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火通知設定  作者: 夜宵
4/4

水火


胡桃の不審死は、ネットで様々な憶測を呼び

世間を賑わせた。


典型的なフレネミー女子だった胡桃の悪行は

被害を受けた人達によって暴露されている。


ふとスマホを開けば、見ようとしなくても

情報が流れてきてしまう。


樹は胡桃の化けの皮が次々と剥がれていく様が

苦しくて、付き合っていた頃の思い出や、

胡桃の顔を思い浮かべられなくなっていた。



瑠璃が追い打ちをかけるかのように、

炎華と胡桃の通話を録音したデータを

警察に提出した。


どこから情報が漏れるのか、嗅ぎつけた

週刊誌によって瞬く間に拡散された。



炎華は事故死ではなく、胡桃の言葉で

追い詰められて自殺した


この真実が広まった今、

樹を取り巻く環境が一変する。



近所を歩けば睨まれ、見せつけるかのように

こそこそ話が始まる。


学校に行けばあからさまに避けられ、

それまで騒がしくしていた生徒達が

樹が教室に入った途端に静かになる。


机には【人殺し】【クズ】などと書かれていた。



自分が撒いた種だとわかっていても耐えられず、

樹は登校することが出来なくなった。


家では食事以外、布団に潜る生活。

ずっと布団に入っていても、

何故か夜が来ないと眠れない。


空白の日々を退屈だと感じる気力は微塵もなく、

ただ一秒でも早く夜が来ることを願った。



ある日の朝、女性の罵声で目が覚めた。


声がする玄関口の様子を伺おうと、

階段を少しだけ降りて顔を覗かせる。



「炎華は樹くんのせいで死んだのよ!!!

様子を見てほしいと頼んだことはあっても、

嘘をついてまで気持ちに応えてなんて頼んだ

覚えはないわ!!炎華は…心も体も殺された…。

これは立派な殺人よ!」



声の主は、炎華の母だった。

真実を知って怒りを露わにしている。



母「すみません…本当にすみません……」


樹の母は頭を床につけて土下座をし、

消え入るような声でひたすら謝る。


その声は、次第に涙混じりになっていく。



母が懸命に謝罪する姿を目の当たりにし、

樹は声を殺して泣いた。


自分のせいで土下座をしている母の姿を見て

改めて事の重大さに気付く。




ここにいてはいけない。

罪を背負うべきなのは俺だけだ。



樹はその日の夜、

スマホだけ持って家を出た。





*****




樹が家を出た頃、

胡桃の家では外まで漏れ聞こえるほどの

泣き声が響き渡っていた。



母「胡桃はそんな子じゃない!嘘よ!全部嘘!」


胡桃の母が泣き叫んでいる。


父「そうだな…俺達だけは信じてあげよう」


母「胡桃が可愛いからって…皆僻んでるのよ!」


父と母は、抱き合ってお互いを慰めあう。


瑠璃は両親の様子を見て、

そっと自室のドアを閉めた。



瑠璃「どれだけ証拠があっても無駄なのね」


進展のない現実に、途方にくれる。


昔からそうだった。

両親の愛は、全て胡桃に注がれた。


瑠璃は少しでも気を引きたくて、勉強や

運動に打ち込み、沢山の成績を残したが

褒めてもらえることはなかった。


自分は特別だと信じて育った胡桃の

人格はどんどん歪んでいく。


瑠璃の物を捨てたり、嘘を吹き込んで

学校で孤立させたりなど、散々嫌がらせを

されたが、どれだけ両親に訴えても

信じてもらえなかった。


しまいには

「胡桃が可愛いからって僻まないの!」と

決めつけて叱り、瑠璃の心を閉ざした。


瑠璃はいつも孤独だった。


胡桃が死んで、これ程までに世間に悪行が

晒されても尚、両親の目が瑠璃に向かない。


ただ一度、信じてほしかった。


自分だけを見てほしかった。


胡桃がいなくなって、やっと自分だけを

見てくれるのだと、期待してしまった。



残酷な現実に、目の前が真っ暗になる。


すると、ベッドの上にあるスマホが鳴った。

画面には【悲通知設定】の文字。


瑠璃は迷わず電話に出た。



瑠璃「炎華さん、私には『火』通知じゃないの?

…今、炎華さんが『悲』しんでるから?」



炎華「……あなたの気持ちがわかるから。

あなたが悲しい時は、私も悲しくなるの。」



瑠璃「優しいのね…私達、こんな形じゃなくて

普通に出会えてたら友達になれていたのに」


炎華「もう友達だよ。絶対に一人にしない」



瑠璃は炎華の言葉を聞き、大粒の涙を流す。



瑠璃「ねぇ、お願い。私を一人にしないで。

もうこの世界にはいたくないよ。炎華さん、

友達として私の願いを叶えてくれない…?

私を…炎華さんの元へ連れてって…」



炎華「もちろん。瑠璃ちゃんを一人には

しないわ。たった一人の友達だもの。

私と手を繋いで。大丈夫、少しも痛みを

感じず、苦しまないようにするからね」



瑠璃の目の前には、火事の焼け跡がない

綺麗な姿の炎華が立っている。



炎華「瑠璃ちゃんが顔を拭いてくれたから…

私に寄り添ってくれたから、熱いのも、

痛いのも、苦しいのも全部飛んでいったよ」


炎華は優しい笑顔でそう言って、

瑠璃に手を差し伸べた。


瑠璃は涙を拭い、笑顔で手を握る。



炎華「一緒に行こう。天国へ」



炎華は窓を開け、外に出て宙に浮いている。

瑠璃も炎華に続いて窓の外に出た。


瑠璃の体は二階の窓から地面に叩きつけられた。



瑠璃「本当に、少しも痛くない。炎華さん、

ありがとう……」


血だらけの顔で、優しい笑顔のまま

ゆっくりと目を閉じた。



瑠璃と炎華の魂は、手を繋いで

天高く舞い上がっていく。


二人は、楽しそうに微笑みながら

光の射す方へと飛んでいった。



*****




瑠璃が息を引き取った頃、樹は一人、

行く宛てもなく歩いていた。


外灯だけを頼りに進んで行くと、

通っていた幼稚園に着いた。




炎華「樹くん、背中押して!」


樹「よし、せーのっ!」


勢いを付けるために、交代しながら

背中を押し合って遊んだ滑り台。


樹には幼少期の二人が遊ぶ様子が見えている。


他の遊具に目を向ければ、

あの時の二人が楽しそうに遊んでいる。


幼稚園から少し進むと、小中学校に着いた。

二人は小中一貫校に通っていた。


校舎を見ていると、色々な記憶が蘇る。


体育祭や遠足、文化祭に修学旅行。

どの思い出にも、いつも傍らには炎華がいた。


図書室を見ると、樹が周囲を確認し、

誰にも見られないように炎華へキスをした。


二人は恥ずかしそうに見つめ合い、

微笑みあっている。



樹「何だ…俺、ちゃんと炎華のこと好きじゃん」


樹の目から、自然と涙があふれた。


炎華が隣にいることが当たり前になっていた。


炎華が死んで距離が出来た今、

やっと自分の気持ちに気付く。



樹「死んでからじゃ、何もかも遅いんだよ…」


炎華が好きだと自覚したからか、

罪悪感の重みがずっしりと増す。


胸がひやひやする感覚と、ぎゅっと

締め付けられるような感覚が同時に押し寄せる。



樹「炎華、本当にごめん!今更だけど俺、

炎華のこと好きだったよ。俺、馬鹿だから

今になって気付いて…遅すぎるし、炎華を

傷つけた。苦しみながら死なせてしまった。

俺を…思い通りにしてくれ。炎華が望む形で

殺してくれよ!なぁ、出てきてくれよ!!」


スマホを見ても、火通知設定から

電話がかかってくることはない。


炎華の魂は、瑠璃の寄り添う気持ちによって

成仏した。

憎しみと苦しみから、解き放たれたのだ。



いうならば、炎華が樹に課した罰は

彼女のように全てを失い、絶望し、

孤独になることだったのだろう。



まさに今、樹はその罰を受けている。


後悔で泣きじゃくる樹の耳に、

サイレンの音が聞こえた。



樹「炎華……?」


音の方向に炎華がいると信じ、全力で走った。


火災現場に着いて、辺りをくまなく見渡すが、

炎華の姿はない。


スマホも鳴らない。



もう二度と会えないことを痛感した樹は

抜け殻のように消火作業を見つめている。



すると突然、


樹「火を鎮めるためには…水……」


そうぼそっと呟いて、

樹はどこかへと歩いていった。



*****



あれから、どれくらい歩いただろう。


樹は無心で歩き続ける。


真っ暗だった空も、気付けば徐々に

朝を迎える準備を始めていた。



ついに足を止めた樹の視線の先には、

ダムがあった。


恐怖心などなく、ただ炎華の気持ちが

収まればという思いしかなかった。


今の樹の頭には、胡桃の姿など

一欠片もない。


浮かんでくるのは、炎華の顔ばかり。


困った顔や驚いた顔、そして、笑顔。

どの表情も鮮明に覚えている。


樹の頭の中で笑う炎華の顔は、徐々に

最期に見たあの恐ろしい顔に変わっていく。



樹「炎華…これが俺の、精一杯の誠意だ。

許してくれなんて言わない。炎華の気持ちが

少しでも晴れてくれたらと思っている。

今更信じてもらえないのはわかっているけど…

大好きだよ、炎華」



炎華の心が救われることを信じて、

樹はダムに身を投げた。



樹の魂は、炎華と瑠璃とは対照的に

地へと沈んでいく。





行く先は地獄であることを示すかのように。



その後を、全身が焼き焦げになった

人影が鬼の形相で追って行く。



許されると願って命を絶った樹だが、


死をもってしても救われないようだ。







長い眠りから目覚め、

転生した樹は、目を開けて大声で泣く。



看護師「元気な男の子ですよー!」



父「ありがとうママ、お疲れ様!」



母「もうパパ泣かないで、しっかりしてよ」




夫婦の仲睦まじい光景に、

その場が笑いに包まれた。




看護師「お名前はもう決めてますか?」



母「はい!樹です」



父「ママ、どうしても樹がいいって

妊娠初期から譲らなかったよね。」



母「どうしても樹がいいの!」



看護師「樹くん、いいお名前だね」



父「これからよろしくな、樹。さて、

生まれた報告をしないとな!」



周囲が慌ただしくしている中、

母が樹に顔を近付けて囁いた。




母「やっと生まれきてくれたね、樹。

今日まで長かったわ。ようやく会えた。」





そして、


更に声を小さくして、こう言った。






胡桃「私を惨めにした分、死ぬまで

同じ痛みを味わわせてやる」




まだ生まれたばかりの樹は、

前世の記憶が戻っていない。




自我が芽生え、夢や希望を持つ頃に


絶望するだろう。





何も知らない樹は


胡桃が差し伸べた指をぎゅっと握り、


転生した喜びを叫ぶかのように

産声を上げ続けた。










_終_






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