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梅乃花春告

 蟲魔コクーン

 一言で表すと『病原菌を具現化したような繭』だ。

 人にうつることはないが、ウィルスを放つそれは農作物に影響を受ける。

 本来、農作物には病害虫がつきものだ。それらに薬剤を用いられ、農作物を守ってきた。

 そして現在、今の時代には動植物の進化がある。これにより被害を抑える魔豊植物がある。

 それが結界樹。

「つーかさ」

 ガヤガヤと講堂に集まりだす生徒に交じり、暇そうに俊哉は口を開いた。

「結界樹が守ってくれるなら、それを大量生産して農業者に分け与えたら俺達が駆除しに行かなくてもいいんじゃね?」

「難しいところだね」

 すぐ隣にいる正誓が答えた。

「そもそも結界樹は、栽培するのに特殊な技術をようするんだ。その技術は『梅社』の家系にしか造らない。結界樹から枝を苗木で代用して、使い捨てのかたちでやるんだってさ」

「はぁーん。時代が変わっても楽はできねぇんだな」

 そう。世界樹が恩恵をもたらしても全てが便利とは言えない。

 コクーンを早急に駆除しないと、更なる農作物の被害が出る。そのコクーンも世界樹による神化を遂げたものなのか、未だに謎なのだ。

 香輔は教科書に載っている蟲魔コクーンの生態を思い出しながら二人の話に耳を傾けた。

「おい、あの人」

「マジかよ。何でここに」

 と、生徒たちはざわつき始めた。

 壇上に立つ四十代の男性であった。彫りの深い顔立ちだが、年齢には劣らない若さを醸し出す。

(......梅乃花春告)

 『ラタトスク』の代表。そして、『梅社』の梅乃花家だ。

 香輔のよく知る男性だ。

 春告はマイクを持ち、

『皆さん、おはようございます。ご存知の通りこの周辺に蟲魔コクーンが出現のことですが、我々「ラタトスク」が対処します。皆さんには今この場で待機をお願いします』

 またもざわめきが大きくなった。

 『ラタトスク』とは世界樹と共に結成された環境保護団体だ。進化した動植物は勿論、コクーンの対応除去。農業者支援も行っている。

 しかし、『ラタトスク』は人員が圧倒的に少ない。農業が時代遅れだと言われるこの世の中で魔豊師が少ないのだ。

 そして、ここにいる魔農学校の若き後継者たちは『ラタトスク』の援護を任されることもある。特に蟲魔コクーンを駆除に優先する非常事態において速やかに対応しなければならない。

 それが待機命令を出された。

『それでは、よろしくお願いします』

 そう言い残し、壇上から出て行った。

「なぁ。どうする? ここで待てだってさ」

 稔哉が香輔に聞いてきた。心なしか暇で死にそうな顔だ。

「待機命令なんですから、僕に何か期待しないでください」

「でもよ。梅咲がいねぇぞ」

「は?」

 確かに見回してもいない。

「はぐれた......な訳ないし、便所かな?」

「香輔。もうちょっと紳士として別の言い方はありませんの?」

 いつのまにか、杏が彼らの隣にいた。

「鶴宮。梅咲さん見なかった?」

「いいえ。わたくしもお花を摘みに参りましたけど、いませんでしたわ」

「......リアルでお花を摘みに行くって、聞けるとは思はなかった」

 とことん、徹底しているんだな。と香輔はちょっとだけ感心してしまった。

 それはともかく。

「いないとなると、まだ果樹棟かな?」

 確かその時までは一緒にいたはずだと、正誓はそう記憶する。

「俺達が迎えに行ってやろうぜ」

「え。でも、待機命令ですし、先生に任せた方が......」

 「お前は真面目だな。大丈夫だよ、学校内だし呼びに行くだけだから」

 三上がそう言って飛び出したが、講堂の出入口付近で誰かとぶつかった。

「おっと」

 彫りの深い顔立ちで整った男性は少しよろめいただけで、三上はぶつかった拍子に尻餅をついた。

「すまない。だいじょうぶかな?」

 代表は三上に手を伸ばし、立ち上げた後、二人に視線を向け。

「久しぶりだね。香輔君、杏君」

「......お久しぶりです代表」

 香輔は少しぎこちなく挨拶を交わす。

 それを知って知らずか、梅乃花春告は柔らかな顔で、

「ははっ、代表だなんて。昔のように『おじちゃん』と呼んでくれないのかな?」

「そ、それはまだ小さい頃です……」

「ふむ、大きくなったものだ。杏君も元気そうでなにより」

「......はい、お久しぶりです」

 杏には珍しく、しおれた声を出し、香輔の後ろに隠れた。

「君たち二人の顔を見つけたものでね。どうしても会いたくなったんだ。私の娘も、特に香輔君に会いたがっていたぞ」

「......はぁ」

「ところで、急ぎのようみたいだけど。何かあったのかい?」

「生徒が一名、講堂に来ていないんです。多分、近くにいると思います」

「ああ、なるほど。学校内なら問題ない。引き止めて悪かったね」

「いいえ。こちらこそすみません」

 キビキビと歩き去って行く春告を見送ってから、稔哉がポツリとつぶやいた。

「あの代表と仲がいいんだな」

「まぁ、『梅社』の家系での関係かもしれないけど、随分と親しい感じだったね」

 正誓は春告の後ろ姿を見送りながら、香輔に聞いた。

「昔、色々とお世話になった方です。僕に魔豊学校を勧めてくれた人でもあるんですよ」

 それに、と付け足して、

「僕の自然能力セレスを研究してくれてます。少し特殊な体質らしくて……」

「そういえば、星雪くんの能力って聞いたことないな。どういうものなの?」

「『アナライズ』。触れたものが魔豊植物ならその特徴と知識を得る。要は物のインプットとアウトプット的な感じです」

「特殊な体質っていうのは?」

「たまに僕の意志とは関係なく能力が発動するんです。軽い症状なら物忘れで済むんですが……、制御が不安定なんです」

 自然能力セレスは身体の一部を向上させる超能力のようなものだ。しかし、その能力を使用すれば後遺症が残る。個人様々だが、彼の場合特殊らしい。記憶障害とも言えるが、そう不安定だと生活にも支障があるのだろう。

 すると、三上は「ふーん」と相づちを打つだけで、突然ニヤニヤしながら。

「てか、鶴宮。なんでお嬢様口調じゃなかったの? もしかして緊張してた?」

「あ、あの人の前では失礼のないように注意しただけですわ。......ちょっと苦手な人ですけれども」

「お前のキョドキョドした姿、新鮮で面白かったけど」

「............」

「ストップ。梅咲さん探すんでしょ?」

 光の枝を取り出そうとしたところで正誓に止められる。

 四人は果樹棟に向かった。

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