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悪の個人商店 怪人工房~大阪・天満橋、悪の個人商店、本日も営業中~

作者: 怪人工房
掲載日:2026/02/21

一 チラシ


大阪の三月は、梅と排気ガスとたこ焼きの匂いが混ざった独自の空気を持っている。

天満橋駅から徒歩三分、雑居ビルの三階へ続く階段には、手書きの矢印が貼ってあった。

↑ 悪の個人商店 怪人工房

悪のサービス、承ります

(予約優先・要相談)

創業1999年


 木村龍之介がそのチラシを拾ったのは、一週間前のことだった。

 変身ベルトを締めて三年。ジャスティス関西カンセイとして大阪、京都、神戸の平和を守り続けてきたが、問題があった。

      敵が、いない。


 世界征服を企む秘密結社も、宇宙から来た侵略者も、謎の改造人間軍団も、なぜか関西には来なかった。


 東京のヒーローたちは!!

       あんなに忙しいというのに!!


龍之介はコンビニのレジを打ちながら、ずっと考えていた。

ヒーローというのは、戦う相手がいなければただのコスプレ好きの青年に過ぎない。

だからチラシの文字を見たとき、

       彼の心に天から光が差した。


 悪のサービス、承ります。


そして右下に小さく、こう書いてあった。

創業一九九九年。二十五年、悪一筋。


 二 来店

 「いらっしゃいませ〜」

ガラスの引き戸を開けると、さなぎ子が奥のデスクから顔を上げた。

商店というより、雑然とした事務所だった。

壁には「打倒正義」と書いた毛筆の色紙と、「今月の売上目標:三十万円」というホワイトボード。

 段ボール箱が積み上がり、どこかから演歌が流れていた。

龍之介は入口でちょっと立ち止まり、壁に貼られた額縁を見た。

「悪の個人商店 怪人工房 開業記念 一九九九年四月一日」


 エイプリルフールやないか、とツッコみたいのをこらえた。

「あの、ジャスティス関西なんですけど」

「はあ…」

さなぎ子は少しも驚かなかった。

「悪と戦いたいんですけど、敵がおらんくて。チラシ見て来たんですけど、そういうん、やってもらえますか?」

「……ちょっと待っといてください」


 さなぎ子は立ち上がり、奥の扉をノックした。

「店長、お客さんです。ヒーローの方が来てます」


 扉の向こうから、どさっという音と「うわあっ」という声がして、しばらくしてから瀬山アキヲ——死蟲店長が現れた。

黒のスウェットスーツの上下ウエルシアので、まだ盆栽の土が指についていた。

「待たせたな」


 低い声で言いながら、店長はカウンターの向こうに立った。

 五十四歳の悪役は、想像より随分ふつうのおじさんに見えた。むしろ、しょっぱいおっさんにしか見えない……大丈夫か?

龍之介は直立不動で名乗った。

「光の戦士、ジャスティス関西! 悪と戦わせてください!」

「……まぁ、座り」

店長は静かに言った。


 三 ヒアリング

打ち合わせテーブルは、どう見てもニトリのものだった。

「まず、うちのサービス内容を説明するわな」

瀬山はA4の紙を取り出した。

「怪人工房 死蟲商店 料金表」と書いてある。

「基本プラン・悪の登場コース。わしが怪人に扮して現れて、断末魔の叫びをあげながら敗北する。これが一回五万円」

「五万!?」

「高いか? 衣装代と演出費込みやぞ。オプションで爆発エフェクトつけたら七万CO2噴射したりドライアイスマシン使うたんびに2万追加やな。」

「爆発は大丈夫ですか、安全的に」

「ちゃんと許可とってる場所でやるわい。わしかて逮捕されたないがな」


さなぎ子がお茶を出した。うっすい麦茶だった。


龍之介はふと、壁の額縁が気になって聞いた。


「あの、創業一九九九年って書いてありましたけど、ずっとこのお仕事を?」


 瀬山はすこし遠くを見るような顔をした。


「せや、二十五年や……」


「すごいですね」

「最初の五年は赤字やった。依頼なんか全然こんかった。それでも続けてきた」

「なんで続けられたんですか」

しばらく間があった。

「おもろかったから………かな?怪人は悪いことしてナンボやろがい?ちゅうことや」

さなぎ子が「それ全然答えになってへん」と小声でつぶやいた。

「あの……」

龍之介は少し遠慮がちに続けた。

「せっかくやから、もうちょっとリアルな感じがほしいんですけど。ただ出てきて負けるだけやなくて、もうちょっとこう、世界征服とか、破壊作戦とか……」

瀬山の目が、ギラリと光った。

「破壊作戦…か?!」

「はい」

「……それは、わしの専門分野やがな!!」


四 リハーサル


三日後。天満橋の河川敷、早朝六時。

まだ釣り人しかいない河原に、瀬山アキヲはやってきた。しかし今の彼は、事務所で見たときとは違った。

黒いレザーのロングコートに虎柄マフラー。赤と黒の鬼のような仮面、トレードマークの左の額の大きなツノ。赤と黒の非対称のプロテクター。赤い方はまるで甲殻類の様、黒い方は鋼鉄を加工したようなサイバーパンク風。


 ソレは既に、瀬山アキヲではなかった。


不死身の昆虫忍者 死蟲しでむしが、そこにいた。


 さなぎ子がスマートフォンで動画を撮りながら、隅でアンパンを食べていた。

死蟲への変身を何百回と見てきた彼女でさえ、今日の店長はちょっと気合いの入り方が違うと思った。

「ほないくで…」

死蟲は低く言った。「エエか?」

「はい!」

龍之介は変身ベルトに手をかけた。

「いつでも!」

死蟲は大きく息を吸い込んだ。

「ハーッハッハッハッハ!」

高らかな笑い声が大川の水面に響いた。釣り人が振り返った。

「愚かなるニンゲンどもよ! 聞けい! 俺様の名は死蟲! この腐敗した世界に終焉をもたらさんとする者ぞ! 大阪の空よ、天満橋の流れよ、証人となれ! 今日こそジャスティス関西、貴様の命を俺様がもらい受ける!」

完璧だった。

昨日盆栽の話をしていたおっさんの声とは、まるで別人だった。腹の底から出る声。二十五年分の悪意と矜持が、朝の大川に響き渡った。

龍之介の目に、うっすら涙が浮かんだ。

「なんやこれ……すごい……」

「何泣いてんの」

    さなぎ子がツッコんだ。

「かっこええやん! こういうのがほしかってん! ずっと!」

「ええからはよ、変身して!」

「あ、はい!……!!正義の名のもとに——!

ジャスティスッ、カンセイッ!!」

変身音が鳴り響き、白と金のヒーローが河原に立った。

死蟲は少し間をおいて——思わず、口角が上がった。

ええやんけ……!!

そうこうして、2人は無事リハーサルを終えた。


五 本番(大阪城公園・ゴールデンウィーク)

依頼はSNSで広まった。

「大阪城公園でヒーローショーやるらしい!!」

「怪人が本気で襲いかかるって!?!?」

「なんかガチで熱い!?」

「あの怪人、なにもんや!?!?」


 五月の連休、人だかりができた。

子どもたちがワクワク顔で前列に集まり、親たちがスマートフォンを構えた。

死蟲は天守閣を背に立ち、コートの裾をひるがえした。

 一九九九年のエイプリルフールに、この男は「悪の個人商店」を開いた。

 バブルが弾けて不景気の風が吹くなか、二十九歳の瀬山アキヲは雑居ビルの三階に看板を掲げた。最初の依頼が来たのは半年後のことだった。

その二十五年が、今ここにある。

「大阪のニンゲンどもよ……!!!!俺様の唄を聴けェ!!!!!!」

怪人の咆哮が、天守閣の石垣に反響した。


 不死身の昆虫忍者 死蟲のテーマ曲「オトコの中のオトコ」が大音響で響き渡る!!!!

歌詞は「オトコの中のオトコ」しかないがロックである!作曲者はちゃんと歌詞を作ってくれたのだが、なにぶん死蟲になると知能が下がる男なので、オトコの中のオトコしか歌わない!!!!!

故に21秒くらいのところでカットアウト!

死蟲はズッコケながら立ち上がり、会場のニンゲンどもに向かって説明をはじめる。

「せっかく気持ちよく歌とてたのに!!この美しき大阪城の歴史が証明するように、栄華は必ず滅ぶ! 秀吉もそうやった!家康もそうやった!!そしてお前らニンゲンどもの平和な日常も——今日で終わりじゃ! !!!俺様、不死身の昆虫忍者死蟲様が、この大阪を——いや、このセカイを——支配する!!!!」

子どもが一人泣き出した。

   ギャン泣きしている。

「こわいー!」


 「大丈夫やで!」

龍之介がすかさず前に出た。

「そこまでや!!!!死蟲!!お前の好きにはさせへんで!!!!変身!!ジャスティスチェンジ!!!!」

ベルトからエフェクトが駆け抜け、龍之介がジャスティス関西カンセイへと姿が変わる!!

「この俺!ジャスティス関西が守ったる!!!!」

子どもだけじゃない!大人からも歓声が上がった!!

「なにわ正義ビーーーム!!!!」


 ざこっ、という情けない効果音と共に(さなぎ子がスマホのサンプラーで再生した)、死蟲が大仰に胸を押さえた。

「ぐはっ……おのれ!ジャスティス関西!! こ、こんな……俺様ともあろう者が……!」

「悪は滅びる! それがこの街の答えや!」

「覚えとけ……ジャスティス関西……俺様は……必ず……戻って……くる……!」

死蟲は倒れた。倒れながらステージ横のアジト(テント)へとはけてゆき、舞台の袖からCO2消火器を発射。白い水蒸気がものすごい勢いで噴き出す!!

アジトのなかで噴出ホースとマイクを持ち替え

断末魔の叫びを上げる

「ぐわあああああああああああああ!!!!」


………完璧な倒れ方だった。二十五年、悪一筋で生きてきた男の、矜持のある敗北だった。


 拍手が起きた。

子どもたちが「やったー!」と叫んだ。

さなぎ子は動画を撮りながら、こっそり目頭を押さえていた。

なんで私……泣いてんやろ。

おっさんの……二十五年て、すごいな。


六 後日談

その夜、三人は天満橋の中華料理屋で餃子を食べた。

コートもテクターも脱いだ瀬山アキヲは、しょぼくれた安いスウェットのふつうのおっさんに戻っていた。

「店長、今日のステージ、めちゃくちゃよかったですよ!!!!」龍之介が生ビールのグラスを持った。「秀吉と家康のくだり、アドリブですよね?」

「当たり前や。わしはいつもアドリブ勝負や、その辺に浮いてる言葉をつかんで投げるみたいな感じやで?」

「それにしても」

龍之介はすこし真剣な顔になった。

「死蟲になったときの店長、ほんまに別人みたいですね。さっきまでわしわし言うてたのに、俺様になるし」

「そらそうや」

瀬山は餃子を箸でつまんだ。

「死蟲は俺様やけど、わしは瀬山アキヲや。ちゃんと使い分けてる」

「なんで一人称、変えようと思ったんですか」

「一九九九年に店開けたとき、最初に決めたことや」

瀬山はすこし遠くを見た。

「死蟲のときは、瀬山アキヲを全部脱ぐ。そうせんと、本物の悪にはなれへんからな」

龍之介はその言葉を、しばらく噛みしめた。

「ほんまにかっこよかったんですけど」

 「…オマエもな…」

瀬山はぼそっと言った。

「変身のタイミング、ちゃんとあわせてくれた。素人やと思ってたのに………」

「え、褒めてくれてますか?」


   「褒めてへん」

「褒めてるやん」

さなぎ子が餃子を口に放り込んだ。

「ほんまのことばっかり言うくせに素直に言わへんよね、店長?」

「アホ!?!?いらんこというな!?」

龍之介はビールを飲んで、大川の夜景を見た。

「あの、また来てもいいですか?」

「……金はもらうで?」

「払います。バイト代全部つぎ込みます」

「それはあかん!」

瀬山は眉をひそめた。

「生活費残さんかい。次は月一回、値引きしたる。リピーター割や」

「悪の個人商店でリピーター割があるんですか!?」

「二十五年経営してきたら、そのくらいのサービス精神はつくわ!」

さなぎ子が笑った。

 瀬山が照れ隠しに紹興酒を注いだ。

龍之介が「俺まだビールでいいです」と言った。

大川に船が通った。


 大阪の夜は、善も悪も関係なく、あたたかかった。


 七 翌月のホワイトボード

今月の売上目標:三十万円

今月の実績:三十七万二千円(過去最高)


※ジャスティス関西様 月次ご契約ありがとうございます

※次回:六月十四日(日)難波・戎橋にて

    テーマ「大阪の川を支配せんとする怪人」

    作戦原稿は瀬山店長が執筆(気合入ってます)


さなぎ子より:店長、ちゃんと寝てください。

瀬山より:うるさい!新しい怪人出したいねん!!道頓堀から蘇るサンダースおじさん!!おもろいやろ?そのほうが!!??

悪の個人商店 怪人工房、創業一九九九年。

悪のサービス、関西一円…いや、全国………いや、全世界!!!!承ります。

俺様は、まだまだ現役らしい…

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