誑かしって、誰が?
「貴方の胸に光る宝石は確かに美しいが、私には貴方のその瞳の方が美しい」
「華奢な細腰をしてらっしゃる。気を付けないと、力加減を間違えたら折れてしまいそうだ」
「こんなお美しい色合いのドレスは、見たことがありません。夫人のセンスの良さが分かりますね」
「先程、踊っていらっしゃる姿を拝見しました。お上手なのですね。今度お時間があれば、是非私とも一曲お願いしたい」
「ああ、貴方と話していると楽しくて時間を忘れてしまいます。ですが、まだ挨拶周りが終わっていないのです。申しわけありませんが、また後ほどお声かけください」
ありとあらゆる女性を掻き分け、カーターの元に戻った私は、「さあ、次、次」とカーターの背中をパシンと叩く。
「……貴方、一体誰ですか?」
ジト目のカーターに問われるが、ニッコリと微笑み返す私に周囲の女性がキャーっと叫ぶのは、最早慣れたものだ。
ふと、遠くにいる王太子殿下と目が合う。
隣にはヴァレット様を伴っているが、彼女には私のことは気付かれていないようだ。
まあ、今の私はクラリウスで男なのだから気付かれるはずもないのだけれど。
ニヤリと笑って親指を立てる王太子殿下に、こっち来るなとシッシッと手を振る。
今にも近付いてきそうで、怖いんだよね~。
王太子殿下になんて絡まれたら、もう田舎貴族のフリはできなくなる。
一応、私とカーターは田舎から出て来た貴族の子息という体を取っていたのだ。
田舎過ぎて家名を言うのも恥ずかしいと頬を染めると、誰もそれ以上はたずねてこない。
どうやらクラリウスという少年を辱めてまで、この場で聞き出そうとする意地悪な女性はいないようだ。
そう言うとカーターには「後で男どもをけしかけて探りを入れられるのは、本日の警備代表の騎士団ですかね⁉」と遠くに視線を向けたまま呟いていた。
ご愁傷様と手まで合わせている。よく分からない?
「ケリエル様、絶対に泣いてますよ。俺も泣きそうです」
同じことを繰り返し、何度目かの再開でカーターにそんなことを言われた。
「仕方ないじゃない。ああいう言葉でも言わないと、離してくれないんだもの」
甘い言葉を吐くと、誰もが顔を真っ赤に染めて固まったり悲鳴を上げたりするので、その場から逃れることができるのだ。
スムーズに次の女性と話すには、ああいう感じで言わないといけないと言うと、カーターが死んだ魚の目のようになった。
「サービス過剰過ぎます。あんな言葉、どこで覚えたのですか? 社交界にもまともに出ていないクセに。流石のケリエル様でも、あそこまで歯の浮いた言葉は言わないでしょう?」
「近いものはあるよ。その透き通る青い瞳に、ずっと私を映しておいてね。とか、クリスの肌は滑らかで甘そうだね。舐めてみたいな。とか」
色々と思い出しながら言ってみると、カーターの目が益々虚ろになっていく。
「……いや、それは違う意味で危ないでしょう。本当に何をやってるんですか、貴方達は。バカップルにもほどがある」
カーターの口の悪さは健在だと思いながらも、自分の行動がやり過ぎなのも自覚している。
これ以上、カーターの目が死んでいくのも嫌なので、話を切り上げることにした。
「それよりも、そろそろ夫人に声をかけても、いいかな?」
事前準備はこのくらいで、当初の目的をはたしていいかとたずねる。
「そうですね。貴方が色々な女性と話しているのを、夫人も見ています。声をかけても警戒心は薄れているでしょう」
やましいことをしている人間は、常に周囲を警戒している。
夜会とはいえ、新しい人間と話をするのは避けるだろう。
どう接触しようかと考えていた私は、女性達のクラリウスへの反応に急遽、それを利用することにしたのだ。
私が複数の女性と話すことで、誰かれ構わず話しかける者だと印象付け、わざわざ夫人に話しかけて来た怪しい奴と思われないようにとった行動だったのだが、想像以上に成果はあったみたいだ。
夫人がチラチラと、こちらを意識している。
クラリウスに話しかけられるのを、待っているのだ。
「うん。じゃあ、行こう」
私は気合を入れなおす。
「いいですか。どういう話の流れになったとしても、絶対に俺から離れないでくださいね」
「了解です」
心配性のカーターと頷きあいながら、タブレージ伯爵夫人の元へと足を向ける。
あと数歩という距離まで近付いた私達の前で、夫人がいきなりワインを煽った。
その体がフラリと、少しだけ傾く。
「おっと……」
私はすぐに夫人のグラスへと手を差し出し、体を軽く支える。
どうやら、わざわざ会話を探さなくてもよさそうだ。
後ろでカーターが「狙われていた」と呟いたが、夫人も私と話がしたかったのなら好都合だ。
「お気をつけください。美味しいお酒も、飲み過ぎては体に毒になります」
至近距離で微笑むと、夫人はボ~っとクラリウスに見惚れた。
「ご機嫌はよろしいようですね。何か良い事でもあったのでしょうか? よろしければ、私にもおすそ分けしていただけると嬉しいな」
私は給仕に夫人が飲み干した空のグラスを預けると、新たにワインを二つもらい「どうぞ」と一つを夫人に差し出した。
「あ、あら。飲み過ぎは体に毒なのではなくて?」
「フフ、時間をかければ大丈夫ですよ。どうでしょう? 私とゆっくり、楽しい会話をしながら飲むというのは? 良い事のおすそ分け、私も欲しいなあ」
ワインを掲げて強請るように見つめると、夫人はクラリウスを頭の上から足先まで値踏みするように、ねっとりと見定めた。
お眼鏡にかなったのか、夫人は頬を染めてニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、一杯だけ付き合ってもらおうかしら」
「はい。喜んで」
カーターの顔から表情が抜け落ちていたが、私はそれに気付かないフリをして、夫人とグラスをかわした。
暫くたわいない話で場を濁していると、夫人が「熱いわ」と私にしなだれかかって来たので、チャンスとばかりにバルコニーへと誘った。
私の突然の行動にギョッとしたカーターは、慌てて後を追ってくる。
流石に誰が聞いているか分からない会場では、夫人に話を聞くことなどできないと私なりの判断だったのだが、追い着いたカーターには後ろから軽く小突かれた。
うん、怒っているよね、ごめんなさい。
バルコニーに着くと、カーターは少しだけ距離をあけた。
私達が話しやすいようにしてくれたのと、見張りの役目をしてくれているのだと気が付いた。
夫人は、カーターを友人だと紹介した後はあまり気にした様子はなかった。
「この美貌じゃ、自由にするのも気が気じゃないわよね」と思わせぶりな視線をカーターに向けただけだった。
多分、クラリウスに惚れている友人が護衛を買って出ているとでも思っているのかもしれない。
惜しい。護衛は当たっているが、カーターは私になど惚れていない。どちらかというと、ケリエル様、かな?
だがその失礼な視線も、微笑みだけで躱すカーターは凄いと思う。
あ、額に青筋、見っけ。
さて、どう話を切り出すかと考えていると突然、夫人がケタケタと笑いだした。
驚く私に夫人は「貴方、田舎貴族ですってね。身なりはいいようだけど、お金は持っているのかしら?」と下種な言葉を投げかけてきた。
会場での貴族夫人らしい様子が嘘のようだ。
私は少しだけ眉を寄せたが、ここはクラリウスの演技の見せ所と照れ臭そうに夫人を見つめた。
「ハハ、お恥ずかしながら田舎者なので、それほどは。本日の夜会は王都の思い出に、身なりだけでもと頑張ってみたのですが……。次はいつ来られるか分かりませんね」
己の身を恥じながらも素直に答えるクラリウスに、夫人はニヤリと笑った。
「フフフ、本当に可愛い子。分かったわ。良い事のおすそ分け、してあげる。貴方、魔法使いが作る回復薬って知っているかしら?」
「「!」」
夫人からのいきなり核心に迫った言葉に、私とカーターは驚きを隠せなかった。




