火影
炎華が目の前で自殺をした日から、
樹は学校を休んでいた。
毎日毎日、脳裏には炎華の姿が過ぎる。
皮肉にもこんなに炎華のことを考えたのは初めてだ。
自分のせいで炎華が死んだ。
この事実が親や友達にバレたら…
…でもバレなければいいだけの話か。
学校を一週間休み、自分の気持ちが整理出来た。
これで堂々と胡桃と付き合えるんだ。
炎華はもういないのだから。
そう思うと何だか気持ちが段々と明るくなって、
罪悪感に見せかけた自己愛は消え、炎華の死を
前向きに捉えるようになった。
樹はスマホを手に取り、胡桃へ
『明日から学校に行く。堂々と付き合おう』と送った。
するとすぐにスマホが鳴り、画面を見ると
【胡桃♡】という文字が表示されている。
顔をにやつかせながら電話に出ると、胡桃は
心配そうに話し始めた。
胡桃「樹?もう元気になった?私、寂しかった」
樹「ごめんな胡桃。もうすっかり元気だよ」
胡桃「よかった…てっきりさぁ、死んでから
やっぱり炎華が好きだったとか思ってたらって…」
樹「そんな訳ないだろ。俺が好きなのは胡桃だけ。
こう言ったら悪いけど、もう関係を隠す必要が
なくなったから嬉しいな、なんて思ってる」
胡桃「私、樹の彼女として堂々としていいんだね!
嬉しい!炎華には悪いけど…幸せ過ぎてどうしよう」
樹「可愛いな。俺も超幸せ。胡桃、大好きだよ」
胡桃「私も大好きだよ、樹。早く会いたい」
30分程甘い会話を楽しみ、電話を切ると
不在着信が来ていた。
履歴を見ると
【火通知設定】という発信先から着信が入っていた。
樹「火?非じゃなくて?なんだそれ」
気になってネットで調べるも、何も出てこない。
新手の詐欺電話かな、とあまり深くは考えず
スマホを閉じて寝転んでいると、
消防車のサイレンが徐々に近付いてくる。
『火』という文字を見たばかりで気になり、外に出ると
近所の石田さんが声をかけてきた。
石田「あら樹くん!心配したのよ!体は大丈夫?」
樹「こんにちは。心配かけてすみません」
石田「元気ならいいのよ。それより、また火事だって!」
樹「え…火元はこの辺りですか?」
石田「すぐそこの公園よ!煙草のポイ捨てかしらね」
…何だか胸騒ぎがして、あの公園まで走った。
現場に着くと複数の消防車が到着していた。
様子を見に来ていた近所の人達を掻き分け、
最前列へ行くと、火元を見てぞくっとした。
消防隊が消火していたのは、胡桃と初めて
二人きりになったトンネル付近だった。
それも、トンネルの両側で火が燃え盛っている。
あの日の記憶と、炎華の最期に見せた
恐ろしい表情が、頭の中で交互に駆け巡る。
絶対に逃がさない。
そう言われている気がした。
スマホを開き、着信履歴を見た。
【火通知設定】
これは、炎華の復讐か…?
樹は怖くなり、走って家に帰った。
これは単なる偶然だと、
何度も自分に言い聞かせながら。
*****
翌日、学校に登校すると水谷が走ってやって来た。
水谷「おい、大丈夫か?色々と。まだ顔色が悪いぞ」
樹「あぁ…うん。ありがとな。もう大丈夫」
水谷「あれって…聞かれてないよな?電話の内容。
あまりにも火事のタイミングがドンピシャだから…」
樹「あれは火の消し忘れによる火事だから。
偶然だよ。心配しなくて大丈夫だから」
水谷「はぁ…よかった。もし聞かれていたら
俺まで呪われちまうと思って怖くてさー」
樹の言葉を聞いて安心した水谷は、笑顔で去って行く。
樹「呪い……かぁ」
思い当たる節があり過ぎて、頭を抱えて項垂れる。
樹「幼なじみのままでいればよかったな…」
心の内をボソッと嘆くと、
机の上にあるスマホが震えた。
画面には【火通知設定】と表示されている。
昨日の今日で着信が来たため怖くなり、
慌てて電話を切るボタンを押すが、切れない。
樹「クソっ!何でだよ!!」
何度押しても切れず、留守番電話にも切り替わらない。
そして、廊下から火災報知器の音が一斉に鳴り響く。
校内放送によると、火元は屋上近くにある物置らしい。
……炎華が休んでいる間に胡桃と会っていた場所だ。
皆が避難をする中、樹は一人、教室に立ち尽くす。
まだ鳴り止まない、【火通知設定】からの着信。
相変わらず電話を切ることができない。
恐る恐る通話ボタンを押して、話しかけてみる。
樹「……炎華?炎華なのか…?」
だが、少し待っても相手は何も話さない。
やっぱりいたずらで、火事も偶然だ。
スマホをポケットにしまいかけたその時、
声が聞こえた気がした。
手を震わせながら右耳にスマホをあてる。
樹「……もしもし…?」
すると、左耳から
『私がいない間、あの物置で会ってたんだね』と
聞いたことのない低さの、おどろおどろしい声がした。
樹「うわぁあぁあああ!!!」
恐怖で腰を抜かし、声がする方へ振り向くと
炎華が立っていた。
髪や服は所々焼け焦げていて、皮膚は黒ずんでいる。
炎華は異様に尖った爪をペンのように扱い、
空間に何かを描いている。
彼女は昔から絵がずば抜けて上手く、
その腕は美大を目指す程だった。
空間に描かれていく絵は、
何故か紙に書いたかのように鮮明に見える。
樹「この花は…トリカブト…」
以前フラムが脱走して山に探しに入った時、
目にしたことがあった。
あまりの美しさに、写真を撮って調べたのだ。
樹は花の特徴と共に書かれていたある情報を
思い出し、戦慄した。
樹「花言葉は……復讐…」
全身がぼろぼろに焼けた炎華がにこりと笑うと、
トリカブトの絵がぼうっと音を立てて
激しい炎に変化した。
逃げようにも足がすくんで動けない。
このままでは焼き殺される。
炎華が炎を樹に投げつけようとした時、
体育教師が走って教室に入ってきた。
教師「何やってるんだ!避難するぞ!」
樹は教師に抱えられながら、
何とかその場から逃げることが出来た。
樹「先生…助けてくれてありがとう…。
見たでしょ?俺、アイツに殺されるところだった」
教師「何の話だ。アイツ?お前一人だっただろう」
炎華の姿は、樹にしか見えていなかったのだ。
トリカブトの花言葉、『復讐』。
他者には姿を見せず、あの花を選んで描いた。
この事実から、彼女の並々ならぬ怨念が感じ取れた。
*****
教師の肩を借りながらグラウンドに着くと、
胡桃が泣きながら駆け寄り、抱きついてきた。
胡桃「何してたの!?死んじゃったかと思った!」
樹「ごめん…ちょっと…いや、出遅れて」
泣きながら怒る胡桃が愛おしかった。
自分を想う気持ちが嬉しくて、力強く抱きしめた。
二人には聞こえていないが、
周囲では不穏な空気が流れ、噂をされている。
女子1「樹くんって…樋口さんと付き合ってなかった?」
女子2「だよね!この間火事で亡くなったあの子!」
女子1「しかもあの女、樋口さんと友達だったよね」
男子1「あいつ可愛いけど性格やばいからな」
男子2「おいおい乗り換え早くねえか!?」
男子1「まさか…浮気を知って自殺?」
女子1.2「キャー!!!」
この会話が聞こえていた水谷は、不自然に続く
不審火はやはり炎華の呪いなのでは…と
気が気じゃなかった。
物置の火は鎮火し、全員怪我もなく無事だったが、
広範囲まで燃え広がった為しばらく休校になった。
その日の帰り道。
樹は今日の出来事を胡桃に打ち明けた。
胡桃「樹…まだショックなだけじゃない?
炎華は死んだんだから。ただの幻想よ」
樹「本当なんだよ!ほら見て、着信履歴」
胡桃「はぁ?非通知設定がなによ。いたずらでしょ」
樹「よく見て!非通知の非がおかしくない?」
胡桃「…どう見ても普通の非だけど?」
そんなはずはないと確認すると、
あの時に見た「火」ではなく「非」になっていた。
樹「あれ…そんなはずは……」
胡桃「明日からしばらく休みだしさ、一緒に
炎華のお墓参りに行こうよ。頭のどこかに罪悪感が
あるんじゃない?一緒に居た時間も長いし。
お互い好きになっちゃったんだから恨まれても
困るけどさ…一応形だけでも謝ってすっきりしよ?」
樹「そうだな…そうしよう」
二人は翌日、炎華の墓参りへ向かった。
寺の住職とすれ違い、お辞儀をする。
住職はお辞儀をし返すと振り返り、墓の方向へ
歩いていく二人をじっと見つめた。
住職「これは…取り返しがつきませんね」
彼には何が視えたのだろう。
墓参りで全てが片付くと考える二人には、
知る由もなかった。
*****
樹は慣れたように進んでいき、
【樋口家】と書かれた墓の前で止まった。
胡桃「あれ?隣のお墓って、樹のおうち?」
樹「そう。おじいちゃんとおばあちゃんだよ」
胡桃「じゃあ挨拶しなきゃ!樹の彼女ですって」
樹「はは。ありがとう。その前にやることやらないと」
二人は墓石に水をかけ、花を備えた。
胡桃「炎華ちゃん、ごめんね。黙ってて。
樹の事は心配しなくても、私がいるから。
気にしないでゆっくり休んでね。
短い間だったけど、色々とありがとう。
どうか成仏してください」
樹「炎華。ずっと隠しててごめん。
好きじゃないのに付き合うなんて…
最低だよな。本当にごめん。
胡桃の事も許してほしい。黙ってて悪かった。
…来世で炎華がいい人に巡り会えますように」
墓石に向かってそれぞれ言葉をかけ終えて、
最後に手を合わせる為にライターと線香を取り出した。
胡桃が線香を持ち、樹がライターで火をつける。
線香の先にじんわりと火がついた時、
樹のスマホが鳴った。
時間差で胡桃のスマホも鳴り始めた。
二人は無視して火を付けるが、一向に鳴り止まない。
胡桃「もう、しつこいな!今手が離せないのに!」
樹は空いている手でスマホを取り出すと、
画面には【火通知設定】の文字が表示されていた。
まずいと思って胡桃の方を見ると、
線香からボワっと激しい炎が上がり、胡桃を顔を被った。
胡桃「ギャァァァー!!!!!」
樹「胡桃!!!」
樹は上着を脱いで必死に火をはらう。
それでも火が収まることはない。
声を聞きつけた住職がバケツを抱えてやってきた。
胡桃に水をかけ、手を合わせて何かを唱える。
住職の声が届いたのかのように、火は段々と
収まっていき、黒い灰になって飛んでいった。
樹「胡桃!大丈夫か!!」
胡桃の顔は真っ赤に焼けただれている。
樹は救急車を呼び、胡桃を本堂へと運んだ。
住職が持ってきた氷袋を胡桃の体に当て、
声をかけ続ける。
樹「胡桃、もうすぐ救急車がくるからな」
懸命に手当をする樹に住職は
「あなたのせいですからね」と言い放った。
樹「え…俺のせい?」
住職「墓参りしたって彼女は報われない。
もう何もかも、何をしても手遅れですよ。
幸せだったのは自分だけだった…それも、
友人だと思っていた相手にも騙されていた。
この世に絶望して自死を選んだのですから、
どれだけ恨んでも気持ちは晴れないでしょう」
樹「だから今日、しっかり謝ったんです!
それに、俺が悪いだけで胡桃には関係ない!
謝っても許されないなら…俺はどうしたら…」
住職「あなたは何か思い違いをしている。
この子はあなたの思っているような人じゃない。」
樹「え…どういうことですか…?」
住職「彼女はそのことを伝えたいようですね。
この子の本当の姿を知って、あなたが絶望する。
彼女と同じ苦しみを味わい、自分のしたことの
重大さに気付いて後悔し、反省する。
それが成仏してもらう為の唯一の手立てです」
自分が更なる絶望を味わうまで、この復讐は続く。
愛する人がこんなに痛い思いをしているのに、
これ以上の絶望があるというのか…
胡桃の本当の姿って…何だよ…
胡桃は到着した救急隊によって運ばれた。
樹はまともに質問に応えることも出来ないまま、
顔を真っ青にしながら救急車に同乗した。




