有能な義弟
「確かにクリスティーナ嬢が呪いにかけられ、犯人がいつ現れるか分からないという状態で、カーターを執事としてそばに侍らせていたのは分かるが、その犯人が捕まった今、まだ彼をクリスティーナ嬢のそばに置いておく必要はあるのかい? 彼はかなり優秀だと聞くよ。魔法騎士団で採用した方が、よっぽど能力を発揮できると思うが……」
私がクリスの護衛が何より大事だと言うと、王太子殿下が呆れたようにカーターの存在価値を口にする。
だが私はそんな王太子殿下を見て、首を横に振った。
「必要ないですね。カーターは私の義弟兼友人兼執事兼護衛ですから」
「う~わぁ、独裁者」
「何か言ったか、ペル? まあ冗談はさておき、カーターとは何度も話し合ってます。その都度、彼から今の状況が一番いいという返事をもらってますからね。呪いが解けてもクリスの護衛は続け、一生イブニーズル侯爵家に仕えたいという」
「クリスティーナ嬢だけではなく、カーターまで洗脳していたのか?」
「どういう意味かな?」
ニッコリと笑顔を向けると、ペルは肩をすくませた。
「私だってカーターがクリスのそばにいてくれるからこそ、こうして仕事ができるんです。そうでなければ心配で心配で、クリスのそばを一時だって離れることはできませんでしたよ。そうなればいくら王太子殿下との約束であろうが、私はこのような面倒くさい役職……コホン、城勤めなどしていませんでした」
「……カーターに感謝だな」
王太子殿下が、本日何度目かの大きな溜息を吐いた。
「分かった。カーターのことは諦める。それよりクリスティーナ嬢の呪いの件はどうする? 落ち着いたら、件の男に解呪させてみるか?」
当然のように提案する王太子殿下に、チラリと視線を向ける。
やはり殿下は密かに、優秀なカーターを狙っていたんだな。
まあ、他部署ではなく私の下にというのは、殿下の優しさだろうが、いかんせん、カーターは私の義弟みたいなものだ。イブニーズル侯爵家にいたいというのだから、私は義兄としてそれぐらいの我儘は聞いてやろうと思っている。
優秀な我が家の人間は、いつでも他者から狙われている。
主に王族からだが、騎士である父上や魔法使いである母上にはいまだに復帰を願う声がやまないし、カーターの優秀さにも気付かれている。
確かにミレニアム様の件で両親の復帰は願わないと約束はさせたが、それだけでは心もとない。
だから私は人身御供として、この場にいるのだ。
私一人が城勤めをして、それで家族を守れるのならそれに越したことはないと考えて。
血の涙を呑んでクリスから離れているのだから、それぐらい王族にも理解してほしい。
私は王太子殿下に視線を向けたまま、顎に手を当てる。
「そうですね。試してみてもいいですが、十中八九解呪できないと思いますよ。確かに奴は呪いをかけたが、魔道具の存在もありますからね」
「では、どうする?」
「一度だけ奴にチャンスを与えてみます。それで無理ならば当初の予定通り、ペルと私とで解呪します。魔道具探しと同時進行で構いませんか?」
王太子殿下に了承を得ながら、ペルにも視線を送ると無言で頷いた。
「ああ。魔道具探しは実際のところ、どれほどかかるか分からないからね。休暇も先に取らせてあげたかったが、すまないな。折を見て、順番にでも必ず取らせてやるから、もう暫くだけ辛抱してくれ」
王太子殿下に休暇の話をされて、私は先程のサランの姿を思い浮かべる。
「……それは、サランに言ってやってください」
「……ああ、うん。もちろんだ」
思わず虚ろな目をしてしまったのは、私だけではなかったようだ。
「うふふ、うふふ、うふふふぅ~」
「……気持ちが悪いの一言で済ませていいですか?」
私、クリスティーナに呪いをかけた魔法使いが現れて、ケリエル様がひっ捕らえて行ったのは、数時間前のこと。
私はイブニーズル侯爵家で与えられている私室にて、枕を抱えてニヤニヤと笑み崩れるのをやめられなかった。
だってだって、私は全てを思い出したのだから。
私がどれほどケリエル様を好きだったかということを、走馬灯のようにケリエル様との思い出が蘇るのと同時に、恋心が溢れだしたのだ。
記憶がなかった時にでもあれほど好きだったのに、今では以前の勇姿も思い出しキュンキュンが止まらないのだ。
そんな私の姿をカーターはジト目で見続ける。
私は身悶えたまま枕から顔を離すと、カーターに向かって呟いた。
「……言っとくけど、私、カーターのことも思い出したからね」
「え?」
ギクッと体を揺らすカーター。
私が枕を抱えたまま、ずずずいっと顔を近付けるとその分だけ後退し、あからさまに視線を逸らす。
額にはうっすらと汗が流れている。
「カーター、貴方、ケリエル様の見ていない所で私によく悪戯してたわよね」
ギクギクッと、目に見えて動揺している。
「あの頃の貴方は、いつもケリエル様の後ろを追いかけていたわ。そんなケリエル様が私に構うのが悔しかったのかしら? 幼い私に虫を投げたり、甘過ぎるお菓子を与えたりしてたわよね。周囲に決して気付かれない程度の小さな嫌がらせ。私ちゃんと覚えているんだから」
「……どうして、それが俺だと?」
「だって目を合わせたら、明らかに視線を逸らしていたのはカーターだけだったもの。他の人は私が反応すると、心配そうに見つめていたから」
「それは、幼い二人の仲の良い姿が微笑ましかったのでしょうね」
「お爺ちゃん目線⁉ ケリエル様より年下なのに何言ってるの?」
話を逸らそうとボケたことを言うカーターを逃がさないと見つめると、彼は上を見上げて何かを考えている様子だったが、そのまま目元に手の平を当てると呻き声の後、謝罪した。
「あ~~~~~、すみません」
そんなカーターに私は笑みを浮かべる。
「クスッ、いいのよ。カーターがケリエル様のこと好きだったの知ってたし。お揃いねって思ってたから」
私の言葉に、カーターは拗ねたような気恥ずかしそうな表情をする。
「好きって言われると、ちょっと……。まあ、あの頃の俺はケリエル様を兄だと思っていましたからね。誰にでも辛口の兄が、クリス様にだけは人が変わったように優しかったのが、気にくわなかったのでしょうね」
「うん、まあ、分かる気はするわ。じゃあ、私の執事になってくれたのって、もしかして罪滅ぼし?」
私が首を傾げてたずねると、カーターは苦笑した。
「そうですね。それもあったのかな? まあ、一番はケリエル様に頼まれたのが大きいかもしれませんが、俺なりにクリス様が心配であったのも事実ですよ。俺にとっては貴方も妹のような存在でしたからね」
「あら、嬉しいわ」
カーターの言葉を聞いてニッコリ笑うと、彼は意表を突かれたような顔をした。
「全くかなわないな、クリス様には。うん、全部思い出した所為かな。昔のクリス様に戻られましたね」
「私、こんなだった?」
「ええ。天真爛漫っていうか、結構ズバズバ物事は言うし、思ったことを全身で表していましたよ。清楚可憐なイメージとは少し違ってましたよね」
「ムッ、なんか失礼な気がする。それ褒めてる?」
「もちろん。そんなクリス様を、ケリエル様はいつも可愛い可愛いって言ってましたからね」
そっかぁ、ケリエル様が可愛いって言ってくれていたのなら、悪い性格ではなかったのね。
私がヘラヘラ笑っていると、流石にカーターが「淑女にあるまじき表情です」と言った。
ケリエル様を思い出すと、すぐに頬が緩んでしまうのだ。
ちょっとだけ気を付けようと思いながらも、今日ぐらいはいいよねと思う私だったが、カーターの冷めた目を見て背筋を伸ばす。
うん、流石にそろそろ正気に戻らないといけないかもね。




