魔法対決?
上空にいる不気味な魔法使いを、私は目を逸らさずに睨みつける。
私の表情に気付いた男は、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「……そんな反抗的な目をするような生き方を、していたのかい? それは誤算だったな。僕の予定では、君は人を愛せず人を寄せ付けず、ただ一人孤独に生きているはずだった。そんな臆病なコリスちゃんを迎えに行くのを楽しみにしていたというのに、攻撃的なその目は一体なんだ?」
男は私を見下ろすと、ジッと何かを探るように目を細めた。
「ん? なんだかおかしい。術式が違うようだが……あいつが何かしたのか?」
カーターと私は、答えてやる義理はないので無言のままだ。
自分の問いに反応を示さない私達に、業を煮やした男が叫ぶ。
「答えろ! でないと、この屋敷を燃やしてやるぞ!」
男の脅迫に、私の体はビクッと跳ねる。
侯爵夫妻は出掛けているものの、この屋敷にはハバスさんをはじめ、沢山の使用人さん達がいる。
屋敷が火に包まれたら、それは大変なことになる。
一瞬、大惨事を想像してしまいゾッと体を震わせた私が声を上げようとした瞬間、パッと目の前に大きな背中が現れた。
「できるものなら、やってみろ。 その瞬間、燃えているのは自分ということになる」
「残念だが、防御魔法なら僕に勝てる者はいないよ」
上空に浮かぶ男と対峙するかのように、そこには愛しのケリエル様とトウハー様が並んで立っていた。
「……ケリエル、様」
私の声に反応したケリエル様は、顔だけをこちらに向けてくれる。
「遅くなってごめんね、クリス。怖かっただろう。もう大丈夫」
優しい声で心配してくれるケリエル様。
隣にいるトウハー様も、カーターに声をかける。
「カーター、連絡ありがとう。君は何気に優秀だよね」
「間に合って良かったです。俺一人で対峙したと後でケリエル様に伝わったら、どんなに拗ねられるか分からなかったので、来てくれてホッとしました」
「……うん、お互い苦労するよね」
トウハー様とカーターが頷きあっている。
その内容は、この目の前で浮かぶ不気味な男よりも、ケリエル様の不機嫌の方が怖いと言っているように聞こえるのは何故だろう?
そのままトウハー様がケリエル様から離れて、私達の方へとやって来る。
「ケリエル、どうぞ。邪魔はしないから十年分の恨み、果たせば」
「防御は任せた。クリスは元より、この屋敷にも損害が生じないように頼むぞ」
「君が力加減すればいい話だよね。まあ、言うだけ無駄か。了解。思う存分、やってくれ」
トウハー様との話しが終わると、ケリエル様はスッと上空に浮かび、男と対峙する。
ケリエル様が眼前に現れたことで、男は目に見えて狼狽え始めた。
「なっ、私と同じように浮かべるだと⁉」
「こんな魔法、基礎の基礎だろうが。因みに、下にいる魔法使いの二人にもできるぞ。自分だけが特別だとでも思っていたのか?」
男の言葉にケリエル様は、ハッと嘲笑する。
だが、私も少しだけ魔法を調べてみたのだが、空に浮かぶ魔法などかなり高度な技術だ。
誰でもが、できるはずはない。
基礎だと言うのは、ハッタリですか? 若しくは、男を揶揄っているの?
そう思って二人を見つめていると、ケリエル様の計画通り? 男はますます狼狽し、声が裏返った。
「い、今、急に目の前に現れたが、まさか貴様、転移魔法が使えるのか?」
「お前が王都を離れている間に、魔法使いのほとんどが使えるようになったぞ。真似事しかできないお前とは違う。だがその演出は、かなりの駄作だったな。お前が空に浮かんで、ゆっくり近付いていたのは、カーターに気付かれていたぞ」
お蔭でゆっくり来ても大丈夫だと助言まであった。とニッコリ笑い大嘘を吐きまくるケリエル様。
私はカーターに振り返る。
「カーターが気付いていたのは、本当なのよね? いつから?」
「クリス様がケリエル様との妄想に、涎を垂らしていた時ですかね」
今すぐ頭を殴って記憶喪失にさせたい。
私がジト目でカーターを見ている間にも、頭上ではケリエル様と男とのやり取りが続いていた。
「そ、そんなことは、どうでもいい。それよりも、貴様は十年という長い歳月を使っても僕の呪いが解けなかった。愛しい婚約者は男のまま。ハハハ、いい気味だ。何が天才だ。自分の負けを認めろ。そうすれば、呪いを解いてやってもいい。僕の腕の中にいる女に戻った婚約者を、遠くから眺めさせてや……」
バシュッ!
「え?」
鋭い風が男の顔の真横を通り、その頬に一筋の線を作った。
ツーっと赤い血が滴り落ちる。
「長い。付き合ってられるか。殺してやるから、さっさと来い」
腕を組んでふんぞり返ったままのケリエル様が、半眼で男を見下ろす。
「貴様、詠唱はどうした?」
「煩い」
バシュ、バシュ、バシュ。
「ま、待て。僕が死ねば、永遠に彼女は男のままだぞ」
慌てる男に、ケリエル様はフンッと背を逸らす。
「どうでもいい。ていうか、解読はできている。心配するな。安心してあの世へ逝け」
「逝けるか⁉ 解読ができている? そんな馬鹿な。ならば何故、彼女は男のままなのだ?」
「答える義理はない。連打の炎」
ボボボボボッ!
「うわあぁぁぁ!」
炎の塊が、男目掛けて幾つも放たれる。
下で見ていたカーターがその様子に「うわぁ、普段無詠唱のクセに、わざわざ言うなんて性格悪過ぎますよね」と呆れ、隣で見ていたトウハー様が「あの性格は、一生直らないだろうな」と溜息を吐いていた。
私は、そっと視線を逸らす。
ボッボッボッと着ていたローブに燃え移った火を、必死で消して回る男に、尚も炎が向かう。
限界だったのか、男は自分の頭上に大量の水を出現させると、それを頭から一気に被った。
バシャッとずぶ濡れになったところで、やっとケリエル様の攻撃が止まる。
男はぐっしょりと濡れたフードを取り払い、素顔を晒して怒鳴りつけた。
「ふざけるな! 連打とはいえ普通はある一定数、放たれれば止まるものだ。貴様には疲労という言葉がないのか⁉」
「多忙な十年を過ごしたお蔭で、疲労とは縁のない体になっている。濡れているなら、ちょうどいい。そのまま凍っていろ」
ピシピシピシッと男の足元から、濡れた水が凍っていく。
「ひいぃ、やめろ、やめろ。本当に死んでしまう」
男の悲鳴に、ケリエル様は「天才なんだろう。自力で溶かせてみろ」と抑揚のない声を出す。
氷は、男の腰まで広がっていった。




