梅咲初名の覚醒
香輔、初名。二人に蟲魔『ハダニ』の猛威が襲いかかる。
香輔が翡翠色のオーラを纏い、初名に触れる時だった。
落雷の轟音が鳴り響く。
根は瞬く間に焦げ落ち、雷光が全てを消し炭にするかのように、紫電が初名の周りを轟かせる。
魔豊植物、天雷梅。
厄災を呼ぶ雷となれば、雨を降らす豊穣ともなる。
そう、彼女は蟲魔であり、蟲魔の天敵である唯一の存在。
「……」
これで後戻りはできない。
香輔は後悔をしていた。
自分の置かれた選択肢に犯す自分自身を。
「初名……」
紫電が迸る彼女の姿はまるで別人のようだった。
香輔の自然能力『アナライズ』が、初名の豊穣術を覚醒させる。
これが、本来の力。
彼の目には、何にも触れられない絶対的な拒絶の姿に見えた。
しかし、『ハダニ』の猛攻は止まらなかった。触手のように操る根が、その圧倒的な数の暴力で一気にたたみ掛ける。
だが、初名に触れる時だった。
落雷が起きたような轟雷が鳴り響く。
根は、一瞬で全てを消し炭に還した。
(……なんやろ)
初名はゆっくりと『ハダニ』に近づく。
その眼には、迷いがない。香輔に自分の力を開花してくれた絶対の信頼。
(わえの心が、ぬくい)
今、自分の心が初めて動かされたような気がして戸惑いがあった。だけど、暖かく包まれる感覚が安心させる。
だから迷わない。
初名は歩を進める。
攻撃が通用しないと分かった蟲魔は防衛本能が働いたのか、根を蜘蛛の巣状のように『ハダニ』の周りを張り巡らせる。
だが関係ない。いく束も重ねて強度を上げた根に触れる瞬間、バチッ! と消し炭に変えてしまう。
ゆっくりと彼女は、もはや誰にも触れられない。
初名は『ハダニ』の前へとたどり着いた。
「ごめんね」
ボソリと、そう言って『ハダニ』に手を添た時だった。
ドンッッッ!! と、空気を響く重圧な音と共に紫電を放つ。
一瞬だった。
蟲魔『ハダニ』の『核』ごと跡形もなく消し炭になり、辺りには焦げ臭い匂いが立ち込まれていた。
◇
「コウちゃん、おおきによ。わえに力を貸してくれて」
「……ああ」
「……怒って、る?」
「……いや」
今、自分がどんな顔をしているのか、よく分からなかった。怒っているとは別に顔が強張っていたかもしれない。香輔の曖昧な答えに初名はおずおずしていた。
「怒ってないよ。とにかく無事で良かった」
そう答えると顔をほころぶ初名。
「でも、……もうこんなことはしないでくれ。一人で背負い込むな」
今度はシュン、となる初名に香輔は表情を緩める。
(相変わらず、感情が豊かなんだな)
こうして見ると、ただの女の子にしか思えないが、彼女は蟲魔だ。蟲魔は世界樹を脅かす人類の敵。そういう理は嫌でも耳に聞く。
(初名は敵じゃない)
そう言っても誰も信じないだろう。だから、時間が必要だ。
「ど、どないしたん? やっぱり怒っとる?」
黙り込んでいる香輔にまたビクビクしていた。
「初名。もう、僕はお前の力を解放したくない。二度と見たくないんだ。あの姿を」
彼女の豊穣術を開放して確信した。
やはり、凶作の力を持つ瘴気と豊穣術が混ざっている。
紫電を操る彼女には蟲魔に対抗できる。だが、下手をすれば他人を巻き込むことになる。
それこそ彼女の待遇が怪しくなる。
「その力を使うことが皆を守るためなら、初名自身はどうなんだ? 本当に自分の叶えたいことなのか?」
そう。梅咲初名の願い。それは、皆んなと笑顔で隣にいたい。
ありきたりで単純な誰にでも叶えそうな願いなのに。
「……わえは」
ただ、彼女は少し遠慮がちに答えた。
「わえ自身は、今でもよう分からへん。自分自身が蟲魔である以上、生きたいってゆうのは矛盾が働くと思う。皆を守るのに、わえが傷ついてしまうから」
自分が蟲魔だと他人を恐れてしまう。だから、気づかれないように生きていくしかない。
それなのに、
「わえ、人に憧れとる」
ふと、芽生えた感情。
「ううん、違う。人になりたかった」
心を持った蟲魔は、果たして悪なのか。
「今からでも生まれ直して、友達といつまでも一緒にいられる『人』になりたいっていつも思ってた。でも、わかってる。それは幻想だって。わえは生まれたときから厄災を呼ぶモノだったの。蟲魔を呼び起こす害虫。それが、蟲魔」
目の前にはただの女の子にしか見えない梅咲初名が人類の敵。ただ、蟲魔と言うだけで世界から外される。
「やけ、わえに残された生きる理由は蟲魔を殲滅すること」
(そんなこと……)
とっくに気づいている。
香輔の自然能力は、触れるだけであらゆる植物の特性を知ることができる。そして、彼は……、
(初名が生きたいって気持ちはウソじゃない)
キミの本音に触れたから。
彼女のウソ偽りのない純粋な心を支えて、いつまでも笑顔でいられるように。
(だから、自分の存在を否定しないでくれ)
「わえが呼び寄せた蟲魔を殲滅しなきゃいけない。これがわえの使命なの!」
「それじゃ、これまでの『森荒らしの魔女』は貴方だったのね」
「「っ!」」
第三者の声。
いつのまにか、スーツ姿の女性が二人の間に現れた。




