余塵
病院に着くと、胡桃は手術室へ運ばれていった。
樹は項垂れるように椅子に座っている。
程なくして、40代くらいの夫婦がやってきた。
泣きながら顔を覆う妻を、夫が慰める。
泣き声が廊下中に響き渡っていたため、
看護師が来て二人を別室へ案内した。
さっきまで夫婦がいた場所には、樹よりも若い、
中学生くらいの女の子が立っていた。
夫婦の後ろにいて、見えていなかったようだ。
その子は樹を見るなり、
隣に座って話しかけてきた。
「…胡桃の彼氏?胡桃は私の姉なんだけど」
彼女は胡桃の妹だった。
よく顔を見ると、どことなく面影がある。
樹「初めまして。胡桃の彼氏の樹です。
妹さんがいるなんて…知らなかった 」
「私は瑠璃。いいのよ、私は姉だなんて
思ってないから」
樹「そんな…何でそんな事いうの?」
瑠璃「フレネミーって知ってる?…まぁいいや。
あなたもそのうち本性に気付く時が来るから。
…後ろの女の人が胡桃の事を憎んでるもの」
樹「後ろの…人……!?」
慌てて振り替えるも、誰もいない。
だが、瑠璃だけには見えるのだろう。
炎華の姿が。
樹「見えるんだね…その人、どんな顔してる?」
瑠璃「ずっと下を向いてる。悲しいよね、胡桃と
あなたのことが大好きだったから。正直に
話してくれたら身を引くつもりだったみたい。
なのに…胡桃の言葉が死を選ぶ決定打になったって。
辛かったね」
瑠璃は炎華がいるであろう場所へ歩き、
ポケットからハンカチを取り出して
空間を優しく撫でた。
薄ピンク色のハンカチはみるみるうちに
黒く変化していく。
時折濡れた痕があり、
炎華が泣いていることがわかる。
樹は本当にいるのかと驚きつつ、
瑠璃の言葉が引っかかっていた。
樹「…死ぬ前に胡桃と会話していたってこと?」
すると、樹のポケットから
メロディーが流れ始めた。
搬送時に救急隊から預かった、胡桃のスマホだ。
取り出してみると、画面には
【火通知設定】と表示されている。
樹「なんで今…そこにいるんでしょ?炎華」
そう炎華がいると思われる方向へ話しかけると、
勝手に通話に切り替わってしまった。
設定も、何故かスピーカーになっている。
数秒間走っているかのような息切れと
風の音が続き、会話が始まった。
炎華「胡桃ちゃん…樹くんと付き合ってるって
本当?いつから?私が休んでた時?
どうして何も話してくれなかったの?」
炎華は息を切らしながら、一生懸命に話す。
そして、樹はこの後のやり取りに耳を疑った。
胡桃「はぁ…めんどくさ。樹から聞いたの?
だったら何?別れろって言う気?樹は元々
アンタなんて好きじゃないんだからさぁ。
大人しく諦めなよ。邪魔しないでくれる?
今まで仲良くしてやったんだからそれくらい
出来るでしょ?感謝してほしいくらいだわ」
炎華「仲良くしてやったって何?…私達、
友達じゃないの?だって、胡桃ちゃんから
友達になろうって言ってくれたじゃん!」
胡桃「誰が理由もなくお前みたいな陰キャと
友達になるかよ!少し考えればわかるだろ!
…入学式の朝、樹とアンタが前を歩いてたの。
何でこんな女に彼氏がいるの?って思ったわ。
しかも樹、私のタイプの顔なんだもん。
余計に腹が立っちゃって。で、偶然にも
アンタとクラスが一緒だったから、近付いて
樹を奪ってやろうって、思いついたんだ」
炎華「酷い…初めから騙してたなんて。
私にとって胡桃ちゃんは、初めて出来た
友達なんだよ?凄く嬉しかったのに…
どうしよう…また一人になっちゃった。
樹くんまで離れていったら私、どうすれば…
こんなに苦しいのがずっと続くなら、
もう死んじゃいたいよ」
胡桃「あっそ。じゃあ死ぬしかなくない?
もういい?私、忙しいから切るね。
おやすみ、かまってちゃん」
胡桃が通話を終えるのと同時に、
胡桃のスマホがロック画面に戻った。
*****
樹「これ…炎華が最後にした電話ってこと?
相手は本当に胡桃なのか?いや、違うよ。
俺の知ってる胡桃はこんな性格じゃない!」
瑠璃「正真正銘、胡桃の声。普段あなたに
どんな猫撫で声で話してるのかしらね。
性格もこの通り。妹が言うんだから本当よ」
樹「嘘だ…絶対嘘だ。俺は信じない」
瑠璃「じゃあ信じさせてあげる。これ、私の
電話番号。胡桃が目を覚ましたら連絡するから
この病院に来て。それまでは絶対に来ないで。
さっきは全くあなたに気付いてなかったから
助かったけど、うちの両親に会ったらきっと
危険な目に遭わせたなって怒鳴り散らされる。
あの人達は胡桃を溺愛してるから」
樹「……わかった。胡桃に何かあったら
すぐに連絡してほしい」
瑠璃「馬鹿な人。あれを聞いてもまだ胡桃を
信じてるなんて。炎華さんが報われないわ。
さぁ、あの人達が来る前に早く帰って」
樹は瑠璃に言われるがまま、病院を後にした。
家に着いても、あの通話内容がずっと
耳の奥にこびりついている。
樹「あれが本当の胡桃…嘘だ…嘘だ……」
頭から布団を被り、真実から目を背ける。
思い出すのは胡桃の可愛い笑顔ばかり。
記憶の中の彼女とは到底結びつかない。
ただ事実であれば、胡桃が炎華は
追い打ちをかけたことになる。
始めから関係を壊すために近寄ってきた
そう思うと、少しだけ思い出が色褪せていく。
本人の口から聞くまでは信じられないが、
全て事実なら、この先愛せる自信がない。
樹は瑠璃から連絡が来ることを
待ち望んでいたようで、恐れていた。
真実を知るのが怖くて。
*****
一ヶ月後
ついに瑠璃から連絡が入った。
電話で言われた通りに病院へ向かい、
胡桃が入院する4階に着いた。
エレベーターを出て右に曲がろうとすると
左腕をぐいっと引っ張られた。
樹「うわぁ!!あ、瑠璃ちゃん…」
瑠璃「こっち。ついてきて」
瑠璃に手を引かれたまま歩いていくと、
404号室の前に来た。
四人部屋を想像していたが、個室だ。
瑠璃「ここで聞いてて。私と胡桃の会話」
樹「わ、わかった…」
瑠璃は表情一つ変えず、淡々と伝え、
病室へ入って行った。
ドアが閉まると、胡桃の声が聞こえてきた。
胡桃「瑠璃!お見舞いに来てくれたの?
入院して一ヶ月でようやく…もっと早く
くるべきじゃない?心配じゃないの?」
瑠璃「因果応報。自業自得。無様な姿。
顔だけが取り柄なのに、笑えるわ。
そんな顔じゃもう男遊びも出来ないね。
あのまま死ねばよかったのに」
胡桃「このクソガキ!!殴られたいの?
…ねぇもしかして、まだ元カレを取られたこと、
恨んでるの?ウケる!しつこい女はモテないよ?
仕方ないじゃん、瑠璃がトイレに行ってる間に
あっちから誘ってきたんだからさー」
瑠璃「黙れ。そうやって人の物ばっかり盗んで
孤立したのにまだ懲りてないの?馬鹿みたい。
わざわざ同じ中学の女子がいない高校を選んで
入学したのに、またやったんだね。人殺し。」
胡桃「うるさい…うるさいうるさい!!
炎華は自分で死ぬ道を選んだの!私には
関係ない!そもそも彼氏がいること自体が
奇跡だったのにいつまでも執着してきて
本当にウザい!この顔も…どうしてくれるのよ」
その時、瑠璃に渡した胡桃のスマホが
病室で鳴った。
胡桃「電話だ!樹かな?…え、何これ…
火通知設定?…前に樹が言ってたやつだ」
胡桃が電話を切るボタンを押そうとすると、
勝手に通話に切り替わった。
胡桃と炎華の最期のやり取りがまた、
スピーカーで流れ始める。
胡桃「ちょっと…これ…何で?録音なんて
してないのに!何で切れないのよ!!!」
必死に止めようとするも、お構いなしに
あの会話が繰り広げられる。
ついに最後まで再生され、胡桃は動揺して
スマホを壁に投げつけた。
瑠璃「炎華さんは、死ぬしかなくない?って
言葉を聞いて自殺することに決めたのよ。
立派な自殺教唆ね。今の会話、録音したから
警察に届ける。このまま事故死で終わったら
炎華さんが浮かばれないもの」
胡桃「ふざけんな!今すぐ消せ!」
胡桃の怒鳴り声と物を投げる音に耐えきれず、
樹は病院に入った。
樹「胡桃!やめろ!!」
樹の登場に驚いた胡桃は、
更に投げようとしていた手鏡を背中に隠し、
急いで息を整え、猫撫で声で話し始めた。
胡桃「樹!来てくれたんだね!ずっと
待ってたのに…一ヶ月も…酷いよ!」
久々に見た胡桃の顔は、まだら模様のように
処々が火傷でピンク色になっている。
樹「聞いてないよ。炎華が死んだ日、胡桃と
電話してたなんて。しかも死ねばなんて…」
胡桃「まさか本当に死ぬなんて思わないじゃん!
冗談も通じないようなつまんない女と永遠に
離れられてよかったじゃない。ね、樹!」
樹「…もう無理だ。別れよう、俺達」
胡桃「はぁ?!こんな顔にしといて何?!
元はといえば全部樹のせいじゃない!
好きじゃないのに付き合ったりするから
未だに恨まれてるのよ!とばっちりだわ!」
樹「俺は俺で、炎華から報いを受けるよ。
その顔は…胡桃自身がしたことの報いだ」
病室を出ようとする樹を、
胡桃が引き止めようと叫ぶ。
胡桃「待ちなさいよ!ねぇ!樹!!」
樹は振り返りもせずに出て行った。
瑠璃は取り乱す胡桃を無言で見つめ、
ナースコールを押して樹の後に続いた。
一人きりになった胡桃は、背中に隠した
手鏡を顔の前に持ってきた。
胡桃「何よ…私の顔はこんなんじゃない!
白くて肌荒れ一つない綺麗な顔だったのに。
しかも樹に振られるなんて…納得できない!
…全部炎華のせいよ。あのクソ女…」
すると、後ろから羽交い締めにされるように
ベッドのヘッドボードに叩きつけられた。
胡桃「痛っっ!!!」
そのまま気を失った胡桃は数秒後、
突然ベッドから出て歩き出した。
その頃、病室には応答がないナースコールを
不審に思った看護師が到着した。
看護師「あれ?胡桃ちゃん…どこ?」
胡桃の行方が分からず、看護師達が
探し回る間に、胡桃は地下に着いた。
胡桃の体には、炎華が憑依している。
炎華は地下の一番奥まで歩くと、足を止めた。
ドアの上には
【霊安室】と記されている。
炎華は手をかざし、既に人が入っている棺桶を
開け、遺体を近くのトイレへ移動させた。
空いた棺桶に自ら入り、横になる。
再び手をかざして蓋を締め、目を閉じた。
胡桃が目を覚ますと、目の前が真っ白だった。
天井だけではなく、辺り一体が白く、妙に狭い。
状況を理解しようと足元を見てみると、
首から下には沢山の花が添えられていた。
胡桃「ここ…棺桶の中…?」
気付いた時にはもう遅く、
熱いなんてレベルではない火を全身に纏った。
胡桃「ぎゃああああああああ!!!」
胡桃の悲鳴が火葬場中に響き渡る。
悲鳴と同時に病院から火葬場に連絡が入った。
胡桃が車で火葬場まで移動している間に
病院関係者が防犯カメラで行方を辿り、
火葬場に行き着いたのだ。
一度燃やすと中断することも出来ず、
火葬を終えた胡桃の姿は骨だけになっていた。
その後、警察が捜査に入り、
病院側も記者会見を開いて説明をしたが、
胡桃が自ら棺桶に入り、炎華が隠した遺体も
防犯カメラでは近くのトイレまで引きずって
運んでいる姿が写っていた。
この証拠が胡桃が自死を選んだのだという
断定へと導き、責任問題にならずに済んだ。
胡桃は、炎華が同じ苦しみを味わう形で
報いを受けた。




