第3話「女神と壁」
ニホンの北側に位置しているシチリ市。
ニホン3本指に入る、ナナオシ海岸が今、阿鼻叫喚となっている。
先程までの、平和な時間の流れが一瞬にして失われ地獄とはこういった所なのかと体感するような状態だ。
ある者は、我先に我先に振り払い逃げるもの。
ある者は、逃げるのを諦め、自身の一生を振り替えるもの。
何百人居たであろうか。多くの者は、海に飲まれていった。
しかし、少ない希望はそこにあった。砂浜は砂丘になっており、砂丘を登ると展望台があった。
そこに登れば、海から逃げきることが出来る。人々はそう、皆考え重たい足を懸命に上げて目指す。
「もう、こんな人数になってしまったのか」
逃げ惑う人々は率いて居た男は、後ろを振り返り呟く。
先程まで聞こえていた声が少しづつ少なくなっている。
「おい!あんた!あんたも弱気か?人の事なんて良いから自分をしっかり持てよ!そういう奴が人の足を引っ張って、俺達も巻き添えを食らう。そんなの勘弁だぜ!」
ケンにキレた強面の男がまた眉間にシワを寄せ言葉のパンチを食らわす。
「ふん、、、お前みたいな自分勝手な奴は一番先に死ぬぞ」
強面の男の攻撃を受けた男は吐き捨てた。
「まぁーまぁー!皆さん、仲良くね!」
ケンと同い年ぐらいの女子大生が宥める。
「あぁ、すまない!展望台までは、もう少しだからもうひとふんばり決めていこう!」
自分より遥かに歳が下で娘くらいの女に気付かされた男は、我に返り再び人を引っ張って高台、展望台を目指す。
「嬢ちゃん、中々、人を動かすの上手いなぁ」
強面の男がなめ回すように女を見る。
ケンは、会話には参加できずに、呆気に取られていた。
こんな状況下でもここまで理性を保てるなんて!なんて人達なんだと。ケンを含めて30人くらいの一団が再び動き出す。
砂丘を越えてから展望台まで行くのに距離が少しある。
その間も海による侵食は止まらない。
実際には数分の話だが、一団の人々にとってはその数分が何時間にも感じた。
展望台には、シルエットになる女神像が立っている。
元々、先の大戦でどうとかこうとか。
その女神像が見えた。
「おお!!あと少しだ!助かったぜ!」
先程まで、荒ぶる闘犬のごとく鳴き喚いていた強面の男は、女神像を見るや否や完全に安堵した雰囲気を醸し出す。
「あぁ!助かったぞ!みんな!!」
一団を引っ張った男も皆を鼓舞するように大声で讃える。
しかし、僅かな異変にケンと女子大生は、気付く。
「あの、、なんか揺れてませんか?」
女子大生が、ケンの耳元で囁く。
「うん、確かに揺れてますね、、、」
ケンは、勇気を振り絞り今感じた異変を一団に問いかける。
「あ、、あ、あの、、、なんか、ゆ、揺れてませんか?皆さん?」
先程の言い争いを目にしたため上手く話せない。
「ん?揺れてる?どうした、人助け兄ちゃん?」
強面の男が疑ったような目つきでケンを鋭く見る。
「兄ちゃん、あと少しで展望台なんだ!しっかりしろよ!さっきの言葉じゃないけど、変に疑って皆さんさよならじゃたまったもんじゃないぜ!」
「い、いや、そんな、な事はないんです、、ただ、なんか、、、こ、う異変に、、、」
ケンの頭の中はもう何を言っているのか訳が分からなくなりひたすらはりつめた空気を元に戻そうと言葉を羅列させる。
「あの!私も揺れてるって思うんです、、、皆さん感じませんか?この人だけじゃないんです!私も!私も!」
女もケンを庇うように今感じ取った異変を必死に訴える。
強面の男は、女子大生の方を睨み付ける。
「若いお二人さん、どうしたんだよ!ほら、見えるだろあれ!あれはなんなんだ?そう!展望台だよ!もうゴールなんだよ変に疑うのはよせよ!」
一団を引っ張っていた男がこの時は、強面の男と意気投合し、続ける。
「揺れてるって?気のせいだと思うよ!そんなことより早く展望台へみんな!行こう!」
一団を引っ張った男にも、異変を感じ取った者達の声は届かなかった。何故ならもう、救われるのだから。目の前にはゴールがあるから。そんな根拠のない異変よりゴールを目指すことが何よりも大切で早く安堵したいと強く願っていたからだ。
しかし、その考えが甘かった。
男が女神像に近づいた瞬間、揺れが激しくなりそれは、くじらが海へ行った時より遥かに大きい地響きだ。
「うぉーぉお!な、なんだ!?」
強面の男が叫ぶ。
地面から蔦に包まれた城壁のような壁が、展望台を塞ぐような形で何処からともなく隆起した。
一団は呆気に取られた。何故なら、2度も現実で起こり得ない状況に遭遇しているからだ。ある者は泣き崩れ。ある者は海へ向かって走っていく。
「糞!!な、なんなんだよ!糞!糞!糞!糞!糞!糞!お、お前ら2人が異変がどうたらこうたら、言ったせいでこんなことに!早く展望台へ入れたら助かったんじゃ!」
一団を引っ張っていた男の本性が現れた。否、正確にはこの状況下では、誰でもこうなるのか。
男は、身振り手振りで怒りを表しそれは、第三者から到底、見るに耐えない大人の叫びだった。
「さっき俺に吐き捨てた言葉はどうしたんだよ!自称リーダーさんよ!」
強面の男は、先程の安堵の顔から元の闘犬の顔に戻っていた。この男、やはり何かが違う。
「だ、黙れ!!こんな状況でそんなこと言ってられるか」
「まだ命はあるじゃねぇーかよ!俺は別の方法探して生き残ってやるぜ!」
「も、も、もう、無理だ!逃げるったって周りは海に飲み込まれ始めてる。何処に逃げるって言うんだ!」
「さぁ?でも、諦めたら死ぬだけだぞ!俺は死にたくねぇ!おい!お前ら死にたくねぇ奴は俺についてこい!無理は言わねぇ!そういう奴だけ来い!中途半端な気持ちならここに残れ!」
強面の男と一団を引っ張った男の会話は周り約30人近くの一団に轟いていた。しかし、多くのもの達は強面の男には、ついていこうとせず別の策を考えるもの、または、その場で立ち尽くす者になっていた。
「ふん!弱腰の奴らだな」
強面の男は、小声で吐き捨てる!
「あの、、私、死にたくないんです。あの方凄く怖そうな方ですけどこんな状況でもあそこまで言いきれるって中々頼りになる気がして、、、私はあの人についていこうと思います」
同い年位の女がケンに囁く。
「ぼ、僕もこんなところで死にたくないし、少しでも生き残れる道があるならあなたと一緒でついていきたいです!」
「なら!決まりですね!」
「はい!」
「あのー!!私達2人!ついていきます!」
女子大生は、強面の男に片手を天に突き上げ意思を示した。
「おお!姉ちゃんと、、、人助け兄ちゃんか!お前ら見直したぞ!少しだがな!」
強面の男の眉間は少し緩んでいた。誰一人ついてこないであろうと思っていた所に同じ意思を示した者達がいたからだ。
「邪魔だけはすんなよ!いいな!」
先程まで罵倒をしていた強面の男だったがこの時の発言には少し、照れ臭さが入り交じっていた。
「あ、ありがとうございます!」
ケンは、強面の男に感謝を伝える。
「強面のおじさん、なんやかんや面白い人ですね!」
こんな状況下で女子大生も、ジョークを噛ます。この女も中々のメンタルだ。
「うるせぇよ!ねえちゃん!」
強面の男は、首をかきながら言う。
その後、僅かな人数ではあるが3人が強面の男についていくことを決心した。
「せいぜい、頑張るんだな、、、こんな状況なら何処行っても変わらないがな、、、」
一団を引っ張っていた男の悲痛な叫びがねじ込まれた嫌味が強面の男達に言い放たれる。
「ふん、、好きに言ってろ!生きることを諦めた奴に何を言われても気にならん、、、」
凍てついた空気を切り裂くようにスゥーッンッと何かが蔦に包まれた城壁から飛んでくる。
その物体は、全てを諦めかけているあの男に目掛けて飛んできている。
「ぁぁぁぁあぁあ!神様!もう!楽に楽に楽に!してください!一生の願いです。」
見るに耐えられない姿だった。男は、先程までの威厳は無くなり更に酷い状態であった。
悲しくもその願いはすぐに叶う。
「ヴぅゔぅ、、、!」
男の醜くくなった顔面は、城壁から飛んできた物体によって破壊された。正確には、射貫かれた。
「え!?何!何が起きてるの!?」
「も、もう!なんなの!もう嫌だ!」
「ど、退けよ!邪魔なんだよ俺は生き残るぞ!!」
「助けて~~~~!お母さん!!!」
一団は、悲鳴に包み込まれる。
「何なんだ?矢?か?これ、、、」
強面の男は、一緒に行動する者達と一緒に居たためその者達に向けて叫ぶ。
「お前ら!伏せろ!」
無慈悲に次々と城壁から無数の矢が放たれる。
多くの者はその天から降り注ぐ雨にも似た矢によって命を落とし、そこは再び地獄絵図となっている。
「何なんだよ!え!?これは!」
ケンと女子大生の後に加わった、男が叫ぶ。
「俺も分からねぇ!とにかく、あれは見ての通り矢だ!矢って事は誰かがあの壁から打ってきてるってわけだ!いいか!生きたきゃ俺の指示にしたがえよ!」
強面の男の状況整理が早い。今までの肝の据わり方など含めて、女子大生が言う通りとてつもない人であるとケンは再びこの状況を通して感じていた。
「今からあの壁を目指して走る!あの壁から打ってる奴は見た感じ真下には、気付かない気がする、、、野生の感だがな!周りで走りまくって逃げる奴、動けなくなった奴、これだけ、的があれば俺達が彼処に行く時間も稼げる!」
「ひ、酷すぎる、、さっきまで一緒に逃げてきた人達を囮にするんですか!」
新たに加わったメガネをかけた知的な女が強面の男に噛みつく。
「はぁん?言っただろ!生きたきゃついてこいと!それに答えなかった=生きたくないって俺は認識してるんだよ!戦場ならそんな甘い考えの奴から死ぬんだぞ!」
「だ、だからって!酷すぎじゃないですか!やっぱり、私は貴方にはついていけれません!あなたについていこうとした私が恥ずかしいわ!」
「やめましょうよ!こんな時に喧嘩なんて!僕は生きたいです!あなたが言った通り壁を目指します!」
もう一人の男が声を上げる。
結局、知的な女はついてこずケン、女子大生、男2人と強面の男と計5人で壁に向かって走り出した。
「哀れだわ、、、人を囮にするなんて、、きっとバチがあ、、、ゔゔぅ、、そ、グフッ、、ん、な、」
知的な女の胸を容赦なく矢が射貫いた。
女は地面に倒れた。
「はぁはぁ、、はぁ」
強面の男についていく者のなかで唯一の女である彼女にとって壁まで走りきるのは中々にきつい状況だ。
「大丈夫ですか?」
ケンは、女子大生を気遣うように問いかける。
「あぁ、ごめんなさい!こんなに走るの久しぶりで!」
他2人の男もケンに続けて女子大生を励ます!
「お姉さん!頑張れ!何かあったら俺が助けて上げるからさ!」
「おい!やめろよこんな時にカッコつけんなよ!でも、何かあったら全力でフォローするんで頑張りましょう!」
「ありがとうございます!皆さん!」
どうやら、男2人は、友人同士のようだ。
強面の男はそんなやり取りを聞きながら心の奥の奥にしまい、蓋をしていた過去の記憶を思い出していた。
「た、助けた奴から死ぬんだよ、、、」
強面の男は小声は何処か悲しき声に聞こえた。
「もうそろそろつくぞ!!いいか!お前ら!」
一団は、壁にたどり着く。