佐々木さんとの距離
ー数週間後ー
私はいつも通り屋上で一人ご飯を食べる。
あの日以来佐々木さんは屋上には来なかった。
お昼を食べ終え、社内に戻る。
「えー!まじで!?うける!」
……白石さん達の声だ…
「てかさ青木さん社長の愛人ってほんとかな」
「どうせ青木さんが言い寄ってるんでしょ?」
「黒崎社長かっこいいし、お金あるし気持ちはわかるけどさぁ…」
「じゃ青木さんから奪っちゃえば?」
「でも不倫とか後々面倒じゃん?」
「理由そこ!?」
その笑い声の中、私は給湯室へ入る。
「……お疲れ様です」
「あ、青木さんいい所に来た」
「はい…?」
「青木さんって黒崎社長の愛人ってまじ?」
「そんな訳…ないじゃないですか…」
「いつも楽しそうに社長と話してるじゃん、距離も近いし」
「社長秘書なので……仕事です……」
「なら真穂がさ、黒崎社長のこと気になってるんだって。協力してよ」
白石さんのことだ。
「……社長既婚者ですし……協力はできないです…」
私がそう言うと三人が笑い出す。
「あんただって不倫とかしてるでしょ?」
「そんなの…したことないです……」
「嘘つけよ。他の部署の何人かの愛人してるって噂されてるけど」
「事実無根ですし…協力もできないです」
「………使えない女。行こ」
そう言うと三人は出て行った。
はぁ…
私はお茶を入れ、席へと戻った。
私はなぜか白石さんを含む仲良し三人組に嫌われている。
私の悪口や噂話で盛り上がってる現場によく遭遇する。
勝手に噂するのはいいけど、それを周りに広めるのは本当にやめてほしい。
気にしない人が大多数だけど、中には信じて私をそう言う目で見る人もいる。
ー金曜日ー
私はいつものように行きつけの大衆居酒屋へ向かう。
「らっしゃいませー!」
カウンターに向かう途中、ふと足が止まる。
「佐々木…さん…?」
佐々木さんが振り返り驚いた顔をする。
「…びっくりした…お疲れ様です…」
「お疲れさまです…どうしてここに…?」
「最近後輩と飲みに来て気に入ったんでまた……」
「そうでしたか…」
「あ、良かったら…」
そう言って隣の席に手を差し出す。
「あ……では失礼…します…」
私は佐々木さんの隣に座る。
「お姉さん、いつもので良いっすか?」
「あ、はい…お願いします…」
「良く来るんですか?」
私は無言で頷く。
なんとなく恥ずかしい…
すぐに頼んだビールが運ばれてくる。
「お疲れさまです…」
私は遠慮気味にビールを差し出す。
「お疲れ様です」
佐々木さんもビールを差し出し乾杯する。
そして一時間後。
「佐々木さんなんでずっと敬語なんですか?」
「何でって…」
「タメ口で良いですよ…!あ、もう一杯お願いします!」
「青木さんまだ飲むんですか…?やめた方が…」
「あ、また敬語〜!敬語禁止です!あとさん付けもいらないですっ!」
私は酔うと上機嫌で饒舌になる。
普段は適度にセーブして飲んでるのに、今週はストレスも溜まったし誰かと一緒という慣れない空間につい飲みすぎてしまった。
佐々木さんが軽くため息をつく。
「………いつもこんなに飲むのか…?」
「私を呑んべぇみたいに……そんなことないですよっ!」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「私にも色々あるんですよ!飲みたい時が……」
「仕事の事か…?」
「え…?」
「俺で良ければ話聞くけど…」
「………大丈夫です…!聞いてもらうほどのことでもないんで……」
「……そうか」
「じゃあおかわりお願いしまーす!」
「いや…流石に飲みすぎだろ……もう帰るぞ…」
「あと一杯だけ〜!」
「そう言って何杯飲むんだよ…」
そう言うと半ば強引に外に連れ出された。
「もう少し飲みたかったのに………」
私はうなだれる。
「あ…!お会計…いくらでした?」
私はバッグから財布を取り出す。
「佐々木さんいつの間にかお会計してるから…」
「良いよ別に」
「いやいや、奢ってもらう理由がないんで」
「いや…先輩だから」
「………じゃあ次は奢らせて下さいね…?」
「次って…」
「あ、今めっちゃ嫌な顔したじゃないですか!」
「いや…」
「普段はこんな飲まないですよ?今日は一人じゃなかったからつい…」
「はいはい…分かったって」
「うわ…私なんかなだめられてます!?もういい…今日はごちそうさまでした!ではまた月曜日に!」
私は手を振りながら家の方向へと歩き出す。
「……歩いて帰るのか?」
「そーですよ?家近いですし…」
私は振り返りながら言う。
「こんな時間に一人は危ないだろ…近くまで送る」
「大丈夫ですよ…いつも一人で帰ってるん……うわっ!」
振り返りながら歩いてた私は石につまずき転びそうになる。
佐々木さんがとっさに腕を支えてくれる。
「すみません…ありがとうございます…」
「こんな危なっかしい人置いてけないだろ」
そう言うと私を立たせて歩き出す。
気まずくなった私は何か話題はないかと酔った頭を必死に回転させる。
「そ、そういえば…佐々木さんあれから屋上に来ないですよね?」
「……あぁ…まぁ………」
「もう屋上で食べないんですか?」
「いや…青木の時間を邪魔するのも悪いし…」
「そんなこと…また屋上で食べましょうよ…!」
「何で……」
「うーん…特に理由はないですけど…私久しぶりに誰かとあんなに喋ったので…なんか…楽しかったんですよね」
「…………………………」
「佐々木さんさえ良ければ…ですけど」
「俺は別に食べられればどこでも構わない……」
「ならまた一緒に食べましょ!別に私専用の場所じゃないですし…」
そう言って笑う。
そんな会話をしている内にマンションの近くまで来ていた。
「あ、家もう近くなので…結局送ってもらっちゃって……ありがとうございました…!」
「じゃあまた月曜日に、お疲れ」
「はい、お疲れ様でした!」
そう言うと佐々木さんは向こう側に歩いて行った。
ー月曜日ー
屋上のドアを開く音が聞こえる。
「あ、佐々木さん…お疲れさまです……」
「お疲れ…」
「どうかしました…?」
「いや、この間の会話覚えてたんだと思って」
「ちょ…覚えてますよ!何だと思ってるんですか私のこと」
「結構酔ってたからさ…」
「言っておきますけど、私飲んで記憶なくしたことないんで」
「何の自慢だよ」
そう言って笑う。
「でもこの前はちょっと飲みすぎました…お昼誘っちゃって…ご迷惑じゃなかったですか…?」
「いや、別に……」
「それなら良かったです…!」
佐々木さんの今まで出会ったことがない雰囲気と安心感に私はなぜか不思議とすぐに心を開いていた。