辺りには様々な破片が散乱していた。
彼らは狂ったように暴れまわって、とうとうイギリス人たちを縛り上げてしまった。
「…なんで?なんでこうなった?」
和一郎はこの年(文久3年)の初めまで江戸神谷町の越後屋という商家に居候していたが、世の中が「攘夷、攘夷」と喧しく、道場仲間に誘われて、気が付けば神奈川奉行所のお役目に応募していた。
しかし、彼の配属された部隊には、篠原泰之進という大男をはじめ、過激な攘夷思想を持つ荒くれものばかりで、元来大人しい和一郎は「場違いなところに来てしまった」と後悔しきりだった。
挙句の果てに、この始末だ。
篠原たちは、縛り上げたイギリス水兵たちを海岸通りまでしょっ引き、そこに放置して清々しい顔で引き揚げていった。
「こ、こんなことしてほんと大丈夫なのか?」
同僚の佐野七五三之介という男に聞いても、「なにが?」と笑って取り合わない。
「だって酔っぱらいを取り締まっただけだぜ?」
しかし案の定、翌日になると港中をイギリス海兵たちがうろつき回って、和一郎たちを血眼で捜している。
「これはもう、江戸に落ち延びるしかないな」
リーダー格の篠原があきらめ顔で言って、なぜか和一郎も巻き込まれるかたちで逃亡者になってしまった。
江戸では伊東甲子太郎という男の道場にしばらく潜伏し、そろそろほとぼりも醒めたかというある日。
「京に上る。京に上って新選組に加盟し、尽忠報国のために働くのだ!」
未だリーダー気取りの篠原が宣言した。
「新選組って、あの池田屋事件の?」
和一郎が尋ねると、篠原は力強くうなずいた。
「そうだ。池田屋に一番乗りした藤堂平助というのが、この道場の出身でな。我らにも力を貸してほしいと声がかかった」
なにやらもう断れない感じになっている。
伊東甲子太郎を筆頭に、十人近くが新選組の名簿に名を連ね、その中には和一郎も入っていた。
「大丈夫かなあ」
東海道を西へ歩きながら、和一郎が先行きを案じていると、ポンと肩を叩く者がある。
「なあ聞いたか?新選組の土方副長ってのは士道不覚悟なんつって簡単に腹を切らせるらしいぜ?面白そうな奴らだ」
佐野が歯を見せて笑うのを、和一郎は蒼白な顔で眺めた。
「冗談じゃねえぞ。これ以上こんな無茶苦茶な連中に付き合ってられるか」
和一郎は川崎に着く前に逃げ出した。
とはいったものの、戻る当てもない。
結局、元居た越後屋の口利きで神奈川奉行所に戻り、名を偽って見廻方の仕事に就いた。
ところが。
ようやく安住の地を得たと思ったのも束の間、戊辰戦争が始まると、幕府の財政も破綻して給金が滞るようになった。
ここにきて、万事休した和一郎は、仕方なく故郷の越後に帰ることにした。
しかし、そもそも実家の嫡男、兄の鯛蔵と折り合いが悪く、それが嫌で家を出たというのに、今さら食えなくなったからと言って頭を下げるのも癪に障る。
「ああ…気乗りしねえなあ」
ぶつぶつ言いながら、重い足を引きずるように日光例幣使街道を北上していると、佐野に入った辺りでボロボロの軍隊に出くわした。
いまや敗色濃厚の旧幕府軍の残党、古屋佐久左衛門率いる衝鋒隊である。
和一郎は、なぜか彼らに不審尋問を受ける羽目になった。
「貴様、浪士だな。こんなところで何をしている」
「なにって故郷に帰るんだよ。越後」
すると尋問官は若干口調をあらためた。
「…ということは、貴公も幕軍の敗残兵か」
「いや。俺は神奈川奉行支配の番所にいて、そのあと新選組にちょっと」
「なに!じゃあ歴戦の猛者じゃないか!あきらめるのはまだ早いぞ!捲土重来を期し、我らとともに戦わん!」
「もういいって!あの、ちょっと!聞いてんの?」
だが結局、和一郎はなかば強制的に衝鋒隊に所属させられることになった。
期せずして戊辰戦争の最前線へと引きずり込まれた和一郎は、各地を転戦して、やがて会津に。
その真面目さを買われて「兵糧方」を命じられた。
が、軍は二股口の戦いに敗れると、会津を捨て、今度は仙台に向かう。
故郷はどんどん遠くなる。
仙台に着くと、衝鋒隊は幕府海軍副総裁榎本武揚の艦隊と合流。
しかし、頼みの綱だった奥羽越列藩同盟はすでに戦意を喪失していた。
旧幕府軍の主戦派が必死で説得を試みるも、仙台藩はあっけなく降伏を決めてしまう。
「やれやれ、これで解散か。すんなり家に帰してもらえりゃいいが」
しかし和一郎の所属する衝鋒隊は徹底抗戦派に吸収され、伝習隊や仙台藩を脱走した額兵隊ら総勢三千名の「行き場を失った男たち」と一緒くたに船に詰め込まれた。
噂では、榎本は蝦夷地に渡り、そこで新国家を建設して新政府軍を迎え撃つつもりでいるという。
「本気で言ってんのかそれ!もう勘弁してくれ!」
泣く泣く開陽丸に乗り込んだ和一郎は、甲板で聞き覚えのある声に呼び止められた。
「元井さん?」
それは、横浜時代、関内で知り合った通詞の女性、田島勝だった。
「あなたは…お勝さん?なんですその恰好は?」
勝は男の服を着て、海兵に混じっていた。
「ほら、一緒に乗ってるフランス将校の通詞として、私も同船してるの」
「そりゃまた物好きな」
「あなたこそ、新選組に入ったと聞いたけど、こんな北の地までついて来るなんて、相当しぶといわね」
和一郎は怪訝な顔で問い返した。
「何言ってるんです?新選組なんて、とっくに辞めましたよ」
勝は眉を寄せ、小首を傾げた。
「え?だってこれ、土方さんの軍艦よ?」
「……え?」
和一郎はその後、函館で五稜郭が陥落するその瞬間まで、歴史に立ち会うことになった。
気がつけば、横浜で戦意に逸っていた同志たちは、周りに一人も残っていない。
「なんで俺、こんなとこに居んの?」
その後、「幕末を戦い抜いた男」元井和一郎がどうなったか、知る者はいない。
蛇足!
【用語・地名・人名】
・見廻方 / 神奈川奉行支配:神奈川奉行の管轄下で、外国人居留地(関内)や開港場周辺の警備・見回りを行った治安維持部隊。元井和一郎は逃亡・帰参を経てこの職に就いた。
・士道不覚悟:新選組の内部規律「局中法度」において、武士としてあるまじき行為や、卑怯な振る舞いをしたとみなされた際に適用された罪状。これに触れると厳格に切腹を命じられたため、和一郎は恐れをなして逃亡した。
・戊辰戦争:慶応4年 / 明治元年(1868年)から明治2年(1869年)にかけて、新政府軍(薩摩・長州など)と旧幕府軍との間で戦われた内戦。鳥羽・伏見の戦いから始まり、東北戦争を経て函館戦争で終結した。
・日光例幣使街道:江戸時代に整備された街道の一つ。京都の朝廷から日光東照宮へ徳川家康の霊を祀るために遣わされた使者(例幣使)が通った道。和一郎は故郷の越後へ帰るためにこの道を北上した。
・衝鋒隊 / 古屋佐久左衛門:旧幕府軍の歩兵部隊の一つ。古屋佐久左衛門を隊長とし、江戸開城後に新政府軍への徹底抗戦を主張して脱走。北関東から東北、函館へと転戦した。
・兵糧方:軍隊において、兵士の食料(兵糧)や軍需品の調達、管理、補給を補佐する輜重(輸送・後方支援)の役職。真面目な和一郎はその適性を見込まれて配属された。
・二股口の戦い:函館戦争(蝦夷地の戦い)における激戦地の一つ。土方歳三が率いる旧幕府軍が新政府軍を相手に奮戦し、防衛に成功し続けたことで知られるが、他の防衛線(松前口など)が破られたため撤退を余儀なくされた。本作では会津周辺での戦い(あるいは東北の戦局)の流れとして言及されている。
・奥羽越列藩同盟:戊辰戦争期に、新政府軍に対抗するために東北(奥羽)と越後(長岡藩など)の諸藩が結成した軍事同盟。しかし、新政府軍の圧倒的な物量と攻勢の前に次々と敗退・降伏し、瓦解した。
・伝習隊 / 額兵隊:いずれも旧幕府軍の精鋭部隊。伝習隊はフランス軍事顧問団から最新の西洋式戦術を叩き込まれた幕府直轄の歩兵隊。額兵隊は仙台藩の洋式軍隊で、藩が降伏したのちに星恂太郎らに率いられて脱走し、榎本軍に合流した。
・蝦夷地 / 五稜郭:蝦夷地は現在の北海道のこと。五稜郭は函館に築かれた日本初の西洋式星型要塞。榎本武揚や土方歳三らはここに立てこもり、「蝦夷共和国」と呼ばれる旧幕府軍の政権を樹立して最期の抵抗を試みた(函館戦争)。
・開陽丸:江戸幕府がオランダに発注して建造した、当時の日本で最大最強を誇った最新鋭の木造軍艦。榎本武揚率いる旧幕府海軍の主力艦として蝦夷地へ向かったが、函館の江差沖で暴風雨に遭い座礁・沈没するという悲劇的な運命をたどった。
・捲土重来:一度敗れた者が、再び勢力を盛り返して攻め寄せてくること。




