第5話「城壁の向こう側」
ケン達は、蔦を登っている。城壁に無数に巻き付いたこの蔦はクマノスケのような屈強な男でも支えることが出来る程、強い。
「イチノセさん、大丈夫?」
ジュリがユリの様子を伺う。
「は、はい!何とか行けそうです!」
クマノスケを先頭に、シンジ、ユリ、ジュリ、ケンの順で登っていた。順番は、クマノスケの提案で体力的に心配が残るユリを男達で挟む事で万が一に備える。
登る前に、短剣を使ってクマノスケは、蔦を命綱として切り取っており、それを5人の腰に巻いている状況だ。
「ケン!一番後ろだけど大丈夫か?」
「はい!なるべく下は見ないようにしてますが、、、何とか行けそうです!」
「ならよかった!」
ジュリは、ユリと同じようにケンの様子もしっかりと気を遣う。
城壁を登り始めておよそ5分。先程のゴブリン達は居ないようだ。未だ、遭遇していない。近くにいたものは全てクマノスケが倒したのかと思うような静けさだ。
「クマさん、アイツら全然いないっすね、クマさんがさっき倒したのでこの辺りは全部だったんですかね?」
シンジが口を開く。
登りながらの会話は中々キツいが、無言では、恐怖感が勝り手足の動きが止まる。そういった感情も合間って話が進む。
「どうだろうな、、、俺が殺ったアイツらだけだとしても、あの矢の嵐、、、あんな数のわけがないと思うが、でもこの状況は俺達にとっては好機なのは違いない!」
「そうっすよね、、このタイミングを逃さず早く登りきりたいですよね、、、」
シンジが言うように、この状況は奇跡なのか。
奇跡ならその運が、尽きるまでには登りきりたい。一同の、体力は限りなく奪われていたがあと少しあと少しと自分に言い聞かせ登り続けた。
「おい!もう少しだ!見えたぞ!」
先頭を行くクマノスケは、ゴールを見つけた。
一同は、声を上げた。やったー!だったりよっしゃーだったり。その時は、壁を登りきった後の事は何も考えられないが、これで助かったと言う気持ちがガス欠気味の体力にラストスパートをかける。
「ケン!手を掴め!よくやったな!考え甘々な人助け兄ちゃんは、何処にやら、少し見直したぞ!」
クマノスケ達は先に登りきっており、最後尾のケンにクマノスケは、手を差しのべる。
「ヨイショッと」
「あ、ありがとうございます!クマさん!」
これで5人は、無事突如現れた城壁を登りきった。
一同は、呼吸を整え辺りを見渡し始める。今、この時まで砂浜側の地獄的惨状しか見てこなかった為、恐る恐る壁の向こう側の世界に目を向けた。その時の感情は、壁に閉じ込められた者達が何百年の時を経て外の世界を始めてみるような感覚。つい昨日まで、何も考えずランニングしていた道。行きつけの喫茶店。皆が目指していた展望台。
ゴクリと唾を飲み込み恐る恐る見る。
「そ、そんな、、、、嘘でしょ」
ユリは、膝から地面に崩れ落ちる。
「イチノセさん!しっかり!」
ケンは、ユリの体を支える。
「クマさん、これって現実何ですよね、、、もう、何回も言ってる気がするけど、、、」
ジュリの言葉は重く悲壮感に包まれたものだ。
「そうだな、、、流石の俺も、、、予想はしていたが自分の目で改めて見ると辛いな、、、」
あの、クマノスケも現状を認めつつもジュリと同じように表情は暗い。
壁の向こう側は、人類崩壊映画を彷彿させるような状態であり、乗り捨てられた車からは煙が出ており逃げる段階で事故を起こしたのか車と車が道を塞いでいる所もある。しっかりとは見えないが、向こう側でも悲鳴が響いており、向こう側でも同じように魔物が現れ罪の無い住人達が蹂躙かれている様子であった。
更に遠くでは、黒煙があがっていたり、爆発音も聞こえる。壁の内側も外側もあのクジラのせいで滅茶苦茶だ。
戦う術を持たないもの達はただ、逃げるか死を待つしかない。
世界の生態系のピラミッドがこの時、大きく変わっていた。ピラミッドの頂点は人間では無い。
コツ・コツ・コツ・コツ
城壁の向こう側から誰かが此方に歩いてくる。
「生き残りか!おーい!!こっちだ!!こっちにいるぞ!」
ジュリがその靴音に向かって呼び掛ける。
コツ・コツ・コツ・コツ
足音はさらに、近づいてくる。
「クマさん!生き残りがいたんですよ!」
シンジはクマノスケの肩を叩く。
「イチノセさん!自分達と同じ人達がこっちに向かってますよ!諦めないでください!」
「ケンさん、、、ありがとう。私たちだけじゃないんだね、、、よかった、、」
ケンは、ユリを励ましつつ、ユリと共に足音のする方を見つめる。
コツ・コツ
足音が止まった。
「そうか、、この状況に適応する者が居たのか。すばらしい、、」
コツ・コツ
足音が動き出す。
「チッ、ゴブリンは、低能だから使えない、、まぁ、でも骨のある集団がここまで辿り着いたんだ、敬意を表するよ君たちにね」
ケン達は、息が止まる。
目の前に現れたのは、生き残りの仲間では無かった。
そこに居たものは、ゴブリンより遥かに知能が高そうな男。人間なら30代だろうか。姿は人間そのものだが、服装は、ゴブリンとは異なるが漆黒の色で守られた鎧を着こんでいる。雰囲気から察するにこの者も異形の者に違いない。
「なんなんだよ!お前!」
クマノスケは、異形の者へ聞く。
「この世界は、変わる。その前に教えて上げるよ!君達、人間より遥か高い知能、そして技術、力がある、我こそは、魔将衆第5席アイスバーグ様の配下、グルベンテ!お見知りおきを」
「魔将衆!?なんなんだよそれ!」
「どうなってるんだよ」
「ケンさん、、もう、私分からない、、、」
「イチノセさん!しっかり!」
「ユリさん!!しっかり!くそッ!意識が飛んでる。ケン!ユリさんを頼む!」
ジュリがケンに言う。
聞きなれない単語の連発に5人は精神的に追いやられている。ゴブリンだけではない。その遥か上。知能も人、同等否、それ以上の者が目の前にいる。
先程は、クマノスケの力によって上手く行ったが今回の相手はクマノスケでも、戦えるのか分からない。
当のクマノスケ自身でさえ表情が固い。
本当の意味での終わりがすぐそこまで来ている。
「仕方ねぇよ!生き残る為なんだよ!お前らそこでじっとしとけよ!絶対に動くな!」
クマノスケは、自分より遥かに格上の者に対し立ち上がる。震える足を必死に落ち着けと言い聞かせながら。
「君、、震えてるじゃないか!すばらしい、、仲間のために身を挺して私に戦いを挑むとは」
グルベンテは、薄笑いしながら手をたたく。
「うるせぇ、、よ、、生き残るためだ!」
ギュッと短剣をクマノスケは、握りしめる。
「生き残るためだ?諦めろ!君達5人は生き残れない!この私の前ではね!」
「黙れ!」
クマノスケは、握りしめた短剣を顔の前に掲げ姿勢を低く保ちグルベンテに向かい猪突猛進に走る。
「クマさん!無理だ!!やめろ!!」
シンジは叫ぶ。
「面白い!その勇気は、高く評価しよう!ならば此方も!」
グルベンテの掌から黒いオーラが溢れだす。その禍々しいオーラの中から長い長い槍のような物が現れる。
「炎魔の長槍!!!ガラドボルグ!!!」
現れた長槍をグルベンテがクマノスケに向けて払うと突如、蛇の形をした炎が現れる。
「なんなんだよ!それは!」
クマノスケは、足を止める。
「ゴブリン如きの短剣で私の魔具ガラドボルグには、勝てないよ!」
「さあ、この状況でもまだ私に勝負を挑むのかな?」
グルベンテは高笑いしながら槍を地面に突く。




