呪いの祝福あれ
強く気高く美しい、女公爵にして女王陛下の近衛騎士であるミッシェル・ウェインライト。
高貴な身の上でありながら、幼馴染である女王陛下のため剣を取り、屈強な男性騎士たちの間で修行を積んで数年。
めきめきと頭角をあらわし、数々の武功を立てて、いまやその名は国外まで轟いている。
目の覚めるような麗しい容姿の評判とともに。
彼女は常に騎士の正装にて、女王陛下に寄り添っている。
女王は二十歳を超えて未婚であり、近い親族の男性はいない。そのため、公的な行事で男性のエスコートを受けた場合、相手が誰であれ必ず波風が立つ。その状況を鑑みて、ミッシェルが常に女王のエスコートをつとめているのだった。
それはもはや、この国の社交界名物。
婚期を迎えたご令嬢方は、舞踏会や夜会の場では少しでも良い相手と縁をもつため奮闘するものであるが、女王とその騎士が現れると誰もが頬を染め、見とれてしまう。
高い教養と類まれな美貌で知られ、必ずや素晴らしい相手に嫁ぐと目されていたご令嬢が、感極まって「あんな素敵な方が世の中にいるのを知りながら、みすみすそこらへんの男で手を打たなければならないなんて」と口走ってさめざめと泣いてしまった件を筆頭に、未婚・既婚問わず女性たちはこぞって女公爵ミッシェル・ウェインライトへの好意を隠すこともない。
相手が女性であるがために、後顧の憂い無く「推し」として女性同士で盛り上がっている。
その飛ぶ鳥を落とす勢いのミッシェルが。
女王陛下を狙った邪悪な呪いを身代わりとして受けて倒れ、意識が戻らないという事件が起きた。
王宮の魔術師団の中でも、華やかさとは無縁の閑職にして冷や飯食い、呪術研究部にその一報が入ったのは、ミッシェルが倒れて三日後のことであった。
* * *
はえ~? と、ヘレンは気の抜けた声で呪術部部長で上司にあたるメルヴィンに返事をした。
「ウェンライト公爵閣下といえば、女王陛下の騎士姫さまでしたっけ? 私はお見かけしたことはないです。そういった眩しい方が出入りなさるところは、まったく縁がないものですから。夜会のごちそうには興味あるんですけどねえ。すみません。研究が忙しくて」
ヘレンは、子爵家で貴族の生まれ。年齢は二十歳。
本来なら社交界において「いまが盛り」と花を咲かせているべきこの国のれっきとしたご令嬢なのであるが、いかんせん呪術の虜でありいまだ社交界デビューすら果たしていない。もはや、貴族の娘としてはこの世に存在しないも同然である。実際本人は「死んだものと思ってください」と両親に言い張り、ここ一年ばかりは家にすら帰っていない。
正しく世捨て人の呪術師である。
常にだぼだぼのローブを身に着け、しっかりとフードまで装着して、日がな一日研究室で薬品をかき混ぜて過ごしている。
その口からは、時折「イッヒッヒ……」という笑い声までもらしながら。
呪術部に持ち込まれた「国内全女性の憧れの的である女公爵様の危機」という案件に対しては、実に興味関心の薄い、乗り気でない様子であった。
メルヴィンは、いつもながらの堂に入った世捨て人で振り返りもしないヘレンの背に、冷静そのものの口ぶりで声をかける。
「ウェインライト公爵だ。君が、本当に興味がないのはよくわかった。それはそれとして、仕事を頼みたい」
呪術部の長メルヴィン・デルガト侯爵といえば「掃き溜めに鶴」「泥中の蓮」「雑魚の中の海神」の異名を持つ、絹糸のような金髪に澄んだ水色の瞳をした、眉目秀麗で長身の青年である。
変人揃いの呪術部にあって、唯一他部署との折衝を担える優秀な人物であり、なおかつ部下たちの統率もとれる稀有な人材とされている。
このときは、その花の顔に皺が刻まれるほどに眉をひそめて、ヘレンの返答を待っていた。
「『頼みたい』ということは、断る余地があるということですか?」
「無い」
「それなら最初から『命令だ、働け』って言えばいいじゃないですか。形ばかり力を借りたいみたいな言い方しなくても」
ヘレンのひねくれ曲がった対応にすっかり慣れているメルヴィンは、特に気にした様子もなくのんびりと告げた。
「君が天才でなければ、さっさとここから叩き出していたんだがな。天才だからといって、人格的に難があっても許されるとは、ゆめゆめ思わないことだ」
うっ……とヘレンはうめき声をもらし、ようやく背後に立つ美青年を振り返った。
その体からは、いかにも何か言いたげに、黒いオーラを立ち上らせている。それでもめずらしく憎まれ口を言わず耐えているのは、この場を追い出されたら他に行き場がないことを、ヘレン自身が自覚しているからである。
「公爵様か女王陛下か知りませんけど、普段は予算を絞りに絞って素寒貧に追い込んでいる呪術部に、こういうときだけ依頼を持ち込むなんて。いいように使いすぎじゃないですか」
メルヴィンは、ヘレンの繰り言を涼しい顔で聞き流し、自分が入ってきた戸口を肩越しに振り返った。
「ウェインライト公爵家から、呪術部に差し入れがきている。ローストビーフとビーフジャーキー、君の好物じゃなかったか? 女王陛下からは、王宮の料理人が惜しげもなく腕をふるった各種パイと日持ちのする焼き菓子。貴族のご令嬢方からは、行列のできるパティスリーのクッキー缶や瓶詰めのカラフルなギモーヴ。他にもある」
ヘレンはすくっと立ち上がり、別人のように全身にやる気をみなぎらせて、ローブの袖をまくり上げる。
「やります。私の力が必要とされているんですね? 困っているひとのためです、一肌脱ぎましょう」
メルヴィンはかすかに目を細めて、そっけなく答えた。
「脱ぐ必要はない。その骨と皮の細腕をしまえ、寒々しい。……なんだ君、意外と筋肉ついているな」
「ふっふっふ、部長は私のことを不健康な引きこもりだと思っているようですが、甘いです。呪術に必要な道具は重いんですよ。呪術部は王宮の隅っこですから、外から何か持ち込むとなれば長い距離を移動する必要があります。こう見えて私、腕も足もムッキムキです」
力こぶできますよ、とヘレンは筋肉を見せつけようとしたが、無闇と女性の肌を見たくないらしいメルヴィンはそっと視線を外し、横を向いたまま言った。
「やる気を出してくれたなら良かった。早速、公爵閣下のお休みになられている寝所へ。これまで、聖女とか聖人とかその筋では有名な人材がどうにか正攻法で呪いを解こうと尽力していたそうだが、どうにもならんという結論が出たそうだ。それで、蛇の道は蛇だろうとうちに声がかかった」
「いいですよ、蛇呼ばわりだろうがなんだろうが、差し入れ分働きます。もちろん、現物支給だけじゃなくて、予算アップも見込めるわけですよね?」
そう言うなり、ヘレンはすたすたと部屋を横切り、メルヴィンの元まで歩み寄る。
フードの陰からのぞく口元だけでにやりと笑って、告げた。
「この天才が、解いてみせましょう。眠れる騎士姫様の呪いを。朝飯前と言いたいところですが、すでに昼過ぎですからね。晩餐には間に合わせます。ごちそうのために!」
メルヴィンはほっとため息をついて、真っ黒のフードを見下ろして言った。
「その意気で頼んだぞ、天才。来年度の予算は君にかかっている」
* * *
ウェインライト公爵、騎士姫ミッシェルは、女王の私的空間である奥宮内に部屋を用意されており、ヘレンとメルヴィンは恐れ多くもその寝所まで通された。
聖女や聖人、その筋の正攻法の人々がさじを投げたというだけあり、ミッシェルは死人のような顔色の悪さで眠りについていた。顔には、うっすらと涙の跡がある。
できるか、とメルヴィンに小声で聞かれたヘレンは「牛一頭分のビーフジャーキーの恩に報います」と厳かに答えると、掛布を持ち上げてミッシェルの手を取る。
そして、長いことそのまま動かなかった。
「デルガト侯爵。彼女は何をしているの?」
メルヴィンの後ろから、女王が声をひそめて尋ねる。
「呪術の系統を調べているんだと思います」
「本当に、大丈夫なの?」
集中しているヘレンの背を見ていたメルヴィンは、そこで女王を振り返って告げた。
「彼女は、私が足元にも及ばない天才なんです。彼女の研究環境を維持するために、面倒な交渉事は私が全部引き受けようと思うほどに。なんのご心配にも及びませんよ、必ずやり遂げますから」
それは、全幅の信頼を置いているという告白。毒気が抜かれたように、女王は「あらぁ~」と感嘆の吐息をもらす。
「あなたにそこまで言わせるなんて、すごいことね。期待しちゃうわ」
「期待してください。最高の結果をお見せしましょう」
メルヴィンは力強く答えて、ヘレンへと視線を戻す。
それからしばらく後、ヘレンは「そういうことか」と疲れた声で呟き、ミッシェルの手を離した。踵を返して戻ってこようとして、がくんと膝から崩れ落ちる。メルヴィンが駆け寄り、腰を抱きかかえるようにしてその体を支えた。
「大丈夫か」
「問題ありません。集中しすぎてお腹が空いただけです」
意地を張ったように言い返し、ヘレンはメルヴィンの手から逃れようとする。メルヴィンは、一度は手を離したものの、ヘレンの足元がおぼつかないのを見ると、覚悟を決めたように両腕を伸ばしてヘレンを抱き上げた。
「部長、何するんですか!」
「王宮の端の研究室に帰るまで、百年かかりそうな足取りだったからだよ。ここは貴人の部屋であって我々が長居するところではない」
ヘレンの抵抗を抑え込んだ上で、メルヴィンは厳しい声で問いただす。
「それで、公爵閣下の呪術はどうなった?」
「だいたい、わかりました」
暴れる体力も尽きたのか、諦めたのか、ヘレンはがくりと脱力してメルヴィンの腕に身を預けつつ、答える。
ハッと女王は息を呑んだ。
「解けるということ!?」
「解けます。というか、聖女や聖人とかその筋のひとのおかげで最初にかけられた『深い眠り』の呪いはもう解けているんですけど、目覚めない原因は他にあるんです。呪術で頭の中を探ってきました」
メルヴィンは「そんなこともできたのか」と小さく呟いたが、女王はそれどころではない。
「なに? どういうこと? どうしてミッシェルは目を開けてくれないの?」
勢い込んで前のめりになった女王に対し、ヘレンはフードの陰から顔も見せずに言った。
「プレッシャー。あるいは、疲労ですね。自分がいる限り、女王陛下並びにこの国の年頃のご令嬢が結婚に前向きにならないのではないかと、気に病んでいます。公爵閣下は、実は心に思っている男性がいて、告白して結婚したいみたいです。でも、女王陛下とお茶会をするとすぐに『男なんていらないわよね!』という話になってしまって、言い出せなくて悩んでいます。ご令嬢方からも『いつまでもかっこよくいてください!』って目で見られているし。でも、他人の理想通りの強い女でいるのもいい加減疲れたなってぼやいて泣いていました。呪いの中で」
まあ疲れますよね、とヘレンは気のない様子で言う。間近な位置でそれを耳にしたメルヴィンは「君もそう思うことがあるのか?」と興味をそそられた顔で尋ねた。ヘレンは聞かれた内容をよく理解できぬ様子で「私は他人の理想になったことがないので」と微妙に噛み合わぬ返答をする。
女王は、バサバサ音のしそうな長いまつ毛を揺らし、唇を震わせて「そんな、わたくしのせいで、ミッシェルは目覚めたくないだなんて……!」と言っていたが、五秒ほどで立ち直った。
「水臭いですわ! 言ってくれればこの国一番の花嫁として、盛大に送り出したものを! まさかのミッシェルに限って、わたくしの顔色をうかがって、好きな男性に告白のひとつもできないでいたなんて!」
言うなり、背後に控えていた侍女や侍従に「ミッシェルの好きな男性を、至急ここに連れてきて! たぶん騎士団長よ!」と命令を下す。
その声を聞きながら、ヘレンはメルヴィンに「帰りましょう。閣下は、まもなく目を覚まします」と声をかけた。
「君が私に運ばれることに納得しているのなら、私は構わないんだが。このまま研究室に戻るのか? それとも、たまには家に帰るのか? 送るが」
「やめてくださいよ。死んだはずの娘が、侯爵様に馬車で送られてきたら、両親がひっくり返ります。戻るのは研究室ですよ」
フードの陰から、ヘレンはぼそぼそとした声で答える。
ふと、二人の会話に気づいた女王が振り返り、メルヴィンとヘレンを潤んだ瞳で見つめて言った。
「あなたたち、どうもありがとう。わたくし、ミッシェルがそばにいてくれたら、男なんていらないってずっと思っていたわ。その考えを押し付けるばかりで、ミッシェル自身の考えをきちんと聞いていなかった。大切なことに気づく機会があって、良かったわ」
あ、はい、とヘレンは珍しくしおらしい声で返事をする。さすがに、相手が女王であるということはわかっているのである。
女王は、深々とため息をつき、独白のように続けた。
「たしかに、社交界にも良い影響は無かったわね。『女王より先に結婚するのは恐れ多い』という変な遠慮もあったみたい。それでますます、令嬢たちはミッシェルにのめりこむのよ。罪悪感なく推せる騎士姫様として。ミッシェルだって、呪われたのを幸いに、ここぞとばかりに休暇とりたくなるわよねえ」
呪い……幸い? とメルヴィンは呟いていたが、ヘレンはその響きにいたく感銘を受けたように「わかります、わかります」としきりと頷いていた。
「呪いというのは幸いなのですよ……! 呪いの祝福あれ!」
「ヘレンは黙るように」
さりげなくメルヴィンが遮ったものの、女王はそこでヘレンの存在を思い出したように再び目を向けてくる。そして、ヘレンとメルヴィンを交互に見て、言った。
「あなたたち、偽装カップルしてくださらない? ええ、見れば見るほどお似合いだわ。偽装どころか本当で全然構わないのだけど。似合っているのだから」
「どこがですか?」
メルヴィンが真顔で聞き返したが、女王の耳には届かなかったらしい。うんうんと頷きながら、自分の考えに浸っている。
「わたくし、こういうことはきちんと覚えているんですけど、ヘレン嬢は社交界デビューもしていないでしょう? 誰にも顔を知られていない。そして、デルガト侯爵はといえば、全然顔見世しないわけじゃないけど、出てくれば騒ぎになるでしょう。なにしろ『雑魚の中の海神』ですもの」
「それ、本当に誰が言い出したんですかね」
呆れた様子のメルヴィンに構わず、女王は「だから、ちょうどいいわ」と話を締めくくった。
「ひそかに人気を集めていた未婚の青年貴族が、素敵なご令嬢と姿を見せたら、社交界騒然、話題独り占めよ! いままで『男なんて』『ミッシェル様がいれば』と言い合っていた令嬢方が、『先を越されてなるものか!』と騒ぎになること請け合いよ。そうしましょう」
「勝手に決めないでください」
メルヴィンはあくまで抵抗したが、女王はしれっと言い返す。
「そうでなければ、あなたにわたくしのエスコートを命じるわよ? 次の夜会ではミッシェルにドレスを勧めるつもりなの。誰か代わりが必要になるわ。そのままわたくしと結婚コース。あなたがそれで良いなら、わたくしもやぶさかではないけれど?」
そこはやぶさかでいてほしい、とメルヴィンが呟く。
おとなしくその腕に収まって話を聞いていたヘレンは、そこで仰々しくため息をついて、口をはさんだ。
「仕方ありませんよ、部長。こうなったら私も一回くらいは夜会に出ます。それでこの場を収めておきましょう」
* * *
呪術部のヘレンは正しく世捨て人である。フードを取った素顔を知る者は、ごく少数だ。
夜会に参加する日に向けて、実に一年ぶりに家に帰るようになり、準備を進めてきたとのことであるが、メルヴィンが馬車で迎えに行ったときにはドレスの上に相変わらずフード付きのローブを身に着けていた。
「どうせ今日、たくさんの人に見られるのに」
馬車で隣り合って座ったところで、メルヴィンがぼそりと言った。
「それは仕方ないですけど、私はこの格好が好きなんです。落ち着きます」
ヘレンの答えはそっけない。
しばらく二人の間で会話はなかった。しかし、もうすぐ会場に着くという頃になって、メルヴィンがあらたまった口調で言う。
「乗り気じゃないなら、欠席でも良いんだぞ。君が好きなのは呪術だけだと知っている。交渉事は私の仕事だ。女王陛下には、あとからなんとでも言える」
「そこまで私に気を遣わなくてもいいですよ。私は、今回はここまでが仕事の内だと考えていますので」
ヘレンらしからぬ殊勝な返事に、メルヴィンは片眉を跳ね上げて「ふぅん?」と探るような声を上げ、視線を流す。
「そういえば、公爵家からの差し入れを伝える際に『牛一頭分』と、私は言わなかった。君が公爵閣下から依頼を受けたときにふっかけたのか? 呪いの対価に。あのときへろへろになっていたのは、聖女とか聖人に呪いを解かれまいと戦っていたからで、あの場でようやく自分でかけた呪いの解除ができた、ということで」
ぐう。
わざとらしい寝息で答えて、ローブ姿のヘレンはもそもそと背を向けた。その背に向かって、メルヴィンは声をかける。着いたぞ、と。
* * *
その日、女王主催の夜会で社交界の話題をさらったのは、会場に揃って姿を見せたとあるカップル。
デルガト侯爵と、名を知られていない令嬢である。
かねてよりその美貌で名高かった侯爵がエスコートしてきたのは、鮮やかな赤毛に、引き締まったボディの麗しい乙女だった。
瞳は湖面のように澄んだ青で、顔立ちは凛々しくも可憐であり、どこにこれほどの美女が名も知られずにいたのかと、騒ぎが巻き起こった。
令嬢は誰に何を聞かれてもそつのない受け答えをしつつ、自らの素性に関しては品よく隠して、追求を受けても笑顔でやり過ごす。
ひとによっては「まるで呪術で煙に巻かれたようだった」と言うほど、その手腕は鮮やかなものだった。
「実際に呪いなんだよな。君、面倒くさくなるとすぐ相手に呪いをかけるのはやめなさい」
夜会の場でひとしきりアピールした後は「人から注目されにくくなる」呪いを自らにかけ、ヘレンは気持ち良いほどばくばくと料理を食べていた。メルヴィンはヘレンの手元を確認しつつ、どうせ食べ足りないであろうと、肉類をよそってきた皿を差し出しながら声をかける。
ありがたく皿を受け取ったヘレンは「最初に現れたときに『美人だ!』ってはったりきかせられたので、あとは良いんですよ。私よりも、婚約を発表する公爵閣下に話題になっていただかなくては」と言いながら、ワインをごくごくと飲んだ。
ふう、とメルヴィンは小さく吐息する。
「がっついているのに、意地汚く見えないのは、君本当に育ちが良いんだよね。ご両親のおかげだと思うよ。感謝しなさい」
「体が筋肉質なのは、日々の労働と自分の鍛錬のたまものですけどね」
なぜか負けじと言い返してくるヘレンをじっと見つめて、メルヴィンはもののついでのようにさりげなく続けた。
「綺麗だよ。君が綺麗かどうか気にしたこともなかったけど、そこまでとは思わなかった」
んぐ、とヘレンはワインにむせた。大丈夫? というメルヴィンに「大丈夫です」と答えつつ咳き込んでから、ほんのり涙の滲んだ目でメルヴィンを見上げた。
「恋人みたいにきざなこと言うの、やめてくださいよ」
「セクハラだって? はいはい。そういう話になると思ったから、あのとき女王陛下に断ろうとしたのに。言っておくけど、私は最初から全然嫌じゃなかったし、役得だと思っているよ。ただ君が嫌かもしれないと……」
話をしている最中に、ヘレンは「あっちのケーキも美味しそう!」と言いながらメルヴィンに背を向けて、走り出した。
「私はいつも、出会ったときから、そういう君の背を追いかけてるんだよなぁ」
メルヴィンは呟き、口元に笑みを浮かべて、走り出したヘレンの後に続いたのだった。
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「呪いの中心で」「もうやだ面倒くさいと」「叫ぶ」
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