解呪の兆し
目の前で職員に振り回されていたペルが「もうヤダ」と泣き叫んでいる。
余程怖い目にあったのだろう。
私は王太子殿下にジト目を向けた。
「そもそも奴の面倒を見ていたのは、事件が終わるまでの監視の意味もあったのですよね。奴の気分を良くして必要な情報を引き出すのは建前で、本音は万が一、子爵に寝返った場合を警戒しての行動だったはず。ならば事件が解決した今、ペルを自由にしてやってもいいのでは?」
「うん。それはそうなんだけど、ケリエルも言っていたじゃないか。手綱を握れって」
「それは殿下が握ってくれるのが一番ですが、無理ならペルが言うように無難な男をあてがいましょう。できれば職位の低い男が良いと思います。高位貴族だと、あの性格では問題が生じそうです」
「ケリエル、僕は初めて君と友達で良かったと思っているよ」
「どういう意味かな? とりあえず、殿下。私達の誰かが奴の世話をしないといけないという状況は、もう必要ないはずです」
私が職員に関わるのはもういいだろうと話すと、王太子殿下は考えるそぶりをし、ペルは潤んだ瞳をこちらに向けている。
やめろ、鳥肌が立つ。
私が腕を擦っていると、暫くして考えをまとめた殿下が頷いた。
「分かった。彼女の監視と調教のできそうな人間を、何人か上げてみよう。それで私達は一旦彼女から手を引く」
「……殿下、監視はともかくとして調教って……。あの女を喜ばせてどうするんですか?」
賛成してくれたのは良いが、聞き流せない言葉が含まれていた。
王太子殿下は今一つ、奴の本性を理解していないらしい。
「せっかくなら、両者ともに喜んでもらえる人間をあてがった方がいいだろう?」
あ、どうやら分かっていたようだ。
私はそれならばと、王太子殿下に賛成する。
「二人の会話が酷過ぎる……」
私と王太子殿下が職員の行く末を話していると、ペルが扉の近くで項垂れた。
まあ、あんな女に関わっていたのだから、とりあえずペルにもお疲れ様と言っておこう。
そして私はこの会話はもういいだろうと、大事な話に移ることにした。
「ところで、この事件が始まる前に預けた古書の解読はどうなった?」
それは二つ目の呪いを掛けたサンシャル伯爵令嬢が使用した、魔法書である。
その本を解読して、クリスの呪いが解読できるかどうか。
私がこの事件にかかりっきりになることを見越して、ペルに件の本を託したのだがその後、ペルの方でどこまで進めたのか、事件が解決した今、最も気になることである。
本日、王太子殿下の執務室に私が来たのも、その話をするためだった。
泣き崩れていたペルが居ずまいを正す。
「ああ、うん。やはりあれは、クリスティーナ嬢が受けた呪いの本に間違いないようだ」
「解読できたのか?」
あっさりと本の内容を話すペルに、私は驚いてしまう。
偽魔法薬の成分を調べたり、職員の監視をしていたペルも結構忙しかったはずなのだが、それをものともせずに解読してしまうなんて。流石、研究馬鹿である。
私の驚く姿に気をよくしたペルは、鼻高々に説明を始めた。
「もちろん。あの本の魔法に関しては全て解読できた。だけど、ケリエルも知っているように、クリスティーナ嬢の呪いは、あの本の失敗だ。本の通りに呪いを掛ければ、あんな結果にはなりえるはずがなかった。だってあの本は前に暖炉で見つかった魔法書とほとんど一緒で、動物などに変身する魔法だったんだ。それ以外にも色々と書かれてはいたが、後は生活に関わる魔法とかでたいしたものではなかった。だから二回目の魔法は、前の呪いに上乗せしただけみたいなものにすぎない。不本意だが、今残っているクリスティーナ嬢の呪いは、あの本の呪いより優れていると言うしかない」
ペルの説明に、私は落胆する。
せっかく手に入れた魔法書だというのに、結局以前入手した魔法書と同じ物だったとは。
そこで私は、この魔法書を入手した際の出来事を思い出す。
「だがサンシャル家の娘は、性別を変える呪いだと信じていだぞ。そんな文言でも書かれていたのか?」
「そうだね。読みようによっては、そう捉えても仕方がないかもね。ただでさえ難しい古代文字だし、変身っと書かれていたから。でもサンシャル伯爵令嬢には、ほとんど魔力もなかっただろう? だから最初の呪いにゆる~い魔力が乗っかっただけ。しかも間違っているから、結果的に魔法が成功したように見える。最初の呪いが強過ぎるんだよね」
結局、二つ目の呪いは余り意味のないものだったようだ。
「では、あの魔法書を解読したところで今の呪いを解呪することはできないという訳か」
あからさまに落ち込む私に、ペルはキョトンとした表情を向ける。
「いや、そうでもないだろう。だってケリエルは二つ目の呪いは解呪しているんだから。さっきも言ったけど、最初の呪いに上乗せしてるって。ということは二つの呪いには、そう大差はないはずなんだ。問題なのは魔力量ぐらいじゃないかな? それだってケリエルなら可能だろ?」
そういうペルに私は目を見張る。
確かに二つ目の呪いが一つ目の呪いを上乗せしただけならば、二つ目の呪いを解いた今、一つ目の呪いを解くのも問題ないかもしれない。
根本的な個所は一緒なのだから。
そしてペルの言うように二つの呪いを比べると、一つ目の呪いの魔力量が圧倒的に多い。
そうなると解呪するにも同等の魔力量が必要となる。
だが、それも溢れる魔力量を維持する私なら可能だ。
足りなければペルもいる。
母上だっているしね。
そこでハッと我に返る。
「確かに元に戻った今の呪いなら解呪するにも問題はないかもしれないが、もう一度見直して用意するまでに、また薄れて変化したりしないだろうか?」
私の心配はそこにある。
あの呪いの最も厄介な所は、一部分が変化すること。
それも最初の呪いだけがそうなるのだ。
今から調べなおしてその危険性はないかとたずねると、ペルは少しだけ嫌そうな顔をして答えた。
「その時は、もう一度パティアナ嬢に修復をかけてもらおう。そうすれば元の術式に戻るわけだから、解呪は十分に可能だろ」
すう~っと私の目が半眼になる。
一番の難問を、あの件の職員を使うことで解決できるというペルに、露骨に嫌な顔を向ける。
せっかく奴と距離を取ることが決まったというのに、また奴と接近しなければいけないのか?
私の露骨な態度にペルも苦笑する。
「いや、万が一変化した場合の話だよ。変化する時は、術式が薄れるだろう。それがなければ無理に会う必要はない。一応対策としての話。だから今度こそ、本当に解呪できるはずだ」
「……そうか」
やっと、やっとクリスの呪いが解ける。
私の手が高揚に振るえる。
もうすぐ十八歳になろうかという年齢を前にして、やっと解放してあげれるのだと思うと、嬉しくて涙が出そうになる。
クリスなら女でも男でも構わないと豪語したし、その気持ちは今でも変わっていない。
だが、女性に戻せるのなら戻してやりたいと思うのが本音だ。
クリスがそう願う以上、私は精一杯、彼女の願いを叶えてやりたいのだ。
「じゃあ、詳しい内容は後日にしよう。今日はもう屋敷に戻って休むといい。ペル、君にも休暇をあげるよ。ゆっくり休んで、具体的に解呪の打ち合わせをするといい」
王太子殿下が私を労わるように、その場をお開きにしようとしたが、私はそれを思いっきり拒否する。
「いや、せっかく解呪できるというのに、ゆっくりなど休んでいられない。すぐに打ち合わせをしよう」
私の剣幕に驚きながらも、ペルは落ち着けと私の肩に手を置いた。
「無理だよ。お前、今回の事件でかなり魔力を使っただろう。先程も言ったように、この解呪には大量の魔力が必要になる。お前の体が万全な状態でないと失敗するよ。それでは意味がないだろう?」
「それこそ、回復薬を飲めばいいだろう。元に戻るまで何本でも飲めばいい」
私は魔法使いだし、これ以上魔力を減らさない方がいいと言うなら、母上にでも大量の回復薬を作ってもらう。
それを服用すれば問題ないはずだ。
そう説得したつもりだったのだが、ペルはやはり首を横に振った。
「いや、お前今回の事件で何本飲んでるんだよ⁉ 自然に回復した力の方が、成功する確率は上がるはずだ。クリスティーナ嬢にこれ以上何かあれば、泣くのはお前だぞ。慎重に進めよう」
正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
確かに、今回の件で魔法騎士団に常備していた回復薬は空になった。
私一人で飲んだわけではないが、自分でも異常に使用した記憶はある。
休息が必要なのは、あきらかだ。
不貞腐れる私に「まずはクリスティーナ嬢に説明してあげろ」と言う王太子殿下と「できれば侯爵夫人とカーターにも、意見を訊こう」と言うペルに、私は頷かざるを得なかった。
そうして私は、王太子殿下の執務室を後にしてペルと別れた。
とりあえず、ペルが解呪の説明にイブニーズル侯爵家に訪れるよう頼む。
解呪の前に、クリスの呪いの状況を確認する意味も含まれる。
二日後に約束を取り付け、私は魔法騎士団へと歩みを向けた。
魔法騎士団の扉を開けて、今回の報奨金と一週間の休暇の説明をする。
当然のように、喜びに酔いしれる団員達。
無理もない。
今回の件では皆、本当に頑張ったのだから。
魔法騎士団全員が長期休暇を取るのだ。
何かあればすぐに連絡はつくようにしているとはいえ、やはり呼び出されるのは気にくわない。
サランと最終整理をして、できるだけ呼び出されることがないように処理する。
そうして私の一週間の休暇が、始まる……はずだったのだ。




