自重せよ
「お帰りなさいませ、ケリエル様~」
「ただいまクリス。会いたかったよ」
エントランスで抱き合う私とケリエル様。
「私がいない間、どうしてた? 何もなかったかい?」
ギュッと抱きしめたまま、心配そうにたずねてくる。
私は胸に顔を埋めたまま呟いた。
「大丈夫です。何もありません。ただ……」
言い淀むと、途端に肩を掴まれ距離を取り、顔を覗きこまれる。
「何? やっぱり何かあった?」
「いえ、ただ、ケリエル様がいなくて、寂しかっただけです」
恥ずかしくって、もう一度ケリエル様の胸に飛び込むと、しっかりと気持ちを伝えてみた。
「クリス~~~~~」
プルプル震えていたケリエル様は、再び抱きしめなおしてくれた。
「……なんですか、このバカップルは? 旦那様、奥様、これ放っておいていいのですか?」
「一日千秋の想いとは、よく言ったものだが……これは些か大袈裟か?」
「小さい頃を思い出すわねぇ」
三者三様の言葉に、私はここがイブニーズル侯爵家のエントランスで、自分はまだ男姿だったことを思い出す。
こんなところを、侯爵家以外の者に見られたら大変だ。
いけない、いけないと昼間のカーターのジト目を思い浮かべる。
冷静になった私は、慌ててケリエル様の腕の中から顔を出し、侯爵夫妻に謝罪する。
「す、すみません。えと、なんか、気持ちが昂って、つい……」
「構わないわよ。過去を思い出して、少し混乱しているのでしょう。ケリエル、貴方が自重すべきことよ」
ニッコリと微笑むお義母様だが、何故かケリエル様に視線を向けた時だけ、目をスッと細めた。
そんなお義母様に、ケリエル様はコテンと首を傾げる。あ、可愛い。
「何故、自重しなければいけないのです? やっとクリスが素直に私の腕の中に納まってくれているというのに」
「クリスが恥ずかしい思いをするでしょう」
「では人目のない自室に行きます」
「それは絶対に駄目。こんな状態で二人きりで部屋に籠られたら、オルバーナ伯爵夫妻に顔向けできないわ」
「何を今更」
「今更じゃないぞ。クリスの初めてを男の姿で奪う気か⁉」
「うぐっ、父上。それは……」
「いや、どっちにしろ駄目でしょう。言っときますけど、まだ婚姻はしてませんからね」
「婚約はしている。なので、最後までしなければ問題ないということで……」
「あ、鬼畜発言出ましたね。流石にこれは軽蔑されますよ、ケリエル様」
一気に私へと注目が集まる。
お義母様に窘められていたケリエル様だが、お義父様にまで加勢されてカーターには正論を解かれた。
最後は私にどう思う? みたいな顔を向けてくる皆様に、ちょっと狼狽える。
確かに過去を思い出した昼間から、ケリエル様に対しての胸キュンが止まらず、帰宅した姿を見て一目散に飛びついてしまったのは、私の責任だ。
デレデレのケリエル様に甘やかされて、我を忘れて喜んでいたのも認めよう。
だが、流石にこの姿で最後までする気はないよ。
相手がどんな姿でも、私もケリエル様もお互いを大好きだということには変わりないけど、やっぱり結婚と初めては、元の姿で行いたい。
そこは譲れないと気持ちを素直に吐露すると、ケリエル様は少しだけガッカリされたように見えたが、すぐにニッコリと微笑んでくれた。
「冗談だよ、クリス。実は、件の魔法使い絡みで新たな仕事が舞い込んでしまってね。一週間の休暇も延期になってしまった。まあ、前回ほど城に入り浸りということではないが、流石の私もこんな落ち着きのない状態で、君との大切な時間を過ごそうとは思ってはいないから、安心して」
そう言われて、安心できるはずがない。
大きな事件がやっと片付いたと思ったのに、またすぐに借りだされるなんて、ケリエル様の体が心配になる。
私はケリエル様の腕を掴んで、顔を覗き込む。。
「また、お忙しくなられるのですか? お疲れは溜まっていませんか?」
「違うものは溜まっているけど、まあ、大丈夫。クリスにそんな顔させるなんて、私もまだまだだね」
そう言って、クシャリと私の頭を撫でてくれる。
その温かい手にふにゃっと笑み崩れてしまう。
「……所々、本音入れるのやめませんか。これが俺の主人かと思うと聞いていて、いたたまれなくなります」
ケリエル様の後ろでカーターが項垂れていたが、私は知らないふりをした。
ハア~、頭なでなで最高~♡
「研究所に置いてあった魔道具? そんなもの、見たことも聞いたこともないわね」
夕食後、談話室にて本日の報告をしてくださったケリエル様から、男が口にしていた魔道具のことを訊かれたお義母様が、首を傾げて答える。
その返事に、コックリと頷いて応じるケリエル様。
「ですよねぇ。ペルも見覚えがないと言うのです」
「ペルセウス様が知らないと言うのならば、それは確かよ。その男が嘘を吐いているのではなくて?」
トウハー様の記憶力は確かだと言うお義母様に、ケリエル様はう~んと考え込む。
「ですが、いくら偶然の産物でかけられた呪いとはいえ、あの男があんな複雑な呪いをかけたとは、やはり考えにくいのです」
「そう。だったら、その魔道具は本当にあるのかもしれないわね。でも研究所にあったというのは、やっぱり嘘じゃないかしら? 入出先を知られたくないとか」
「そうかもしれません。一応、それも見越したうえでの捜索はしています」
全部が男の虚言だとは言わないが、全てが真実とは限らない。
両方からの見解を視野に入れて捜索していると、ケリエル様は述べる。
そこでお義母様は思考に没頭した後、口を開いた。
「……私が一度、その男に会ってみましょうか?」
「え、母上がですか?」
「ええ。十年前のことなら貴方より私の方が記憶は確かでしょうし、直接会えば何か思いだすかもしれないわ」
「王族専属の魔法使いだった君と、研究所の一端の職員にすぎない男とが会ったところで、何も思い出すことなどないと思うけれどね」
お義母様とケリエル様の会話を黙って聞いていたお義父様が、突然口を挟んだ。
「あら、貴方はお気に召しませんか?」
「せっかくケリエルが二度と私達を借りださないと王族と約束したのに、君がノコノコ現れたら、また調子に乗って呼び出されてしまうぞ」
ぶっすう~っと、不貞腐れるお義父様。
これは、お義母様が知らない男と会うのを嫌がっているのかしら?
一流の魔法使いであるお義母様に限って、何をされるか分からないという心配をされているということは、ないわよね。
それならばお義父様のこの態度は、嫉妬なの? 嫉妬なのね、可愛い。
そんな感情が伝わったのか、お義母様がお義父様にニッコリと微笑んで、ケリエル様に向き直った。
「でしたらケリエル、貴方がその男、連れ出しなさい」
「……無茶言わないでください。一度、牢に入れた男をそう簡単に外に出せるわけないでしょう」
額を押さえるケリエル様。
確かにそれは中々の無茶ぶりだと、見ていた私とカーターも同情する。
「簡単よ。転移魔法で連れてくればいいの。貴方なら一人ぐらい連れて飛べるでしょう」
「だったら母上が、転移魔法で牢に入ればいいのではいですか? 人払いは済ませておきますよ」
「転移魔法?」
「!」
ビクッとケリエル様が大きく体を揺らした。
私がゆっくりと首を傾げる。
「……ケリエル様は、転移魔法も使えたのですか? そういえば、昼間もあの男とそのような会話になっていましたね」
「……あ~~~~~、いや、え~~~~~」
ケリエル様が挙動不審になられた。
視線を思いっきり逸らされた私は、ケリエル様が変よ、とカーターに向き直るが、彼にもまた視線を逸らされた。
ムッとした私は、お義母様に助けを求める。
そんな様子に苦笑したお義母様は「ケリエル、これ以上は無理よ。さっさと白状しちゃいなさい」と全てを吐けとケリエル様を促してくれた。
「……はい」
ガックリと俯くケリエル様に、私はそんな重大な秘密だったのかと背筋を伸ばす。
確かに転移魔法は凄い魔法だとは思うが、王族にさえバレなければ、ケリエル様が項垂れるほどの機密事項だとは思えないのだが……どんな秘密が隠されているのかと、私はケリエル様のしょぼくれた顔を見ながら、ドキドキワクワクと心を躍らせるのであった。




