彼の決意
「天雷梅? 確か梅の種を割ると雷と雨が降る魔豊植物か?」
「はい。その天雷梅が『瘴気』にあてられて初名が生まれたんだと思います」
「だから、その蟲魔を私達は駆除しようとしてるんじゃない。鳴滝も大概だけど、あなたも庇うっていうなら、容赦はしな––––」
「初名は敵じゃあない!!」
遮る怒号に初名だけがビクッと肩を振るわせた。
「……いえ、正確には、彼女は蟲魔に対抗する力を持っています」
感情的になっては状況が悪化してしまう。香輔は落ち着いてから、言葉を慎重に並べる。
「天雷梅の豊穣術は『雷雨』。彼女の力が雷を宿して蟲魔を殲滅出来るんです。梅咲初名の存在が蟲魔の天敵になります」
蟲魔『ハダニ』の戦闘で見せた初名の力。
鳴滝義機なら初名が紫電を纏わせ、立ち向かっていく姿を目撃したはずだ。
「初名はきっと人の役に立てる。僕が証明して見せます! 彼女のことは僕に任せてくれませんか!?」
正直、こんなことを言うのは気が引けた。初名を利用しているようで香輔は心が痛かった。
「任せるって……、あなた本気で言ってるの?」
「お願いします! 代表には僕が説明します!」
「その必要はない」
それは不意に言い放った。
「星雪君の能力は私がよく理解している。星雪君を信じても問題ない。梅咲君は彼に任せてやってくれ」
梅乃花春告が護衛を連れて現れたのだ。
いや、それだけではない。
「っ!」
香輔は自然エネルギーを感じた。
囲まれている。
姿は見えないが、おそらく『ラタトスク』の人員が周りを取り囲まれている。少しでも動くと容赦はしない、と脅すように。
退路を断たれた。
(……いや、助かったのか?)
むしろ、梅乃花春告が大きな説得要因になる。香輔にはもはや打つ手がない。
「鳴滝君、君はこのまま二人の教師として迎えても大丈夫だ。私が学農長に話しておく」
「代表。本気ですか?」
竹下は唖然とした。
蟲魔は魔豊植物に仇なすもの。目の前には人類の敵がいると言うのに易々と受け入れた。
(この子、星雪香輔は何者なの?)
自然能力、確か『アナライズ』だったか。星雪香輔の能力とは一体……。
「問題ない。全責任は私が持つ」
「代表……ありがとございます」
「いやなに、私の方こそ礼を言いたい。君達は蟲魔を相手によく頑張った。後は私達大人に任せなさい」
その言葉にドッ、と肩の荷が下りた気がした。これまでの警戒と緊張感から一気に解放された気分だ。脱力感が酷く襲いかかる。
だけど、初名だけは顔を強張った。
「心配ないよ初名。梅乃花さんは『ラタトスク』を取り締まる代表なんだ。多分、もう大丈夫」
警戒を解くために落ち着かせる。
そんな警戒心丸出しの初名を無視して春告は声をかけた。
「君が梅咲初名君か?」
代表、梅乃花春告は初名の顔をじっくり見て、
「ふむ、なるほど」
と、何か納得したようなことを言った。
「そうか、君が紀国村から来たという……。梅咲初枝は元気にしているかね?」
「! はっちゃんを知ってるの!?」
「知っているも何も、私の姉だ」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声で驚いたのは香輔の方だった。
「うむ、香輔君が知らないのは無理もないか」
そんな話聞いたことないと、顔に出ていたのか春告は続けた。
「もう二十年以上前の事だが、初枝は梅乃花家の縛りに嫌気をさして出て行ったのだ。私もそれまで会ってはいなかったが、久しぶりに連絡が来てね。それなのにいきなり『あがぁの大事な梅咲初名っていう子が魔豊学園に行くから入学手続きよろしく』とだけ一方的に押し付けられたんだ」
「……もしかして、初名が魔豊学園に来れたのも」
「私と学農長は古い友人なんでね。話は通して貰った」
「ちょ、ちょっと待ってください代表! じゃあ、その梅咲初名が蟲魔だと最初から知っていたんですか!?」
竹下恵が声を荒げる。
蟲魔は害蟲を模した植物。確かに外見はただの女の子にしか見えないが、人型の蟲魔などレアケースだ。
だというのに、春告は至って冷静な顔で。
「いや、初枝はその子の資料だけ送られてきて、実際に会ったのは今が初めてなんだ」
そんなめちゃくちゃな……。と竹下は呆れていた。
しかし、春告はお構いなしに続けて言った。
「何かあるとは思っていたが、まさか蟲魔だとは。初枝の傍若無人ぶりも未だ健在だな」
はははっ。と何が面白いのか、一人だけ笑っている春告に注目を浴びる。
(もうこっちは笑う気力も無いのに……)
初名を連れ戻しに『樹海公園』まで来て、蟲魔と遭遇し、撃退するとはいえ初名を覚醒させ、挙げ句の果てには『ラタトスク』に追われる形になってしまった。
香輔は色々とゲンナリしていた。
だが、『ラタトスク』の代表である梅乃花春告がこの場を治める。
もしも、彼がいなかったら初名は……。
「僕達は、また魔農学校に戻っても良いんですね? いつも通りの学校生活に」
「もちろんだ。君達二人は学校に戻ってゆっくり休みなさい。我々は蟲魔が発生した場所を調査する。この先なんだね?」
「はい。シロカブリの残骸がある開けた場所です」
「分かった。……それより立てるかい? 送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。このまま初名と帰ります」
「……そうか、無理はしないでくれよ。鳴滝君と竹下君は我々と一緒に現場まで案内を頼む」
そう言って、春告は『樹海公園』の入り口へと去って行った。それと同時に周りの自然エネルギーの流れが薄まっている。おそらく、『ラタトスク』の自然能力保持者達もこの場から消えたのだろう。
周りからの殺意と圧力が無くなった事で香輔の緊張感がやっとのことで解けた。
だが、竹下だけはこちらをチラッと見た。鳴滝に促されたが、まだ納得していない様子だった。
二人だけ残った場所は静寂に包まれる。
一拍置いてから、先に口を開いたのは香輔だった。
「ごめん」
「何が?」
「初名が憧れる学生生活を壊して。もしかしたらこの先『ラタトスク』からの監視があるかも。それだと今まで以上に窮屈になるだろ」
「コウちゃん、わえは別に後悔はしてへん。役に立てるんだったら喜んでそれに従うし、蟲魔のわえでも生きる理由にもなる。むしろ、監視だけで済むんやったら良かったんよ」
「違う。本当だったら普通の女の子でいたいお前を僕の自然能力で力を無理やり起こしたようなものだ。あの時、別の方法があったはずなのに……、こんな事には」
「別の方法ってコウちゃんが犠牲になるってこと?」
「……、」
いや、例え香輔が犠牲になろうとしても初名は止まらない。彼女の使命が呪いのように足掻いて、生きる意味を見出せないまま戦い続けるだろう。
このままじゃダメだ。香輔は決意した。
「コウちゃん。わえは蟲魔で蟲魔を殲滅する個体。これはわえの使命。これが生きる意味。それが『梅咲初名』の存在意義。だからコウちゃんが犠牲にしてまで戦う必要はあらへん。今までわえのわがままに付き合ってくれてありがとう」
誰よりも優しく、触れたら壊れてしまいそうな女の子を放っておくことは出来るだろうか。味方はおらず、蟲魔と怖がれた者は助ける必要は無いのだろうか。
少なくとも目の前には、今にも泣きそうで助けを求めている女の子にしか見えなかった。
「……だったら」
そう、香輔は決意を表す。
「その使命は何も一人でする必要はないだろ? 僕の自然能力は初名にとって邪魔にはならないはずだ」
「コウちゃん?」
いいや、そもそも。
「一人で抱え込むな。お前がそこまで言うなら、今度は僕のわがままに付き合ってもらう」
彼は最初から見捨てないと決意していた。




