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ちゃんと戻る、っていう希望  作者: 科上悠羽


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買うのは武器じゃなく背中押し

 看板には、まじめな字でこう書いてある。


 ぶきや


 それだけなら、よくある。街角の店なんてだいたいシンプルだ。

 問題は、その下に小さく添えられた注意書きだ。


 ※店員は一言しかしゃべりません


 僕は立ち止まって、看板を二度見し、三度見してから、そっと扉を押した。鈴が鳴る。チリン。

 中は、驚くほどちゃんと武器屋だった。


 壁一面に剣、槍、斧。

 天井から吊られた鎖鎌みたいなもの。

 ガラスケースの中には短剣がきっちり並び、棚には矢筒と弓。

 さらに奥には、いかにも“初心者向け”な木刀の束。

 そしてレジの奥に、店主らしき人がいた。


 年齢不詳。髪はふわっと白く、目は眠そう。エプロンは妙に新しい。

 その人が、僕を見て言った。


「ここは ぶきや です」


 間の取り方が妙に堂々としている。

 僕は反射で頷いた。


「……はい。ええと、そうですね。武器、買えますか?」


 店主は、僕の質問を聞いたか聞いてないか分からない顔で、同じ調子で言った。


「ここは ぶきや です」


 なるほど。注意書きは本当だ。

 僕は一歩引き、深呼吸した。

 旅の途中、こんな変な店に入ってしまった自分を責めたい気持ちと、妙にワクワクする気持ちが同居している。

 ワクワクのほうが少し勝っているのが悔しい。


 僕は駆け出し冒険者だ。

 名もない。武勇伝もない。

 あるのは、昨日もらったギルドの依頼書と、今朝折れかけた自尊心と、薄い財布。


 今日の依頼は「街道沿いのスライム退治」。

 危険度は低い。報酬も低い。

 でも初心者が失敗すると、危険度は急に高くなる。スライムは舐めると痛い目を見る、ということを僕はもう知っている。靴を溶かされかけた。


 だから武器がほしい。

 せめて、まともな剣。

 僕の今の武器は、拾った短剣と、やる気のムラだ。


「えっと……剣、ありますか。初心者向けの」


 店主は、棚の方へ顔を向けた。

 その動きだけで希望が湧く。

 そして、言った。


「ここは ぶきや です」


 会話が成立していないのに、成立している気もする。

 僕は店内を見回した。値札がある。ちゃんと。

 木剣:10

 ナイフ:30

 鉄の剣:120

 少し良い鉄の剣:180

 そして、やたら目立つ札。


 “きみのための武器” 値段:要相談


 いや、何それ。

 武器屋で“要相談”は怖い。

 ぼったくりの匂いがする。

 でも僕は、なぜかそこから目を逸らせなかった。


 店主は僕の視線に気づいたのか、気づいてないのか分からないまま、例の一言を言う。


「ここは ぶきや です」


 だめだ。言葉が通じない。

 なら、こちらが“通じる形”に変えるしかない。

 僕は、ギルドで教わったことを思い出した。


 交渉は、質問じゃなく、選択肢で出す。

 相手がうなずける形にする。

 相手が“はい/いいえ”で答えられなくても、身体が動く形にする。


「……じゃあ、こう言います。

 僕はスライム退治に行きます。

 1) 木剣

 2) 鉄の剣

 3) “きみのための武器”

 この中で、僕が買うべきものはどれですか?」


 店主は、すっと右手を上げた。

 指さしたのは、三番。

 “きみのための武器”。


 僕は思わず声が出た。


「え、まじですか」


 店主は、例の一言で返す。


「ここは ぶきや です」


 うん、分かった。

 分かったけど、分からない。

 僕はレジの前に立ち、財布を握りしめた。


「要相談って、いくらですか」


 店主は、棚の奥から小さな木箱を取り出した。

 箱を開ける。

 中には……武器がない。

 代わりに、紙が一枚。小さな札みたいなもの。


 “名前を書け”


 僕は紙を持ち上げた。

 裏にはさらに小さく。


 “自分で読め”


 えっ、ずるい。

 しゃべらない代わりに、紙でしゃべるタイプだ。

 僕はペンを探した。店内に置いてある。これもちゃんとしてる。

 僕は自分の名前を書こうとして、手が止まった。


 ……僕の名前。

 僕は、名乗っていない。

 ギルドでも「新人」と呼ばれた。

 宿でも「お客さん」。

 街道では「そこの君」。

 名前がなくても、生きてはきた。

 でも武器屋が“名前を書け”と言うなら、これは買い物じゃない。

 何かの通行手形だ。


 僕は少しだけ迷ってから、自分の名前を書いた。

 “ユウト”。

 ありふれてる。

 でも、僕の。


 書いた瞬間、店主が木箱の底から何かを取り出した。

 それは――小さな鈴だった。

 武器じゃない。鈴。

 手のひらに収まる、真鍮の鈴。

 紐が通してある。首にかけられるサイズ。


 僕の顔が、たぶんすごく困惑していたのだろう。

 店主はいつもと同じ声で言った。


「ここは ぶきや です」


「……鈴は武器ですか?」


 店主は頷いた。

 頷き方が、やけに確信に満ちている。

 そして、レジの横に札を立てた。手書き。


 “価格:120”


 鉄の剣と同じ値段。

 鈴が、鉄の剣と同格。

 僕は頭の中でいろいろ計算したが、結論が出ない。

 でも、店主が三番を指した。

 僕のための武器は、これだと言う。

 僕は財布を開けた。

 硬貨を数える。足りる。ギリギリ足りるのが腹立たしい。


「……買います」


 店主は、満足そうでも不満そうでもない顔で頷き、鈴を渡した。

 僕が手に取ると、鈴は小さく鳴った。チン。

 その音が、不思議と胸に響いた。

 ちょっと恥ずかしいくらい、まっすぐに。


 店を出る直前、僕はふと振り返った。


「……最後に一つだけ。

 この鈴、どう使えばいいですか」


 店主は、僕を見て、いつも通りの一言を言った。


「ここは ぶきや です」


 それだけ。

 でも、その一言の“間”に、何かが入っていた。

 言葉じゃない何か。

 たぶん――“考えろ”。

 もしくは、“自分で決めろ”。


 翌朝。

 街道沿いの草地で、僕はスライムを見つけた。

 ぷるぷるしている。のんきに。

 のんきに見えるものほど、油断すると溶かされる。


 僕は短剣を構えた。

 でも足が一歩目で止まる。

 いつもの癖だ。

 僕は最初の一歩が遅い。

 頭の中で「失敗したらどうしよう」が先に走る。


 そのとき、首元の鈴が、風で小さく鳴った。

 チン。


 音が、合図みたいだった。

 僕は自分でもよく分からないまま、声に出した。


「……よし」


 そして、前に出た。

 短剣で斬る。

 スライムがぷるんと揺れる。

 反撃。

 靴に飛ぶ。

 危ない。

 僕は咄嗟に、鈴を握った。


 チン!

 強めに鳴った。


 不思議なことに、その音が鳴った瞬間、僕の視界が少しだけ“整理”された。

 相手の動きが、さっきより見える。

 怖さが消えるわけじゃない。

 でも怖さが、輪郭を持つ。

 輪郭を持つと、対処できる。


「来い」


 僕は言って、スライムの動きを誘導した。

 飛んできた瞬間に横へ避け、短剣で叩く。

 ぷるん、ぐにゃ。

 最後は、石でとどめ。

 倒れた。

 倒せた。

 僕は息を吐いた。笑ってしまった。

 笑いながら、鈴を鳴らした。


 チン。


 これは、武器だ。

 剣みたいに敵を切らない。

 盾みたいに身を守らない。

 でも、僕の“最初の一歩”を切り出してくれる。

 僕の“怖い”を整えてくれる。

 僕が“自分で決める”ための合図になる。


 街に戻り、ギルドで討伐報告をした。

 受付の人が「お疲れさまでした」と笑う。

 僕は少しだけ背筋が伸びた。


 帰り道、あの武器屋の前を通った。

 また看板。

 ぶきや

 そして注意書き。

 ※店員は一言しかしゃべりません


 僕は扉を開けた。チリン。

 店主はいつも通りの顔で、いつも通りに言った。


「ここは ぶきや です」


 僕は頷いた。


「うん。知ってます」


 僕はポケットから討伐報酬の硬貨を少し取り出した。

 武器を増やすつもりはない。

 でも、ここは武器屋だ。

 僕はここで、“戦う準備”を買う。


「……鈴、もう少し丈夫な紐に替えられますか」


 店主は、棚の奥から革紐を出した。

 無言で。

 そして、いつも通り言った。


「ここは ぶきや です」


 僕は笑った。

 この店は、確かに武器屋だ。

 ただし売っているのは、刃物だけじゃない。


 僕が明日も一歩目を出せるようにするもの。

 それを、武器と呼ぶなら――


 たぶん僕は、ここで正しい買い物をした。

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